米中どちらを取れば…世界経済「中国ひとり勝ち」で、日本に「ピンチ」と「チャンス」が同時にやってきた

現代ビジネスに10月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76801

中国GDP「4.9%成長」の衝撃

中国経済の「ひとり勝ち」が鮮明になってきた。新型コロナウイルスの蔓延で世界各国の経済活動が大きく落ち込む中で、いち早く感染を「封じ込めた」中国の経済回復が急ピッチで進んでいる。

中国国家統計局が10月19日発表した2020年7-9月期の国内総生産GDP)は、物価変動の影響を除いた実質ベースで前年同期比4.9%のプラス成長となった。

中国武漢で新型コロナが拡大した1-3月期は6.8%のマイナスになったが、4-6月期は3.2%のプラスに転換、7-9月期は2期連続のプラス成長になった。

米国は10月29日に7-9月期のGDPを発表するが、こちらは前期比年率35.3%と見込まれている。

ここで注意が必要なのは、中国のGDP統計は前年同期比なのに対し、米国は前期比でしかも年率という点だ。ロックダウンで経済が止まった4-6月期のマイナス31.4%という過去最悪の数字と比較しているのだから、当然V字回復となるわけで、「記録的な成長」と言ってもあまり意味がない。

中国同様に前年同期比にすればマイナスで、到底、元の水準に戻るわけではないのだ。

約10年前にも同じ現象が

日本の統計も同様で前の3カ月で比べるなら、4-6月期の実質年率28.1%減だったものが、7-9月期は未曾有の大幅な「成長」になる。だがこれも、前の3カ月に比べればマシということであって、1年前と比べれば経済は悪化していることになる。

つまり、世界の主要国の経済が新型コロナウイルスの感染拡大の影響で大きく縮小している中で、中国経済だけが膨張を続けているわけだ。

実は、リーマンショックがあった2008年以降にも似た状況があった。金融危機を発端にした世界経済の収縮で、主要国の経済が軒並みマイナスになる中で、中国経済は拡大を続けた。その結果、中国の世界経済における存在感が一気に高まったのだ。

その後、中国は「一帯一路」構想を打ち出すなど、経済力をバックに世界各地への投融資を広げ、それがまた中国の存在感を高める結果になった。

新型コロナでは当初、中国での死者が急増、武漢市などの都市封鎖もあり、中国経済が最も大きな影響を受けたかに見えた。

ところが、その後、新型コロナは欧州、そして米国へと広がり、一気に死者が増加、都市封鎖を余儀なくされた。そのウイルス蔓延は欧米ではいまだに収まらず、スペインなどでは再び緊急事態宣言が出されるなど、経済への影響は計り知れない。

中国が日本最大の輸出先へ

そうした中で、日本も「中国依存」が一気に高まっている。

財務省の貿易統計によると、日本から中国本土への輸出は3月に前年同月比8.7%減と大きく落ち込んだものの、その後、5月は4.0%減、6月は1.9%減と急速に持ち直し、7月以降は大幅なプラスに転じている。9月は前年同月比14.0%増という大幅な伸びになった。

一方、米穀向け輸出は、3月以降8月まで2ケタのマイナスが続いた。5月は48.8%減、6月は46.6%減と凄まじい落ち込みになった。9月にようやくプラスに転じたが、わずか0.7%の増加に過ぎない。

このまま行けば、年間の輸出額は中国向けが米国向を圧倒的に上回ることになる。ちなみに年間の日本からの輸出額は2018年に中国向けがトップになったことがあったが、2019年は中国向け14兆6826億円、米国向け15兆2545億円と米国が最大の輸出先だった。

今年度上半期(4-9月)の累計を見ると、中国向け輸出が7兆4857億円と前年同期比3.5%増加、一方の米国向は5兆4158億円と29.6%も減少した。このままでは年間でも中国向け輸出が米国向けを一気に凌駕し、中国が日本経済にとって一段と重要度を増すことになりそうだ。

では、いったいどんな品物の輸出が増えているのか。

上半期を見ると非鉄金属が63.5%増と大幅に増加したほか、自動車が12.1%増と大幅に増えたほか、重電機器も25.8%増加。また、昨年後半から大幅に落ち込んでいた半導体等製造装置も12.1%増と急回復している。

またとない好機になる可能性も

一方、中国からの輸入は逆に減少傾向だ。中国経済がストップした2月には輸入額は前年同月比47.0%減と半減したが、4月にはプラスに転じた。その後、日本経済が大幅に悪化している影響のためか、7月9.7%減、8月7.0%減、9月11.8%減と輸入が再び減少している。

もともと中国との貿易は輸出よりも輸入の方が大きい「貿易赤字」だが、輸出の増加と輸入の減少によって急速に貿易赤字額は小さくなっている。

巨大な国内市場を抱える中国は、今後も輸出先として重要度が大きく増すことになるだろう。新型コロナの影響で欧州から中国への輸出が減るようなことになれば、日本の輸出企業にとって好機になる可能性もある。

韓国との貿易が輸出入ともに大きく減少、香港向けも落ち込む中で、米国経済の立ち上がりが遅くなれば、一段と中国が日本にとって経済上重要になってくる。

米国はここ数年、ドナルド・トランプ大統領が、世界経済の中で影響力が大きくなる中国への警戒感から、関税の引き上げなど「米中貿易戦争」と言われる強硬姿勢を取ってきた。

大統領選挙で民主党ジョー・バイデン候補が勝利したとしても、米中関係がどうなっていくのかは現段階では読み切れない。

日本は今後、同盟国である米国という安全保障上の存在と、最大の輸出先である中国という経済上の利益の相克に悩む局面が来るかもしれない。

大ヒット『鬼滅の刃』効果でも厳しい「消費氷河期」の現実

新潮社フォーサイトに10月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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 漫画『鬼滅の刃(きめつのやいば)』人気が、ひとり気を吐いている。

 単行本の発行部数は累計で1億部を突破。10月16日に公開されたアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は公開3日間(10月16~18日)の観客動員数が342万人、興行収入46億円と、史上最高を記録した。

 10月25日には興行収入が107億5423万円を記録、公開から10日間での興行収入100億円突破は、『千と千尋の神隠し』が2001年に記録した25日間を大幅に短縮して、日本で上映された映画の中で最も速い日数での達成となった。

宣伝に繋がる相乗効果

 わずか10日で798万人を動員した「鬼滅の刃」は、新型コロナウイルスの蔓延で営業自粛を迫られてきた映画館業界にとっては、まさに天佑。配給元の東宝は2020年8月中間決算で、売上高が49%減の739億円に激減。純利益も37億9500万円と83%減少していたが、通期では当初見込んでいた50億円の純利益を90億円に上方修正。さらに「鬼滅効果」で強含みに推移すると見られている。株価は年初来高値を更新、新型コロナ前の水準に戻した。

 『鬼滅の刃』は集英社の『週刊少年ジャンプ』に、2016年2月から2020年5月まで連載された吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏の漫画。大正時代を舞台に、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が鬼に襲われて鬼になってしまった妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探るために、剣術の技を磨き、鬼と戦っていく。

 「出版不況」と言われて久しい中で、出版元の集英社は2020年5月期の売上高が、1529億円と前期比14.7%も増加。純利益は209億4000万円と、前期(98億7700万円)の2倍以上の利益を稼いだ。

 テレビアニメとしても放映され、剣士や鬼など様々なキャラクターが登場することから、子どもたちの間でも爆発的な人気になった。

 そんな中で、人気をさらに燃え上がらせているのが、様々な商品とのコラボ。ロッテは「鬼滅の刃デザインボトル」入りのガムや、人気商品の「ビックリマンチョコ」のパッケージを変えた「鬼滅の刃マンチョコ」などを発売。ダイドードリンコは缶コーヒーのデザインに『鬼滅の刃』を使った「鬼滅缶」を売り出した。UHA味覚糖は「ぷっちょ」や「e-maのど飴」などでコラボ商品を発売した。

 丸美屋レトルトカレーの「ビーフ中辛」やふりかけなどを「鬼滅の刃シリーズ」として発売、日清食品は「チキンラーメン」や「出前一丁」でコラボ商品を販売中だ。

 コンビニエンスストアのローソンも、タイアップ食品や商品、スマホくじなど「鬼滅の刃キャンペーン」を行っている。

 食品や菓子業界にとっては、消費が落ち込む中で唯一伸びている「巣篭もり消費」につながる大きなきっかけとして「鬼滅の刃」人気にあやかろうとしているわけだ。そしてさらに、キャラクターが店舗に溢れることで、映画や漫画の認知度が向上、宣伝に繋がるという相乗効果も起きている。

 人気キャラクターをあしらった菓子類がコラボ商品として発売されるのは見慣れた光景だが、これだけ大々的に多商品とコラボした例は珍しい。

外食チェーンの救世主

 「鬼滅の刃」は、客が激減して存亡の危機に立たされている外食チェーンの救世主にもなっている。すしチェーン大手のくら寿司は、『鬼滅の刃』のキャラクターを描いたクリアファイルを会計2000円ごとに1枚、先着順でプレゼントするなどキャンペーンを展開。メニューにも、竈門炭治郎をイメージしたマグロのアボカド添えなどにぎり3種盛り合わせや、「禰豆子のたっぷりベリーアイス」なども開発した。

 キャンペーンを実施した9月の既存店売上高は、前年同月比107.9%と7カ月ぶりに前年同月超えした。グッズを手に入れるため、皿数を増やしたい孫にせがまれて祖父母も一緒に来店するケースなどが増えているといい、明らかに「鬼滅効果」が出ているようだ。
「とにかく人気のものにあやかりたい」というムードは食品や外食、小売業界に満ち満ちている。それほど、こうした業界企業の業績は壊滅的なのだ。

 日本フードサービス協会の統計によると、外食チェーン全体の売上高は、4月の対前年同月比60.4%を底に持ち直しているものの、7月85.0%、8月84.0%、9月86.0%と頭打ちになっている。新型コロナが収束しない中で、外食を控える人たちが一定数いることが背景にあるからだろう。東京都心の繁華街ではだいぶ人出が戻ってきたものの、「密」が避けられない飲食店は、現在でも敬遠されている。

 しかも、15%減というのは平均の話で、業態によって大きな差がある。持ち帰りが伸びているファーストフード・チェーンは96%前後に戻しているにもかかわらず、ファミリーレストランは80%、パブレストラン・居酒屋にいたっては、9月になっても51%に留まっているのだ。

 前年に比べて15%も売り上げが落ちれば、それだけでも利益を確保するのは至難だが、半減となれば、もはや経営を維持するのは難しい。ファミリーレストランなどでは営業時間を短縮したり、不採算店を撤退したりする動きが広がっている。

 「GoToイート」など政府の支援策も始まっているが、このままでは外食チェーンの経営は持たない。持ち帰りやデリバリーなどに活路を見出すところもあるが、深刻なのは「居酒屋」や「ビアガーデン」といった業態だ。

他人事ではない「ANAショック」

 居酒屋チェーン大手のワタミは、既存の居酒屋業態120店舗を「焼肉の和民」に転換すると発表した。年度内に60店舗、来年度に60店舗を転換し、今後、フランチャイズも含め「焼肉」業態を400店舗にまで増やしていくという。

 「居酒屋」は、小さなテーブルを囲んで「密」になって会話を楽しむのが前提の業態だけに、新型コロナが下火になったとしても客足が戻るのは難しいとみたのだろう。居酒屋で成長してきたワタミが居酒屋に早々に見切りを付けるほど、環境の変化は大きいということだ。

 焼肉店はもともと排煙を行うため、新型コロナ対策として求められている換気にもつながることから、利用客も安心できるイメージがあるのかもしれない。焼肉店の客の戻りは他のレストランよりも早いといわれる。今後も、「ウィズコロナ」に対応するため、業態転換するところが出てくるだろう。

 新型コロナが収束した後の「ポストコロナ」の時代になっても、外食需要はコロナ前の水準に戻らない可能性がある。テレワークの普及で引き続き在宅勤務を認める企業が増えれば、会社帰りに居酒屋で一杯、といった文化自体が消えていくことすら考えられる。

 外食が減って家庭での食事が増えたことで、スーパーの売上高は大きく伸びてきた。日本チェーンストア協会の統計によると、スーパーの売上高(既存店ベース)は5月の1.3%増以降、6月3.4%増、7月2.6%増、8月3.3%増と、前年同月を上回り続けてきた。

 ところが、9月は前年同月に比ベて、4.6%減と再びマイナスに沈んだ。食料品の売上高は増加を続けているが、それでも1.0%増に留まった。昨年9月は消費税率引き上げ前の駆け込みがあったことから、その反動減の影響が出ているとみられる。だが、そろそろ「巣篭もり消費」の伸び自体が、限界にきているのかもしれない。

 さらに、家計の収入が減ることで、一気に消費が冷え込むことになりそうだ。

 全日本空輸を含むANAホールディングスは10月27日、2021年3月期の連結最終損益が過去最悪の5100億円の赤字になる見込みと発表した。すでに冬の一時金(ボーナス)をゼロにすることを労働組合に提示しており、夏のボーナス減額、給与減額と合わせて年収が3割減ることになるという。さらに事業構造改革の一環として、希望退職の募集のほか、来春に400人以上の社員をグループ外の企業であるスーパーマーケットの成城石井や家電量販大手のコジマなどに出向させる計画も打ち出している。年収3割減という「ANAショック」に、「他人事ではない」と感じる人たちも少なくない。冬のボーナスが大きく減れば、消費者は一気に財布のヒモを締めることになるだろう。消費自体が再び「氷河期」を迎える懸念が強まっている。

 『鬼滅の刃』とのコラボを頼みの綱とする多くの企業は、「鬼滅人気」が少しでも長く続くことを祈っているに違いない。

ワタミ、ロイヤルHD、サイゼリヤ……外食チェーンが軒並み大赤字に転落 業態転換など急ぐ

ITディアビジネスオンラインに10月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2010/28/news044.html

居酒屋など外食チェーン大手の「ワタミ」は10月5日、居酒屋から焼肉店への大々的な業態転換を打ち出した(ワタミ、120店を「焼肉の和民」に転換 料理配膳ロボット、特急レーンを使用した“非接触型”店舗に参照)。居酒屋の「和民」全店のほか、「ミライザカ」「三代目鳥メロ」などグループ全体の3割にあたる120店舗を「焼肉の和民」に切り替えていくという。
 新型コロナがなかなか終息しない中で、外食業界は厳しい状況が続いている。特に和民のような居酒屋チェーンは顧客が戻らず、存亡の危機に立たされている。日本フードサービス協会の集計によると、9月の「居酒屋」チェーンの来客数は前年同月の53.8%、売上高は52.8%にとどまっている。

 「パブ・ビヤホール」の客数46.5%、売上高44.4%に比べればまだマシとはいえ、「ファミリーレストラン」チェーン全体の売上高が前年同月の80.3%まで回復し、「ファストフード」チェーン全体が95.5%にまで戻っているのと比べると、壊滅的な状態だ。

 「GoToイート」などのキャンペーンが始まっているものの、どうしても「密」が避けられないイメージが強い居酒屋は敬遠されている。新型コロナが下火になったとしても、完全に終息しない限り、居酒屋の来客数などが元に戻るとは考えにくい。ワタミが一気に舵を切るほど、居酒屋業態の先行きは厳しいということだろう。

 前述の日本フードサービス協会の9月調査の詳細を見ると、「焼肉」チェーンは売上高が前年同月の91.7%にまで戻っている。52.8%の居酒屋を91.7%の焼肉店に変えることは、ある意味、合理的な決断とも言える。もともと排煙が必須で換気が行き届いているイメージの強い焼肉店は、消費者にとって新型コロナ下でも行きやすい業態と言えるのかもしれない。

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)による外食需要の激減で、外食産業は存亡の危機に直面している。ワタミの「業態転換」は、極端にマーケットが変貌する中で、生き残りをかけた行動とみていい。こうした「業態転換」や「新業態進出」に生き残りをかける動きは、ワタミだけではない。

ロイヤルや吉野家は宅配事業に参入

 レストラン大手のロイヤルホールディングス(HD)や牛丼チェーン大手の吉野家HDは、宅配事業に参入すると発表した。ロイヤルHDは宅配や持ち帰り専門店を都内に出すとしているほか、吉野家HDも宅配専門店を都内で展開する。また、サイゼリヤも、実験的に宅配やテークアウト、小型店といった新たな業態を探っている。

 外食チェーンが業態転換に動く背景には、足元の業績の大幅な悪化がある。ワタミの2021年3月期の第1四半期(2020年4月から6月)は売上高がなんと44.3%も減少、最終損益は45億5000万円の赤字となった。新型コロナによる緊急事態宣言が出されていた時期と重なった3カ月の決算だったため、大幅な赤字となった。

 通期の業績については「合理的に算定することが困難」だとして「未定」としているが、第1四半期の赤字を吸収できる状況にはなく、さらに赤字額が拡大することは必至な情勢だ。 

最もひどかったロイヤルHD

 吉野家HDの2021年2月期上期(2020年3月から8月)も売上高が23.4%減少、最終損益は57億円の赤字だった。吉野家HDは通期の見通しについて、売上高は20.3%減の1723億円、最終損益は90億円の赤字と見込んでいる。

 決算期のズレによって影響の出方はまちまちだが、最もひどかったのがロイヤルHDの2020年12月期上期決算。2020年1月から6月が対象で、新型コロナの影響をモロに受けた。売上高は40.8%減の405億円、最終赤字は131億円に達した。6月末現在の利益剰余金は25億円(1年前は167億円)にまで激減。本業からの現金の入りである「営業キャッシュフロー」と「投資キャッシュフロー」を合わせた「フリーキャッシュフロー」は155億円の赤字となり、280億円に達する長短借入金で補った。とりあえず期末の現金は127億円あるが、本業が戻らない限り、将来は厳しい。

 本決算を10月14日に発表した外食チェーンの「サイゼリヤ」の2020年8月期決算も、11年ぶりの赤字決算だった。新型コロナウイルスの蔓延による外出自粛などの影響で売上高が1268億円と前期比で19.0%減り、最終損益は34億5000万円の赤字(前期は49億8000万円の黒字)に転落した。

 上半期(2019年9月から2020年2月)はまだ新型コロナの影響がさほど出ておらず、売上高が前年同期比1.8%増を確保、純利益も22億4100万円の黒字を計上していた。それを全て吹き飛ばしてしまって大幅赤字になったわけだから、いかに3月以降の新型コロナの影響が猛烈だったかが分かる。

 上期の既存店の来客数は前年同期比0.6%減だったが、客単価が上昇、売上高は0.2%増だった。ところが、4月には客数が前年同月の38.7%にまで落ち込み、5月も47.6%にとどまった。7月以降、7割に戻ったものの、下期累計の客数は36.1%減少、売り上げも35.6%減った。結局、通期1年間の客数は1億8413万人と19.2%減少した。

 今後の見通しも厳しい。原価圧縮による損益分岐点の改善などを掲げるが、2021年8月期も上期は売上高が15.1%減る見込みで、23億円の最終赤字を見込む。下期は売り上げが回復、通期では1350億円と6.4%増を計画するものの、最終損益は36億円の赤字と、2期連続の赤字を見込む。

 サイゼリヤはここ数年、海外での新規出店を積極的に進めてきた。国内店舗数は4年前の2016年8月の1028店から2020年8月には1089店と6%増やしたが、海外は中国を中心に345店舗から428店に24%増やしてきた。経済成長が見込めるアジアでの事業拡大を急いできたわけだ。新型コロナで売り上げが急減する中で、損益分岐点を改善するためには投資の抑制が不可欠になる。

 2020年8月期も本業からの現金収入である「営業キャッシュフロー」は5億2500万円の黒字と、ほぼトントンを維持したが、設備投資などに出ていった「投資キャッシュフロー」は59億円の赤字となり、短期借入金など「財務キャッシュフロー」で補わざるを得なかった。会社側は2021年8月期も営業キャッシュフローの急増は見込めず、設備投資との差額は88億円のマイナスになると見込んでいる。

合理化に踏み出す可能性も

 国内の投資は圧縮しても、経済の回復が早い中国での事業拡大を急いだ方が良いという判断なのだろう。サイゼリヤの計画では2021年8月期も、上海と広州、北京で67店舗を新規出店、退店予定との差し引きでも33店増やす計画を維持している。香港、台湾、シンガポールでも新規出店する予定だ。サイゼリヤとしてはアジアへの出店拡大で、生き残りをかける戦略を取る。

 売り上げが激減した外食チェーンは、大半がフリーキャッシュフローの大幅な赤字を金融機関からの借り入れで補っている。加えて、従業員を休職させて国からの助成を得る「雇用調整助成金」などを申請、何とか資金繰りをつないでいる状況だ。とりあえず目先の資金は確保できているものの、本業での多額の赤字が続けば、早晩立ち行かなくなる。

 業態転換によって店舗に配置する人員の効率化なども進めていくことになりそうで、今後、生き残りをかけて、合理化に踏み出す可能性が強い。新型コロナで、テレワークが一気に広がるなど、人々の生活パターンも激変している。今後、景気悪化が本格化すれば、消費者の財布のひもも締まることになり、外食チェーンにとっては、さらに苦難の時が襲うことになりかねない。より来客が見込め、収益性も維持できる業態への転換を進める動きは、今後ますます本格化することになるだろう。

ニトリとDCMの「島忠」争奪戦が暗示する消費氷河期の厳しい未来 「巣篭もり特需」はいつまでも続かない

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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76626

絶好調企業たちの焦り

家具大手の「ニトリホールディングス」が、ホームセンターを展開する「島忠」の買収を検討していると10月20日、大手メディアが一斉に報じた。

島忠を巡っては、ホームセンター大手の「DCMホールディングス」が完全子会社化することで島忠経営陣と合意しており、すでに10月5日から11月16日までを期日として、1株4200円でTOB(株式公開買付)を実施している。

そこにニトリが割って入る格好になった。ニトリは10月中にも別途TOBを開始するとみられており、TOB合戦で島忠の争奪戦に発展する見通しだ。

新型コロナウイルスの蔓延で、在宅勤務などが広がったことで、住宅地のホームセンターや家電量販店などの売り上げが大幅に伸びている。いわゆる「巣篭もり効果」だ。

ニトリの2020年8月中間決算は売上高が3624億円と前年同期比12%も増加。純利益も35%増の497億円の中間決算としては過去最高を記録した。DCMの中間決算も売上高が11%増加。純利益も78.4%増と利益が急増している。

絶好調な業績を背景に、M&A(合併・買収)による業容拡大を急いでいるようにも見えるが、実際にはニトリにしてもDCMにしても、ある危機感がM&Aを加速させていると業界関係者はみる。

その危機感とは、ズバリ、「巣篭もり効果」の終焉。今はたまたまテレワークが追い風になっているが、新型コロナ不況が深刻化すれば、早晩、消費需要は落ち込む。もともと家電量販店やホームセンター業界は飽和状態と言われ、すでに合従連衡が始まっていた。

本格的な消費不況が来る前にM&Aで同業者を取り込み、強固な経営基盤を作り上げておこう、ということのようだ。

一過性のコロナ特需なのか

では、いつまで「巣篭もり消費」は続くのだろうか。

IT系の企業はもちろん、伝統的な大企業でも、新型コロナをきっかけにテレワークが一気に進んだ。テレワークでも業務に支障がないことが明らかになった業種もあり、今も出社するのは週に1日、2日といった企業も少なくない。在宅時間が増えたことで、住宅地周辺の食品スーパーなど「巣篭もり需要」が一気に膨らんだ。

例えば、スーパーの売上高を見ると、新型コロナをきっかけに、売上高が前年同月比プラスに転じている。日本チェーンストア協会の統計では、既存店ベースでは2月以降、4月を除いて増加が続いている。中でも食料品は2月から7カ月連続でプラス続きた。

こうしたスーパーの好調は、新型コロナによって消費のシフトが起きたことが要因と見ていい。会社の周辺で外食しなくなったものが、自宅周辺の食品スーパーやテイクアウトのお店にシフトした。

都市部に店舗のある百貨店の売上高は3月以降、壊滅的なマイナス幅になったが、「食料品」だけとってみても3月以降、2ケタの対前年同月比減が続いている。完全の人々の消費行動が変わったことで、業種によって明暗を分ける結果になっているのだ。

ホームセンターや家電量販店もこうしたテレワークによる生活スタイルの変化が追い風になったのは言うまでもない。だが、それがいつまでも続くか、というと懸念材料もある。

在宅勤務になって、簡単な仕事机や照明器具を購入したり、パソコン周辺機器を揃えた人は多い。これが売り上げを大きくふやすきっかけになったわけだが、そうした機器は一度買えば済む。一過性の「新型コロナ特需」だった可能性があるわけだ。

定額給付金10万円効果

もうひとつ大きいのが、ひとり一律10万円が支給された「定額給付金」の効果だ。

ホームセンターや家電量販店で扱う商品が、「プチ贅沢」で買うにはちょうど良かったという面もある。定額給付金はかなりの部分が貯蓄に回った、という見方もあるが、かなりの割合が、ホームセンターや家電量販店での消費に回ったのではないか。

自動車販売が9月になっても大幅なマイナスを続けているのをみても、自動車を買い替えるほどの余裕は家計には生まれていない、という見方 もできる。

総務省の家計調査によると、勤労者世帯の「実収入」が5月以降急増している。5月は9.8%増、6月15.6%増、7月9.2%増といった具合だ。これは明らかに10万円の定額給付が効いている。経済活動が止まって経済危機が懸念された中で、実収入は逆に増えたのだ。この一部がホームセンターの売り上げを押し上げたとみていい。

逆に言えば、10万円の定額給付を使い切れば、その消費は消えて元に戻る可能性がある、ということだ。最新の8月の家計調査では、「実収入」は1.2%増にまで伸び率が鈍化している。つまり、巣篭もり需要を支えていた収入が消え、消費も落ち込む可能性があるのだ。

消費の実像

さらに、今後の消費が落ち込む懸念も強まっている。

全日本空輸ANA)は10月上旬、社員の基本給の引き下げを行うとともに、冬の一時金をゼロにすることを労働組合に提示したと報じられた。年収ベースで平均3割減少するという。さらに、希望退職の募集も行う方針だという。

新型コロナに伴い人の移動が激減したことで、ANAの4~6月期は売上高が前年同期の4分の1に落ち込み、最終損益で1088億円の赤字を計上した。新型コロナの影響は航空会社が最も激しいとみられてきたが、いよいよその業績悪化が賞与だけでなく基本給の削減、人員削減という事態に至ったのだ。

鉄道・バスや旅館・ホテル業、旅行代理店、外食、アパレルなど、大打撃を受けている業種は少なくない。しかもそこで働く人の数はかなりの数にのぼる。

ANAの方針に衝撃を受けた人は少なくないはずだ。「他人事ではない」と感じれば、先行きへの不安が募り、一気に財布の紐を締めることになる。今後、本格的に消費が落ち込むことになりかねない。年末商戦はかつてない落ち込みになるかもしれない。

そうした消費の先行きを睨んでいるからこそ、早期に業界再編を進め、生き残りを計ろうというのがDCMやニトリが島忠争奪戦を演じる本当の理由と見るべきだろう。

「女性自殺者急増」は「非正規雇用雇い止め」が原因か

新潮社フォーサイトに10月21日掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47445

 

 「やはり」というべきか。10月12日に警察庁から悲しいデータが発表された。

 8月に自殺者が急増していたのだが、この日発表された9月の集計でも前年同月に比べて8.6%と大きく増えた。しかも女性の自殺が急激に増えている。

 8月には40.3%も増加、芸能人の相次ぐ自殺などの影響による一過性のものという見方もあったが、9月も27.5%増の大幅増加となった。どうも一時的な現象ではない。日本社会で何かが起きている。しかも女性に。

コロナ下でも増える「正規雇用

 ここ10年、自殺者は減り続けてきた。リーマンショックが起こった直後の2009年には3万2845人が亡くなっていたが、2012年に3万人を切った後、急速に減少。2019年は2万169人と、2万人割れ目前のところまで来ていた。

 新型コロナウイルスの蔓延による景気悪化が失業などの経済困窮に結びつき自殺者が増えるのではないかと懸念されたが、実際には、4月は17.7%減、5月は15.3%減、6月は4.9%減と大幅な減少が続いていた。

 社会全体が危機に直面した時には、人はなかなか自ら死を選ばない、という見方や、1人一律10万円の特別定額給付金が生活困窮を一時的に救った、という指摘もある。新型コロナの蔓延で社会活動が停滞し、むしろ自殺者は減っていくのではないか、そんな声も聞かれていた。

 ところが、それが7月以降、増加に転じてしまったのである。しかも、これまでは男性に比べて圧倒的に少なかった女性の自殺が目に見えて増えているのだ。

 7月の女性の自殺者は651人と15.6%増えたが、男性は1167人と5.1%のマイナス、8月は女性が同じく651人と前年同月より40.3%増加したが、男性は1203人と5.6%の増加だった。9月は男性が1166人で0.4%の増加にとどまったが、女性は639人と27.5%増の高水準が続いた。これはいったいなぜなのか。新型コロナと関係があるのか。

 もう1つ興味深いデータがある。総務省が毎月末に発表している「労働力調査」だ。2013年1月以降、対前年同月比でずっとプラスが続いてきた「雇用者数」が4月にマイナスに転じ、8月まで5カ月連続の減少となっているのだ。しかし、内訳を見ると、正規雇用は新型コロナ下でもほぼ増え続けている。

 正規雇用が増えているのに、全体で減少しているというのは、それだけ非正規の減少が大きいということを示す。

 非正規雇用は3月の1.2%減から、8月まで6カ月マイナスが続いている。その内容を見ると、パートやアルバイトの減少が中心だ。しかも、圧倒的に女性の雇用が減っている。8月でいえば、パートとアルバイトで合計74万人が減少したが、そのうち女性は63万人を占めた。

一気に生活が困窮

 新型コロナに伴う経済縮小では、「外食」「宿泊」「小売り」「アパレル」といった業種が大打撃を被っている。新型コロナ関連倒産(廃業含む)もこうした業種が中心だ。

 飲食店のホール係やホテルの清掃係、アパレルの店員などはほとんど女性で、パートやアルバイトの待遇で働いている人も多い。こうした人たちが雇い止めにあっているケースが少なくないとみられるのだ。もちろん経営者も雇用を守ろうと必死になっているが、売上高が3割も5割も減っている現状では、パートやアルバイトを気遣う余裕はない。

 正規雇用が増えているのは、おそらく政府の政策が効いている。「雇用調整助成金」の支給要件を大幅に緩和したこともあり、企業は従業員に給与を払って休業させた上で、国から助成金をもらうケースが増えた。非正規雇用でも助成金を支給する制度を導入したが、もともとパートなどに雇用保険をかけていないケースも多く、受給のための手続きが煩雑なため、雇い止めしているとみられる。

 パートとして働いて独り暮らしをしていた女性が、雇い止めになれば、一気に生活が困窮することになる。世の中全体が新型コロナの影響を受けているため、同じ業界での再就職は絶望的で、慣れない他の職に就こうとしても簡単には見つからない。女性の自殺が増えている背景には、もしかするとこうした経済的な事情で追い詰められている人が増えているという事があるのかもしれない。

 総務省の「家計調査」によると、実は4月以降、消費支出(2人以上の世帯)は大幅に減少しているが、勤労者世帯の実収入は逆に大きく増えている。5月は実質9.8%増、6月は15.6%増、7月は9.2%増といった具合である。

 これは、10万円の定額給付金の収入が大きかったとみられる。それが8月には1.2%増にまで鈍化。今後、収入は「息切れ」していく可能性が大きい。

 すでに大手企業でも冬のボーナスの支給取り止めや大幅な減額を発表するところが相次いでいる。年末に向けて生活が困窮する人がこのままでは増えることになりかねない。
さらに、今後、人員削減などのリストラも本格化しそうな気配だ。そうなると、今後もパートやアルバイト、契約社員といった「弱い立場」の、しかも「女性」に真っ先にしわ寄せがいく。

リーマンショック時とは違う

 2010年1月、鳩山由紀夫首相(当時)は施政方針演説でこう述べた。

 「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです。生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい」

 施政方針としては異例の詩的な言葉には賛否両論だったが、当時、日本の自殺者は12年連続で年間3万人を超えていた。当時の民主党内閣は自殺対策担当相を置き、自殺対策を政策の柱の1つとして打ち出した。

 リーマンショックが起きた後の2009年の自殺者3万2845人の「原因・動機」は、最も多かったのが「健康問題」で1万5867人と、全体の48.3%を占めていた。健康問題は長年、最多の理由になっている。

 一方で、「経済・生活問題」も8377人と25.5%に達していた。2年前の7318人、22.1%から急増したことになる。リーマンショックによる経済的な困窮が自殺の引き金になったとみられた。

 その後、「経済・生活問題」での自殺は急速に減少、2019年は3395人と、全体(2万169人)の16.8%にまで減っていた。景気がいくぶん持ち直したこともあるが、雇用者の増加にも大いに関係があるように見える。

 前述のように2013年以降、増え続けてきた雇用が、ここへきて一気にマイナスに落ち込んでいる。「経済・生活問題」での自殺者が今後、増えてこないことを祈るばかりだ。

 リーマンショックの時と違い、今回の経済悪化は、影響が「現場」に近いところから出ている。リーマンショックの時は金融市場の混乱から始まり、決済用のドル資金の不足など金融機関や大企業から影響を受け始めた。その景気悪化が消費に反映されるにはタイムラグがあった。

 ところが、今回は影響が「現場」から真っ先に始まった。人の動きが止まったことで、外食や小売り、宿泊などの売り上げが一気に激減した。つまり、経済社会の中で、最も弱い人たちが生きているところに、大打撃が加わったのだ。

 とりあえず10万円の定額給付や、店への持続化給付金などで耐え忍んでいるものの、早晩、限界がやってくる、という声は巷にあふれている。政府はそうした現場の、大打撃を受けている、弱い人たちに、救いの手を差し伸べる必要がある。

 全員に一律10万円を配る政策は4月の緊急事態時には致し方なかったとしても、困窮していない多数の人たちにも資金配布されたため、非効率極まりない政策になった。預金が積み上がったのをみても、効果は期待通りではなかったことが窺える。本当に必要としている弱者を支えるのに十分な助成の仕組みはどうやれば実現できるか。

 本来ならば国や国会は、この半年間にそれを考え、12月の年の瀬に向けて、本当に必要な人に十分に届く助成策を打ち出すべきだった。

 政府は急増する女性自殺者の心の叫びに真剣に耳を傾け、生活弱者を下支えする政策を早急に取るべきだろう。

女性の自殺者が急増、パート激減と関係か 急げ弱者対策

SankeiBizの『高論卓説』に10月7日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://www.sankeibiz.jp/business/news/201007/bsm2010070500002-n1.htm

 総務省が発表する労働力調査で不思議な現象が明らかになった。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)による経済活動の停滞にもかかわらず、正規職員の雇用が前年同月比でプラスを続けているのだ。

 雇用者数全体は4月に88カ月ぶりに減少に転じて以降、7月まで4カ月連続でマイナスになっている。ちなみに88カ月ぶりというのは第2次安倍晋三内閣が発足した2012年12月以来ということで、安倍前首相が胸を張っていた雇用の増加が止まったことを示していた。

 そんな雇用情勢の変化にもかかわらず、正規雇用は4月1.8%増、5月0.0%減、6月0.8%増、7月1.5%増と、むしろ増加傾向にある。これは一体どうしたことか。

 正規雇用が増えても全体でマイナスということは、非正規雇用が減っているわけだが、こちらの落ち込みはすさまじい。4月4.6%減、5月2.9%減、6月4.8%減と続き、7月は6.0%減になった。昨年7月と比べると131万人も非正規雇用者が減少したことになる。

 その多くがパートやアルバイト、しかも女性である。7月にはパートが51万人、アルバイトが33万人減ったが、うち女性のパートが42万人、アルバイトが22万人を占める。明らかに立場の弱い女性パート・アルバイトにしわ寄せが行っているのだ。

 では、なぜ、正規雇用は増加しているのか。恐らく、これは国の新型コロナ対策と強く連動している。国は失業者を増やさないために、雇用調整助成金の制度を拡充した。手続きを大幅に簡素化し、支給基準を緩め、支給上限額も引き上げた。雇用調整助成金制度は企業に雇用を維持させるのが目的で、休職させた職員にいったん企業が給与を支払い、後から国が助成金で補填(ほてん)する。

 西日本の労働局の職員によると、9月末に、この助成金の駆け込み申請が急増したという。4月まで遡(さかのぼ)って申請できる期限が9月末だったためだ。「ということは、申請企業は半年分の給与を払う余力があったということです」とこの職員は言う。それでも国の助成が得られるため、企業は正規雇用に手を付けないどころか、むしろパートを正規職員に変えるなど、増やしているのではないか、というのだ。

 制度拡充でパートも対象にする制度ができたが、パートを雇う零細事業者は、そもそも労働保険に加入していないケースも多く、申請でつまずくところも少なくなかった。ならば、「客がいないから明日から来なくていい」の一言で雇い止めした方が、楽である。こうしたパートでは、なかなか失業保険をもらうことも難しい。

 米国の場合、事業環境が悪化すると事業者はすぐにクビを切る。3月に非常事態宣言が出た後の3月最終週には665万件の新規失業保険申請が出た。リーマン・ショック直後の10倍である。

 企業に抱えさせる日本と、企業が放出した人材を国が失業保険で支える米国の政策は似て非なるものだ。米国は企業にリストラを促し、働き手の労働移動の背中を押す。産業構造が大きく変わるときには、米国流が力を発揮する。

 また、日本の場合、失業保険制度が脆弱(ぜいじゃく)なため、パートやアルバイトなどは保護されにくい。パートで生計を立てていた母子家庭で母親が職を失い、一気に経済的に困窮するケースが少なくない。

 警察庁の発表によると8月の自殺者は前年同月比15.8%も増えた。中でも自ら命を絶った女性が急増したという。

まだ、1カ月だけの統計で断定的なことは言えないが、女性非正規の失業と関係があるとすれば、早急に対策を取る必要がある。仕事を失った立場の弱い人たちを救う雇用対策が急務である。

GoToトラベルで「3500円上限ドタバタ劇」が起きた本当の理由 「変化」を読めなかった官僚たち

プレジデントオンラインに10月16日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/39621

大手旅行予約サイトが「突然の割引制限」を発表

旅行代金が助成される「Go To トラベル」がまたしても右往左往の醜態を演じている。

大手旅行予約サイトの「Yahoo!トラベル」「じゃらん」「一休.com」が、宿泊旅行代金の割引を10月10日以降の予約について1人1泊3500円に制限すると発表したのだ。

「えっ? 上限2万円まで35%が割引され、15%分の地域共通クーポンがもらえるはずじゃなかったの」と疑問に思った人が多いのではないか。テレビの情報番組などでも散々取り上げられ、大きな話題になった。

確かに旅行会社のホームページをよく見ると、図には小さく割引率を「最大」35%と書いている。だが、Go To トラベル事務局のホームページには、「国内旅行代金の2分の1相当額を支援します」とし「7割は旅行代金の割引」とだけ書かれている。しかも「1人1泊あたり2万円が給付上限」となっているので、どこから3500円という数字が出てきたのだ、と国民の多くが訝ったのも無理はない。

さすがにマズいと思ったのか。赤羽一嘉国土交通相は10月13日の閣議後会見で、予約サイトを運営する旅行会社などに割り当てた給付金の割当枠を追加配分すると表明。割引を制限していた予約サイトも、10月14日までに、元の35%の割引に戻した。

35%と3500円ではインパクトはまるで違う。仮にGo To トラベル対象の4万円の宿に宿泊すれば、旅行代金の35%である1万4000円が割引され、旅行者は2万6000円の負担で済むわけだが、3500円が割引上限となれば、負担は3万6500円に跳ね上がる。利用者からすれば、魅力が大幅に色あせるわけだ。

地域ごと、業者ごとに割当額を細かく決めていた

なぜこんなことが起きたのだろうか。

実はこの助成制度、地域ごと、業者ごとに助成の割当額を細かく決めていたのだという。人気の高い特定の事業者だけに恩恵が集中しないようにという、何とも役所らしい「公平性」を重視した制度設計になっている。

ところが、最近、急成長した大手旅行サイトに人々が集中。そのサイトの運営会社に割り当てられた助成金が底をつきそうになったため、運営会社の判断で、補助率を引き下げる決定をしたのだという。もともと、「予算を使い切ったら終了」という助成制度だということは言われていたので、北海道や沖縄など人気観光地が早々と予算をすべて使いキャンペーンが終了するのではないか、という懸念はあった。

ところが、ちょっと予想外のことが起きた。早々と枠を使い切りそうになったのは、どこかの地域ではなく、大手の予約サイトだったわけだ。「Go To トラベル」は参加する旅館やホテルなどに直接申し込んだ場合も35%が割り引かれるが、往復の旅費や食事代などを組み込んだ「旅行商品」のほうが、旅行者にとっては「お得」ということになった。このため、宿泊施設への直接予約よりも、旅行会社やサイトでパッケージ商品を予約する人が一気に増えたのだ。

末端の旅館よりも、旅行会社を助けたいのか

旅行会社を通したほうが有利、という制度設計は、国土交通省観光庁が、末端の旅館やホテルなどの宿泊事業者よりも、旅行会社を助けることに主眼を置いたためではないか、と疑われている。

国交省観光庁は地域の宿泊業者よりも、旅行会社のほうが付き合いが濃い。大手の旅行会社に便宜をはかれば、いずれ天下りなどのメリットがあると考えたかどうかまでは分からない。だが、Go To トラベル事務局が大手旅行会社の出向で運営され、1日4万円という多額の人件費が払われていることなどが報じられている。

日頃付き合いの深い旅行会社が危機的な状況になっていたことが、制度設計に影響したことは十分に考えられる。というのも、新型コロナウイルスの蔓延で人の動きが止まったため、主要旅行業者の「旅行取扱額」が激減しているのだ。

「等しく救いの手を差し出す」のは本当に平等か

国内旅行だけを見ても、前年同月比で4月は93.6%減、5月は96.6%減、6月は87.9%減と、まさに「壊滅」状態だった。「Go To トラベル」が前倒しで開始されたのも、こうした惨状を訴える声が霞が関や永田町に寄せられたからに他ならない。「Go To トラベル」が中旬から始まった7月の国内旅行取扱額はいくぶん持ち直したとはいえ、78.4%減だった。8月以降の統計はまだ出ていないが、Go To トラベルが旅行業者に大きな救いになったことは間違いない。

だが、細かく配分先を決めたのはなぜか。「どの業者にも平等に」と役所が考えたのだとしたら、はからずも役人の限界を示しているように思う。

「新型コロナの蔓延で打撃を受けているのはどこも同じなのだから、等しく救いの手を差し出すべきだ」というと、「いかにもごもっとも」という感じもする。だが、それをやると、新型コロナ前から限界に来ていた業者も一律に救うことになるのだ。いわゆるゾンビ企業を救済することになるわけだ。それが本当に「平等」なのかどうか。

時代の変化、業界の変化を読み切れていなかった

新型コロナの影も形もなかった2019年夏、老舗旅館グループの社長が、大手旅行会社の名前を複数挙げて、もう取引を止めたと話していた。旅行業者にまとまった部屋数を任せて売ってもらう昔ながらのスタイルがまったく機能しなくなったというのだ。その代わり大切にするのが「大手の予約サイトだ」と話していた。

宿泊業の現場から見ても、それぐらい旅行会社は追い詰められていたわけだ。そんな旧来型の旅行会社を守るような形にキャンペーンをしてしまえば、将来に大きな禍根を残すことになりかねないのだ。

そんな状況だから、旅行商品の窓口販売にいまだに依存する旧来型の旅行会社よりも、予約サイトのほうがまたたく間に分配された予算を使い切るのはある意味当然の流れだった。しかも新型コロナで出歩くことが減り、自宅でパソコンに向かう時間が増える中で、ネット予約が大きく伸びたのは当たり前といっても良い現象だった。そうした時代の変化、業界の変化を、役所は読み切れていなかったということだろう。

地域ごと、業者ごとに助成金を割り振るのは一見平等だが、それでは不採算事業者が淘汰されない。価格競争に走る事業者が出てくるため、業界全体の価格引き上げができなくなる。日本の産業界の中でも生産性が低い業種とされる、宿泊業が低付加価値に喘ぎ、従業員の給与が引き上げられないでいる最大の要因は、価格が安過ぎるからだ。

公平性にこだわると「かつての国鉄」になってしまう

本来、国が民間企業に直接、金銭的支援を行うことは「禁じ手」だ。国が資金を入れれば民間同士の競争を阻害することになりかねない。だから、「平等」になるよう、役所は綿密な予算配分を決めたのだろう。だが、そんな「計画経済」のような役所の論理通りに民間企業が動くわけではい。

また、「公平性」にこだわって、旅行業者に一律に助成金を出すようなことをすれば、旅行業界も「官業」になってしまう。かつての国鉄電電公社の例を出すまでもなく、「官業」になれば競争が嫌われサービスもまったく改善されなくなってしまう。

民間の事業者同士や、地域同士が切磋琢磨することが、業界全体を成長させる。そのためには、国民の選択を優先し、国民が選んだ事業者が最終的に生き残っていける助成制度にしていくべきだろう。

赤羽国交相は会見で「客に支持されているのに、国がコントロールするのはなかなか難しい」と述べ、業者間の配分枠を撤廃する方向性を示した。今回のドタバタ劇をきっかけに、創意工夫によって利用者を引き付けている事業者や地域がより恩恵を受けられる制度に、今からでも遅くないので脱皮させていく必要があるだろう。