もう「カネ余り」は終わった。日本企業にも忍び寄るクレジットクランチの大津波。資金繰り確保が最大の課題に。

欧州の金融危機は日本も無縁ではありません。12月7日に現代ビジネスにアップされた原稿を編集部のご厚意で以下に再掲いたします。
オリジナルページは→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/29055


 欧州を中心とした金融危機が一向に収まる気配を見せない。ギリシャ国債に続いて、イタリア国債金利が急上昇し、スペイン、ハンガリー、フランスなどに飛び火しつつある。日本の報道を見ていると、国家財政の破綻に焦点が当たっているため、日本とくに企業経営者の間では、まだまだ危機感が薄い。

 ユーロ圏の景気減速による欧州売上高の減少や輸出の落ち込みを懸念している人は多いが、日本企業に迫る危機の本質は別のところにある。クレジットクランチ、つまり必要な資金が市場から調達できない危機の到来である。

 日米欧の主要中央銀行は11月30日、市場にドル資金の供給を拡大するための対応策で合意した。金融機関がドル資金を容易に調達できるようにするのが狙いで、2008年のリーマンショックの際に導入した仕組みを大幅に拡大したものだ。現在の欧州の金融危機が、リーマンショック当時のような危機に発展すると金融当局が懸念していることを示している。

 では、リーマンの時に何が起きたか。瞬間的に銀行間の短期金融市場が"消滅"し、どこの銀行も市場から資金を調達できなくなったのである。今の欧州の現状は、当時と瓜二つ。銀行間取引では短期資金が取れなくなっている。

 リーマンショックの際には日本の国際的な活動をしている大企業も資金繰りに窮した。「トヨタ銀行」とまで言われていたトヨタ自動車ですらドル資金の確保に難渋し、資金担当者はまさに世界を駆けずり回った。「あの時は胃に穴があくのではないかと思った」と振り返る。その時とそっくりの状況が再び起きようとしているのだ。

「主要取引銀行から数百億円規模のまとまったコミットメントラインを取った」とある大手非製造業の取締役は言う。コミットメントラインとは銀行との間で取り交わす契約で、あらかじめ決めた融資枠の上限までならば、審査なしで銀行が資金を提供することを保証する制度。通常2年程度の契約で、企業は融資枠の一定割合の契約料を支払う。つまり、イザという時に資金を借りる保険契約のようなものである。

 実際に銀行から資金を借りてしまうと、手元資金として置いておかねばならず、当然、バランスシート(貸借対照表)も膨れてしまう。コミットメントラインを利用することで、バランスシートのスリム化ができる。一方、銀行にとっても実際に巨額の資金を貸し付けることなく一定率の手数料収入を得られるわけで、収益の安定化につながることから、この10年ほど大企業との間で急速に契約が膨らんだ。

 もちろん、金融機関はイザという時に融資しなければならないリスクを負うが、過去十年来のカネ余りで、その際の資金手当に不安を感じる金融機関などなかった。もちろん、金利上昇リスクを回避するために、金利スワップを実施したり、国債CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を買ったりしている。金融機関も保険をかけているわけだ。

 ここまで書けばお分かりだろう。ギリシャやイタリアで金融危機の引き金になったのはCDSである。国債債務不履行になった場合にその損失を保証する金融派生商品(デリバティブ)である。ヘッジファンドが投機の対象として使い、ギリシャを破綻に追い込んだ「悪玉」として最近日本では報道されているが、まっとうな金融機関もリスクヘッジに使っている。

 一方で、国際金融市場では急速に資金の枯渇が始まっている。リーマンショックの原因は金融市場でのレバレッジ(信用倍率)を高めすぎたために発生した一種のバブルだという反省から、国際金融当局は、国際的に活動する金融機関への規制を強化し、レバレッジを圧縮させようとしている。レバレッジが低くなれば、当然、信用創造は減り、資金が枯渇し始める。そして資金調達力が最も弱いところから破綻が始まるわけだ。それがギリシャだったのである。

 今の段階になっても中堅企業の最高財務責任者(CFO)などからは「銀行は貸出先がなくて困っているではないか」とカネ余りが続いているという声が聞こえる。確かにバランスシート上はそうだ。銀行が集めた預金が貸し出しに回っている比率である「預貸率」は低下し続けている。だが、これはあくまでもバランスシートの話だ。その余ったカネを銀行は自行の地下金庫に積み上げてあるわけではない。多くが日本国債に投資されている。

 コミットメントラインを結んでいる企業が一斉に融資を求めたらどうなるか。バランスシート上は貸し出し余力があっても、貸すための資金(キャッシュフロー)をどこからか持ってこなければならない。銀行がかけている"保険"を頼って資金調達しようにも難しい、日本国債を売ろうにも簡単には売れないとなると、貸し出す資金そのものが不足する事態に陥りかねないのだ。資金繰り危機である。

 リーマンショック時の資金繰りを巡る問題でん、日本国内での教訓は、一斉に企業が資金を求めた時に、銀行は大企業への貸し出しを優先し、中堅企業は後回しになったことだろう。各国が協調した資金の大量供給で、クレジットクランチ状態は比較的短期に解消したため、中小企業の資金繰り破綻ラッシュは避けられた。賛否両論あるにせよ、亀井静香・元金融担当相による中小企業への資金支援も、資金繰り破綻を防ぐという意味においては一定の役割を果たした。

 ある大手投資銀行の幹部は「G20やG7の財務相中央銀行総裁会議の議論を見ていると、間違いなく今後は信用収縮が続くことになる」と語る。こうした金融機関の一部では増資や預金集め、保有資産の売却による資金確保に動き出している。明らかに「カネ余り」は急速に終焉しつつあるのだ。

 日本企業の若手CFO経理担当者は、入社以来、カネ余り経済が続いてきた、という人が多い。資金繰りに奔走した経験を持つ人が驚くほど少ないのだ。これは政策を決める政治家や官僚、学者、新聞記者にも共通している。本当に市場から資金が枯渇すれば、企業の資金繰りを誰も助けてはくれない。とくに中堅企業はそうだ。日本企業はもう一度、イザという時の資金繰りがどうなりそうか、財務戦略を再検証しておく時だろう。