ついに「東京五輪疑惑」も弾けるのか?本命は招致を巡るカネの流れ ESGで日本は世界から見捨てられる

現代ビジネスに7月30日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/97988

端緒はコンサルの受託収賄疑惑

ついに東京オリンピック東京五輪)を巡る「疑惑」に捜査のメスが入った。東京地検特捜部は7月26日、東京五輪パラリンピック大会組織委員会の高橋治之元理事の会社兼自宅を家宅捜索、関係先として広告大手「電通」の本社も捜索した。また、高橋氏本人に任意で事情聴取も行ったと報じられた。

高橋元理事が代表を務めるコンサルタント会社が、大会スポンサーだった紳士服大手「AOKIホールディングス」(横浜市)から計約4500万円を受け取っていた事で、受託収賄の疑いがかけられている。大会組織委員会の理事は「みなし公務員」で、五輪業務に便宜を図る目的で金品を受け取った場合、受託収賄罪が成立する。

報道によると、高橋元理事が代表を務める「コモンズ」(東京都世田谷区)が2017年秋に紳士服大手のAOKIホールディングスとコンサル契約を締結。2021年夏の大会閉幕までに計約4500万円を受領していた。特捜部は、高橋元理事が理事の職務に関してAOKI側から依頼を受け、コンサル料の名目で賄賂を受け取った疑いがあるとみている模様だ。高橋元理事はメディア各社の取材に対して、「(受領した金は)五輪とは関係ない。働きかけはしていない」と疑惑を否定している。

高橋理事は電通の元専務で、スポーツビジネスに長く携わり、FIFA国際サッカー連盟)やIOC国際オリンピック委員会)や内外の政治家などに幅広い人脈を持ち、スポーツビジネス界のドンとも言われてきた。

筆者は新聞社のスイス・チューリヒ支局長時代、FIFAとの交渉にやってきた高橋氏とチューリヒ市内で会った事がある。サッカー・ワールドカップ(W杯)の2006年ドイツ大会に向けた時期だったが、その前の2002年に行われた日韓W杯を、スイスに単身乗り込んで当時のブラッターFIFA会長と直談判の上、誘致した武勇伝で知られていた。

一方で、当時のFIFAIOCは様々な金銭疑惑や不祥事が続いており、カネの話題に事欠かなかった。

高橋治之氏の役回り

高橋氏はその後、東京オリンピックも、招致活動の段階から深く関与した。日本オリンピック委員会JOC)の会長だった竹田恒和氏とは慶応大学の同級生で、竹田氏が「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」の理事長になると、電通との間で「スポンサー集め専任代理店」契約を結んだ。東京への誘致には成功したものの、招致活動に高額の経費がかかったとしてメディアから追求されたが、一部の経理書類が紛失するなど全貌は明らかにならなかった。

そんな中、2016年にフランスの検察当局が、国際陸上競技連盟の会長だったセネガル人、ラミーヌ・ディアック氏の息子関係する会社の口座に招致委が多額の資金を送金していたことを公表。この会社を推薦したのが高橋氏だったとも報じられた。また、フランス当局の捜査が竹田会長に及ぶのではないかという見方も出る中、2019年に竹田氏はJOC会長を任期満了で退任、IOC委員も辞任した。

さらに、2020年にはロイター通信が、オリンピック招致を巡って高橋氏自身が招致委員会から820万ドル相当の資金を受け取ってIOC委員にロビー活動を行っていたとも報じられた。しかし、いずれも、これまでは疑惑にとどまっていた。

今回の特捜部の捜査がAOKIと高橋氏の問題だけで終わるのか、電通までも巻き込んだ疑惑解明に進むのかは分からない。だが、いずれにせよ、五輪を巡る疑惑が立件されるとすれば、世界が注目した巨大祭典だっただけに、日本の不透明な体質に改めて批判の目が向けられることになりかねない。

日本自体のガバナンス問題

日本では国連が旗を振るSDGsに注目が集まっている。環境問題などに関心の中心があるが、実は欧米先進国ではSDGsはあまり定着していない。似た概念でESG(環境・社会・ガバナンス)という言葉が使われるケースが圧倒的に多い。

欧米ではESGは投資をする際の基準としてスタートしたが、投資だけではなく、政府が出資したり、国際的に資金を拠出した場合などでも強調されるようになっている。世界から資金を集めようとした場合、中でも「G」つまり、ガバナンスのあり方が厳しく問われるようになっている。発展途上国での贈収賄や不正、人権問題への追及がかつてより激しくなり、国際問題化するようになっているのは、社会全体でESGへの関心が高まっている事が背景にある。

そんな中で日本は、様々な場所での不正、ガバナンス不全が明らかになっている。企業不正の表面化は後を立たず、大学など学校法人でもガバナンスの欠如により事件が起きた。ここへ来て、国際的に圧倒的な知名度の五輪大会でも不正がまかり通っていたとなると、日本の国際的な信用は大きく毀損することになる。

国際社会の日本のガバナンスに対する信頼が損なわれれば、今後、大規模な国際イベントを招致した場合、世界からスポンサーなどの資金が集まらず、そっぽを向かれることになりかねない。

今回の事件の捜査の行方は、高橋元理事という一個人を巡る疑惑の追及にとどまらず、日本社会がこうした不正に厳正に対処していけるかどうかを国際社会に示すことになるだろう。

絶対に「減税」はやりたくない…岸田首相が「ガソリン補助金」にこだわり続ける"危険すぎる理由" 「政府は市場に勝てる」と思っているのではないか

プレジデントオンラインに7月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/60026

補助金がなければガソリンは200円を超えている

ガソリンの高値が続いている。いよいよ夏の行楽シーズンの到来だが、愛車を満タンにするだけで1万円札が飛んでいく。日々の生活に車が不可欠な人にとっては、さらに負担は重い。賃金が増えない中でどこから資金を捻出するか。値上がりしているのは、電気代もガス代も食料品も軒並みである。

それでも今のガソリン価格は、政府が巨額の補助金を投じて必死に価格を抑えている結果だ。石油情報センターの調査では、7月19日時点でレギュラーガソリンは1リットル当たり171.4円。3週連続で値下がりしているものの、経済産業省が1リットルあたり36.6円の補助金石油元売会社に出しており、実態としては、依然として200円を超えている。

世界経済の減速懸念から原油の国際価格は若干下落傾向にあるとはいえ、為替の円安が進んでいることもあって、国内ガソリン価格が早期に下落する見込みは立っていない。経産省補助金も膨らむ一方で、いつまで政府が価格を抑え続けられるのか。「出口」がまったく見えなくなってきた。

膨れ上がる補助金…総額1兆6000億円を投じることに

岸田文雄内閣が石油元売会社への補助金を出し始めたのは、今年1月27日から。当初は1リットルあたり5円を支給していた。その予算は2021年度の補正予算から800億円が充てられた。しかし、その後、ウクライナ戦争が始まったこともあり原油価格は高騰。経産省補助金を3月10日から25円に引き上げた。昨年度の予備費から3600億円余りを支出することとした。

岸田首相は4月26日に記者会見に臨み、「総合緊急対策」を公表。その柱の第1として原油価格高騰への対策を掲げた。1兆5000億円を投じて新たな補助制度を設けるとし、補塡ほてんの上限を35円に引き上げて、「仮にガソリン価格が200円を超える事態になっても、市中のガソリンスタンドでの価格は、当面168円程度の水準に抑制します」と大見得を切った。さらに35円を超えて補助が必要になった場合、価格上昇分の2分の1を補助するとした。

この方針を受けて、4月28日からは発動基準は「172円以上」から岸田氏の表明した「168円以上」に下げ、補助額も35円プラス超過分の半額補助に引き上げた。期間は4月末までだったものを、9月末までに延長した。これによって政府は、総額1兆6000億円の巨額の資金を投じることになった。

要は、政府が「市場価格」に対抗して、「公定価格」を貫き通そうとしているわけだ。世界につながっている市場の価格を、政府がカネを注ぎ込むことでコントロールできると思っているのか。本当に政府は市場に勝てるのか。

補助金よりも「揮発油税」の引き下げをすべき

ガソリンを使う消費者の負担を下げたいと思うのなら、真っ先に「揮発油税」を引き下げるべきだったという声は根強い。

ガソリンには1リットル当たり24.3円の揮発油税国税)と4.4円の地方揮発油税が「本則税率」として定められているが、租税特別措置として、さらに25.1円(国税24.3円、地方0.8円)が上乗せされていた。2008年には租税特別措置が廃止されたが、合計金額の53.8円が「当分の間」の暫定税率に据え置かれた。

もともと、ガソリン価格が高騰した時には特別税率の25.1円分を廃止する「トリガー(引き金)条項」が付いていたが、東日本大震災の復興予算を名目にトリガー条項が凍結されている。多くの識者から、これを解除すべきだ、という声が上がったわけだ。

野党の国民民主党は真っ先に、凍結解除による減税を主張。岸田首相が検討するとしたことで、2022年度予算案に賛成した。ところが、岸田首相はその後、まったくトリガー条項の凍結を解除する姿勢を見せずに今日に至っている。

政府が減税よりも補助金にこだわるワケ

トリガー条項の凍結解除による、国と地方の税収減は1年間で計1兆5700億円になると財務省は試算している。すでに補助金への財政負担は半年余りでこの金額を上回っている。にもかかわらず、なぜ政府は、減税ではなく補助金にこだわるのか。

揮発油税は国と地方の一般会計に充てられるため、財務省からすれば使い勝手の良い税源を失いたくない、というのが本音だろう。過去の経緯から暫定税率の上乗せ分はいずれ廃止されるのが本来だったはずで、いったんトリガー条項でその分を減税すると二度と元に戻せなくなる、と考えているのだろう。

また、所管の経産省からすれば、補助金を元売会社に出せば、元売りに恩を売る形になり、役所としての権限強化につながる。減税してもその分価格が下がるだけなので、元売りから感謝されることはない。霞が関全体からすれば、予算規模は大きければ大きいほど、予算執行を通じた権限が増す。政治家にとっても話は同じで、補助金で業界に恩を売れば、選挙でも支持を得られる可能性が高まる。まさに、政官業の「鉄のトライアングル」の結束の結果だと言っていい。

今後、仮に原油価格が上昇を続けた場合、補助金なら元売りが手にする金額が増え続けるというメリットもある。減税はいったん引き下げたら、後は石油元売り会社の自助努力で価格を抑えるしかないが、岸田首相はすでに上昇分の半額補助を打ち出している。

補助金の大判振る舞いは、選挙戦略の一環だった

問題はそんな大盤振る舞いをいつまで続けられるか、だ。あくまで緊急事態に対処するための時限的な措置という建前だから、現状の9月末までという期限を守って、補助金を廃止することになるのか。

その場合、仮に今のままの原油価格で推移したとすると、いきなりガソリン価格が35円以上も跳ね上がることになる。当然、政権への批判が噴出することになるだろう。9月末のガソリン価格が200円弱で推移していたら、補助金を止め、トリガー条項を発動させて25.1円の減税に切り替えることもできる。だが、200円を大きく上回っていた場合、減税分だけでは穴埋めできず、補助金を止めれば価格が急騰することになる。そうなると、永遠に「出口」が見えなくなり、原油価格の下落を祈る以外に方法がなくなってしまう。

岸田内閣は、7月の参議院選挙に勝つことを最優先に、いくつもの「出口戦略」を先送りしてきた。4月にガソリンの補助金をぶち上げたのもインフレ対策を強調する選挙戦略の一環だったと見ることもできる。

市場原理を敵視する岸田政権

さらに、企業が余剰人材を解雇せずに抱えさせる「雇用調整助成金」の期限も6月末から9月末に延長されている。新型コロナウイルス蔓延で経済が凍りついたタイミングでは、雇用調整助成金の効果は大きかったが、長く続ければ「麻薬状態」になり、本来必要な労働移動を疎外してしまう。にもかかわらず、「出口」を先送りしてきたのだ。世界的なインフレと円安によって輸入物価が猛烈に上昇する中で、雇用調整助成金を打ち切れば、一気に失業者が増える懸念もある。

岸田首相は就任前の総裁選時から「新自由主義的政策は取らない」と言い、「新しい資本主義」を標語として掲げてきた。何を具体的に実行しようとしているのかは、いまだに分からないが、どうも「市場原理」を敵視しているように見える。ガソリン市場にせよ、労働市場にせよ、政府がコントロールできると考えているのではないか。

だが、赤字財政の中で膨大な予算を使い続ければ、結局は日本の国力が低下し、円はどんどん弱くなる。するとさらに輸入原油の円建て価格は上昇し、ガソリン価格は上がっていく。そんな負の連鎖につながっていくことになりかねないだろう。

名古屋で高級時計の消費大爆発!?ー日本銀行が言う「強制貯蓄」は本当に景気を回復させるのか

現代ビジネスに7月24日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97824

物価上昇は「貯蓄があるから大丈夫」なのか

物価の上昇が止まらない。6月の全国の消費者物価指数は、生鮮食品を除いた指数が前年同月比で2.2%上昇した。2%超の上昇となったのは3ヵ月連続で、日本もいよいよ世界的なインフレの圏外ではいられなくなってきた。

しかも、企業間の取引の価格である国内企業物価指数は今年1月から9%台の上昇が続いている。輸入物価が4月以降は40%を超える上昇になっており、それが企業物価を押し上げているわけだ。

企業からすれば、仕入れコストが上がったからと言って、すぐに価格転嫁すれば、消費者にそっぽを向かれかねない。または買う量を減らされては元も子もないから、コスト上昇を企業が被って、最終価格は据え置いている。そんな企業努力を続けてきた。

消費者物価の上昇は、そうした企業努力がそろそろ限界に近づいていることを示している。秋に向けて価格転嫁が進み、さらに消費者物価指数が上昇する可能性が高いと見ていいだろう。

日本銀行黒田東彦総裁が6月6日に講演で、「家計の賃上げ許容度も高まってきている」と発言、炎上した。国会に呼ばれて追及された黒田氏は「全く適切でなかった」として発言を撤回したが、家計には余裕があると取られる発言を黒田総裁がした理由が「強制貯蓄」の存在だと見られている。

「強制貯蓄」とは、新型コロナによる外出制限などで消費に使えず、「半ば強制的に貯蓄された所得」を指すそうだ。 日銀では、この「強制貯蓄」が2021年末時点で50兆円もたまっていると試算している。20年末の20兆円から1年間で2.5倍に増えたというから、30兆円もの「本来使われるはずだった所得」が貯まっているというわけだ。新型コロナウイルスの感染が終息して経済活動が元に戻れば、この30兆円が一気に消費に回り、経済を活性化させるというのである。

名古屋異変

確かに、そうした爆発的な消費の気配らしきものも散見されるようになった。

日本百貨店協会がまとめた全国の百貨店の売上高は2022年5月に前年同月比57.8%も増えた。新型コロナによる営業自粛などで2020年5月に1515億円まで落ちた月間売上高が、2021年5月に2465億円にまで増加、今年はそれが3882億円に達した。新型コロナ前の2019年5月の4443億円には達しないものの、大きく回復してきたわけだ。

一方で、スーパーの売上高は振るわない。日本チェーンストア協会の統計によると、5月の総販売高は前年同月比2.2%減である。生活必需品の需要が増えているというよりも、どうやら百貨店の高級品が売れているようなのだ。

5月の百貨店売上高の内訳を見てみると、ハンドバッグや財布など「身の回り品」が103.9%増、「美術・宝飾・貴金属」が97.5%増と、いずれも前の年の2倍前後の売れ行きになっている。まさに、比較的余裕のある層の購買が活発になっているようなのだ。強制貯蓄が吐き出され始めているということかもしれない。

中でも高級時計に着目してみると、名古屋で「異変」が起きているという。続々と名古屋に高級時計ショップがオープンしているのだ。

名古屋三越栄店では6月20日に、スイスの高級時計メーカー「パテック フィリップ」の単独ショップが1階にオープンした。取り扱うパテックフィリップは2000万円程度の価格帯のものが中心で、2億円近い商品も扱うという。

また、松坂屋名古屋店では7月6日に高級ショップが集まった時計売り場「GENTA The Watch(ジェンタ ザ ウォッチ)」がオープンした。同店が時計売り場を改装したのは14年ぶりのことで、面積を従来の約2倍の1200平方メートルに広げた、という。松坂屋で開店に合わせて、スイスの「アントワーヌ・プレジウソ」のブルーサフィアを散りばめた世界限定1本の腕時計1億8150万円を用意したと報じられ話題を呼んだ。

富裕層と庶民のあまりの乖離

こうした超高額の商品が一気に売れ始めている背景には、インフレによる通貨価値の下落を見据えた富裕層が「資産性」の高い実物資産に替えていることがあると見られている。現物資産へのシフトは世界的な流れで、ローレックスなど高級時計の二次流通価格も急騰している。資産性に注目した顧客が一気に消費に走っているようなのだ。

つまり、どうやら、黒田総裁の言った事は、マクロで見れば正しいようなのだ。新型コロナで使うことができなかった「強制貯蓄」が、経済活動の回復と共に、溶け出し始めたとみることもできそうなのである。

だが、ここで大きな問題がある。強制貯蓄が貯まっているのはやはり富裕層なのだろう。貯蓄の使い道が、いきなり数千万円の高級時計になるというのは庶民感覚からは大きくズレている。もちろん、お金持ちがお金をたくさん使えば消費経済は上向くかもしれないが、それが時計店を潤し、そこで働く従業員の給与が上がって、一般庶民が好景気を味わうのには、まだまだ時間がかかる。

目先、猛烈な勢いで上がっている電気料金やガス代、食費などを賄えるだけの賃上げが行われる見通しは立っていない。庶民の暮らしは当面は厳しさを増すというのが実情だろう。

インフレになってもそれを受け入れられる「許容度」があるのは、平均よりも所得の多い人たちで、さらに高額品消費ができるのは、高齢世代を中心とした富裕層だけということになる。やはり黒田総裁は庶民感覚が欠如しているという点において、「全く適切でなかった」ということになるのだろう。

洋古書店の新しい価値を〝展示〟 4代目女性店主の企画力

雑誌Wedge 2021年12月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26110

 

 「あの北沢書店がこんな商売を始めたと言って、SNSで心ない誹謗中傷にも遭いました」と話すのは東京・神保町の老舗洋古書店である「北沢書店」の4代目店主、北澤里佳さん。35歳。「KITAZAWA DISPLAY BOOKS」のブランド名で、インテリア・ディスプレイ向けの「洋書」販売を始めた。つまり、読むのが主目的ではなく、装飾品として飾るための洋書を揃えて売り始めたのだ。

 北沢書店の創業は1902年(明治35年)。里佳さんの曽祖父が古書の露天販売から身を起こして創業。祖父の代、終戦後に「洋書専門店」として成功、3代目の父に引き継ぐ頃に、今の店舗が入る自社ビルを完成させた。戦後の神保町は数多くの大学・専門学校が立地する学者や学生の街で、大学の研究者向けに学術書を海外から取り寄せる仕事などを担ってきた。一世代前の大学教授ならば、北沢書店の世話になった人は少なくないはずだ。

 だが、時代が変わり、オンラインストアなどが全盛になるにつれ、輸入に依存したビジネスモデルは行き詰まり、15年ほど前に新刊書事業を閉鎖。従業員も解雇せざるを得なくなった。それ以降、家族経営で洋古書の専門店として命脈を保ってきたが、図書館がデジタルデータを公開するようになって、洋古書を購入する研究者も少なくなり、いよいよ経営が苦しくなった。店を畳むかどうか、家族会議にもかかるようになって里佳さんは洋古書店を継ぐ決心をする。

 「子どもの頃から当たり前に存在した本がなくなると思うと、いても立ってもいられなくなりました」と振り返る。洋古書店を継ぐことなど考えていなかった里佳さんは、アパレルの世界から大転身して古書業界に飛び込んだ。

 古書が収められた本棚を前にして改めて気がついたのは、その美しさだった。古い欧米の書籍は装丁が素晴らしく、見ていても飽きない。実は、北沢書店の古書を買いに来る若い女性の中にも、装丁の美しさに惹かれてやってくる人がいることに気がついた。本の中身ではなく、装いの美しさにも魅力があることにハッとしたのだという。

 里佳さんは内装を手直しし、照明も変えることで、並んだ洋古書がより美しく見えるように工夫した。シックな装いに変わった店内は、まるでロンドンの学生街の書店にいるかのような佇まいになった。

 北沢書店の3本ある書棚通路の最も手前は、ディスプレイ用古書の専門コーナー。本の内容に関係なく、わかりやすいように990円と1760円、2530円の3段階の価格に設定した。本棚のちょっとしたスペースには、インテリア小物になる、古いカードや切手なども置き、販売している。古書だけではなく、お洒落な空間にふさわしいアンティークな商品を並べている。

 今では、そうしたディスプレイ用に洋書を売る商売も広がっているが、当初は抵抗も大きかった。内容に関係なく値段を付けるのは「古書店の恥だ」といった同業者からの声もあった。だが里佳さんは思った。

 「売れなければ、この素晴らしい洋書がどんどん処分されて消えていきます。1500年代刊行の古書なら500年生きていて、いろんな経緯があって今、この書棚に並んでいる。一冊一冊に物語があるんです。それを考えるだけでも楽しいし、これを燃やしてしまったら、内容はデジタルで残ったとしても、この本自体は永遠に失われてしまいます。ディスプレイ用であれ、誰かが大切に次の世代に繋いでいくことが重要だと感じたのです」

空間が利益を
生み出すようになる

 北沢ビルの2階にあるお洒落な「北沢書店」は、普通の書店に比べると照明もやや暗い。それだけムード満点なのだ。その書店の中を撮影会に有料開放するビジネスも始めた。まさに「空間を売る」商売だ。ふらっと訪れた客も5枚までなら写真撮影自由としたが、古書と人物を入れたショットを撮る場合には、有料という設定にした。アパレル・ブランドの広告撮影に使われるなど、空間が利益を生み出すように変わった。

 戦後に事業を発展させた祖父の口癖は「世界に目を向けなければダメだ」だった。それが戦後の日本では「洋書」だったわけだ。洋書を通じて世界の先端技術と学問を取り入れ、日本経済を復興させていった。もう一つが、「平和であること」。どんなに商売をやろうと思っても、平和でなければ何もできない。里佳さんは、その教えは形を変えても北沢書店のビジネスの根幹にあるべきだ、と信じている。

 インターネットが世界を覆い、情報の流通や書籍のあり方も大きく変わった。そんな中で、どんな商売ができるのか。神保町というと、格式が高いとか、渋い街だという印象が強い。インターネットを活用して、若い人たちにも知ってもらい、足を運んでもらう。フェイスブックやインスタグラム、ツイッターなどのSNSはフル活用し、多くのメディアにも取り上げられた。

 里佳さんは、古書店主ならではの「買い付け」の仕事に面白みを感じている。最近、里佳さんが手に入れたのは、19世紀の英国のデザイナーで詩人のウィリアム・モリスの『トロイ物語集成』。中世の手作業による書物に憧れたモリスがデザインしたトロイ体と呼ばれる活字体が使われている美しい本だ。ページ上部を切りながら読んでいく仕組みになっているが、そこにナイフが入っておらず、誰も読んでいない新品に近いものすごい美本だった。

 本の所有者が亡くなって、その書物を買い付けるケースも多いが、元々の所有者にとっては宝物でも、遺族にとっては不用品でしかない。その価値を見直して、次に欲しいと思う人に繋いでいく。まさに命を吹き込む作業なのだ。「神保町の古書店どうしはライバルではないのです。それぞれに専門分野がはっきりしていて、お互い協力し合う。横のつながりの深い結束力のある街です」と語る里佳さん。業界に新しい息吹を吹き込む新世代として、神保町の重鎮たちにもかわいがられる存在に育っている。

中国「減速」成長率わずか0.4%!日本経済を襲うその深刻な余波 「100円ショップ」商品まで影響

現代ビジネスに7月17日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97577

ゼロコロナ政策に沈む中国の成長

中国の景気減速が鮮明になってきた。中国国家統計局が7月15日に発表した2022年4~6月期の国内総生産GDP)は、物価の変動を調整した実質で前年同期比0.4%の増加にとどまった。1~3月期は4.8%増で、5%を下回った事で大きな話題になったが、今回はそれを大きく下回るほとんど横ばいの数字に失速した。

中国は2020年初に武漢をロックダウン(都市封鎖)するなど、新型コロナウイルスの感染封じ込めを狙う「ゼロコロナ」政策を徹底。欧米諸国に比べていち早く景気回復軌道に乗っていた。新型コロナの封じ込めに成功したかに見えたが、今年に入って大都市上海で流行が拡大。これに対して政府は厳しい都市封鎖を行ったことから、経済が一気に大打撃を被った格好だ。

中でも都市封鎖をした上海市の影響が大きく、同市の実質国内総生産は13.7%のマイナス。行動規制を強めた北京市も2.9%の減少となった。

中国政府は2022年の成長率目標を「5.5%前後」に設定しているが、今回、大幅な減速となったことで、その達成は厳しくなったとの見方が広がっている。

中国国内でも厳しい「ゼロコロナ」政策への反発は強いものの、秋の中国共産党大会で、総書記(国家主席)の3期目続投を目指しているとされる習近平政権は、それまでは何としても国内秩序を平穏に保ちたい意向と見られ、「ゼロコロナ」を放棄する姿勢はまったく見せていない。

今後も、新型コロナの感染が広がるようだと、都市封鎖などによって中国経済が大打撃を受ける可能性もある。米国とともに世界経済を牽引してきた中国の失速は、日本をはじめとする世界に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

深い傷、回復まで相当な時間

上海の都市封鎖解除で企業の生産活動など回復しつつあるが、大きく落ち込んだ消費はなかなか戻る気配が見えない。中国国内の小売売上高は5月は6.7%減と、3ヵ月連続で前年割れの状態が続いている。ゼロコロナ政策によって閉店に追い込まれた飲食店なども多く、5月の飲食店収入は21%も減ったという。

飲食店の閉鎖や小売店の経営悪化によって、若年層を中心に失業率が急上昇していることも大きな問題になりつつある。失業率は4月には6.1%と過去2番目の高さにまで上昇、5月は5.9%に低下したが、16歳から24歳の若年層に限ると失業率は4月の18.2%から5月には18.4%に上昇。これが消費をさらに冷え込ませる要因になっている。

こうした中国経済の減速が、日本経済にも大きく影を落としている。財務省の貿易統計によると、中国向け輸出額は4月、5月と2ヵ月連続でマイナスになった。都市封鎖で中国国内の生産活動や消費が落ち込んだことが大きく響いた。今後、輸出産業向けの原材料などは生産活動の回復と共に増加すると見られるが、中国の国内消費に関連する産業向けの輸出が早期に回復するかどうかは不透明だ。

さらに今後、深刻化しそうなのが、中国からの輸入。日本にとって中国は最大の輸入相手国になって久しい。これまでは安価な家庭用品などの大半を中国に依存してきたが、こうした商品が順調に日本に入ってくるかどうかが懸念される。

ひとつは中国国内の生産能力がきちんと戻って、輸出数量が回復するかどうか。上海の都市封鎖では、日本国内に在庫が少なかった製造用部品などが一気に品不足となり、最終製品の製造に大きな影響が出た。今後、こうした原材料の確保が課題になる。

輸入、買い負け

もうひとつは、価格の問題。この間、為替の円安が大幅に進んだことで、「買い負ける」ケースが増えている。生活用品などでは、中国企業と日本企業との間では円建てで契約が結ばれているケースが多い。このため、円安が進んだことで、日本に輸出するよりも欧米諸国に輸出する方が採算が良くなり、日本に売っても儲からない事態が進行している。価格競争になった場合、欧米各国に買われてしまい、日本企業が思った値段で買えなくなるわけだ。

欧米諸国ではインフレが続いており、商品価格への転嫁がしやすいこともあり、中国からの輸入価格も大きく上昇している。これに対して日本は国内価格への転嫁がまだまだ難しいことから、輸入価格を引き上げられない、というジレンマに落ちいている。

端的な例が「100円ショップ」。低価格が売りの商品のほとんどは中国で製造されているが、従来の価格では仕入れられなくなっている商品が急増。これまでのような封入数量を減らすことで100円を維持することも難しくなった。

為替はすでに1ドル=140円に迫っており、今後も円安傾向は収まらないと見られている。そんな中で、日本が輸入で依存してきた中国からの安いモノが入ってこなくなれば、日本ではモノ不足に陥り、いよいよ本格的な物価上昇が始まることになりかねない。

中国経済の急減速によって、中国に依存してきた日本経済の脆弱性が改めて認識されることになりそうだ。

公務員の給与を上げれば、民間の賃上げも進む…そんな霞が関官僚のプロパガンダにダマされてはいけない  「給与が低いから優秀な人材が来ない」というウソ

プレジデントオンラインに7月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/59601

公務員のボーナスの大幅減は去年のツケ

国家公務員に6月30日、夏のボーナス(期末・勤勉手当)が支給された。管理職を除く行政職職員(平均34.2歳)の平均支給額は約58万4800円で、前年夏に比べ約7万6300円、率にして11.5%減少した。

新型コロナウイルス蔓延による景気悪化から立ち直りつつある民間企業は、利益が大幅に回復し、夏のボーナスが大きく増えた。経団連の調査では、大手企業の夏のボーナスは加重平均で13.8%増えている。民間とのあまりの違いに不平を漏らす公務員も少なくない。

だが、公務員のボーナスの大幅減には明確な理由がある。公務員の給与は民間企業の給与を参考に、毎年8月に出される人事院勧告に基づいて決められる。昨年、人事院は、月給については民間より19円高かっただけだとして、据え置きを勧告したが、年間で4.45カ月だったボーナスについては、新型コロナの影響で民間が激減していたことを受け、引き下げを勧告した。ただし、わずか0.15カ月引き下げて4.3カ月にするという内容で、民間からすれば、あまりにも役人天国という内容だった。

しかも岸田文雄内閣は、昨年末までに必要な給与法改正を行わず、その0.15カ月の引き下げすら先送りしていた。新型コロナで打撃を受けた経済への影響を考慮する、というのが理由だった。

今年4月になってようやく給与法を改正、去年の冬に本来より多く支給されていた0.15カ月分が、今回の夏のボーナスから差し引かれることになった。今回の大幅減は、この影響が大きいわけだ。今年の夏の分も前年より0.075カ月減っているので、これを合わせると11.5%減となり、大きな減少となったように見える、というわけである。昨年、民間では、新型コロナでボーナスが軒並み減らされていたのを横目に、勧告より高いボーナスを受け取ったツケが回ってきたわけで、今回の削減は、時期がズレているにすぎないのだ。

年収の減少率はたった0.92%

それでも、11.5%という数字が大きいせいか、「民間が増えているのに公務員が大幅減というのはひどい」「だから霞が関の官僚が辞めてしまう」といった論調が目に付く。人事院が勧告する際に比較対象にする「民間」は大企業で、ボーナスが下がったからといって「安月給」になったわけではない。昨年の人事院勧告の結果でも、行政職の平均年収で見れば、664万2000円で、6万2000円減少する内容だったにすぎない。減少率は0.92%だ。

決して、公務員の給与が抜本的に引き下げられているわけではなく、庶民感覚からすれば、厚遇であることには何ら変わりはない。

しかも公務員の場合、民間企業に勤めるビジネスマンと違い、会社が潰れて失業するリスクはない。業務成績が悪いからといって格下げされたり、給与が下がったりすることもまずない。本来ならば、その分、民間よりも給与水準が低くて良いはずだが、そうなっていないのだ。

しかし、夏のボーナスのこのタイミングで、「公務員給与は民間よりも下げられている」と声高に語られることには危うさが潜む。今年も8月に出る人事院勧告である。民間のボーナスは大きく増えているといっても、減った分が元に戻っているというのが実情に近いが、公務員の間からは、さっそく、給与やボーナスを引き上げるべきだ、という声が出始めている。8月に人事院が給与やボーナスの増額を勧告したとしても、国民の間から批判が巻き起こる懸念は少ないとみられ、賃上げのムードづくりはできているというわけだ。

公務員給与アップが賃上げの「呼び水」になるかは疑問

政府周辺から繰り返し出てくる発言で、もうひとつ気になることがある。岸田文雄首相は就任以来、「分配」を掲げ、企業に「賃上げ」を求めているが、その「呼び水になる」としてエッセンシャルワーカーの給与引き上げに動いている。給与が安いことからなかなか人材が確保できないとも言われる介護職員や保育士、看護師などの待遇を見直すこと自体は良いことだが、それが民間企業の給与を増やす「呼び水」になるかというと異論も多い。

政府が公定価格を引き上げてこうしたエッセンシャルワーカーの給与を増やしたからといって経済成長につながるかどうかは不透明で、本当に民間の給与の増加につながるのかは疑問だ。逆に政府支出が増えれば、いずれは増税社会保険料の増額で国民負担が増え、可処分所得が減って消費にマイナスとなり、経済成長を阻害する、という見方もある。

しかし、この「呼び水」論が、公務員給与のあり方でも大きな意味を持ってくる。岸田首相は「3%の賃上げ」を民間に求めているのだから、まずは公務員給与を3%引き上げて「呼び水」とすべきだ、という議論が出てきかねない。

もともと、昨年段階で給与法を改正せず、ボーナス削減を先送りしたのも、「景気への配慮」があった。つまり、公務員給与を減らすと、景気にマイナスの影響が出る、というのだ。逆に言えば、公務員給与を増やすことが景気にプラスに働くという理屈である。

「県庁職員の給与を増やせば、地域経済が活性化する」という論理の穴

これは地方公務員の給与問題でもしばしば持ち出される論理だ。

県庁職員は多くの県で「最も安定した高給取り」というのが相場だが、県庁職員の給与を増やせば、職員による消費が増えるので、地域経済が活性化する、というのである。確かに県庁の周りの飲食店などは県庁職員が使うお金に依存している。だからといって、基本的に大きな付加価値を生み出すわけではない政府部門の給与を引き上げたからといって、それが経済成長につながるというのは怪しい話なのだ。

岸田首相は就任当初、「分配することで成長につながる」と言っていた。この論理は、公務員給与を増やしたい人たちにとって、極めて好都合な論理だろう。

「給与が低いから優秀な人材が霞が関に来ない」のウソ

また、しばしば語られる「給与が低いから優秀な人材が霞が関に来ない」という話はどうか。だから給与を増やすべきだ、という理屈として使われるが、これも本当かどうかは大いに怪しい。

霞が関の中堅官僚の多くが中途で官庁を辞めているのは事実だ。優秀な人材なら民間のほうが高い給与を提示するのも間違いない。では、彼らの多くが、給与への不満を理由に辞めているのか、というとそうではない。

多くの中堅官僚の場合、高い志を持って公務員となっているが、仕事で自己実現できない、未来がない、と感じている人が少なくない。スピード出世して若くして課長になり、バリバリ政策を決めて世の中を変えられるという官僚像は今は昔。課長になるのが50歳過ぎ。しかも最近の課長にはほとんど決定権がない。そんな今の役所の人事システムに絶望している人が少なくないのだ。

課長になるまでに25年間下働きをするのなら、すぐにでも大きな仕事を任される外資系コンサル会社に転職しよう、という官僚が増えるのは自然だろう。

 

否決で終わりでは済まない「正論」の株主提案

定期的に連載している『COMPASS』に7月6日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=23053/

 今年、2022年も株主総会シーズンが終わった。3月期決算企業は東証に上場するだけで2,300社あまり。その大半が6月末に株主総会を開いた。

 今年の総会にはいくつかの変化があった。ひとつは総会の開催日が分散したことだ。例年、集中することが多い6月の最終金曜日が24日と早かったカレンダー上の問題もあるが、分散が進むここ数年の傾向が鮮明になったとも言える。東証のアンケートによると、1995年には96.2%の企業が「集中日」に開催していたが、今年は6月29日の25.7%と、過去最低の集中率になった。

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