なぜ震災後も円高傾向が続くのか 阪神大震災後にも起きた資金還流

 6月6日、ロンドン市場で為替相場が1ドル=79円台を付けた。震災直後に一気に円高に振れた為替相場は、介入などもあっていったんは円安方向に戻るかに見えたが、ここへ来て再びジワジワと円高になっている。マスコミは80円台割れにも大騒ぎしなくなった。未曾有の国難に直面して3カ月近く、対応は後手後手になっているというのに、なぜ円高なのか。ビジネス情報月刊誌「エルネオス」6月号(=6月1日発売)に掲載した拙文を以下に再掲します。ご一読を。
URL:http://www.elneos.co.jp/

市場が信じたレパトリ
 東日本大震災為替相場も大きく揺れている。大地震津波が襲った三月十一日に東京市場為替相場は一㌦=八一円八九銭だったが、翌週になると急激に円が買われ、一時、海外市場で七六円二五銭の史上最高値を付けた。十六年前に付けた最高値である七九円七五銭を一気に更新したのだ。
 為替は経済力の反映だといわれる。大震災によって日本経済が大打撃を被ったら、為替は円安に動いてもよさそうなものだ。ところが最高値を付けた。これはいったいどうしてだろうか。
 三月十六日から十七日にかけて、為替は八〇円台から一気に四円も円高に動いたが、これは投機家によるマネーゲームだったとの見方が広まっている。個人投資家が多く参加しているFX(外国為替証拠金取引)の場合、損失額が一定以上になった場合、強制的に反対売買されて損失が確定される仕組みになっている。投機家たちは短期間に円を買い上げることで、そうした強制反対売買を誘い、結果的に巨額の利益を上げたというのだ。もちろん、これには反論もあって、強制的な損切りルールがあったからこそ円高が止まったという主張もある。
 だが、なぜ円を売り浴びせるのではなく、円買いだったのか。
 最高値を付ける過程で、市場で流れた解説は「レパトリエーション(Repatriation)」だった。為替市場ではしばしば使われる用語で、「レパトリ」と短縮されることもある。海外に投資している日本の資産が国内に還流することを指す言葉だ。
 つまり、東日本大震災が起きて被災した企業や個人が資金が必要になり、海外に投資していた資金を取り戻すのではないかというわけである。もちろん震災直後の三月の段階で海外の資産を売って日本に持ち帰る動きが出ていたわけではないので、あくまで、そういう動きが広まるのではないかという市場の思惑が働いたというわけだ。
 多くの市場関係者がレパトリ説を信じたのにはわけがある。円は十六年ぶりの高値と書いたが、十六年前に何が起きたか。一九九五年の一月に阪神淡路大震災が起き、神戸を中心に大きな被害が出た。円高が猛烈に進み、最高値を付けたのはその三カ月後だったのだ。今回も同じことが起きるのではないかというのが市場関係者の〝直感〟だった。
 では、現実はどうなるのだろうか。企業にせよ個人にせよ、震災復興に向けて資金が必要になるのは間違いないだろう。個人が預金を取り崩す場合、それが外貨預金だったり、海外株に投資している投資信託だったりするにちがいない。一千二百兆円といわれる個人の金融資産のうち海外投資に回っている割合は、阪神淡路大震災の頃に比べて格段に高まっている。震災復興が動き出せば徐々にレパトリが起きる可能性は十分にあるとみるべきだろう。
 もっとも、今回の大震災では復興が大きく出遅れている。被災地域が阪神淡路の時とは比べものにならないほど広範囲に及んでいること。津波による被害が大きく、インフラが根こそぎ壊滅しているケースが多いこと。被災者に高齢者が多く、生活再建が進んでいないこと、などが原因だ。十六年前に比べて復興が動き出すタイミングは大きく後ろへずれ込むだろう。
 いずれにせよ、復興が動き出せば、海外からの資金還流が起きることになるだろう。また、復興によって日本の将来に期待が持てるということになれば、海外の投資家が日本に投資する。米国の著名投資家ウォーレン・バフェットが震災直後に日本に投資すると発言したのが典型例だろう。こうした日本への投資の動きも、海外から国内への資金の流れとなるわけで、円高要因だ。

円とドルの通貨発行量説
 十六年前と大きく違っていることがもう一つある。それは国の財政が弱っていることだ。この十六年、国は大量の国債発行を続け、借金大国となった。現在の公債発行残高は六百三十七兆円。阪神淡路の頃は二百二十五兆円にすぎなかった。今回の大震災の復興費用に加え、東京電力福島第一原子力発電所の事故被害の補償費用など、国の支出は巨額になる。当面は国債で調達することになるが、国債増発は金利上昇に結びつく可能性が高い。
 日本の金利上昇も、いうまでもなく円高要因である。海外に比べて金利が高くなれば、投資資金が日本に入って来る。日本企業が金利が低い海外で資金調達し、日本に資金を持ち込めば、レパトリと同様の効果がある。
 レパトリのような資金の流れではなく、相対的な通貨の発行量で為替水準は決まるという説もある。二〇〇八年のリーマン・ショック後、金融危機と経済の底割れを回避する狙いで米国財務省は大量の資金を供給する量的緩和策を実施している。「QE1」「QE2」と呼ばれる政策で、要は大量のドル札を刷りまくっている状態が続いている。量が増えれば価値が下がるのは当然で、長期的なドル安傾向が続いている。
 日本でも、大震災の復興財源を賄うために国債を発行し日銀が引き受けるべきだという主張がある。国債を日銀が引き受けるということは紙幣の増刷になるわけで、米国と同様の量的緩和になるわけだが、日本銀行はこれに消極的だ。これも円高要因である。日米で相対的に通貨量が少なくなっている円が強くなるのは当然という理屈だ。
 レパトリ説にせよ、通貨発行量説にせよ、今の状況が続けば、ジワジワと円高傾向が続くことになりそうだ。
 菅直人内閣は、もはや効果がないといわれている政府日銀による為替介入を実施、円高阻止を掲げている。「円高は日本経済にマイナス」という前提を信じて疑わない様子だが、本当に円高はマイナスなのか。次号ではこの点を考えてみたい。