2017年の給与総額は「実質目減り」 「物価上昇」を超えるレベルの給与増を

日経ビジネスオンラインに2月8日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/020800061/

パート労働者比率の上昇が影響
 会社員の給与は着実に増えているものの、最近の物価上昇で実質目減りとなっている――。厚生労働省が2月7日に発表した毎月勤労統計調査の2017年分で、そんな結果が明らかになった。現金給与総額は前年比0.4%増えたものの、消費者物価が0.6%上昇したことから、実質給与は0.2%の減少となった。

 アベノミクスの方針を受けて日本銀行は2%の物価上昇をターゲットに金融緩和を実施してきた。物価上昇が目標に届かないとして世の中の批判を浴びているものの、現実には物価はジワジワと上昇している。2016年の現金給与は実質でも増加だったが、このところの物価上昇で2年ぶりのマイナスになった。つまり物価上昇に企業の「賃上げ」が追い付いていない、という姿が鮮明になったのである。

 現金給与総額(事業所規模5人以上)は全産業の平均で月額31万6907円。前述の通り0.4%増えた。物価を考慮しない実額ベースでは4年連続の増加になった。2008年には33万1300円だったが、リーマンショックを機に急落しており、いまだにその水準を回復していない。

 もっとも、この数字は正社員などの「一般労働者」に「パートタイム労働者」を加えたもので、一般労働者分だけを見ると様子が違っている。というのも、パート労働者の比率が年々高まっているからだ。2008年に26.11%だったパート労働者の比率は一貫して上昇し、2017年には30.77%になった。パートの給与の総額は9万8353円で、パート比率の上昇は全体の給与額の増加にマイナスに働くからだ。

 一般労働者分だけをみると2008年の41万4449円からリーマンショックで2009年には39万8101円に減少したものの、2017年は41万4001円になった。ほぼリーマンショック前の水準に戻ったとみていいだろう。

 業種別にみると、業界の景況感が鮮明になる。一般労働者の業種分類で最も現金給与総額が高いのが「電気・ガス業」の56万8309円。もっとも前年比では1.1%のマイナスになった。「金融業・保険業」が52万6601円でこれに次ぐが、伸び率は2.7%増と高かった。伸び率が高かったのは「鉱業・採石業等」の2.8%増、「建設業」や「卸売業・小売業」の1.0%増、「医療・福祉」の0.8%増、「製造業」の0.6%増などとなった。

最低賃金引き上げが、パート給与増に寄与
 パートタイムは全体で0.7%増と給与の伸び率では一般労働者を上回った。「医療・福祉」が12万1466円と最も多く、伸び率も2.4%増と高かった。次いで製造業が11万9044円で2.1%増えた。

 一方で、人手不足が深刻化している「卸売業・小売業」や「飲食サービス業等」ではむしろ給与総額は前の年より減少している。平均勤務時間が大きく減少していることが要因で、「働き方改革」による営業時間の見直しや残業時間の短縮などが影響しているとみられる。

 同じ調査では労働時間なども調べているが、一般労働者の1カ月の労働時間は168.8時間で、0.1%増えた。「運輸業・郵便業」の労働時間が186.8時間と最も長く、しかも0.6%も伸びた。宅配便など荷物の増加によって深刻な人手不足に陥っており、それが残業の増加につながっていることを示している。

 建設業や製造業の労働時間の伸びが大きい一方で、正社員でも「卸売業・小売業」や「飲食サービス業等」の労働時間減少が目立つ。

 調査では、パート労働者の時間当たり給与も集計している。2017年の平均は時給1110円と、前年に比べて2.4%上昇した。直近の2017年10〜12月期では1115円に達しており、時給アップが鮮明になっている。時給の上昇は2011年から7年連続。政府主導で最低賃金を引き上げていることが大きい。2010年の平均時給は1021円だったので、7年で90円近く上がったことになる。

 ちなみに全国加重平均の最低賃金は2010年は730円。2017年には848円になっているので、最低賃金の引き上げがパート労働者の給与増に結び付いていることが分かる。

 パートの比率は全産業では30.77%だが、業種によって大きなバラつきがある。最もパート依存度が高いのは「飲食サービス業等」で、何と77.37%。次いで「卸売業・小売業」が44.32%となっている。

 安倍晋三内閣は「最低賃金1000円」を目指して、今後も引き上げていく方針。それに比例してパートの給与も増えていくのは間違いない。パート比率が高い「飲食サービス業等」や「卸売業・小売業」の企業は今後、人件費負担の増加が大きな問題になる。

 パート比率の高い業種には、今後直面するもうひとつ大きな問題がある。「同一労働同一賃金」の実施だ。正社員とパート社員の待遇格差を是正するのが目的で、安倍内閣が今国会で成立を目指す労働基準法改正案などに盛り込まれる見通し。当初、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月からとされていた導入時期をそれぞれ1年遅らせる方向になったが、それでも多くの飲食店や小売店を経営する中小企業も2021年4月には賃金格差の是正が求められる。

より「高く売る」ための工夫が不可欠に
 こうした企業が、これまで通りの仕事のやり方をパート社員にさせ続けた場合、間違いなく大幅な人件費の増加につながり、企業収益を圧迫する。圧迫するどころか、経営が成り立たなくなる懸念もある。

 給与の引き上げを渋れば、今度は人材を確保できなくなるだろう。そうなれば、飲食店や小売店では営業自体が困難になる。いわゆる人手不足倒産に直面することになるのだ。

 これを克服するには、パートや正社員の「働き方」を抜本的に見直す必要がある。今まで当たり前にやってきた作業も、根本から見直して、不要なものは削減するなど思い切った業務見直しが不可欠になる。中堅以上の企業はロボットなどを活用して省人化に取り組む動きも加速するだろう。

 スーパーやコンビニで無人レジの実験が始まっているのはこうした流れを見据えてのことだ。

 もうひとつ考えるべき事は、商品価値に見合った価格、サービスに見合った価格に、価格設定を変えていくことだろう。デフレ時代には値下げしてモノを売る戦略が通用したが、一方で、人件費も圧縮する方向に進んだ。今後、物価が本格的に上昇しはじめ、人件費も上昇していく中で、きちんと製品やサービスに付加価値分をのせて販売していくことが重要になる。

 つまり、より高く売るための工夫が不可欠になるのだ。モノやサービスを高く売り、人件費の増加を吸収していく戦略が求められる。そのためには、商品やサービスの品質に一段と磨きをかける必要が出てくる。飲食サービスなどで、サービスの質を担うのはまさしく人である。働く人たちがどうサービスの価値を上げていくかが本格的に問われることになる。

 そのためには、経営者は働く人たちの創意工夫や努力に見合った賃上げを行っていくことが必要になる。業務改善で付加価値を生めば自分たちの収入も増えるという「好循環」を生んだ企業が生き残り、成長していくことになるだろう。まずは、物価上昇に負けない賃上げができるかどうかが、今後、会社が生き残れるかどうかを判断するリトマス試験紙になりそうだ。

いよいよ「働き方改革」が法案審議に 「高度プロフェッショナル制度」巡り激突必至

日経ビジネスオンラインに1月26日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/012500060/

「70年ぶりの大改革」は実現するか
 「働き方改革」を巡る国会論戦がスタートした。1月22日に2018年の通常国会が開幕し、衆参本会議場での安倍晋三首相による施政方針演説と代表質問が行われた。

 安倍首相は施政方針演説で「働き方改革を断行いたします」と宣言し、「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」に乗り出す意欲を示した。

 そこでまず掲げたのが「同一労働同一賃金」の実現。「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、『非正規』という言葉をこの国から一掃」するとした。2点目は「働き方に左右されない税制」。所得税基礎控除を拡大する一方で、「サラリーマンなど特定のライフスタイルに限定した控除制度を見直す」とした。これは既に年末に閣議決定した税制改革大綱で、サラリーマンに限定されている給与所得控除を縮小する方針として打ち出されている。

 3つ目が「長時間労働」の打破。昨年3月末に「働き方改革実現会議」が打ち出した罰則付きの残業規制の実現に意欲を示した。時間外労働の限度を設ける労働基準法改正案はこの国会に提出されることになっており、いよいよ国会での本格的な議論が始まる。首相はこれに付随して「専門性の高い仕事では、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようにします」と述べた。いわゆる「高度プロフェッショナル制度高プロ)」の導入で、政府の方針としては「残業時間規制」と同時に「高プロ導入」を行うというスタンスだ。

 さらにテレワークや週3日勤務を積極的に導入したことで、大企業を辞めた優秀な人材を集めることに成功したベンチャーの事例などを紹介。「ワーク・ライフ・バランスを確保することで、誰もが生きがいを感じて、その能力を思う存分発揮すれば、少子高齢化も克服できる」とした。働き方改革は社会政策にとどまるものではなく、「成長戦略そのもの」だとしたのである。

 今国会での焦点は、前述3つ目の労働基準法の改正案が通るかどうか、である。

残業時間の上限設定は労働側の「悲願」
 残業時間に上限を設けることは、労働側の「悲願」とも言える課題だ。もともと残業時間は月45時間、年間360時間と労働基準法で定められているのだが、労使で合意し、いわゆる「36(サブロク)協定」を結べば、上限を引き上げることができる「抜け道」があった。

 今国会に提出される法案では、協定を結んだ場合でも許される残業時間の上限を年720時間とし、原則の45時間を超えることができる月も6回までに制限、2カ月ないし6カ月の平均残業時間を80時間以内とした。さらに繁忙期だけ例外的に認める単月の上限を「100時間未満」としている。これに違反した場合には罰則も設けられている。

 この「100時間未満」という上限を巡っては労使双方から異論が出た。100時間を超えて残業して過労死すれば、ほぼ確実に「労災認定」がされる。逆に言えば、「過労死寸前まで働かせてもいいということか」と労働側から批判の声が上がった。一方で、経営者側からは「100時間未満」と厳密に決めてしまうと、実際の職場で大きな支障が出るとして、「おおむね100時間」といった表現にとどめるべきだ、とする意見が出た。

 昨年3月末に働き方改革実現会議が意見を取りまとめる段階で、最終的に安倍首相の裁定として「100時間未満」とすることが決まり、経営側も受け入れた経緯がある。

 経営側が受け入れたひとつの要因が、「高プロ」を同時に導入するという政府の方針が明確になったことだった。これは安倍首相の施政方針にも盛り込まれたが、時間で縛ることにそぐわない従業員を「高プロ」という別枠で処遇する仕組みを作ることで、残業規制に納得した、ということなのだ。

 「高プロ」の対象は年収1075万円以上の従業員で、時間規制や残業規定などの枠から外すことができる。もちろん、管理職は初めから残業規制の対象外なので、現在の給与水準で見ると対象になるのは全従業員の1%未満である。

 「高プロ」制度はもともと2015年4月に閣議決定され、法案が国会に提出されたが、共産党民主党民進党)などが「過労死を増やす」「残業代ゼロ法案」だと強く反発、結局、国会で審議すらされずに、棚ざらしになってきた。

 もともと、労働組合の「連合」は、高プロ制度の導入には反対だったが、昨年7月にいったん執行部が受け入れを表明した。残業時間の上限規制を実現するにはバーターも仕方ない、との判断だった。ところが、傘下の組合から猛烈な反発の声が上がり、白紙撤回を余儀なくされた。連合が合意し、連合の支持政党である民進党が反対に回らないことで、残業規制と高プロは同時に可決成立するとみられていた。そうした安倍内閣の思惑は一気に瓦解してしまったのだ。

希望の党の動きが焦点に
 その後、解散総選挙を機に民進党は事実上分裂。労働基準法改正にどんな姿勢を取るのか全く読めなくなった。また、総選挙で支持政党を明示できなくなった連合が、今後どの政党と緊密に連携していくのかも見えていない。そんな中で、国会に法案が提出されたわけだ。

 代表質問では、野党第1党となった立憲民主党枝野幸男代表が、働き方改革に対して「対決姿勢」を鮮明にした。特に「高プロ」制については、「残業代ゼロ法案」というレッテルを再び持ち出し、悪用されて残業代の不払いにつながりかねないとの懸念を示した。

 立憲民主党民進党の中でも「左派色」の強い議員たちを中心に集結しており、伝統的な組合組織とも親和性が高いとみられる。立憲民主党は今後、共産党など他の野党と協力して、議員立法で対案を国会に出していく意向だ。

 一方、希望の党玉木雄一郎代表も、労働基準法改正案に批判的な意見を述べた。働き方改革について、働く人の待遇を改善することよりも、人件費の圧縮が狙いではないか、と批判した。さらに「高プロ」制度について、「分離・削除することが審議入りの前提と考える」とまで述べ、高プロとセットの法案に反対していく姿勢を見せた。

 これに対して安倍首相は「高度プロフェッショナル制度の創設、裁量労働制の見直しや時間外労働の上限規制はいずれも健康を確保しつつ、誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと改革するものであり、1つの法案で示すことが適当と考えます」とし、あくまでセットでの法案成立を目指す姿勢を強調した。

 いったんは小池百合子氏が率いた希望の党は「穏健な保守」を掲げ、従来のリベラル色を薄めるかに見えた。それだけに玉木氏率いる希望の党が政策でどんな姿勢を打ち出すかが注目されていた。労働基準法改正についても現実的な対応をするのではとの見方もあったが、旧来の民進党左派に近い主張を打ち出しており、「先祖返り」の色彩が強い。立憲民主党の主張とほぼ違いはないように見える。

 希望の党労働基準法改正で「強硬」な姿勢を見せた背景には、労働組合の支持を得たいという思惑があると見られている。立憲民主党に比べて勢いの鈍い希望の党は、旧民進党で無所属で当選した議員たちとの合流などを目指していたが、それも実現していない。このまま次の選挙に突入すれば、苦戦は明らかだ。地方組織を整備するためにも、労働組合との関係回復が不可欠で、地方の労組に反発の強い「高プロ」に明確に反対したのではないかとみられる。

 今後、予算委員会厚生労働委員会での議論が待たれるが、玉木氏の主張通りだとすれば、労働基準法改正案の審議入りすら拒否する事態も想定される。安倍首相が最重点課題とする「働き方改革」に暗雲が漂っている。

「真正面」から外国人労働者を受け入れよう 技能実習の拡大による「なし崩し」は最悪

日経ビジネスオンラインに1月12日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/011100059/

23区の新成人は「8人に1人」が外国人
 1月8日は全国各地で「成人の日」の祝典が行われた。今年の新成人は123万人。前年に比べて横ばいだった。だが一方で、新成人に占める「外国人」の割合は着実に増えている。

 8日夕方にNHKは「東京23区の新成人 8人に1人が外国人」というニュースを流していた。NHKの調べによると23区の新成人は8万3400人で、そのうち1万800人あまりが外国人だという。「留学生」が急増していることが背景にある。

 日本語学校や専門学校、大学などが集中する新宿区が23区内で最も外国人の新成人が多く、およそ1790人。新成人の45.7%が外国人だという。新成人の半数近くが外国人と聞くと耳を疑うが、もはやそれが現実なのだ。次いで豊島区が1200人で38.3%、中野区が860人で27.0%だったと報じられた。成人式に振袖姿で参加する外国人の姿も珍しくなくなってきた。

 実は、こうした傾向は都心部の特殊な地域のものではなくなってきている。工場や農業生産現場の「労働力」として外国人を受け入れてきた地方都市などでも、外国人の新成人が増えている。もはや外国人なしに日本の経済も社会も回らなくなり始めていることを象徴している。

 日本の人口は減少が続いている。総務省統計局が発表する月次の人口推計では、最新の確定値である2017年7月1日で1億2678万6000人。1年前に比べて20万9000人減った。実はここには増加を続けている外国人も含まれており、「日本人」の人口は1億2476万3000人と1年で35万4000人減った。逆に言えば、1年で外国人が約15万人増えているのだ。さらに「日本人」の中には、外国人が帰化して国籍を取得した人も含まれている。

 日本人は高齢化が著しい一方で、外国人は留学生を中心に若年層が多い。このため、新成人で外国人の割合が大きくなるわけだ。当然、働き手となる世代での外国人の割合は高く、もはや外国人なしに不足する人手は賄えなくなっている。

「資格外活動」労働者は3年で2倍に
 昨年末の12月25日、朝日新聞がコンビニ大手ローソンの竹増貞信社長のインタビューを掲載した。コンビニの業界団体である日本フランチャイズチェーン協会が、外国人技能実習生の対象に「コンビニ店員」を加えるよう要望しようとしていることに関して、「必要だ。やるなら早い方がいい」と語っている。

 一方で、理由は「人手不足対策ではない」と強調したというのだ。「レジ係に限らず、コンビニには商品の発注や店舗の清掃など小売業のノウハウが満載だ」「コンビニ業務を身につけて自国に帰れば、その国の小売業で活躍できる」と語ったのだ。

 これにはネット上などで猛烈な批判の声が上がった。ローソンの場合、店舗のスタッフの5%程度が外国からの留学生で、語学学校が集まる東京の都心部では3割が外国人留学生だという。多くの読者はコンビニの外国人店員と日ごろ接している。彼らがいなくなったら営業が回らないであろうことは容易に想像できるだろう。「人手不足対策ではない」という竹増社長の発言が「建て前」であることはミエミエなのである。

 そもそも、急増している外国人「留学生」も、本当の狙いは日本で働く事にあるケースが多い。留学生ビザでは一切働くことができない米国などと違い、日本にやって来た留学生は週に28時間までアルバイトをすることが認められている。さらに夏休みなど長期休暇の間は1日8時間まで働くことができる。

 留学生ビザは、日本語学校などへの授業料が全額支払われていれば、簡単に取得できる。最近急増しているネパールやベトナムからの留学生の多くが、借金をして授業料を払って日本にやってくる。間には業者が介在し、日本で働いた賃金から借金を返済することになる。要は体の良い「出稼ぎ」の仕組みとして利用されている。「留学生」という枠組み自体が「建て前」なのである。

 留学生は働く資格がないということで「資格外活動」として厚生労働省外国人労働者数の統計に登場する。2013年に12万1770人だった資格外活動の労働者は2016年には23万9577人と、わずか3年で2倍になった。2017年10月時点の統計は今年1月末に公表される予定だが、さらに大きく増えていることは間違いないだろう。

 コンビニ業界が「技能実習制度」の枠組みにコンビニ店員を加えるよう求めているのは、そうした留学生の資格外労働に厳しい目が向けられつつあることと無縁ではない。技能実習ならば、国が認めた制度であり、外国人を働かせることが可能になる。

 しかし、「人手不足対策ではない」と言い張らなければならない社長にも同情すべき点はある。技能実習という制度それ自体が「建て前」の制度だからだ。日本で技能を実習して帰り、それを自国で役立たせる、あくまで国際貢献の仕組みだというのが制度の目的になっている。たとえ、自国には造船業が存在しない国からやってくる労働者でも造船業界で「技能実習生」として働けるし、コンビニがない国からやって来た若者にもノウハウを教えることができる。

日本の総人口の「1.6%」は既に外国人
 本来は労働力として受け入れたいのだが、国があくまで「移民政策は取らない」「単純労働者は受け入れない」という頑なな態度を取り続けているために、「建て前」の制度を利用せざるを得なくなっているのだ。

 ローソンの社長が、「はい。人手不足対策として不可欠です」と言ったとしたら、その段階で政府はコンビニ店員を技能実習生として受け入れる道を閉ざしてしまう恐れがあるのだ。

 問題を直視せず、本音を語らず、建て前だけの制度を守る。あまりにも日本的な対応と言えるだろう。

 だが、そうやって「なし崩し的」に外国人労働者を受け入れていることが、将来に禍根を残すことになりかねない。成人式からも分かるように、日本に住んでいる外国人は、社会生活を日本で営むことになる。当たり前の話だが、労働者は生活者でもあるのだ。

 これを欧米先進国では「移民」と呼んで、当然の存在とみなしているが、日本では欧州に大量流入した「難民」問題などと区別もせず、外国人受け入れが社会混乱をもたらすといった恐怖心ばかりが煽られている。

 この結果、政府は真正面から移民問題を議論しようとしていない。国際的な基準では1年を超えてその国に居住する外国人は「移民」という扱いで、日本でも総人口の1.6%が外国人になっている。欧米諸国に比べればまだまだ少ないが、日本人人口の減少が続けば、さらに人手不足が深刻化し、外国人受け入れが不可欠になるだろう。

 その時に明確な移民政策をもたず、生活に必要な日本語や日本の社会制度の教育もまったく義務付けないままで、なし崩し的に外国人が流入してくれば、日本国内に民族ごとのムラが出来上がり、社会的な摩擦の原因になりかねない。ドイツなど移民先進国が過去に犯した失敗を、みすみす日本も繰り返そうとしているようにみえる。

 今後ますます進む人手不足を補うには、長期にわたって日本に住む定住外国人に頼らざるをえないのは明らかだ。そのためにも、早急に外国人受け入れ問題に真正面から向き合う必要がある。

働き方改革で所得が「3%」減る? 残業減らしても所得を維持する仕組みが不可欠

日経ビジネスオンラインに12月29日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/083100051/

月60時間の残業規制で、所得は8.5兆円減少
 「残業代が無くなったら生活できない」――。

 いくら、長時間労働の是正を政府が声高に叫んでも、日本の会社から残業が無くならない最大の原因は、働く側のそうした「本音」にある。効率的に仕事を終わらせて定時に帰るよりも、毎日一定の残業をした方が「手取り」が増える。逆に、残業を止めれば手取りが減ってしまうのだ。

 長時間労働の撲滅を目指しているはずの労働組合も、労使交渉で「残業代は生活給の一部だ」などと主張したりする。過労死するような不本意な残業はともかく、そこそこの残業ならば、むしろ歓迎なのだ。

 だから、子育てや介護などで、本気で定時に帰らざるを得ないような状況に直面すると、「敵」は会社や経営者ではなく、同僚や労働組合ということになる。何せ、本音では残業をしたいと思っている人が少なくないのだ。

 「残業規制で所得8.5兆円減、生産性向上が不可欠」

 そんな記事が多くのメディアで報じられ、話題を呼んでいる。数値は大和総研が試算したものだ。政府が推進する働き方改革によって、国民の所得が減る可能性があるというのだ。長時間労働を是正すれば、その分残業代が減り、個人消費に逆風になる――。長時間労働は是正すべきだ、という「あるべき論」ではなく、いわば「本音」を数字で示した素晴らしい試算だ。

 計算は単純だ。安倍晋三内閣の「働き方改革」によって1人あたりの残業時間が月60時間に制限されれば、労働者全体で月3億8454万時間の残業が減少、それに時間当たりの残業代を乗じると、年間で8兆5000億円に相当するというものだ。この金額は雇用者報酬の全体の3%にあたる。

 この試算は、大和総研が8月17日に発表した「日本経済予測」の中に盛り込まれている。四半期ごとに公表している景気の先行き見通しで、今回は「経済成長の牽引役は外需から内需へ」というのがタイトルだ。

 政府が発表した2017年4〜6月期の実質 GDP国内総生産)成長率が前期比年率で4.0%増(前期比1.0%増)と予想以上の成長になったことについて、「個人消費、設備投資、 住宅投資、政府消費、公共投資といった主要内需項目が全て成長に寄与した」とする一方で、「前1〜3月期に続き、成長の牽引役が内需に交代している点は注目に値する」としている。そのうえで、今後もしばらくはこうした内需主導の経済成長が続くと予測している。

就業者増は見込めず、生産性向上が不可欠に
 「2017年度には、過去の個人消費に停滞感をもたらしてきた(1)年金の特例措置の解消、(2)現役世代の税・保険負担の増加、(3)過去の景気対策の反動、のいずれの要因についても、悪影響が一巡し、個人消費の見通しを明るくする好材料となっている」というのだ。

 そのうえで、考えられるリスクとして「残業代の減少」を挙げている。残業が減っても、その分が他の労働者の仕事に回れば、企業が払う給与総額は大まかに言って変わらない。ところが、残業時間分を新たな労働力で補おうとした場合、240万人のフルタイム労働者が必要になるとしている。「労働力率の上昇の余地も限られており、これ以上の大幅な就業者の増加は望みにくい」ため、残業が減った分、給与総額が減り、経済全体としては消費に回るおカネが減ってしまう可能性が出てくるというのだ。

 もちろん、だからと言って、長時間労働の是正はするな、としているわけではない。「IT(情報技術)投資、研究開発、あるいは企業の合従連衡などを通じた相応の労働生産性の向上が並行して達成されるか否か」が重要だと指摘する。言い換えれば、労働時間が短くなっても、企業の利益を落とさないような仕事のやり方に変えることが重要で、しかも、その分がきちんと労働者の給与に反映されるかどうかが重要だと言っているのだ。

 9月中にも開かれる臨時国会で、政府は「働き方改革」に関連した労働基準法改正案を成立させたい考えだ。その柱の1つが、「罰則付き残業規制」の導入である。今年3月に閣議決定した「働き方改革実行計画」に盛り込まれた規制案では、残業は月45時間、年360時間という原則を維持したうえで、労使合意によって認める残業時間の上限を月平均60時間、繁忙期を含めて年720時間とすることが固まっている。繁忙期の月に例外的に認められる上限も「100時間未満」で決着した。しかも、それを破れば、企業には罰則がかされる。

 8月の内閣改造で「働き方改革実行計画」を取りまとめた加藤勝信働き方改革担当相が、働き方改革担当を兼務したまま厚生労働相に横滑りしており、原案通りの成立を目指す姿勢が示されている。法案が成立すれば1〜2年以内に法律が施行されることになり、確実に残業時間は減る方向へと動くことになるだろう。

 そんな中で、大和総研のレポートが危惧するように、残業時間が減って、給与も減ってしまっては、経済成長の足を大きく引っ張ることになる。では、どうやって生産性を高めていくのか。

 まずは所定労働時間内で従来と同じ成果を上げる工夫がいる。生産性を上げるというと、今までと同じ仕事をより短時間の間に「回転率」をあげてこなす事だと考えがちだ。だが、現実には「回転率」を上げるのはそうたやすい事ではない。そうでなくても「失われた20年」の間に、企業は人数をとことん減らし、スリム化してきた。増えている仕事を今の人数でこなすのは無理だと感じている人も多いだろう。

残業規制と高度プロフェッショナル制度はセット
 そこで不可欠なのが業務改革である。余計な会議や仕事のプロセスを思い切って省き、同じ成果を上げられる工夫をする。また、一人ひとりの仕事を明確にすることで、二重三重になっている仕事を止めることだ。

 しばしば指摘されることだが、欧米企業の方が労働時間が少ないにもかかわらず、生産性が高いのを見れば、まだまだ日本企業に生産性向上の余地はある。

 さらに重要なのは、業務の見直しで生産性が上がり利益を維持できたならば、その分、賃上げを行うべきだ。残業代が減って、その分が企業の内部留保に回っては何にもならない。きちんと、所得が維持される、もしくは生産性が上がった分だけ、さらに基本給やボーナスが上昇する仕組みを早急に取り入れる必要がある。これは経営者の手腕だ。

 「そんなに簡単に賃上げなどしてくれない」と思う人も多いだろう。だが、働く側にとっても追い風がある。猛烈な「人手不足」だ。もはや優秀な人材を確保しようと思えば、給与を引き上げなければ難しい。すでに社内にいる人材にしても、満足する報酬を維持しなければ、ライバル企業に転職しかねない。「長時間労働で安月給」という企業に未来はない。しかも、今後ますます人手不足は深刻化する。特に若い優秀な人材を確保するのは難しい。

 政府も待遇改善を後押ししている。法律で定める「最低賃金」の引き上げだ。大都市部ではアルバイトの時給が1000円を超えてきた。パートやアルバイトの時給が上昇すれば、相対的に若年層の給与も引き上げざるをえなくなる。

 だが、最大の問題点は、「手当が欲しいから残業する」という働く側の「本音」をどう変えていくかだ。一つの方法は、「残業してもしなくても給与は同じ」にすることだろう。手取りが変わらないのなら、残業はしない。つまり「残業」のメリットをなくせば、誰も残業などしなくなる。

 政府が労働基準法改正で実現したいとしている「高度プロフェッショナル制度高プロ)」はその突破口になり得る。労働組合や左派政党は「残業代ゼロ法案」と言って批判するが、対象は「年収1075万円以上の従業員」である。管理職はもともと残業代が払われないので関係ない。

 1075万円以上の年収がある「従業員」は、年金保険料の支払いデータでみると全体の1%未満だ。残業代込みで1075万円以上と考えれば、今の水準より引き上げになる人がほとんどである。さらに管理職でも1075万円以上をもらっていない人は多くいるので、そうした人たちの給与を引き上げる効果もあるだろう。

 つまり、時間に関係なく給与が払われる仕組みが導入されることによって、多くの社員が「どうすれば残業時間を減らせるか」「より短時間で成果を上げられるか」を考えるようになるに違いない。

 そう考えると、残業の上限規制と、高度プロフェッショナル制度の導入という労働基準法改正は、あくまでセットで法案成立させるべきものだろう。

2018年、いよいよ「給与増」が実現へ 人手不足は「高度成長期」に匹敵

日経ビジネスオンラインに12月22日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/122100058/

「3%」の賃上げを政府として求める
 2018年は多くの人たちが「給与増」を実感する年になりそうだ。

 経団連は2018年の春闘での経営側の指針「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)に、月例賃金の3%引き上げを検討することを明記する方針だという。従来より一歩踏み込んで会員企業に賃上げを促す。賃上げによって「経済好循環」を実現したい安倍内閣の要請に経団連として応えることになる。

 安倍晋三首相は、2017年10月26日に開いた「経済財政諮問会議」で、2018年の春闘について「3%の賃上げを実現するよう期待する」と述べ、政府として本格的な賃上げを求める姿勢を鮮明にした。経団連の調査によると、2017年の定期昇給とベースアップを合わせた大手企業の月例賃金の引き上げ率は2.34%で、2018年の春闘ではこれを上回る3%の賃上げを政府として求めたわけだ。

 朝日新聞の報道によると、経労委報告の原案では、首相の要請について「これまで以上に賃上げへの社会的関心が高まっていることのあらわれだ」と指摘し、「月例賃金において、3%の引き上げとの社会的期待も意識しながら検討を行う」と、賃上げの要請に応えてゆくよう会員企業に求めるという。3%という数値目標が示されるのは異例のことだとしている。

 そうした中で、早々に3%の賃上げを打ち出す企業も出ている。証券大手の大和証券グループ本社はすべての社員を対象に、月収ベースで3%を上回る賃上げを実施する方針を固めたと報じられている。来年6月から管理職を含むすべての社員およそ1万4000人を対象に、月収ベースでの収入を引き上げる。引き上げ幅は平均で3%を上回り、子育て世代でもある20代から30代前半については最大5%程度の賃上げを行う方向で詰めているという。

 また、サントリーホールディングスも、新浪剛史社長が年収ベースで平均3%の賃上げを目指す考えを示している。新浪氏は政府の経済財政諮問会議の民間議員も務めており、率先して賃上げに協力する姿勢を打ち出したとみられる。

ベースアップが続くが、実感は乏しい
 2012年末の第2次安倍内閣発足以降、首相は繰り返し企業経営者に「賃上げ」を求めてきた。2017年までに4年連続でベースアップが実現したが、まだまだ働き手には賃金上昇の実感が乏しい。

 安倍内閣が掲げる「働き方改革」では、長時間労働の削減をひとつの柱にしている。だが、残業時間を減らせばその分、時間外手当の減少につながることになりかねない。そのためにも「本体」の賃上げが不可欠になっている。経団連の経労委報告にも、「時間外手当の減少分を社員に還元するのが望ましい」という趣旨の文言が書き込まれ、賞与の増額や新たな手当の創設なども提案される見通しだという。

 安倍内閣は「3%賃上げ」という“口先介入”だけでなく、賃上げする企業への側面支援も決めた。12月14日に自民党公明党税制改正大綱を決定したが、3%以上の賃上げを実施した企業に対して法人税をさらに引き下げることとした。法人税の実効税率は2018年度に29.74%に下がるが、新たに決まった優遇措置の適用を受ければ、25%程度まで下がることになる。法人税率25%は経団連が求め続けてきた「目標数値」でもある。政府がこれに応えたことで、財界としても賃上げに動かざるをえなくなったという事情もある。

 2018年の春闘は5年連続でベースアップが実現する公算が大きい。もっともこうした「賃上げ」はまだまだ大手企業主体で、こうした流れが中小企業などに波及していくかどうかが焦点になる。

 その追い風が、深刻化する人手不足だ。少子化に加えて景気が底入れし始めたことで、特に中小企業は人材採用で苦戦を強いられている。優秀な人材を確保するためには、待遇改善、とくに大手に比べて低い賃金水準の見直しが不可欠になっている。賃上げしなければ人材を確保できなくなっているのだ。

 厚生労働省が12月1日に発表した2017年10月の有効求人倍率(季節調整値)は1.55倍と前の月の1.52倍を上回り、1974年1月以来43年9カ月ぶりの高水準になった。バブル期を上回り、高度経済成長期に匹敵する人手不足時代に突入しているのだ。

 そうした中で、賃金を引き上げられない生産性の低い業種は人材が確保できず、慢性的な人手不足になっている。外食チェーンでは深夜営業や年末年始の営業を縮小したり、店舗閉鎖に追い込まれたりする企業が登場している。経営者からすれば、いかに人手を確保するかが、事業を維持・拡大するうえで、最大のポイントになってくるだろう。

 こうした追い風の中で、2018年は多くの人たちが給与増が実感できるようになるに違いない。毎年続いてきた厚生年金保険料の引き上げも2017年秋で終わり、減り続けてきた可処分所得が下げ止まる。給与が増えれば、可処分所得が増える可能性がある。そうなれば、不振が続いてきた消費におカネが回る。

消費増税前に「経済好循環」が始まるか
 給与増が消費に回り、それが企業を潤わせて、再び給与増になるという「経済好循環」がいよいよ始まる可能性が出てきた。それを先取りしてか、株価も戻り高値を更新している。少なくとも2018年は景気に明るさが見える年になるだろう。

 だが、これで「経済好循環」のエンジン回転が勢いを増すか、というと先行きに不安がある。2019年以降は所得増税と消費税率の10%への引き上げが決まっており、再び可処分所得がマイナスになる可能性がある。2020年の東京オリンピックパラリンピックを控えた「特需」がどれだけ盛り上がり、そのマイナス効果を吸収できるかにかかっているが、2018年にせっかく明るさが見えた消費に再び水がさされる可能性もある。

 2018年度税制改正大綱では、給与所得控除の縮小によって年収850万円以上の給与所得者は増税となることが決まった。基礎控除が拡大されるため自営業やフリーランスは減税になるとしているが、トータルでは増税だ。どれぐらいのインパクトになるかは分からないが、消費の足を引っ張ることは間違いない。

 もうひとつ、頭打ちになったかと思われた社会保険料も再び増加し、可処分所得を圧迫することになる。政府は2018年度の診療報酬改定で、医師の人件費などに相当する「本体部分」を引き上げる方針を固めた。薬価は実勢価格に合わせるだけで大きく減るので、診療報酬改定全体ではマイナスだが、財務省の審議会が求めた「本体部分」のマイナス改定は無視された格好だ。

 医師の人件費が上昇し、医療費が増えれば、その分、健康保険料は上昇する。それでなくても高い保険料だが、その上昇によって、手取りが減る可能性が出て来るのだ。2019年以降も可処分所得を増やす政策を政府が考えなければ、2018年にせっかく明るさが見える日本経済がまたしても失速することになりかねない。

パイロット不足が経済成長のネックに? 影を落とす「ギルド型」人材育成

日経ビジネスオンラインに12月8日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/120700057/

パイロット不足が顕在化

 パイロット不足が経済の先行きに影を落とし始めた。増加を続ける訪日外国人客が日本国内で落とすおカネが、今や日本経済の下支え要因になっている。東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年には4000万人を受け入れる計画だが、大きなネックになり始めているのがパイロット不足。羽田空港の着陸回数を増やすなど大幅な増便を見込むが、飛行機を飛ばそうにもパイロットがいない、ではお話にならない事態だ。

 国土交通省は4年以上前から将来のパイロット不足を懸念してきた。2013年時点では国内のパイロットは5686人だったが、2022年には6700人から7300人が必要になる、という試算を出していた。当時、年齢分布で見ると44歳から48歳だった層にパイロット数の「ヤマ」が存在しており、彼からが退職する15年から20年後にパイロット不足が顕在化する、というのが国交省の「危機感」だった。

 ところが、このところの日本旅行ブームや景気の底入れで旅客機需要が大幅に増加。早くもパイロット不足が顕在化している。

 10月31日のこと。北海道を地盤とする地域航空会社のエア・ドゥ(AIRDO)は11月の羽田−札幌線など34便を運休すると発表した。理由は機長不足。8月と10月に機長2人が自己都合退社した結果、乗員の人繰りができなくなったためだった。

 辞めた2人はボーイング737の機長で、1人は別の航空会社に転職したことが分かった。エア・ドゥの737の機長は現在37人いるが、本来ならば40人程度必要だといい、2月も人繰りがつかずに26便を運休することを決めた。ギリギリの人繰りで運行便をこなしており、機長が病欠したことで2016年にも運休便を出した。高級機の機長は機種ごとにライセンスが決まっているため、他機種への異動は簡単にはできないことも背景にある。

 日本航空機開発協会の資料によると、2016年の世界全体の航空旅客数は37億9300万人。2011年は28億400万人だったので、5年で10億人分の需要が増えた。当然、これに伴って旅客機数も急速に増えており、深刻なパイロット不足の要因になっている。

 特に、日本の航空旅客は、東日本大震災で落ち込んだ2011年を底に急回復している。特に日本にやってくる訪日外国人客が2013年ごろから急増している。アベノミクスによる円安や、入国ビザ要件の緩和、免税品の対象拡大などが起爆剤になった。

羽田と成田の両空港はすでにフル稼働

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2017年1月から10月までの訪日外国人数は2379万人。昨年1年間の2403万人と10カ月でほぼ肩を並べた。今年は2800万人前後になる見通しだ。東日本大震災前のピークは2010年の861万人だったので、何と2000万人も増えたことになる。

 東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年は、オリンピック目当ての旅行者が上乗せされることもあり、政府が掲げる4000万人という目標も決して夢ではない。問題は、それだけの人数を日本に運んでくるインフラが整うかだ。

 羽田と成田を合わせた年間の発着枠は2010年の52万3000回から2014年度には74万7000回に増えたが、すでにフル稼働の状態になっている。2020年にどこまでこれを増やせるかが焦点で、羽田の離着陸ルートの見直しなどが進められている。また、地方の空港の活用拡大なども動き出している。

 だが、空港の発着回数や航空機を増やせたとしても、それを飛ばすパイロットがいなければ、どうしようもない。

 国交省パイロットを養成する航空大学校の入学定員を2018年度から108人程度と、それまでの1.5倍に増やした。また、東海大学ANAホールディングスと連携して、私立大学初のパイロット養成コースを開設している。これまで「あこがれの職業」として狭き門だったパイロットへの門戸を大きく開こうとしているわけだ。それでも年間300人程度のパイロットを生み出すのが限界だと言われる。

 問題は、いくら養成機関を整えても、パイロットになりたいという若者が増えなければ意味がないことだ。圧倒的な人手不足の中で、時間とお金をかけ、厳しい訓練の末にようやく機長になれるパイロットに挑戦しようという若者が減っているというのだ。他業種との人材の取り合いに直面しているわけだ。

 そのうち資金面でのネックを解消しようという取り組みも始まった。パイロット養成課程をもつ私立大学や専門学校など6機関が、パイロットを目指す学生に1人500万円を無利子で貸し出す奨学金制度を2018年度から始めると発表したのだ。6機関合わせ1学年25人の学生が対象になるという。果たしてこれで若者を引き付けることができるかどうか。

「人手不足倒産」が現実味を帯びる

 航空会社からすればパイロット不足は死活問題だ。特に安さが売り物のLCC(格安航空会社)はパイロット確保に今後も四苦八苦することになりそうだ。LCCの間ではパイロット争奪戦が始まっており、より良い条件を提示して機長などパイロットを引き抜く動きが出始めている。需要があるのに飛行機を飛ばすことができなければ、みすみす収益機会を失うわけで、「人手不足倒産」が現実味を帯びる。価格勝負のLCCでは人件費の増加を吸収できるだけの体力がなく、欧州ではLCCの破綻が相次いでいる。

 パイロットのような専門資格が必要な職業では、しばしば人材育成政策の失敗が起きる。日本ではまだまだ「資格を取得すれば、間違いなく就職でき、将来も安定」という前提で資格制度が運用されている。門戸を閉ざして既得権者を守る職業別組合を彷彿とさせる「ギルド型」と言っていいだろう。

 資格を持っているのに失業する事態を防ぐために、「需要を賄うだけの人数を供給する」仕組みに固執するわけだ。パイロットはまさしくその典型で、航空大学校や各航空会社の自主養成など「狭き門」を維持し続けてきた。航空会社同士の本格的な競争がないから成り立ってきた仕組みとも言える。

 ところがLCCの新規参入で状況は一変する。新たにパイロットを必要とする「需要」が生まれたのだ。そこに世界的な景気の底入れによる航空機需要が重なった。圧倒的にパイロットが不足し、それまでの予定調和型の人材育成では間に合わなくなったのだ。

 かと言って、パイロット育成を完全に自由化する方向には行かない。東京オリンピックパラリンピックが終わり、仮に景気後退が始まれば、再びパイロット余剰が起きないとも限らないからだ。余剰が起きれば、リストラなどで既存のパイロットが不利益を被ることになる。また、競争が厳しくなれば、今は増え続けている給与が、反転することにもなりかねない。

 欧米の航空会社の場合、自国のパイロットだけでなく、外国人パイロットを積極的に受け入れ、人数不足を補っている。ところが日本の航空会社で働く外国人機長はまだまだ少ない。パイロットは本来、国際的に通用する職業で、企業間の移動もスムーズなはずだが、日本はその埒外になっている。航空会社の経営層や管理職層が日本人が中心で、なかなかグローバルな経営ができていないことも一因だ。

 日本の航空会社が飛行機を飛ばせなくても、海外の航空会社に発着枠を開放すれば旅客増は賄える、という声もある。だが、はっきりしている2020年に向けた旅客需要の増加を、日本の航空会社として取り込むことができなければ経営としては失敗だろう。せっかく日本で開く大イベントの経済効果を享受できなければ、開催する意味が半減する。

 少子化が進む中で、今後もますます採用難は続くことになる。公認会計士や弁護士など、似たような「ギルド型」の職業でも、試験突破を目指す若者の減少が顕著で、危機感を募らせている。資格取得までの時間と費用、そして労力を嫌う若者が増えたからなのか、その資格職業に魅力が薄れているのか。2020年以降をどう見据えて、パイロットの育成体制を整えるかも、早急に考えなければならない課題だろう。

「銀行が消える日」がやってくる ついに大手銀行が大規模リストラへ

日経ビジネスオンラインに10月27日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/111600056/

3グループ合計で3万2000人分の業務削減

 ついに大手金融機関が大幅な人員削減に動き出す。みずほフィナンシャルグループ(FG)は11月13日、傘下のみずほ銀行の支店など国内拠点の2割に当たる約100店舗を削減、2026年度末までにグループの従業員を1万9000人減らす方針を打ち出した。また、三菱UFJフィナンシャル・グループも2023年度末までに9500人分の業務量を削減、三井住友フィナンシャルグループも2019年度末までに4000人分の業務量を削減する、としている。

 3メガバンクの言い方はいずれも慎重で、大手メディアも腫れ物に触るかのような扱いだ。三井住友は「業務量を削減」という表現をして、人を削減するわけではない、というニュアンスをにじませる。三菱UFJも同様に「業務量を削減」としているうえ、目標年度は東京オリンピックパラリンピック後の2023年度末だ。

 メディアも、「リストラ」という言葉は封印し、「業務削減」「業務の効率化」といった単語を使っている。せいぜい「構造改革」ぐらいだ。「浮いた人員は都市部の支店を中心に投入し、収益力を取り戻す狙いだ」(日本経済新聞)と、あくまで人切りはしないというムードを作っている。

 メガバンクは新卒学生を大量採用してきた。就職情報誌のランキングによると、2016年4月入社では、みずほFGが1920人、三井住友銀行が1800人、三菱東京UFJ銀行が1300人を採用したという。団塊世代の退職などの穴を埋めるために大量採用しているのだ。「メガバンクに就職できて、これで安泰だ」と思う新卒者も少なくなかっただろう。そんな人たちにとって、今回の「リストラ方針」は大きなショックだったに違いない。

 一見、突然のように見える構造改革方針は、なぜ打ち出されたのか。

 一つはマイナス金利政策などに伴う金利の低下で、銀行業務そのものが急速に儲からなくなっていることがある。日本の銀行の伝統的なビジネスモデルは、広く預金を集めて企業などにお金を貸し、その金利差で儲けるというもの。ところが低金利によって、その金利差がほとんどなくなっている。

伝統的な商業銀行は「構造不況」

 さらに、企業などの資金需要が乏しく、銀行から資金を借りるところが激減している。預金が貸し付けに回っている割合を示す「預貸率」は銀行114行の平均(2016年3月期)で68%に過ぎない。預金と貸出金の差額は何と244兆円に達している。

 景気が悪くて企業の資金需要がない、というわけではない。債券発行やファンドからの投資受け入れなど、資金調達手法が多様化していることで、銀行にお金を借りに来なくなっているのだ。

 つまり、構造的な変化が起きているわけで、金利が上昇し始めれば、銀行の収益力は元に戻る、というわけではないのだ。日本経済新聞の記事の中で、三菱東京UFJ銀行の三毛兼承頭取は「伝統的な商業銀行モデルはもはや構造不況化している。非連続的な変革が必要だ」と発言している。

 だが、ここまでならば、世界的な低金利の中で、欧米の金融機関が直面してきた課題と変わらない。欧米では10年以上前から店舗網の縮小や窓口業務を行ってきた行員の大幅削減などを行ってきた。日本のメガバンク構造改革方針は、10年遅れのリストラ、と見ることもできる。

 問題は、銀行の経営がさらに深刻なことだ。人工知能(AI)やフィンテックと呼ばれる金融技術の進化によって、銀行業務そのものが「消える」可能性が出てきているのだ。特に資金決済など、伝統的に銀行が担ってきた業務が急速に新しい仕組みに置き換わりつつある。店舗でのATMを使った振り込みがパソコンなどを使った振り込みに変わるだけなら、銀行の役割は変わらない。ところが、今進んでいることは、銀行を介さずに携帯電話端末の間だけで決済ができてしまう新しい仕組みの進展だ。国境を越えても関係がないため、高い手数料を取ってきた銀行の外国為替業務なども減っていく。

 さらに、ブロックチェーンと呼ばれるシステム上の帳簿技術やそれを使ったビットコインなど仮想通貨が広がれば、ますます伝統的な銀行業務は消えていく。その変化のスピードは10年単位という話ではなく、数年で景色が一変する可能性を秘めている。つまり、10年後に1万9000人削減といった悠長な話ではないのだ。

 もちろんメガバンク自身が、ブロックチェーンを含むフィンテックを使った新しいビジネスモデルへと転換していくこともあり得る。その場合に最大の障害になるのが、従来の行員だ。紙の伝票を処理し、現金を1円の狂いもないように数える人手を大量に使う仕事は、今も銀行の内部にしぶとく残っている。顧客に窓口で順番待ちをさせ、人間が一つひとつの用件に対応していくスタイルは基本的に19世紀と変わらない。

終身雇用は企業にとって「好都合」

 新卒で銀行に入った人材は、こうした伝統的な業務を「スキル」として叩き込まれるが、10年後、20年後にそのスキルが役立つことはないだろう。仮にそうした人たちの業務を残そうとすれば、銀行自体の収益力はさらに下がり、競争力を失っていく。

 欧米の銀行ならば、消える職種の従業員は「リストラ」で解雇されるのが一般的だ。いわゆる「ジョブ型」の採用形態が一般的な欧米企業では、その人が携わる仕事がなくなれば解雇理由になる。

 ところが銀行を含む日本企業の場合、いわゆる「メンバーシップ型」の採用が一般的なため、担っている職務がなくなったからと言って簡単にはクビにならない。他の職種に転換したり、別の業務を担ったりすることで「社員」としての地位は保たれる。

 一見、働く側にとって有利な仕組みに見えるが、実際は企業にとって好都合な仕組みだった。新卒で採用すれば辞令一枚で全国津々浦々、どこへでも転勤させられる。自分の業務が終わっても、隣の人の仕事が残っていれば手助けするのが当たり前。何せ業務範囲が明確に規定されていないのだ。終身雇用で生涯面倒をみる代わり、企業の意のままに働くという日本型の雇用慣行が続いてきたのだ。

 こうした雇用慣行が今後の銀行経営に大きな足かせになるだろう。今、銀行が直面しているのは、おそらく数百年に一度の大変化だ。銀行のビジネスモデルを根底から見直さなければならない中で、旧来モデルに対応するための人材を抱え続けなければならないのだ。支店業務で「優秀」だった人材が、フィンテックの世界で力を発揮できるとは限らないのに、解雇できないわけだ。

 フィンテックに対応してビジネスモデルを変えられなければ、銀行の収益力はさらに低下することになるだろう。赤字に陥れば、雇用確保などと言っていられなくなる。「業務量を削減」した分、人員も減らすというリストラが本格的に始まるのも、そう先の話ではないだろう。

 従来の「銀行員」が姿を消したとしても、金融業務がすべてなくなるわけではない。また、機械に置き換わらない仕事も必ずある。資産運用の方法についてアドバイスしたり、税務や相続などの相談を引き受けたりするのは「信頼」がベースになければ難しい。機械がとって変わるのは簡単ではない。

 欧州のプライベートバンクは、かつては企業向けの融資なども行っていたが、利ざやが小さくなるとともに貸金業務から撤退、今のような富裕層の資産運用を行うビジネスモデルへと変化していった。顧客を担当するリレーション・マネジャーは原則として交代はなく、生涯にわたって顧客と付き合い、細々とした相談にのる。数年で担当がぐるぐる変わる日本の銀行とは発想が違う。おそらく、こうした業務は簡単には機械に置き換わらないだろう。

 果たして日本のメガバンクは生き残っていけるのか。どんなビジネスモデルに転換し、そこで働く人材はどんな人たちが求められるのか。ここ数年では予想できないほどの大変化が起きる可能性もありそうだ。