安倍首相は倒産減少をアベノミクスの成果だと言いますが、そもそもアベノミクスが追求していたのは廃業率の引き上げ、つまり倒産増加だったのではないでしょうか。現代ビジネスに書いた原稿です→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41468
東京商工リサーチが発表した11月の全国企業倒産件数は736件と、11月としては24年ぶりに800件を下回った。1年前の2013年11月は826件だったので、14.6%も減ったことになる。
銀行の支援で生き延びる企業が増えただけ
24年前といえば1990年。まさにバブルの絶頂期だった頃である。好景気によって企業収益が上がり、倒産する企業がどんどん減った。では、今回の倒産減少もアベノミクスによって景気が回復した結果なのか。バブル期を上回るほど、経済環境は好転しているというのだろうか。
「倒産件数は24年間で最低です」
「民主党政権時代よりも2割、倒産を減らしました」
12月14日に投開票が行われた衆議院選挙の遊説中、安倍晋三首相はこう繰り返した。つまり、倒産件数が減ったのは、自らが主導してきたアベノミクスの効果だというのである。アベノミクスによって「行き過ぎた円高」が是正されたことから、企業業績が好転。その結果として倒産が減ったというわけである。
だが、現実は少し違うようだ。アベノミクスによってデフレから脱却しつつあることで、企業業績が好転しているのは確かだ。輸出型企業も円安によって大幅に利益を増やしている。確かに、アベノミクスによって倒産の危機を免れた企業もあるに違いない。しかし、東京商工リサーチは、倒産件数が減少した理由として次のように分析している。
「金融機関が中小企業のリスケ要請に応じていることや、景気対策として実施された公共事業の前倒し発注などが抑制効果を高めた」
つまり、倒産が少なかったのは、企業に貸し込んでいる銀行などが、支払いの期日や金額などの見直し、いわゆるリスケに応じていることが大きいと見ているのである。本来なら倒産してもおかしくない企業を金融機関が支えているというわけだ。地域の金融機関がそんな事ができるのは金融緩和の結果、潤沢な資金が市場に供給されているからで、その意味ではアベノミクスの効果と言うこともできるかもしれない。
だが、本来ならば市場原理で淘汰されるべき企業が、銀行の支援で生き残ることで、いわゆるゾンビ企業が増え続けているという指摘もある。
アベノミクス以前から倒産は減り続けている
現在の倒産件数の激減が、アベノミクスの結果ではないと言える、もう1つの理由は、民主党からの政権交代で、倒産件数のトレンドが変わったわけではないことだ。民主党が政権を握っている間も、倒産件数は減り続けてきた。
企業の倒産件数はリーマンショック後の2009年3月に1537件とピークを付けたのち、減少を続けてきた。民主党政権が発足した直後の2009年9月に1155件と1200件を割り込んだあと、東日本大震災前の2011年2月には987件と1000件の大台を下回った。民主党が政権を手放した2012年12月は890件だったから、単純に計算すると民主党政権期間中に倒産件数は23%も減ったことになる。
リーマンショック後に猛烈な円高となり、電機メーカーなどが軒並み赤字に転落する中で、なぜ倒産件数は減少したのか。
民主党政権下で金融担当相に就いた亀井静香・国民新党代表(当時)が導入した中小企業金融円滑化法の効果だった。「亀井モラトリアム法」と呼ばれた中小企業救済策だ。
中小企業などが求めた場合、金融機関はできる限り貸付条件の変更に応じるようにと定めた法律で、実質的に破綻状態にあった企業まで資金繰りを助ける結果となり、目に見えて倒産件数は減少した。
当初はリーマン・ショックに対応するための緊急措置ということで導入されたが、東日本大震災もあって2度にわたって延長され、結局、廃止されたのは安倍政権になった後の2013年3月末だった。
亀井モラトリアム法は
2009年12月の法律施行から2013年3月末の廃止までの間に、条件変更が行われた融資の件数はのべ401万9733件。見直し対象になった融資金額は111兆7424億円にのぼった。
アベノミクスを打ち出した安倍政権は、潰れるべき企業を潰さない「亀井モラトリアム」に当初は批判的だった。安倍首相の肝煎りで発足した産業競争力会議では民間議員から、ゾンビ企業を作らず、新陳代謝を促進することが重要だという意見が出された。
本来なら倒産して市場から退出すべき企業を無理やり支えて生き残らせると、市場で過当な価格競争を繰り広げるため、本来は勝ち組だったはずの優良企業の足を引っ張ることになる。つまり死者が生者を食っていく「ゾンビ化」が進行してしまう。それを避けるには、負け組企業をきちんと退出させることが不可欠だというのである。
日本では倒産する企業が少ない分、新規に開業する企業も少ない。古い企業が市場に残っているため、新規参入が起きないのである。これが、日本市場全体の生産性の低さに結びついている、としたのだ。
安倍内閣は2013年6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略」の中で、「中小企業・小規模事業者の新陳代謝の促進」という一文が盛り込まれた。そこには、「開業率・廃業率が米国・英国レベル(10%台)になることを目指す」という数値目標まで示された。日本では開業率も廃業率も5%程度なので、10%という目標は、倒産件数や企業件数を倍増させることを意味していた。
ところがである。安倍内閣の方針にもかかわらず、「亀井モラトリアム法」が廃止された2013年4月以降も倒産件数が減り続けたのである。
法律廃止前後に金融庁が中小企業庁などと中小企業向けに配布したチラシには、こう書かれていた。
「円滑化法の終了後も、円滑化法と同等の内容を法律(地域経済活性化支援機構法)や監督指針・検査マニュアルに明記し、金融機関が法の終了前と変わらず貸付条件の変更等や円滑な資金供給に努めます」
新陳代謝より、企業のゾンビ化
つまり、法律が廃止されても、廃止前同様に融資条件の見直しなどを金融機関に行わせる方針を示したのである。そこにアベノミクスの1本目の矢である大胆な金融緩和による資金供給が加わり、ゾンビ企業にもどんどん資金が流れる結果となった。
さらにアベノミクスの2本目の矢である機動的な財政出動によって積み増された公共事業によって、地方企業に仕事が回ったこともあり、倒産件数が一気に減少したのである。
新陳代謝という言葉が新聞に踊った2013年の夏にはいったん倒産件数が1000件を超える月もあったが、その後は800件台が定着。2014年8月には727件にまで減少したのである。安倍政権発足時の2012年12月の890件と比べれば18.3%の減少である。これをもって安倍首相は民主党政権時代よりも2割減らした、と主張したわけである。
選挙戦のためとはいえ、安倍首相の主張には矛盾がある。アベノミクスで目指してきたのは新陳代謝だったはずなのに、いつの間にか倒産件数減少を成果として胸を張るように変化してしまった。倒産件数は少なければ少ないほど良いという風に宗旨替えしたのであろうか。これは理解に苦しむ。
金融政策や公共事業、金融庁の指導によって中小企業を潰さないことがアベノミクスの目的だとすれば、いくら成長戦略や構造改革を掲げてみたところで、実現できるはずはない。
「アベノミクスを問う」とした解散総選挙で、与党は定数の三分の二を占め、大勝を収めた。安倍首相は記者会見で、「アベノミクスをさらに前進させよとの国民の声をいただくことができた」と語った。国民の信任を得たとして安倍首相が前進させようというアベノミクスとはいったい何なのか。有権者は厳しく検証していく必要がありそうだ。