金融庁は本日も抜本改革やる気なし 大物揃いの有識者会議は「言い訳作り」ではないのか!?

「日本の金融業が世界で闘うなんて所詮無理な話だ」。政治家や官僚だけでなく、金融業界の人たちと話していてもそんな言葉を耳にします。意欲のデフレとでも言うのでしょうか。金融行政を司る金融庁も似たような印象です。日本で金融資本市場の活性化なんて出来っこないと思っているかのようなのです。しかし、世界は動いています。シンガポールも香港も、そして中国・上海も、金融業の中心になろうと大きな目標を掲げて改革を進めています。止まっていればどんどん劣後していくというのが現実なのです。現代ビジネスにアップされた拙稿です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37515

金融庁財務省は11月11日、「金融・資本市場活性化有識者会合」を立ち上げ、初会合を開いた。安倍晋三内閣が推進する「成長戦略」に沿って日本の金融・資本市場の魅力を向上させる「金融分野での成長戦略」をまとめるのが狙いという。1,600兆円にのぼる家計の金融資産を成長分野に振り向ける具体策などを話し合い、年内に提言をまとめる、としている。

有識者会合のメンバーは大物ぞろい。伊藤隆敏東大大学院教授、日本投資顧問業協会の岩間陽一郎会長、三井住友フィナンシャルグループ奥正之会長、三菱商事小島順彦会長、日本取引所グループの斉藤惇最高経営責任者(CEO)、吉野直行慶大大学院教授の6人が名前を連ねる。
日本銀行もオブザーバーとして加わる。

いかにも大きな改革が行われそうなムードだが

日本経済新聞は9日付けの朝刊1面トップで「非課税の私的年金創設 金融分野で成長戦略」と大々的に報じた。初会合を開いた翌日付けでは「眠る1,600兆円 成長資金に個人資産の投資促す」という見出しを立てた。
 新聞各紙も「『貯蓄から投資』促進へ」と報じた。いかにも大きな改革が金融分野で行われるようなムードである。
 日経の1面記事では「金融ビッグバンは銀行と証券の垣根を撤廃するなどの自由化が中心だった。
 (今回は会合では)年金などの個人マネーに焦点を当てて税制や規制を見直す」と書き、橋本龍太郎内閣が2006年に踏み切った金融分野の大改革「金融ビッグバン」に匹敵するといった書きぶりだった。

 では、そんな大改革がぶち上げられるのか。

「年末まで時間がないし、(金融庁が)やりたい事は決まってるんでしょう」と有識者会合のメンバーのひとりは言う。

 設置が決まったのは1カ月ほど前。超多忙の6人のスケジュールを合わせるだけでも困難を極める。
 しかも年末に向けて忙しい時期だ。税制を変えようと思えば、12月の税制改正大綱に盛り込まなければならず、一から議論していたのでは間に合わない。役所にやりたい事があるだろう、というのはそういう意味だ。

 では金融庁は何を考えているのか。

 「慌しく会合の設置を決めたのは、官邸からの宿題に答えるためだ」と関係者は語る。
 政府の日本経済再生本部(本部長、安倍首相)は10月1日、「成長戦略の当面の実行方針」という文書を「本部決定」した。

 6月に閣議決定された成長戦略「日本再興戦略」を具体化していくうえでの方針を示したもので、A4版5枚の本文と図版化した概要1枚(PDFです)からなる。

有識者会議の立ち上げは「日本再興戦略」で出された宿題をこなすため

 安倍首相自身が規制改革の突破口と位置づける「国家戦略特区」の創設や電力システム改革の断行。健康・医療市場の改革、農地集約・清算合理化等による農業の競争力強化といった22の項目が列挙されている。

 その中に「金融・資本市場の活性化」という項目が盛り込まれており、次のように書かれている。

 「家計の金融資産を成長マネーに振り向けるための施策をはじめとする日本の金融・資本市場の総合的な魅力の向上策や、アジアの潜在力の発揮とその取り込みを支援する施策について、年内に取りまとめを行う」

金融庁はこの宿題をこなすために、バタバタと「有識者会合」を立ち上げた、というわけだ。

 実は、6月に閣議決定された成長戦略(PDFです)にはこう書かれていた。

 「アジアの成長も取り込みつつ、証券市場の活性化や資産運用マーケットの強化を図ること等により、アジアNo.1の金融・資本市場の構築を目指す」

 そのうえで、「金融・資本市場活性化策の検討」と題して、「我が国金融・資本市場の国際競争力を強化するため、金融庁財務省、民間有識者による金融・資本市場活性化ワーキンググループを設置し、金融特区のフィージビリティも含めた市場活性化策を検討し、本年中に概要を固める」となっていた。

 にもかかわらず、ほとんど具体的な作業は進んでいなかったのである。
 8月から10月まで本格的に議論が展開された「国家戦略特区」の候補項目選定でも、結局、金融特区はほとんど議論されないままに終わった。
 9月になっても「ワーキンググループの設置に向けて金融機関などからのヒアリングを行っている」状態だった。会合設置に向けて有識者に声をかけた段階では「金融特区についての議論を」と持ちかけていたが、時間切れとなっていた。10月1日の本部決定で宿題を再確認され、慌てて今回の有識者会合の設置となったわけだ。

「金融処分庁」には国際競争力強化の意思なし

 要は金融庁の現場に日本の資本市場を抜本的に改革して、国際競争力を高めようという気がないのである。

 金融機関の箸の上げ下ろしにまで口をはさみ、不正の摘発に明け暮れて、「金融処分庁」と揶揄されているうちに、世界の中で日本の金融をどう位置付け、強化していくのか、という視点を持つ官僚が激減してしまったのだろうか。

財務省の中堅幹部からも「金融庁には大局的な政策立案をする力はない。企画部門を財務省に戻すべきだ」という声が上がる。
 もちろん財政と金融行政は分離しておくに越したことはないのだが、一方で誰も日本の金融・資本市場の未来像を描かなくなってしまった側面は否定できない。

日経新聞の1面でデカデカと報じてもらったお陰で、金融庁の面子は何とか保たれた格好だが、年末までにどんな大玉が出てくるのか。

 個人金融資産を「貯蓄から投資へ」移すという。
 「貯蓄から投資へ」は小泉純一郎内閣や第1次安倍内閣時代のキャッチフレーズで、郵政改革や政府系金融機関改革など「金融自由化」を進める旗印だった。これによって日本の株価も大きく上昇したのは確かである。
 今回の有識者会合のメンバーである伊藤隆敏教授は第1次安倍内閣の時に改革の司令塔だった経済財政諮問会議の議員として活躍した。では、同じ改革を再び実施すれば、日本の金融は強くなるのだろうか。

 日本では家計が持つ資産の54%が現預金で株式は8%、これに対して米国は現預金が13%で株式は32%だという。しばしば使われる数字だが、家計資産の54%を占める現預金の質が大きく変わってきているのではないか。

本当に1,600兆円もが箪笥に眠っているのか

金融危機後の小泉内閣時代は箪笥預金も多く、現金のまま置かれているものが多かった。
 銀行への不信感が去った現在、現預金の多くは銀行預金に回っている。その銀行預金の行く先はどこか。デフレ経済が進む中で貸し出しはどんどん減ったため、銀行の多くが日本国債保有を増やした。
 年金資金の多くも日本国債に回っている。普通国債の発行残高は2013年度当初で749兆5,846億円にのぼる。第1次安倍内閣当時の2006年度末は531兆7,015億円だから、218兆円近くも増えているのだ。それだけ市場の消化力があったということだ。

「眠る1,600兆円を成長資金へ」というのは一見正しい言い方だが、実際に1,600兆円が箪笥の中で眠っているわけではない。
 この個人金融資産を「成長資金」にするということは、過度に国際投資に偏った日本の銀行のバランスシートを改革する必要が出てくる。

 政府の成長戦略の土台の1つになった自民党日本経済再生本部の「中間提言」(PDFです)には5つの柱の冒頭に「地方再生なくして日本再生なし」が掲げられ、その一番目の施策として「地域金融の刷新、中小企業の再生」が上げられ、具体策として「地域金融機関の再編促進」と記載されている。

 地方の金融機関が国債保有機関になってしまっていることと、地方の中小企業に貸し出しが回らないことは裏腹の関係だと指摘しているわけだ。
 個人金融資産の問題は運用利益を非課税にするといった小手先の問題ではなく、日本の金融業界、金融・資本市場をどう再構築していくかと言う問題に直結しているのである。
 日本の金融界が抱える構造的な「重し」を外さない限り、日本の金融・資本市場が世界と伍して闘い、アジアナンバーワンになることは難しい。

このままでは「言い訳」にもならない提言書が出て来るのがオチ

「中間提言」には「株式持合い解消等」として、「株式持ち合いや、銀行資本による株式保有を通じた支配により、日本の企業は『ぬるま湯』的な経営風土に陥り、産業全体の新陳代謝が停滞している。ドイツの成功事例を見習い、持ち合い解消を促進し、『ぬるま湯』経営からの脱却により、経済活動の活発化を図る」という項目も含まれている。
 融資先企業という顧客を銀行が実質支配することで、「ぬるま湯」経営に浸かってきたのは、企業ばかりではなく銀行も同じだ。

 銀行の機能を復活させるには、こうした過去からの負の遺産清算することが不可欠なのだが、「持ち合い解消については、金融庁がまるでやる気がない」(自民党幹部)という。
 付け焼刃で立ち上げた有識者会合から「銀行の株式保有禁止」といった声でも挙れば別だが、このままでは「言い訳」にもならない提言書が出て来るのがオチだろう。