子どもたちに仕事の「やりがい」を伝えるフリーペーパー

雑誌Wedge11月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21377

 

Wedge (ウェッジ) 2020年 11月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 11月号 [雑誌]

 

 

 どんな仕事にもやりがいがあるんだということを伝えたい、そう思ったのがきっかけでした」

 愛媛県内の中高生に配るフリーペーパー『cocoroe ココロエえひめ』を発行する原竜也・ハラプレックス社長は振り返る。2011年から年に3回、4万5000部を発行し続けてきた。

やりたい仕事の見つけ方

 地元の経済人たちと共に大学生とのディスカッションに参加した時、「やりたい仕事はどうやったら見つかるのですか」と問われた。ハタと思った。「もともとやりたいと思っていた仕事に就けた大人なんて、そう多くはないのではないか」。しかし、多くの大人たちは、出会った仕事にやりがいを感じ、日々働いている。それに気付けば、視野が広がるに違いない。

 原社長の会社は印刷業が中心で、グループには企画会社があり、カメラマンやデザイナー、ライターもいる。そんな「仕事のやりがい」を伝える冊子を作って中高生に配ることにした。毎号32ページ。地元の企業や役所などから10人前後の「働く人」を取り上げる。今年5月に発行した第30号には、地元今治市の「正和汽船」の三等航海士や、製造業「カンテツ」の機械設計担当者などが、仕事現場での写真と共に掲載されている。

 そこにはこんな「生の声」が並ぶ。

 「お客様から感謝されるたび、喜びとやる気があふれ、すごくやりがいを感じます」

 誌面に共通するコンセプトは「やりがい」。どんな時に「やりがい」を感じたか、実際に働く人たちに話してもらうことを心がけている。

 取り上げた人たちに、「mustアイテム」を紹介してもらうコーナーや、「ある1日」の起床から就寝までの日程を示してもらう共通データ欄もある。1ページずつの記事ながら情報量は多い。「地元にどんな会社があって、そこでどんな人が、どんな仕事をしているのか、できるだけ具体的な情報を示したいと考えた」と原社長。そうした情報を求める子どもたちがたくさんいる、ということを痛感したという。

 もっとも、スタートは予想以上に大変だった。学校にお願いすれば小冊子を生徒たちに配ってもらえると考えていたが、役所の壁は高かった。公立の学校に民間企業のPRになるものは置けない、と言われたのだ。ある金融機関が「お金」についての知識普及を目的に作った冊子を、良かれと思って公立学校に置いたところ、別の金融機関に勤める保護者からクレームが入った前例がある、という話も聞かされた。

 一方で、地元にどんな企業があるかも知らないまま、県外企業に就職してしまうことを嘆く教師たちもいた。地元今治の教育長が熱心に校長や教育委員会の説得に当たってくれるなど、応援団も出てきた。原社長も県下の教育委員会を回って頭を下げた。

 昨今は、キャリア教育や職場体験が中学高校の授業に組み込まれていることもあり、副教材のような使われ方もするようになった。また、掲載した企業での職場体験の依頼も増えている。

 フリーペーパーは、会員になってもらった企業の協賛金や、記事掲載料で賄っている。今や協賛会員企業は300社に及ぶ。人手不足が続いた中で、高校を卒業した生徒が就職でどんどん地元を離れていくことに危機感を覚える経営者も少なくない。

 今治市の名産品である「今治タオル」を製造する老舗の「楠橋(くすばし)紋織」の楠橋功社長もそのひとり。「昔は地元で名前の通った会社でしたが、最近は正直言って知名度が下がっている。特に若い人にはあまり知られていない」と語る。高卒の人材も募集するがなかなか採用が難しいという。工場内には海外から来た「技能実習生」の姿も目立つ。

 「cocoroe」の最新号には、同社企画開発部の金子琴音さんが掲載されている。地元の今治南高校を卒業後、楠橋紋織に入って8年目になる。「少しでも好きな地元に貢献できたらと思い、この仕事に就きました」と金子さん。掲載されて、「見たよ」と声をかけられたと笑う。

 実は、原社長も楠橋社長も、今の仕事が「やりたい仕事」だったかというと必ずしもそうではなかった。

「巡り合わせ」

 ハラプレックスは原社長の曽祖父が興した会社。原社長は東京大学工学部で学んだ後、総合商社に入り鉄のパイプを売る営業職に就いた。当初は後を継ぐことは考えていなかったが、商社に6年勤めた28歳の時、ハラプレックスに戻り、36歳で社長を継いだ。いわば「巡り合わせ」で就いた今の仕事だが、もちろん「やりがい」を感じている。「cocoroe」も社長になって間もない時期に始めた。実は曽祖父が1909年に印刷業を始めたのは、手書きの同人誌を印刷し、多くの人に伝えたいと考えたことがきっかけだったと伝わる。そんな創業の原点に「cocoroe」は通じるものがあるように感じる。

 楠橋社長の今の仕事との「巡り合わせ」はさらに劇的だ。

 大学を卒業後、建設会社に勤めていて、本州と四国今治を結ぶ「しまなみ海道」の橋の建設に携わった。その時、今治に住んだことがあったが、まさか今治に永住することになるとは夢にも思わなかった、という。というのは、もともとは北海道出身。東京勤務に戻った後、たまたま知り合った女性が今治出身で、結婚することになったが、その段になって後継ぎがいない老舗タオルメーカーの令嬢であることを知ったという。計らずも婿養子として社長を引き受けることになった。

 今でこそ、今治タオルはブランドの再構築に成功して底入れしているが、当時はまさにどん底。楠橋社長は芸能人のイベント用のタオルなど特注品に力を入れるなど、新風を吹き込んだ。社員の制服も一新、反対を押し切ってデニムの上下に変えたが、これも少しでも若い人たちを引き寄せたいという楠橋社長のアイデアだった。もちろん、今の仕事にやりがいを感じている。

 「cocoroe」を手にする子どもたちの人生にも、どんな「巡り合わせ」が待っているか分からない。世の中にはいろんな仕事があり、そこでいきいきと働く人たちがいることを早いうちに知れば、そこに子どもたちの可能性はさらに広がる。地元の企業に目を向ける若者が増えれば、地元の経済活性化の一翼を担う人材になっていくかもしれない。

 そんな「cocoroe」の思いが、ここへきて、大きく飛躍しようとしている。日本地域情報振興協会が主催する「日本タウン誌・フリーペーパー大賞」で、17年に第1回内閣府地方創生推進事務局長賞を受賞したのだ。それを機に同様の取り組みが広がり、埼玉版と東京版も発行にこぎつけた。

 人生を大きく変えることになるかもしれないフリーペーパーは、今後も全国へと広がっていくことだろう。

震災から10年経って、福島の「経済停滞」が深刻になってきた グランドデザインなき復興のツケ

現代ビジネスに3月11日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81049

10年後の格差

東日本大震災から10年が経った。地震と巨大津波によって多くの人命が失われたほか、経済的にも甚大な被害があった。

さらに福島第一原子力発電所の事故では、原発周辺を中心に帰宅困難なまま避難生活を余儀なくされている。被害を受けなかった国民には10年前の出来事だが、被災地の人たちにとっては今も闘いが続いている。

果たして、震災での経済的なダメージから、どれぐらい立ち直ったのだろうか。各県が発表した「県民経済計算」を中心に経済データから見てみたい。

なんと言っても影響が大きかったのは福島県だ。2011年度には県民所得が前年度比6.5%も落ち込んだ。福島第一原発事故の影響で経済活動が大幅に制限されたことや、県外に避難した県民が多かったことが響いた。

同じ被災地でも宮城県岩手県の2011年度の県民所得はかろうじてプラスを維持した。地震による被害は大きかったものの、すぐに復興に着手できたことから、経済活動が活発になったという面もある。その復興需要の恩恵は東北の中心都市仙台を抱える宮城県が真っ先に受けた。宮城県の県民所得は2012年に8.4%も増加した。

福島県に復興需要の効果が出るのは宮城県よりやや遅れたが、それでも2012年度の県民所得は5.1%増、2013年度は7.9%増と大きく増加した。

問題は震災から5年が過ぎた2016年度以降である。福島県の県民所得の伸び率は2015年度以降低下を続け、最新数値である2018年度はついに前年度比マイナスに沈んだ。明らかに岩手や宮城に比べて経済が良くないのだ。

2020年12月に発表された福島県の「県民経済計算」の表紙には「経済成長率」のグラフが描かれているが、これが福島県の現状を象徴している。震災直後の数年間は大きくプラスになったものの、今ではすっかり伸びが止まってしまっている。

取り残された福島

10年を迎えた福島の人たちのインタビューで、「取り残されている」という感覚を訴える県民が多く見受けられたが、経済データで見ると、まさに「取り残された」地域になりつつあるのだ。

もちろん、2010年度を100とした県民所得の水準を見ると、2017年度は113で、全国合計の111を上回る。ところが前述のようにここ数年伸びが大きく鈍化しており、2018年度は7年ぶりのマイナスとなり、111の水準に低下した。

全県のデータが出揃っていないため全国合計の数値はまだ分からないが、おそらく、福島は全国を下回ることになりそうだ。1人当たり県民所得の全国比は92である。

震災前後で、福島の経済活動はどう変わったのか。県民経済計算の資料にある「経済活動別構成比(生産側・名目)」には、震災前の2010年度と2018年度の比較が書かれている。

それによると、「製造業」が26.1%から24.5%に減少したほか、「電気・ガス・水道・廃棄物処理業」が8.8%から5.8%に減少している。製造業の拠点などが減ったことや、生活する人が減って電気やガスなどの使用量が減ったことが窺われる。一方で、「建設業」が4.7%から9.4%に大幅に増えている。復興需要に関連した建設工事が多いことが分かる。

福島県の2月1日現在の推計人口は約182万人。震災前、2011年2月1日は202万人だったので、20万人以上減少した。率にすると10.2%の減少である。一方で65歳以上の人口は50万人(25%)から58万人(32%)に大幅に増えた。人口減少と高齢化が全国以上に進み、経済活動を停滞させているのだ。

ハコ物を持ってきても

「福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の再生なし。引き続き政府の最重要課題として取り組む必要がある」

菅義偉首相は、3月9日、新しい復興の基本方針を閣議決定したことを受けて、こう語った。2021年度から25年度を「第2期復興・創生期間」と位置づけ、他地域に避難している被災者の帰還を進めるほか、被災地の外からの移住を促すとしている。

福島については21年度予算で避難指示が出た12市町村に単身で移住した場合、最大120万円を付与する支援策を導入するという。また、人を集める方策として、「国際教育研究拠点」を新設するという。ロボットや新エネルギーの研究開発を行う拠点にする方針だという。

もちろん、こうした支援策は必要だろう。だが、すでに10年がたってから打ち出す政策なのだろうか。後手後手に回っているという批判は免れないだろう。

「国際研究拠点」といっても、東京大学はじめ日本の大学全体の国際的な地盤沈下が指摘されている中で、福島県の「浜通り」にどうやって人材を集めるのか。ハコモノを作れば人が集まるという単純な話ではない。

福島第一原発廃炉作業も進まず、汚染水処理の方法も決められない中で、将来にわたって日本の中で福島をどう位置づけ、東北全体の経済をどう成長させていくのか、残念ながらグランドデザインが描けていない。さらに10年後の福島が、今以上に地盤沈下しないことを祈るばかりだ。

見切り発車したワクチン接種「調達できず、届けられず、記録できず」が表面化

新潮社フォーサイトに3月9日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47794

菅義偉政権の支持率低下が続くなか強行スタートした新型コロナウイルスのワクチン接種。国民の過半が受けられるまでの目算は、実は全く立っていない。

 河野太郎・ワクチン担当相は3月5日に記者会見し、新型コロナウイルス感染症のワクチン確保について、見通しを発表した。4月中には170万9370バイアル(=便)が届く見込みだとし、3月8日の第4便までの3月中に確保した数量39万2500バイアルと合わせると、210万1870バイアルに達するとした。特殊な注射器を使えば1バイアルから6回取れ、2月17日に始まった100医療機関4万人への先行接種では特殊注射器が使われたが、4月12日に始めると発表している高齢者向け接種には普通の注射器しか間に合わず5回しか取れないとしている。

 先行接種の4万人に加え、医療機関関係者は約470万人にのぼる。全員に2回の接種を行うには948万回分必要で、1バイアルからすべて6回取ったとして158万バイアル必要で、5回取るとすると190万バイアル必要になる。4月末までに確保できるワクチンの大半は医療機関関係者向けで消える計算になるが、高齢者への接種も並行で行うため、医療関係者470万人の2回分のワクチン配分が終わるのは5月前半になるとしている。

 問題は、4月12日から始めるとしている65歳以上の高齢者への接種用のワクチンが、順調に配分されるかどうか。医療機関関係者向けへの接種は都道府県、高齢者などその他の人への接種は地方自治体が行うことになっている。全国の市町村は1741あるが、どうやって国はワクチンを配分しようとしているのだろうか。

「高齢者接種」開始時は各都道府県わずか約1000人分?

 3月5日時点の計画では、4月12日から使う分として配分できるのは1箱に195バイアル入ったもの100箱だけ。1万9500バイアルで、5回とるとして9万7500人分。2回分を配るとすると、4万8750人分に過ぎない。これを47都道府県に均等に配れば、約1000人分を傘下の市町村にさらに分配することになる。4月12日には大々的に「高齢者接種が始まりました」という政府広報ばりの報道が流れることになるのだろうが、実のところ、ごくごく一部の人しか受けられない。翌週以降は500箱ずつ配分、4月26日の週からは各市町村に1箱ずつ配る予定だという。もちろん、それも、ファイザーから毎週予定通りの量の航空便が届く、という前提である。

 国会でも厚労相が繰り返し追及されたが、ファイザーからのワクチン調達については、厚労省のツメが甘く、口約束に近かったとされる。河野氏がワクチン担当になった時にはワクチン調達の具体的なメドが付いていなかった。河野大臣が直接ファイザーの米国本社との交渉に乗り出し、記者会見で「ファイザー社との交渉の結果、6月末までに65歳以上の高齢者全員が2回接種する分のワクチンを、自治体に配送完了できるスケジュールで供給を受けると大枠で合意した」と発表したのは2月26日になってからだった。

 医療機関従事者への先行接種は当初、菅義偉首相が公言していた「2月中旬」に間に合わせる形で、2月17日に始まった。試行的に始めるという形をとって、まずは4万人にと説明したが、そのためのワクチン確保はまさに綱渡り状態だった。成田空港に第1便がついたのは、その5日前の12日、厚労省が特例承認したのは14日だった。1便で届いたのは6万4000バイアルだったから、6回とったとしてもひとり2回分で19万2000人分しかなかった。その時点で、想定していた医療関係者470万人に一斉に打ち始めることなど到底無理だったわけだ。

 しかも、100の医療機関に絞ったことで、ワクチン配送の割り振りなどを辛うじて人海戦術で行えたが、それでも4万人に接種が終わるまでに2週間以上の時間を要した。3月5日の会見で、河野大臣はその時点で「3万9174人に1回目の接種が終わった」と発表した。ギリギリの綱渡りだったが、何とか乗り切ったということだろう。

「V-SYS」いまだ動かず

 2月中旬に接種を始めるというのは、政治的な至上命題だった。というのも、菅首相の支持率が大きくぐらついていたからだ。世論調査では、菅内閣の新型コロナ対策が後手後手に回っている、という声が圧倒的多数を占めた。2月7日までだった緊急事態宣言の1カ月延長を菅首相が決めたのも、世論調査の声に押された結果と言えた。そこでワクチン接種が予定通りできないとなれば、菅内閣は致命傷を負うことになりかねなかった。

 河野大臣が、早々に2月24日の段階で「4月12日から高齢者接種を始める」と公表したのも、政治的な要請が理由だった。厚労省医療機関関係者の接種が終わらない段階で高齢者接種を始めることに強硬に抵抗した。わずかな量のワクチンを都道府県に送ったところで、そこから先の分配に困るだろう、というのが表面上の理由だった。もっともな理由に聞こえたが、高齢者接種を遅らせれば、今度こそ菅内閣の足元が揺らぐ。「ワクチン確保もまともにできなかった厚労省が反対できるのか」という河野周辺の反発で、政治主導で何としても開始することに決まった。

 河野大臣が「まずは試行的に」と口を滑らせて国会で追及されたのは、ワクチン確保の見通しに不安があったからで、正直な発言だったわけだ。

 だが、まだ問題はある。ワクチンが届いたとして、きちんと自治体に分配され、自治体がスムーズに接種をできるかどうかだ。

 実は、厚労省は昨年夏から、「ワクチン接種円滑化システム」というシステムの開発を行ってきた。略称で「V-SYS(ブイ・シス)」と呼ばれている。厚労省は新型コロナ関連で次々にシステムを発注していて、このほかにも「HER-SYS(新型コロナウイルス感染者管理システム=ハーシス)」や「G-MIS(新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム=ジーミス」などが乱立している。いずれも担当課が違い、V-SYSは予防接種室が担当している。

 名前は「ワクチン接種円滑化」だが、実際のところ、ワクチンを自治体に分配するシステムで、いつ誰に接種したかといったデータは入力できない。そのV-SYS、ワクチン接種が始まった2月17日からフル稼働していると思いきや、何と、3月に入った今も動いていない。構想では、接種する医療機関や接種施設が必要なワクチン数を入力し、それを前提に調達したワクチンを配分する仕組み。開発した業者からすれば、ワクチンがこんなに足りないことなど想定していないので、人口比でワクチン量を割り振り、その後、受給に応じて調整する設計になっていた。だが全人口からみればごく少量のワクチンをどう分配するかは、自治体ごとの準備状況などを見極める必要があるため機械的には難しい。

 また、システムを動かすには医療機関や接種施設がIDなどを登録する必要があるが、この作業は医療機関任せになっている。そうでなくてもコロナ診療などで忙殺されている医師たちに、システムの初期設定をせよというのは無理がある。370万人の医療従事者向けのワクチン分配でもV-SYSが活躍する場面があるのか。高齢者接種が本格的に始まれば、1800近い自治体にある数万の医療機関・接種施設がこのシステムを使うことになる。本当にシステムトラブルなく動くのかどうか、甚だ心許ない状況になっているのだ。

このままでは「ワクチン接種証明」にも対応できない

 さらに、政府は厚労省が準備してきたシステムでは不十分なことに年が明けてから気づいた。河野氏がワクチン担当になってから、V-SYSは不十分だということが判明したのだ。前述のように、誰にいつ接種したかという情報が入力できないのだ。

 厚労省はこれまで、自治体が管理している「予防接種台帳」を使えば情報管理はできると主張してきたが、この予防接種台帳、紙で行ってきた業務をデジタルに置き換えただけで、集計するのに数カ月かかるという代物だった。医療機関が接種したことを示す紙の診療票を医師会に送り、医師会がそれを取りまとめて自治体に提出、自治体はさらにそれを業者に委託してコンピューターに入力させ、それをベースに接種手数料の支払いなどがなされている。

 予防接種台帳には個人の記録が残るが、個人が自主的に打ったインフルエンザの予防ワクチンなどは記録されない。データが揃うのに数カ月かかるため、欧米諸国で議論されている「ワクチン接種証明」などを出そうとしても時間がかかって役に立たない。そんな状況を把握した河野大臣は、自身でチームを組成、小林史明衆議院議員を大臣補佐官に任命して、この情報システムの開発に着手させた。名付けて「ワクチン接種記録システム(VRS)」を4月12日の高齢者接種までに稼働させる予定だ。

 ワクチンを全国民とは言わずとも、過半の国民が受け、いわゆる「集団免疫」を獲得するのはいつのことになるのか。河野大臣が言うように5月以降、続々と日本にワクチンが届くことになるのか。さらに乱立するシステムがすべて正常に稼働するのか。そのうえで、自治体は接種体制を整備できるのか。新型コロナとの戦いに勝利できる目算は残念ながらまだ立たない。

「23年前より明らかに処分が軽い」高級官僚の"超絶接待"はまだまだ終わらない これは「政・官・業」の癒着そのものだ

プレジデントオンラインに3月5日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/43880

1998年に起きた「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」

今から23年前の1998年、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」と呼ばれる汚職事件が起きた。大蔵省(現・財務省)の官僚たちが、銀行など監督対象の事業者から繰り返し接待を受けていたという問題だった。

しばしば接待の場として使われていたのが、新宿歌舞伎町にあったしゃぶしゃぶ店で、給仕する女性が下着を着けず、客はスカートの中を覗き見できるという趣向が高級官僚たちに受けていたことから、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」という異名をとった。高級官僚と破廉恥な店の取り合わせが世の中の関心と批判を呼び、店で接待を受けた官僚たちの名前がメディアによって次々と明らかになると、官僚と業者の癒着に国民の怒りが爆発した。

事件はひとつの汚職事件から発覚した。東京地検特捜部が日本道路公団の外債発行の幹事証券選定で、野村証券から贈賄があったとして、大蔵省OBの道路公団理事と野村証券元副社長らを逮捕した。その後、捜査は銀行や証券会社に対する便宜供与に及び、大蔵官僚が次々と逮捕されていった。直接の容疑は収賄を受けて検査日程など機密情報を漏らしたというものだったが、世間の関心は業者による過剰な接待に向いた。

「役所の中の役所」大蔵省の終わり

大蔵省に家宅捜査が入った。当時の大蔵省は「役所の中の役所」とされ、大蔵官僚の自尊心も高かった。大蔵省の検査官が1月26日に逮捕されると、当時の三塚博大蔵大臣は1月28日に辞任に追い込まれた。3月11日には日本銀行の課長が逮捕され、3月20日には大蔵省事務次官から日本銀行総裁になっていた松下康雄氏が総裁を辞任した。

大蔵省は4月末に内部調査結果を公表。銀行局審議官を停職、証券局長を減給にするなど、112人に処分を行った。処分は停職1人、減給17人、戒告14人、訓告22人、文書厳重注意33人、口頭厳重注意25人に及んだ。事件の最中、官僚で自殺した人も出た。局長も審議官も次官候補と見なされていたが、処分を受けて退職した。

起訴されたのは7人で、有罪ながらいずれも執行猶予付きにとどまったが、この事件をきっかけに、大蔵省への世の中の批判は一気に高まった。国民の批判を恐れるかのように、大蔵省は正門の鉄の扉を固く閉ざした。結局、大蔵省は財政と金融の業務を分離され、大蔵省という名前も失った。首相経験者だった宮澤喜一大蔵大臣が、初代財務大臣に就任したが、財務省正門に掛け替える「財務省」の看板の揮毫きごうを断った。宮澤氏は大蔵官僚OBで、「大蔵省」が消えることに強い抵抗感があったのだろう。

23年を経て、官僚たちと業者の癒着が復活

それから23年、霞が関の官僚たちと業者の癒着が、いつの間にか復活していたことが明らかになった。

 

菅義偉首相の長男で、菅氏が総務大臣だった時に政務秘書官を務めていた菅正剛氏が、「東北新社」の統括部長兼子会社の取締役として、総務省幹部の接待に同席。総務官僚たちは当初、総務省の許認可権限に関わるような話はしていないと「癒着」を否定したものの、文春オンラインが衛星放送についての会話をしていた音声を公開。総務省は「国家公務員倫理規定」に違反したとして懲戒などの処分を行った。

谷脇康彦・総務審議官と吉田真人・総務審議官、秋本芳徳・情報流通行政局長は減給3カ月(10分の2から10分の1)、湯本博信・官房審議官や衛星放送担当課長ら4人は減給1カ月(10分の1)、戒告2人、訓告・訓告相当2人の合計11人を処分した。武田良太総務相は大臣給与3カ月分の自主返納、黒田武一郎・事務次官は厳重注意だった。

総務省の調査では、11人を含む計13人が2016年以降、39回にわたって東北新社から60万円超の接待を受けた。13人のうち1人は倫理規程に反していないと判断。もう1人は山田真貴子・内閣広報官で、総務審議官時代の19年11月に7万円超の接待を受けたが、総務省を退職しているため、同省の処分対象外だとしている。山田広報官は当初続投を表明、菅首相も容認する姿勢を見せていたが、急きょ、辞職した。ちなみに、東北新社側も社長が辞任、菅正剛氏も部長職と子会社取締役を解任された。

東北新社は氷山の一角だった可能性がある

山田氏が翻意して辞職した背景には、業者からの接待が東北新社にとどまらず、他にもあったという報道が出そうだ、という噂が流れ始めたことがありそうだ。

そんな最中、文春オンラインが続報を放った。谷脇総務審議官ら複数の幹部が、NTTグループ澤田純社長らから高額な接待を受けていたという内容だった。朝日新聞の報道によると、NTT広報室は「(報じられた)会食を行ったことは事実」と認めたという。

谷脇氏は国会質疑で、他の放送事業者や通信事業者と会食したことがあることは認めたものの、「国家公務員倫理法に抵触する恐れがある会食をした事実はない」と強調していた。だが、NTTはれっきとした総務省の利害関係者。文春オンラインの報道には、谷脇氏のほか、総務省国際戦略局長の巻口英司氏に加え、山田氏の名前もあった。山田氏は1人あたり約5万円、谷脇氏は計3回、17万円超の接待を受けたという。

国家公務員倫理規程では、利害関係者が費用を負担する接待は禁じられているほか、割り勘でも1回1万円を超える飲食は事前の届け出が必要だが、届けは出ていなかったという。

どうやら総務省の官僚が業者から接待を受けるのは、大物政治家の長男だったから、という「特殊事情」ではなかったということのようだ。東北新社は氷山の一角だった可能性がある。特定の官僚ではなく、歴代の総務審議官が接待に応じている。総務審議官は事務次官に次ぐナンバー2の権力者だ。それが当たり前のように業者から接待を受けているのだ。

農水省でも「飲食接待」が明らかになった

問題は総務省だけではない。総務省の接待が問題になった最中の2月25日、農林水産省は枝元真徹・事務次官ら幹部職員6人を減給などの処分にしたのだ。贈収賄事件で在宅起訴された吉川貴盛・元農水相と鶏卵大手「アキタフーズ」の秋田善祺代表(当時)の会食に同席し、1人あたり2万円を超える飲食接待を受けたというもので、国家公務員倫理規程に違反するとされた。野上浩太郎農水相は大臣給与を1カ月自主返納すると発表した。

 

処分は枝元次官、水田正和・生産局長、伏見啓二・大臣官房審議官が減給1カ月(10分の1)、渡辺毅・畜産部長、望月健司・農地政策課長が「戒告」の懲戒処分となり、犬飼史郎・畜産振興課長が訓告となった。すでに退職している富田育稔・前畜産部長は処分対象ではない、とした。

秋田代表は鶏卵事業に対する国際的な規制の動きに日本政府として反対するよう依頼、結果的に規制適用は見送りになっている。農水省が権限を持つ業務に関する依頼を受けた飲食接待だったということで当時の大臣と共に起訴されている。そうした依頼の場に官僚が同席すること自体、アウトである。東北新社の場合も菅首相の長男で総務大臣の秘書官経験者という「政治」と「官僚」そして「業者」が同じ席で政策について話しているわけで、まさに「政・官・業」の癒着そのものと言っていい。

昔の高級官僚は、身の律し方を知っていた

どうも霞が関には、ノーパンしゃぶしゃぶ事件で将来を嘱望された官僚が退職に追いやられ、自殺者も出し、大臣らのクビが飛び、役所自体も看板を掛け替えざるを得なくなった「教訓」は、もはや残っていないのだろうか。

23年前に比べると、明らかに処分の甘さが目に付く。大臣は辞めるどころか、痛くも痒くもない大臣報酬のカットだけ。衆議院議員としての報酬はガッチリもらい続けている。官僚もさすがに退職金をもらって辞めた後に再登用された山田氏は辞任に追い込まれたものの、他の高級官僚は誰も辞めていない。

ノーパンしゃぶしゃぶ当時の高級官僚の中には、辞職して退職金を返上した人もいた。辞めた後も誰も頼らず、司法修習に行って弁護士資格を取ってその後を生き抜いた。当時の官僚は身の律し方を知っていたということだろう。

霞が関の接待問題は、まだまだ広がりを見せそうだ。23年前と比べて国民の怒りはそれほどでもない、などと高を括っていると、深刻な政治不信、官僚不信に直面する事になるだろう。

財務省があえて言わない、じつは日本人の「国民負担率が過去最悪になっていた! マスコミも報じない…

現代ビジネスに3月4日に掲載された拙稿です。

ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80816

かつてない上昇率

新型コロナウイルスの蔓延に伴う経済低迷で、生活に困窮する人が増えている中で、税金と社会保険料が重く国民にのしかかっている。

財務省が2月26日に発表した「国民負担率」によると、2020年度の実績見込みが46.1%と、前年度実績の44.4%から1.7ポイントも急上昇して過去最高になったことが分かった。過去最高を更新するのは5年連続だが、負担率の上昇幅はかつてなく大きい。

国民負担率とは、国民が支払う国税地方税と、年金や健康保険料などの社会保障負担の合計が、国民所得の何%を占めたかを示す指数だ。

2020年度に負担率が急上昇したのは、新型コロナによる経済活動の停滞で、国民所得が大きく減ったこと。財務省が負担率計算の前提にした国民所得は377兆円と6%、24.3兆円も減った。

税金の負担は国税を中心に金額が減ったとしているが、2019年10月に引き上げられた消費税率が通年できいたこともあり、所得対比の比率上昇は止まっていない。また、社会保障負担は19.9%とほぼ20%となった。

新型コロナ関連の経済対策では、ひとり一律10万円の特別定額給付が実施されたほか、GoToトラベルなど大盤振る舞いにも見える対策に多額の費用が投じられているが、ついぞ、所得税を減税するという声は政府からも国会からも出てこない。

3月2日の衆議院本会議で可決成立した2021年度予算は106兆円と過去最大である。もちろん、歳入を大きく上回る歳出予算のツケはいずれ増税の形で国民負担に回ってくることになる。まだまだ国民負担率は上昇することが確実な情勢なのだ。

実態を示さない報道

ところがである。この財務省の推計を報じた新聞報道はまったく書きっぷりが違っている。

「国民負担率44.3% 21年度見通し、1.8ポイント低下」。日本経済新聞の2月26日付けの記事の見出しである。

実は、財務省は国民負担率を発表する際、実績や実績見込みではなく、見通しを中心に説明している。財務省のクラブ詰めの記者はその説明を聞いて、見通し中心の記事を書いているわけだ。これは毎年のことである。

今年の発表の場合、財務省が発表した2021年度の見通しは44.3%となっている。20年度の実績見通しに比べると確かに1.8%の低下になる計算だ。

だが、問題はこの見通し数字はまったく「当てにならない」代物なのである。過去10年近く、「見通し」通りの数字に実績がなった例はない。しかも必ず、「見通し」よりも実績はかなり大きくなっているのだ。

実は「実績見通し」ですら、残り1カ月で締まる数字であるにもかかわらず、毎年外れている。必ず、見通しは負担率が過小になるような数字なので、実績見通しをベースにすると、「低下する」という見通しになるのだ。

例えば、今回の発表で「実績」が44.4%となった2019年度の場合、2年前の「見通し」段階では42.8%と発表されていた。その際の日本経済新聞の記事は「19年度の国民負担率は横ばい 財務省試算」という記事を書いていた。

財務省が発表した2018年度の「実績見通し」が42.8%だったので、それに比べて横ばい、という記事なのだが、2019年10月には消費税率が8%から10%に引き上げられることが予定されていた。それでも「国民の負担は横ばいですよ」という財務省のストーリーにまんまと乗せられていたのだ。

ちなみに、2018年度実績は44.1%で、2019年度実績は44.4%だったから、結果は横ばいではなく、しっかりと増加していた。もちろん過去最高を更新したのである。

財務省、眉唾説明

2021年度の国民負担率が大幅に低下するという財務省の試算は、国民所得が大幅に増えるという前提になっている。

国民所得が393.6兆円と4.4%増えるため、負担率が下がるというのだ。社会保障費の負担率は18.9%と1%ポイントも下がるとしているが、国民所得と比較すると実際の負担額も6000億円減る計算になる。地方税の負担率が大きく下がるとしている点も、現実味に乏しい。

 

新型コロナが早期に収束し、日本経済が力強く復活することは期待したいが、国民負担が財務省の言うように減るのかどうかはいつもながら眉唾ものと言っていいだろう。

財務省はいつもながら、国民負担率の国際比較という資料を同時に発表している。海外に比べれば日本国民の負担率はまだまだ低いのだ、という説得材料に使ってきた感が強い資料だが、最近では日本が断トツに低いとは言えなくなってきた。

米国の国民負担率は31.8%で、日本よりもはるかに低い。英国は47.8%だから、もうすぐそこである。健全財政を誇るドイツは税金が高いが、それでも54.9%である。日本が財政赤字をすべて国民負担にした場合、56.5%に達するというのが財務省の試算だ。

国民の負担を考えれば、本当に意味のある事業に絞り込むなど、歳出の効率化を進める必要があるが、政府も国会も新型コロナ対策を言い訳にタガが外れたように予算を膨らませている。

増税を狙って、「先々の国民負担は下がります」、「海外に比べればまだまだ低い」と言って国民の目をはぐらかすことに一生懸命になるのではなく、抜本的な歳出改革などで国の財政をどう立て直すか、財務官僚には知恵を絞ってもらいたいものである。

 

時計経済観測所/「『資産』としての高級時計」再び

時計雑誌クロノスに連載されている『時計経済観測所』です。3月号(2月3日発売)に掲載されました。WEB版のWeb Chronosにもアップされています。是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.webchronos.net/features/60070/

リーマンショックと似た状況を生み出した新型コロナ不況

 今、新型コロナウイルスの蔓延で、世界は当時と似た状況に直面している。経済活動が凍りつく中で人々の生活や企業を守るため、膨大な財政支出と金融緩和が行われている。これだけお金を刷りまくれば、通貨価値が落ちるので、いずれインフレは避けられない。多くの資産家や投資家がそう考えるから、実体経済が悪いにもかかわらず、株高が進んでいるのではないか、と見られている。株だけでなく、貴金属や不動産、ビットコインなど非通貨資産の価格が急上昇している。「バブル」とみる向きもあるが、通貨価値が下がっているのだから、その通貨で示す価格がどんどん上がっていくのは、ある意味当然とも言える。

 第1回目のコラムの書き出しは、筆者が新聞社の支局長を務めたことがあるスイス・チューリヒの話から始まる。

《目抜き通りバーンホフ・シュトラッセの老舗時計宝飾店には、独特の機能がある、とスイスのプライベート・バンカーが教えてくれた。上顧客に売った時計を買い戻してくれるというのだ。彼らが決して大安売りのバーゲンセールをしないのは、「売る」ことだけが店の機能ではないからだという。

 1個数百万円から1000万円を超えるような時計は間違いなく「財産」だ。子や孫に受け継がれるだけでなく、さまざまな贈答にも使われる。腕にするだけで良いので、国家の危機や戦争となれば、簡単に持ち運ぶことができる。

 だが、いくら高級な贈答品をもらっても、それが換金できなければ意味がない。戦争などから無事に自分の財産を守り通せても、時計のままでは生活の糧にはならないのだ。骨董品店に持っていって換金するという手もあるにはある。だが、それでは買い叩かれるのがオチだ。

 チューリヒの老舗時計宝飾店は顧客に有利な価格で買い取るのだという。ご承知の通り、高級時計には個別に番号がふられているので、出自は明らか。自分の店で売ったものかどうかも一目瞭然だ。値引きをして売った商品ではないから、買い取り価格も高くできるわけだ。もちろん店に一定の「差益」は落ちる。

 銀行が軒を連ね合間に時計宝飾店があるのは何とも不釣り合いだと思える。だが、時計店も歴史的に一種の金融機能を果たしてきたと考えると、同じ場所にあるのは理に適っていることに気付く》

貴金属や高級時計、高まる“実物資産”志向

 今、再び、この話を噛み締める時が来ている。世界大恐慌の頃は世界の多くの国は金本位制で、通貨の価値は金によって裏打ちされていた。その後、ほとんどの国で通貨と金を交換する「兌換(だかん)」を停止、金本位制から離脱した。1971年に米国がドルと金の兌換を停止した「ニクソン・ショック」以降、世界各国の中央銀行は、金の保有高に関係なく、紙幣を発行するようになった。裏打ちがない、まさしく「ペーパー・マネー」だから、国家がぐらつけば、紙屑になるリスクもある。

 世界大恐慌並みと言われる今回の新型コロナ不況で増やし続けた通貨量をどこかで吸収できるのか。今後、金融政策の真価が問われることになるが、仮に「出口戦略」に失敗すれば、その国は深刻なインフレに直面することになりかねない。

 つまり、「資産」としての高級時計が注目されるタイミングに来ているわけだ。

 日本百貨店協会が1月22日に発表した12月の全国百貨店売上高によると、全体の売上高は前年同月比13.7%減と大幅に落ち込んだ。ところが「美術・宝飾・貴金属」の売上高は1.9%増加と、他部門が軒並み大幅なマイナスになる中で、3カ月連続のプラスを記録した。もしかすると、手元にあるキャッシュを貴金属や高級時計など実物資産に替えておく動きが、少しずつ始まっているのかもしれない。

 仮にインフレにならなくても、巨額の財政支出を回収するには増税が必要で、保有する資産への課税が強化される可能性は十分にある。そうなると当局に捕捉されない「資産」を求める動きも出てくるだろう。左腕に載せられる数百万円、数千万円の高級時計は、まさしく資産として有効ということになる。


 

ベトナム人労働者「激増」が示す、日本の解決できない「労働力不足」の現実 外国人労働者増加傾向は続く

現代ビジネスに2月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80555

「ビジネス上必要な人材等」

新型コロナウイルスの蔓延による経済停滞が続く中で、外国人労働者の数は減っているかと思ったら、増加が続いていることが分かった。

厚生労働省がまとめた2020年10月末時点の「外国人雇用状況」によると、外国人労働者の数は172万人と過去最高を更新した。1年前に比べて4%の増加で、2015年以降、2ケタの増加が続いてきたのと比べると、さすがにブレーキがかかっている。

日本国内での非正規雇用が大きく減る一方で、外国人労働者がむしろ増えているのは、「安い労働力」を求める企業が多いことに加え、いわゆる「3K職種」など日本人が忌避する業種で人手不足が続いていることがある。

日本で働く外国人と言えば中国人が圧倒的に多いというイメージに違いない。だが、この1年で大きな変動が起きた。中国人は0.3%増とほぼ横ばいだったにもかかわらず、ベトナム人が10.6%増と激増。

ついに中国人労働者の41万9431人を上回り、ベトナム人が44万3998人と最も多くなったのだ。ちなみにネパール人も総数は9万9628人と多くはないものの、1年で8.6%も増えた。

なぜか。新型コロナで入国を厳しく制限する中で、1回目の緊急事態宣言が明けた2020年6月から「ビジネス上必要な人材等の出入国について例外的な枠を設置」した。

入国後の14日間の自宅等待機期間中も、行動範囲を限定した形でビジネス活動が可能になるよう行動制限が一部緩和される「ビジネストラック」と呼ばれる枠と、自宅などでの14日間の待機は維持する「レジデンストラック」が設けれた。そのうえで、7月にはタイと並んでベトナムが真っ先にこの対象国に指定されたのだ。

また、10月1日からは、ビジネス上必要な人材に加えて、留学や家族滞在といった在留資格を得た外国人を対象に加え、全ての国・地域からの新規入国を許可した。その際に、「防疫措置を確約できる受入企業・団体がいること」が条件とされたが、これもベトナム人が急増する一因になった。

というのも多くのベトナム人の場合、ベトナムの「送り出し業者」と提携した「受入団体」が関与する事実上の出稼ぎ労働者がほとんどなので、その条件をクリア、ベトナム人の入国が大きく増えることになった。

政府の政策では「GoToトラベル」にばかり世の中の関心が向いたが、その間に着々と外国人労働者を受け入れる門戸が開けられていたのである。

その3割がベトナム人

さすがにこうした措置は1月に緊急事態宣言が再度発出された後、「一時停止」されているが、それでも統計数値の10月末時点以降も多くのベトナム人が入国している。

日本政府観光局(JINTO)の推計によると、11月に1万4700人、12月に1万5700人、1月にも2万人にのぼった。3カ月で何と5万人である。この3カ月間の入国者の総数は16万1900人だったので、その3割をベトナム人が占めたことになる。

ベトナムからは日本語学校などへの留学生も多いが、外国人労働者問題に詳しいジャーナリストの出井康博氏は「本当の目的は日本で働くための偽装留学生がかなりの割合にのぼる」とみる。また日本にやってくる前に送り出し業者などに手数料を払うために多額の借金を抱えてくる労働者も多いという。

留学生は週に28時間までアルバイトをすることができる。夏休みなどは週40時間まで働ける。もっとも、実際には複数のアルバイトを掛け持ちして、届出をせずに働いているケースも多いと見られる。

「偽装留学生」は大きな問題になったこともあり、2020年10月末時点で留学生などの労働者(「資格外活動」という分類)は1年前に比べて0.7%減っている。

一方で大きく増えたのが、「専門的・技術的分野の在留資格」で働く外国人だ。1年で9.3%増えた。2019年4月から「特定技能1号、2号」という在留資格が新しく設けられ、労働者として日本で働ける枠が広がったためだ。

また、技能実習生も4.8%増え、40万人を突破した。途上国などへの技能移転をする国際協力の一環として実習生を受け入れるというのが建前だが、実際には人手が足らない農業や漁業の現場で実習生として働いている外国人が多い。

コロナ下でも実は日本は人手不足

ではなぜ、新型コロナで働き口が減っていそうなのに、外国人労働者は増え続けているのか。外国人労働者がどんな業種で働いているかを見るとその答えが見えてくる。

私たちがよく目にする「飲食店・宿泊業」で働く外国人は1年の間に1.8%減とわずかながら減った。また、製造業も0.3%減である。一方、「建設業」が19.0%増、「医療・福祉」が26.8%増と大きく増えた。

建設業の現場は典型的な「3K(きつい・危険・汚い)」職場で、なかなか日本人の若者は働かない。現場の日本人の高齢化も急速に進んでおり、工事を進めるにはもはや外国人労働者なしには成り立たない、と言われる。

また、急速に需要が増えている介護現場などでも人手が足らず、外国人が戦力として期待されている。「医療・福祉」で働く外国人はまだ4万3446人だが、2年で1.7倍になった。今後も日本の高齢人口は増え続ける見込みで、日本人だけでは介護現場の手が足らないのは明らか。外国人労働者へのニーズは今後も高まるのは確実な情勢だ。

緊急事態宣言が解除されれば、経済活動が本格的に再開されるかどうかを待たずに、外国人労働者の入国が一気に増えることになるだろう。