「ゾンビ企業」が人材を囲う「雇用調整助成金」の副作用

新潮社フォーサイトに6月4日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47984

 雇用調整助成金をご存知だろうか。業務縮小などで一部の従業員を休ませた場合、その従業員の給料分を国が負担する助成金だ。新型コロナウイルスの蔓延で経済活動にブレーキがかかる中、失業を生まない「切り札」として厚生労働省が活用している。2021年4月分までは特例として、支給額の上限が1人1日=1万5000円に引き上げられてきた。要は、余った人員もクビにせず、企業に抱え続けてもらう、という仕組みである。

 企業が不況に直面した際に、雇用調整助成金を出して企業を支えれば、しばらくして業績が回復した時に従業員は失業せずに済む。再び元の職場で給与をもらって働けるというわけだ。働き手からすれば、失業して仕事を探す事態に直面しなくて済むわけで、非常に良くできた制度のようにも思える。だが、米国など欧米の失業対策とは根本から考え方が違うのである。それが今回の新型コロナ対応で鮮明になった。

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3回目の緊急事態宣言でまたも「女性・非正規」へシワ寄せがいく深刻事態  統計のウラ側を読む

現代ビジネスに6月4日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83752

統計上では大幅改善

新型コロナウイルスの蔓延による経済活動の停滞で減少が続いていた「雇用」が持ち直している。

総務省が5月28日に発表した4月の「労働力調査」によると、企業などに雇われている雇用者数は5945万人と前年同月に比ベて29万人増加。2020年3月以来13カ月ぶりに増加に転じた。就業者数も6657万人と、13カ月ぶりに増加した。

宿泊業や飲食サービス業の就業者は引き続き大幅に減少しているが、医療・福祉関係や情報通信など新型コロナ下でも人手が必要になっている業界が就業者を増やしている。

また、非正規の職員・従業員が2039万人と20万人増加。2020年3月から続いていた減少がようやく止まった。正規職員については2020年6月から増加を続けており、そのしわ寄せが非正規に及んでいるとみられてきたが、遂に減少が止まった。

これまで減少が目立った「女性非正規」が1392万人と13万人、0.9%増加。中でも「女性パート」が887万人と19万人、2.2%も増えるなど、統計上では非正規雇用の状況が大幅に改善している。

しわ寄せは弱い立場へ

もっともこれには、「統計のマジック」という側面もある。

比較対象になっている1年前の落ち込みが大きかったためで、2年前の4月の「女性非正規」1450万人と比べると58万人も少ないし、新型コロナ前のピークだった2019年12月の1493万人と比べると100万人少ない。潜在的に100万人の非正規女性が仕事を失っている可能性があるのだ。

さらに「女性非正規」は景気の状況に敏感に左右されていることも分かる。1回目の緊急事態宣言が解除され、GoToトラベルなどで景気底入れが図られた2020年の秋には女性非正規の雇用が増加に転じ、11月には1446万人にまで回復した。ところが2回目の緊急事態宣言が出された結果、2月には1398万人にまで減っている。

4月の1392万人は確かに1年前と比べればプラスだが、水準としては多くない。再びしわ寄せが弱い立場の非正規雇用者、中でも女性雇用者に及び始めている可能性がある。

業種で見ても、女性労働者が多い「宿泊・飲食サービス」の就業者数はこの4月で353万人。2年前の419万人に比べて66万人、率にして16%も減った。

卸売業小売業も1081万人から1056万人に25万人減っている。女性の職場の就業状況は依然として厳しいと思われる。3回目の緊急事態宣言が長引いていることで、女性従業員、中でも非正規雇用者へのしわ寄せは一段と厳しさを増すことになりかねない。

困窮者に救いの手は伸びているか

困窮する人が増えている様子は、厚生労働省が発表している「生活保護の被保護者調査」の「申請件数」や「保護開始世帯数」の推移を見ても分かる。

1回目の緊急事態宣言が出た2020年4月に申請件数は24.9%も増加、開始世帯も14.9%増えた。その後、申請も開始も減少に転じていたが、2回目の緊急事態宣言が出た2021年1月から再び増加している。

申請件数は1月7.2%増、2月8.1%増、3月8.6%増となり、保護開始も1月8.2%増、2月9.8%増、3月8.7%増と大きく増えている。3月の保護開始世帯は2万件を突破した。

もっとも生活保護世帯数全体としては新型コロナの期間を通じてほぼ同数で推移しており、申請が通る人がいる一方で、打ち切られる人もほぼ同数いる状況が続いていると見られる。

仕事を失って困窮している人に十分な救いの手が差し伸べられているのかどうかは分からない。

あくまでも「余剰人員」として

経済的に追い詰められている人が多いことと関連があるのか、自殺者も再び増加傾向にある。

警察庁の統計によると、自殺者数は2020年7月に月次で前年同月比プラスに転じて以降、増え続けている。10月には45%増を記録、特に女性の自殺者が目立った。警察庁の調査では経済的な理由は少なく、病気理由が増えている。

新型コロナによって「巣篭もり」を強いられるなど精神的な圧迫感が大きな理由かもしれないが、失業や職場でのストレスが精神疾患に結びついていることも考えられる。2020年10月は完全失業率が3.1%と新型コロナ以降、最悪になった月だった。

自殺者は1月には前年同月比2.3%増にまで減っていたのだが、これも2月以降、再び増加傾向が鮮明になっている。2月は13.7%増、3月10.6%増、4月19.5%増といった具合だ。

政府は企業に対して雇用調整助成金などを支給することで、雇用を守らせることを政策の中心に据えている。この結果、完全失業率は最低だった2.2%(2019年12月)から前述のように2020年10月に3.1%にまで悪化したが、それ以上、大幅に失業者が増える結果にはなっていない。国が助成金を出すことで、企業に「余剰人員」を抱えさせているからだ。

新型コロナが収束して経済活動が元に戻るとするならば、抱えた人材が再び活躍できることになるが、ポスト・コロナで業態が変わったり、その企業が自力では人員を抱えることができなくなれば、むしろ今後、人員整理を行わざるを得なくなる。労働力統計の一見良い数字を喜ぶことができない理由はそこにある。

経済も動かせず、感染も封じ込められず…菅政権のコロナ対応ますます隘路に ワクチン接種終了時は次の首相?

新しく誕生したメディア『SAKISIRU』に執筆させていただきました。5月31日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://sakisiru.jp/3094

先進国で最も経済的打撃?

緊急事態宣言は思うように効果を上げていない。「人流」を抑えるとしているものの、連休明け以降はむしろ増加傾向で、休業要請に従わない店舗も増えている。人の動きを抑えると言いながら、大型イベントなどは開催を許すなど、対応はチグハグだ。今回も「とうてい解除できる状況にない」という専門家の声を聞いて「延長」を決めたが、厳しい休業要請などはむしろ緩める方向にならざるを得ず、今後も感染が急速に収まることはないという諦めムードが官邸内にも広がっている。

一方で、経済への打撃は深刻だ。昨年4月の1回目の緊急事態宣言での休業は大打撃だったとはいえ、多くの企業、店舗が何とか乗り切った。政府の支援金が奏功した面もあるが、過去からの蓄積を食い潰したところも少なくない。その後、1年にわたって自粛が繰り返されたため、今回の延長で「いよいよ経営がもたない」という悲鳴が聞こえる。

日本の1−3月期のGDP国内総生産)は前期比年率5.1%減とマイナス成長に沈んだ。2020年4-6月期に28.6%減と大きく落ち込んだ後、7-9月期は22.9%増、10-12月期も11.6%増と回復傾向にあったが、1月からの2回目の緊急事態宣言がきき、マイナスに転じた。米国の1-3月期が6.4%増と3四半期連続のプラスになったのとは対照的だった。しかも、今回の緊急事態宣言延長で、4-6月期もマイナス成長になるとの見方が出始めている。

飲食店ばかりでなく小売店やサービス業など多くの店舗、企業にボディーブローのようにきき始めており、先進国の中で日本が最も深刻な経済的打撃を受けるのではないか、という声も出てきた。

「ワクチン」起死回生を図るも…

 経済も動かせず、感染も封じ込められない菅政権への批判の声は日増しに強まっている。一方で、東京オリンピックパラリンピックについては「安全・安心な大会を目指す」と頑なに言い続ける菅首相に怨嗟の声が上がる。緊急事態宣言の効果が明らかに落ちているのも、国民の多くが政府や自治体の言うことを聞かず、行動を止めないからだ。政府・自治体は徹底的に信用を失っている。

そんな菅首相が起死回生の一打として望みをかけるのがワクチン接種。もはやワクチン接種で感染拡大を食い止める以外に道はない、というわけだが、世界から大きく出遅れ、ワクチン接種率は死者が急増しているインドよりも低い。

ワクチン接種は厚労省が所管で、厚労省は当初から予防接種と同じく市区町村の仕事として「通達行政」を行ってきた。2月に始まった医療従事者480万人向けのワクチン接種はいきなり都道府県の仕事に割り振られたが、都道府県にはそのノウハウがなく大混乱。5月末になっても接種がすべて終わっていない。

一方、3600万人いる高齢者は市区町村が行っているが、予約などでこちらも大混乱。菅首相がいくら「7月末までに終わらせよ」と号令をかけても、終わる見通しが立っていない。

そんな中、4月末に菅首相は突如として自衛隊にワクチン接種を行うよう指示を出した。厚労省もワクチン担当の特命担当である河野太郎大臣周辺にも「寝耳に水」の事態で、菅首相からすれば堪忍袋の緒が切れたということか。「何でもあり」の指示を出し始めた。それでも国民の大半がワクチンを打ち終わるのは年内いっぱいはかかるとみられ、起死回生とは言いながら、その効果が出始める頃には首相は替わっている、という可能性が強まっている。

 

首相が命令すれば「自衛隊」は何でもできてしまう!? 大規模ワクチン接種の「薄弱な」法的根拠

現代ビジネスに5月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83541

かつてないオペレーション

自衛隊による新型コロナワクチンの「大規模接種」が5月24日から始まった。東京と大阪の2つの会場で、65歳以上の高齢者を対象に実施、初日は計7348人が接種を受けた。東京で1日1万人、大阪で5000人の接種を目指す。

なかなか進まなかった高齢者へのワクチン接種に自衛隊の投入を決めたのは菅義偉首相自身だった。4月27日に岸信夫防衛相を官邸に呼びつけて、自衛隊に大規模接種会場を設けてワクチン接種を行うよう指示を出した。

河野太郎・ワクチン担当相の周辺でも「突然出てきた話」に驚きの声が上がったという。その段階で3600万人いる高齢者の1回目の接種が終わっていた人は1%にも満たなかったから、菅首相自身がしびれを切らした、ということだろう。

菅首相は高齢者接種を7月末までに何としても終わらせよ、とゲキを飛ばし、5月7日の記者会見でも「1日100万回のワクチン接種を目標とする」と豪語した。

それから1カ月。さすがに自衛隊である。高齢者接種で混乱する自治体を尻目に大規模接種センターを立ち上げて、運用を開始した。

自衛隊の「医官」と「看護官」はそれぞれ1000人といわれているが、そのうち「医官」80人と「看護官」ら200人を全国の駐屯地などから2会場に集め、さらに現地で調整業務に当たる自衛官160人も配置した。自治体では不足しているとされてきた民間看護師も200人常時配置するよう手配したという。

「いよいよかつてないオペレーションに立ち向かう部隊が誕生いたします。協力していただく民間看護師のみなさまや事業者の方々ともどもに、全力を出して参る所存です」

中山泰秀防衛副大臣は大規模接種の開始に当たって自衛官らにこう訓示した。まさに自衛隊ならではのオペレーション(作戦行動)だからこそ、円滑な滑り出しを遂げたということだろう。これから8月までの3ヵ月間、土日も休まずに作戦は続行される。

自治体によるワクチン接種がなかなか進まない中で、自衛隊が力を発揮していることに多くの国民は喝采を送っているに違いない。菅首相からすれば、自らの強力なリーダーシップで自衛隊を動かしたことを「得点」と考えているだろう。だが、本当にそれで良いのだろうか。

自衛隊出動の要件

もともと国民にワクチン接種をすることは自衛隊の任務ではない。任務ではない、というよりも任務だと想定されていない、と言った方がいい。自衛隊法にもワクチンの大規模接種会場の運営などはどこにも書かれていない。

念のために言っておくが、筆者はワクチン接種を自衛隊が行うことに反対しているわけではない。早い段階からワクチンの輸送などに自衛隊を使うべきだと主張していた。

だが、自衛隊を動かす以上、その根拠となる法律をきちんと整備しておくべきだったのではないか。首相が命じれば、「かつてない」作戦行動ができてしまう、というのは法治国家として問題だと思うのだ。

実は、新型コロナウイルス対応で、自衛隊が「前例のないオペレーション」を行うのは初めてではない。

2020年1月、新型コロナの脅威に日本として初めて直面したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」(乗員・乗客約3700名)が横浜に入港した際、自衛隊が出動、生活・医療支援、下船者の輸送支援などを行った。1月31日から3月16日まで46日間、延4900人が活動した。

 

この時の出動の法的根拠について、防衛白書には次のように書かれている。

「帰国した邦人などの救援にかかる災害派遣を実施した」「この際、感染拡大防止のための帰国邦人などへの支援については、特に緊急に対応する必要があり、かつ、特定の都道府県知事などに全般的な状況を踏まえた自衛隊の派遣の要否などにかかる判断に基づく要請を期待することは無理があって、要請を待っていては遅きに失すると考えられたことから、要請によらない自主派遣とした」

自衛隊の出動目的は、防衛出動、治安出動、災害派遣の3つが法律で定められている。災害派遣は原則として都道府県知事の要請が必要だが、危機直面した場合には自主的に派遣できるようになっている。いつ起きるか分からない災害に即応するためだ。

また、それに先立つ1月29日30日に、中国・武漢から邦人を帰国させるためのチャーター機自衛隊の看護官2人を派遣したが、その際には「官庁間協力」という位置づけで参加した。これは、他省庁が行う活動に自衛官が協力するというもので、自衛隊としての部隊行動ではない。

菅首相独自の判断

では、今回のワクチン接種はどんな法的位置づけなのか。

取材してみると「災害派遣」ではないという。事前に都道府県知事からの要請があったわけではなく、菅首相が独自に決めたものだ。新型コロナの蔓延自体は「災害」と言えるかもしれないが、ワクチン接種を「災害救援活動」というには無理があると考えたのだろう。

 しかも、要請なく自主派遣するだけの、緊急性も認められるかどうか微妙だ。命令した菅首相自身がどこまで考えていたかどうかはともかく、さすがに内閣官房防衛省も法的根拠なしに自衛隊を動かせないことぐらい分かっている。

防衛大臣は4月27日の記者会見で法的根拠を聞かれ、こう答えている。

防衛省において様々な病院を運営しております。自衛隊中央病院等々ですね、根拠としては同じような形でなるわけですけれども、自衛隊法の27条の1項及び自衛隊法施行令の46条3項の規定に基づいて、隊員の他、隊員の扶養家族、被扶養者等の診療に影響を及ぼさない程度において、防衛大臣が定めるところにより、その他の者の診療を行うことができるとされていることから、新型コロナウイルスワクチンの接種は自衛隊中央病院が果たすべき本来の任務の一つということで行ってまいります」

自衛隊病院は部分的に一般の患者の診療も行えることになっている。つまり、自衛隊病院の「院外活動」という扱いで、ワクチン接種は自衛隊病院の「本来の任務」だというのである。

これは苦しいのではないか。自衛隊病院が「出動」して、不特定多数の国民にワクチンの大規模接種をすることが、もともと「本来の任務」として想定されていたわけではない。防衛副大臣の訓示にもあったように、「部隊」が「かつてないオペレーション」を行っているのだ。

繰り返すが、自衛隊がワクチン接種すべきでない、と言っているわけではない。こうした法律の「拡大解釈」ではなく、自衛隊に活動させるために法律を整備すればいいのだ。新型コロナの蔓延から1年以上も時間が経っているのだ。時間がなかったわけではない。

法治主義は少数派の危惧?

実は、私がこう考えるようになったのは、80歳代の著名な官僚OBに怒られたからだ。私が、ワクチンの緊急輸送に自衛隊や警察を使うべきだと言ったところ、「何でも自衛隊や警察にやらせろというのは間違いだ」と諭された。老官僚はまさに国家権力を動かす立場にいた人物だ。

自衛隊を動かすというのは国家権力の発動なのだ。その行動はきちんと法律で定めておかなければいけない。これまでも自衛隊が出ていく時には必ず法律を作ってきた。総理が命令すれば前例のないこともやるというのは問題だ。良いことをやるのだからいいではないか、国民に強制力を行使しなければ部隊を何にでも使えるというのであれば、なし崩し的に『いつか来た道』になりかねない」と言うのだ。

 

この件について、与野党の何人かの政治家に聞いてみたが、反応は鈍かった。「国民が求めていることをやっているのだから許されるのでは」というのだ。集団的自衛権解釈改憲で認めた時に怒った人たちも、この件は関心の外のようだ。

首相が善人で、首相が自衛隊に発する命令は常に国民のためになることだけ、という前提で考えているわけだ。悪人が首相になって暴走し、自衛隊に命令を出すということなど「想定外」というわけだ。

頭の体操で、新型コロナ患者を隔離するという名目で自衛隊を使って政権に不都合な国民を拘束することも法律の拡大解釈でできてしまうのではないか、とある幹部官僚に聞いたところ、「法治国家ではそんなことはあり得ない」という答えが返ってきた。

法治国家だからこそ、まずは法律を作るべきだったと思うのだが、どうやら少数派の危惧ということのようだ。

「ダラダラの休業要請で経済疲弊」コロナ死者の少ない日本が最も苦しむ根本原因  ワクチン接種が遅れたのはなぜか

プレジデントオンラインに5月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/46456

自衛隊によるワクチン接種」は厚労省も寝耳に水

自衛隊による新型コロナワクチンの「大規模接種」が5月24日から東京と大阪で始まった。65歳以上の高齢者を対象に初日は計7348人が接種を受け、最終的には東京で1日1万人、大阪で5000人の接種体制を敷く。首相の命令だけで法改正もなしに自衛隊を出動させたのは問題含みだが、ワクチン接種が遅々として進まないことに苛立った菅義偉首相が遂に自ら動き出した、ということだろう。

なにせ世論からは、コロナ対策が「遅々として進んでいない」と責められ、内閣支持率は急低下する動きを見せていた。秋の総裁選での菅後継候補を公然と話題にする自民党幹部が出始めるなど、菅首相はジワジワと追い込まれていた。「高齢者へのワクチン接種が順調に進むかどうかが、政権のアキレス腱になる」と自民党ベテラン議員は言う。

菅首相は4月27日に岸信夫防衛相を官邸に呼び、自衛隊によるワクチン接種を指示した。ワクチン接種を担ってきた厚労省にも、河野太郎・ワクチン担当相にも寝耳に水だったとされる。菅首相がしびれを切らしたのは、その段階でも3600万人いる高齢者のうち、1回目の接種が終わった人が1%にも満たなかったためだ。菅首相が「何としても7月末までに高齢者への接種を終わらせよ」と指示しても、「無理です」と言ってくる自治体が相次いだ。

歯科医師による接種」を解禁して、医師会に圧力

もはや、厚労省が通達を出して、自治体を動かす、という手法では接種は進まないと菅首相は思ったのだろう。厚労省と河野大臣に任せてきた日本医師会への説得にも自ら乗り出し、接種手数料の上積みまで約束した。一方で、歯科医師による接種を解禁したうえ、薬剤師などの活用をブチ上げ、暗に医師会に圧力をかけた。「(医師会が求めた)手当を大幅に引き上げても動かないなら他にやらせる」。医師会が何としても死守したい「規制」に穴を開けるぞ、と迫ったわけだ。

首相は官邸に中川敏男・日本医師会長を招いた際に、日本看護協会の福井トシ子会長も同時に招いた。看護協会に対しても手当の大幅引き上げを約束した。一方で、自衛隊の大規模接種会場では自衛隊の「医官」80人と「看護官」ら200人を全国の駐屯地などから招集しただけでなく、医療従事者専門の民間人材サービス会社を使って民間看護師も200人集めてみせたのだ。看護師協会を通じた要請に頼らずとも人は集められると突きつけたに等しい。

現状は「1日100万回」にはほど遠い

自衛隊による大規模接種会場はわずか1カ月で稼働を始めたが、都道府県や自治体にとっても大きなプレッシャーになった。2月から始めた480万人の医療従事者への接種は、ワクチンの供給は終わったにも関わらず、2回接種が終わった人は5月26日段階で276万人と6割弱、1割以上の人がまだ1回目を打っていない。医療従事者への接種は都道府県の責任で進めてきたが、それすら終わっていないのだ。

一方、高齢者接種もハイピッチで進んでいるとはいえ、5月26日現在で2回目まで終わった人は22万人弱と0.7%、1回目が接種できた人も332万人とようやく9%を超えたところだ。1日あたりの接種回数は40万回を超えたが、菅首相が言う「1日100万回」には届いていない。

それでも医療従事者や高齢者は夏には終わるだろう。問題は現役世代へのワクチン接種がどうなるか、だ。現役世代のビジネスマンの接種が終わらなければ、経済活動を全面的に回復させることは難しい。

今後は「日本人だけが海外に出られない」となる恐れ

そんな中、恐れていたことが現実になった。米国務省が5月24日、日本での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、渡航警戒レベルを、最も厳しい「渡航中止」(レベル4)に引き上げたのだ。

日本では4月から新規感染者が再び拡大、米疾病対策センター(CDC)が定める感染状況で「28日間で人口10万人当たり100人以上の新規感染者」といった基準を超えたとしている。CDCは「ワクチンの接種を終えていても変異株に感染し、広める可能性がある」と指摘しているという。

勧告に強制力はないが、このままで東京オリンピックパラリンピックが開催できるのか、危ぶむ声は高まる一方だ。もちろん、背景には、日本国内でのワクチン接種率の低さがあることは言うまでもない。もっぱらオリパラが開催できるかという視点で語られているが、今後、ワクチン接種を終えた諸外国の人々がビジネスを本格的に再開し、国境を越えた移動を始める中で、日本人ビジネスマンだけが身動きが取れない、ということになりかねない。それくらい日本の接種率は低いのだ。

日本のワクチン接種率はインドよりも低い

NHKの報道によると(Our World in Dataの集計、5月27日更新)、ワクチン接種が完了した人の割合が最も高い国はイスラエルで、59.18%。次いでチリの40.88%、米国の39.19%などとなっている。イギリスも34.79%に達している。一方で、日本はわずか2.31%。感染が爆発して死者が相次いでいるインドの3.04%よりも低い。

 

今後、他の先進国が経済活動を本格化する中で、「ワクチン接種が進んでいない日本は危ないから行くな」といった判断になる懸念が出てきたわけだ。そうなると、日本経済だけが回復から取り残されることになりかねない。

実際、その予兆は出ている。

内閣府が5月18日に発表した2020年度のGDP国内総生産)は、前年度比4.6%減と、リーマンショック時の3.6%減を超え、戦後最悪を更新したのだ。四半期ごとのGDPの年率換算は、1回目の緊急事態宣言が出た2020年4~6月期は28.6%減というマイナスを記録したが、その反動もあって7~9月期は22.9%増、10~12月期も11.6%増を記録した。そのままプラス基調が続けば、年度のGDPリーマンショック時に達することはなかったと思われる。ところが、年明けから2回目となる緊急事態宣言が出され、2カ月以上にわたって飲食店などへの営業時間短縮などの要請が続いたことから、2021年1~3月期が再び5.1%のマイナスに転落した。

一方米国は、2020年4~6月期は31.4%減と日本よりも影響は深刻だったが、7~9月期は33.4%増を記録、10~12月期も4.3%増となった。さらに今年1~3月期は6.4%増に景気回復が加速している。マイナスの日本と完全に明暗を分ける結果になった。

コロナ死が先進国最少だった日本が、経済回復では最悪に

日本の場合、さらに状況は深刻だ。4月に入って3回目の緊急事態宣言が出され、百貨店など大型商業施設にも休業要請が出された。当初予定の5月11日でもその後延長された5月末でも宣言解除に至らず、解除の見通しが立っていない。エコノミストの中には2021年4~6月期もマイナス成長になるとの見方が出始めている。

諸外国に比べて感染者が少なく、死者も少ないことで、感染封じ込めに成功したとして「日本モデル」をアピールする識者もいた。だが、どうも状況は違っている。最も影響が軽かったはずの日本が、他の先進国に比べて大きな経済的な影響を被ることになりかねないのだ。

緊急事態宣言を出しても、欧米のように徹底したロックダウンも行わず、飲食店の休業要請をダラダラと続けた結果、感染が収まらずに経済も疲弊していく最悪のパターンに陥っている。また、切り札のワクチンの確保も後手後手に回ったうえ、確保ができても接種が進まない混乱ぶりを示した。ワクチン接種の遅れは経済復活に致命的な影響を与えることになりかねない。

不寛容な世論を拡大させるSNS 「新聞」が消え社会の分断加速

SankeiBizに5月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.sankeibiz.jp/business/news/210525/bsm2105250601006-n1.htm

 新聞の凋落(ちょうらく)が著しい。世界の中での「新聞大国」と言われてきた日本の新聞発行部数は、日本新聞協会の統計によると、2020年10月時点で3509万部。ピークだった1997年の5376万部に比べて1867万部も減少し3分の2になった。特にここ3年ほどは毎年5%を超す減少率となり、2020年は7.2%減と、まさに壊滅的な減少を示した。

 いやいや、電子版へのシフトが起きているのであって、新聞というメディアが終わったわけではない、という人もいるだろう。確かに減少が本格的に始まったのはスマートフォンが普及し始めた2006年以降で、人々の情報ツールが劇的に変わったことと無縁ではない。だが、「紙の新聞」というメディアが滅びつつあるのは明らかだろう。

 現存する世界最古の紙に印刷した定期刊行の新聞は、1609年に創刊された「レラティオン」というドイツのもので、ハイデルベルク大学に残る。ヨハン・カルロスという製本職人が副業で始めた150部の新聞だったという。紙ということで、それ以前に発行されていて、歴史の中に消えていったものもあるだろうから、近代新聞が生まれてから500年近くたっているだろう。この間、新聞はメディアとして磨き抜かれ、一種の「完成型」になっていた。

 新聞社の電子版は当初、紙の新聞を電子に置き換える作業から始まったが、今ではすっかり「別のメディア」になっている。読者によく読まれる記事も変わり、取材する記者や編集する新聞社のデスクたちの「志向」も大きく変わってきた。紙の新聞と電子新聞は別物である。

 「完成されたメディア」と言ったのは、情報パッケージとしての優秀さだ。慣れた読者ならば1紙10分もあれば一瞥(いちべつ)してその日のニュースを大まかに把握できる。圧倒的な一覧性を持っている。どんどん見出しが目に飛び込んでくる新聞から得られる情報量はパソコン画面から得られる量を凌駕(りょうが)するだろう。

 また、しばしば指摘されることだが、パソコンやスマホで読むニュースは、自分自身の「選択」で選んでいるものが増え、新聞のように、本来興味のなかった分野の記事を見出しにひかれて読むということが少なくなる、とされる。つまり、自分自身の好みにあった情報ばかりを読み、意見の違う情報、関心の外にある情報は無意識に排除していくことになるわけだ。

 「SNS(会員制交流サイト)などのネット上の場合、議論というよりも、自分に似た意見に同調し、『信念を強化』する場になっている」と、かつてインタビューした江島健太郎・「Quora」日本代表が語っていた。中立公正さを重視して両論併記を心がける新聞などの伝統的ジャーナリズムと違い、SNSの利用者は「他人の意見はどんどん聞かなくなって閉じ籠もっている」という。最近しばしば目にする不寛容な世論を拡大させ、社会の分断を加速させているということだろう。

 『フジサンケイビジネスアイ』の休刊で、また一つ「紙の新聞」が姿を消す。デジタル化の流れの中で、致し方ないことだろう。一方で新聞社が人々に幅広い知見を提供し豊かな言論社会を作り上げていく新しいメディアをどう創り上げていくか。大いに注目していきたい。

糖尿病患者にとって便利な「台湾製アプリ」 日本で普及しないのはなぜなのか

デイリー新潮に5月24日に掲載された対談です。ぜひ、ご一読ください。オリジナルページ→

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/05240601/

国民の多くが無縁ではいられない病気

 糖尿病を患う人が増えている。厚生労働省の2017年の「患者調査」によると、病院に入院または通院している糖尿病患者数は328万9000人で、前回調査(2014年)から12万3000人増えて過去最多となった。2008年調査の237万1000人から3回連続で増加、9年で91万人増え、なんと1.4倍に急増していることになる。

 厚労省が2020年12月に公表した別の調査「国民健康・栄養調査」では、2019年時点で「糖尿病が強く疑われる人」は調査対象の男性の19.7%、女性の10.8%に達した。60歳代の男性では25.3%、70歳以上だと26.4%と4人に1人がこれに相当する。もはや糖尿病は国民の多くが無縁ではいられない病気になりつつあるのだ。

 私たちはどう糖尿病に向き合えばいいのか。高田中央病院(横浜市)院長で、糖尿病専門医の荏原太(えばら・ふとし)医師に聞いた。

食生活の「認識」が第一歩

――糖尿病の人が驚くほどの勢いで増加しています。

荏原 生活習慣によって引き起こされる2型糖尿病は、食生活の変化が大きく影響しているのは明らかです。ですから、糖尿病を抑えようと思えば、私たちの食事を見直すしかありません。「ひいお爺さん、ひいお婆さんの時代の食生活に戻すことができれば、糖尿病は抑えられる」と、私はよく言っています。

――食生活の大きな変化が糖尿病の増加に直結しているということですね。

荏原 米国では巨大食品企業や外食産業が、手軽な食事を次々と提供してきたことで、知らず知らずの間に摂取する砂糖と塩、脂肪の量が増加しました。米国で小児糖尿病が急速に増えているのも、食生活の変化が間違いなく背景にあります。日本でも、沖縄のある町にコンビニができたのをきっかけに、その地域の子どもたちに肥満や糖質異常が増えたという報告があります。コンビニが悪いわけではないのですが、子どもたちの食生活を激変させたということでしょう。

――糖尿病の治療に必要なことは。

荏原 2型糖尿病を含めた生活習慣病に対しては、医師も患者も薬で何とかしようと新薬を含む開発など研究が進んでいます。しかし、基本は食事を含む生活習慣を変えることこそが重要なのですが、医師も来院時に食事や運動指導をするのが精一杯で、毎日の生活習慣や食事内容を把握し、日々アドバイスするような生活習慣に寄り添う治療は、理想だと分かりながらも、なかなかできませんでした。

――糖尿病患者が食生活を変えるには、何が重要なのでしょうか。

荏原 何よりも自分自身の食生活を「認識」することが第一歩です。何を食べると血糖値が上がるのか、どういう食生活が病気の改善に役立つのかを、患者さん自身が知ることです。もちろん治療には薬も使いますが、悪化させないためには、生活を見直すことがもっとも重要です。しかし、これは簡単なことではありません。生活習慣病になる人は、生活習慣を見直せないからこそ病気になっているのです。

AIがデータ確認も

 荏原医師は、患者に自身の食生活を「認識」させるため、台湾で開発された「アプリ」を活用している。

――先生がこのアプリに出会ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

荏原 糖尿病でもある中学時代からの友人から台湾の健康習慣改善アプリ『シンクヘルス』を紹介されたのがきっかけです。創業者のエドが自身の祖母の糖尿病を何とか良くしたいという思いから始まったアプリで、その使い勝手とコンセプトに惚れ込んで、オーナーにコンタクトを取りました。台湾まで行き、製作現場や台湾での使用実例を実際に確認。より使いやすいアプリを目指すために、日本人医師のアドバイザーと共同開発することになりました。

 こうした健康サポートアプリは様々なものが開発されていますが、多くは医薬品や医療機器のメーカーが自社製品を販売するための付随サービスとして作っていたり、個人の健康データを集めてビッグデータ化し、そこから利益を生み出そうとするために作られていたりします。シンクヘルスには、そうした危険性を感じなかったことも利用を始めた理由でした。

――仕組みはどんなものなのでしょうか。

荏原 スマートフォンにダウンロードしたアプリで、患者さん自身が食事の写真を、毎回撮影してアップするほか、患者さんが測定した血糖値などの健康データも入力します。患者さん自身がデータを確認することができるので、何を食べた結果、血糖値が跳ね上がったのかといった因果関係を認識することができます。血糖値だけでなく、血圧や体重などの健康データも入力し、薬を飲んだかどうかも記録するので、薬や注射を忘れると血糖値にどんな影響が出るかといったことも分かります。

――そうした情報を医師と共有できるのですね。

荏原 患者さんの承諾の下、医師だけでなく、栄養士や薬剤師などがアクセスできるように設定することで、その時々の患者さんの状況を把握することが可能です。例えば食事の内容に疑問を持った栄養士がメール機能で患者さんにアドバイスをしたり、患者さんもアプリを通じて医療スタッフに質問したり、常に医療関係者につながっている安心感を得られますが、反面、患者さんによっては、監視されていると感じる人もいます。

――診察のときばかりではなく、常時、患者の健康状態を把握しておかなければいけないので、医師やスタッフには大きな負担になるのではないでしょうか。

荏原 確かに毎日80人くらいの患者さんのデータを見るのは大変です。しかし、患者さんが1カ月ごとに来院する際、1カ月間の生活や血糖値の推移などを細かく聞き取る手間を考えれば、状況をすでに把握していることで、診察の負担が軽減されます。2019年の日本病院学会では、「健康生活サポートアプリシンクヘルスを用いた生活習慣病行動変容プログラムは患者 QOLのみならず医師業務負担も軽減した」というタイトルで発表をさせてもらいました。また、今はAI機能が患者さんの健康データを判断し、自動的にメッセージが送られるようなサービスも始まっています。


どこまでが診療行為か

 しかし、現在の「診療報酬」では、こうしたアプリを通じた医療アドバイスを想定していないため、医師やスタッフが常時、患者のデータを確認し、アドバイスしたとしても、診療報酬が得られるわけではないという。時間を決め、対面で相談に応じることを前提に保険点数が決まっているからだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、オンライン診療を拡大する医院などがようやく出始めたが、もともと医師会はオンライン診療の解禁には長年反対している。

――患者の健康データを常時見ることができるアプリは、糖尿病患者にとって非常に有効に思えますが、問題点はあるのでしょうか。

荏原 どこまでが診療行為に当たるのか、明確な線引きが難しいという問題があります。糖尿病ではインシュリン注射を打つケースが多く、その結果、低血糖になって最悪、意識を失うケースもある。データを見ていて低血糖になっているのが分かるのに、医師が何も対応しなくて良いのか、仮に死亡してしまったら、訴えられて負けるリスクはないのか。当面は利用する患者さんと医師の間の契約で免責をうたうしかありませんが、そうしたリスクをどう扱うのかも、今後の課題になってくるでしょう。

――こうした健康データを管理するアプリによって、自身の健康状態を把握できるようになることは確かに便利ですが、先生も先に言われたように、第三者に利用されるという問題も指摘されています。

荏原 今や健康情報の囲い込み合戦が始まっています。ビックデータの形で中国など外国にどんどん流れているとも言われますし、個人情報が流失する危険性も常にあります。健康情報は最大のプライバシーですが、使用されている多くのデバイスやソフトはほとんど外国企業製で、健康情報が外国に流れていく。人権意識が鈍いと言われる中国などでは、政府が個人のプライバシー情報を収集していると指摘されています。この台湾製アプリを使うのは、そうした患者さんの懸念を少しでも払拭したいという思いがあります。