土壇場で反対派委員を大量登用の「茶番」 言論封殺の審議会で強行した「IFRS採用先送り」で本当に喜んでいるのは誰か?

講談社「現代ビジネス」に掲載された拙稿を編集部のご厚意で転載します。 
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11138?page=4

 審議会というのは、役所がやりたい政策を実現するための隠れ蓑だとしばしば批判されてきた。本尊の姿が見えないから隠れ蓑と呼ばれる訳だが、ここまで大根役者が露骨に姿を現すと、茶番劇という他に適切な表現方法はない。

 舞台は6月30日に金融庁で行われた企業会計審議会。国際会計基準IFRSの扱いについて審議するとして、委員が召集された。
 審議会の冒頭、異変が起きた。事務局が新任の臨時委員の名前を呼び上げたのだが、何とその数10人。ここ1年ほど、IFRS導入反対のキャンペーンを精力的に繰り広げてきた佐藤行弘・三菱電機常任顧問ら"反IFRS派"がズラリと顔をそろえた。幕が開いたらメインキャストががらりと変わっていた、というわけだ。

「意見書」を無視した事務局

 冒頭、挨拶に立った自見庄三郎・金融担当大臣は、こう言い放った。

 「今回は政治的決断として大きく舵を切らせていただきました」

 企業会計審議会では2009年にIFRSの扱いに関する中間報告をまとめた。上場企業にIFRS導入を義務付けるかどうか2012年までに決断。もし強制適用ということになった場合は3-4年の準備期間を置く、というものだった。これを「2012年にとらわれず、総合的に成熟された議論を早急に開始する」としたうえで、準備期間を「5-7年」としたのだ。要は先送りを決めた、と述べたわけである。

 いくつかの議題を先に議論し、IFRS問題にテーマが移ると、ここでも異常な光景が繰り広げられた。「臨時委員」として任命されたばかりの委員が次々とIFRSへの反対論を述べ始めたのだ。普通、臨時委員は、正規の委員に遠慮して、なかなか発言しないことが多いが、今回は、事務局に促されて滔々と反対論をぶち上げる委員が目立った。

 真っ先に発言したのが、佐藤行弘氏。自らがまとめた企業の要望書を説明し、「要望は大臣のご挨拶と機をいつにした内容」だと媚びへつらった。ちなみにこの要望書については、以前このコラムでも取り上げた。

 そもそも自見氏は、審議会に先立って先送りの方針を政治主導として記者クラブで発表したが、その資料は「自見事務所が作ったもので、金融庁の担当課は関与していない」代物で、内容は佐藤氏らが掲げる反IFRSの主張そのものだった。「機をいつにしたとは良く言ったもんだ」と正規の委員は苦笑していた。いわば、舞台上に大根役者と振り付け師が同時に現れたようなものだったのだ。

 正規の委員である島崎憲明・住友商事特別顧問が「2009年に決めた日本版ロードマップを見直すにはそれなりのデュープロセスが必要。唐突感がある」と大臣の政治主導に異論を唱えたが、新任の反対派の声にかき消された。日本公認会計士協会の山崎彰三会長が「2012年に決断するというのは国際公約になっているので、先延ばししないで欲しい」と発言したが、もはや反論というよりも哀願調だった。

 審議会では反IFRS派の声が圧倒的に大きかったが、それも当然だった。事前に推進派・賛成派に圧力がかかっていたのだ。

 推進派の旗頭とも言える藤沼亜起・IFRS財団評議員会副議長(元日本公認会計士協会会長)は欠席。取締役を務めている東京証券取引所自主規制法人の会合と重なったためだ。同法人のトップは林正和・元財務事務次官で、金融庁は当然、その日程を知っていたはずだ。さらに藤沼氏は欠席に当たって「意見書」を審議会宛に出したが、事務局はそれを無視。審議会では意見書が出ている事実すら報告されなかった。

 国際派の金融マンである柴田拓美・野村ホールディングス副社長兼COOも海外出張で欠席だった。その日程もはるか以前から決まっていた、という。

 それまでのメインキャストは軒並み降板させられたり、舞台の袖で羽交い絞めにされていたわけだ。

日本の転向に喜ぶ韓国と中国

 それでもIFRSについて議論を深めるという点については、推進派からも反対派からも異論は出なかった。だが、反対派が大挙加わった審議会で、今後、どんな議論をするのだろうか。

 反対派の多くがIFRSの基準内容を批判していた。

IFRSは企業を売買するための会計基準」「IFRS採用で含み損が顕在化することを恐れた経営者が年金制度を廃止する恐れがある」「会計制度は文化を反映した制度であるべき」「IFRSは国際資本市場というローカルな場で通用する基準」「IFRSは全面時価包括利益一本になる」

 いずれも事実を誤認したり、短絡的に捉えたうえでの意見に思えた。要望書を出した佐藤氏らは、IFRSを批判しながら、一方で2016年3月まで認められている日本企業のSEC基準(米国基準)使用の期限撤廃を求めていた。要望書に名を連ねた企業の多くがSEC基準を使っており、反IFRS運動の本当の狙いはSEC基準の使用継続ではないか、という見方も出ている。

 IFRSに反対する審議会メンバーの間からは、IFRSの基準設定に日本としてもっと意見を言えという声も出ている。「IFRSに背を向けておいてIFRSの基準を作っている国際機関に意見を言えと言っても難しい」と藤沼氏は言う。

 ここへきて日本がIFRSに反対姿勢を取ることで本当に喜ぶのは誰だろうか。東日本大震災で負担が増えている企業がIFRS導入の経費負担に耐えられない、というのが自見大臣の説明だ。先延ばしになって日本企業は本当に喜んでいるのか。この点は今後の検証が必要だろう。

 だが、確実に喜んでいる勢力がいる。韓国と中国だ。韓国は今年から上場企業へのIFRS適用を義務付けたが、「韓国企業の決算書に対する国際的な信頼性を向上させるために、IFRS採用を国家戦略として決め、実行してきた」と韓国のIFRS対応に詳しい杉本徳栄・関西学院大学大学院教授は指摘する。

15年の努力が水泡に帰する

その韓国が狙っているのがIFRSの基準を決めるIASB理事会やその運営母体であるIFRS財団の主要ポスト。日本は理事会に1つ、財団評議員会に2つなど多くの主要ポストを握り、IFRSの基準設定に影響力を持ち始めている。韓国は日本のポスト奪取を狙っているのだ。

 韓国の弱点はIFRS財団への資金拠出が少ないことだった。日本は設立以来のメンバーで資金負担も大きい。ところが、「韓国は日本並みの資金負担ができるように、基金集めを始めている」と杉本教授は言う。

 中国も同様だ。中国は国際ルールの決定に関与することを国策として位置づけているがIFRSはその重要ターゲットの1つ。ところが昨年、中国は、大きな失態を犯していた。

 IFRS財団がアジア地域にサテライトオフィスを作ろうとしている問題で、日本に完敗したのだ。IFRS財団の評議委員も務める住友商事の島崎氏が、オーストラリアとインドに積極的な根回しを行い、「東京」で票固めを終えた段階で、中国に仁義を切りに行ったのだ。

 中国はアジアのサテライトオフィスを輪番制とし、「次は北京」にするよう強く主張している。日本が反IFRSに舵を切ったことを、サッカーの試合で言えば後半残り5分で敵失で点を得たように喜んでいるだろう。

 日本は橋本龍太郎首相時代の1998年に踏み切った「会計ビッグバン」以来、日本基準の大幅な変更を次々に行い、国際化を進めてきた。その痛みに耐えながら、現在のIFRSでの主要ポストを手に入れてきたと言っても過言ではない。日本がここでIFRSに背を向けることは15年以上にわたって積み重ねてきた努力を水泡に帰すことになりかねない。

 IFRSを巡る問題を単に、会計基準という辛気臭い問題だと捕らえては大間違いだ。国際的なルールづくりを巡るヘゲモニー争いにどう日本が勝っていくか。グローバル経済を勝ち抜いていく覚悟が必要だ。