銀行「5%ルール」緩和の筋悪度

11月20日発売の「FACTA」12月号に掲載した連載記事を編集部のご厚意で転載します。
オリジナルページ → FACTA http://facta.co.jp/article/201212011.html

1929年大恐慌の反省から生まれた米国の法律がある。グラス・スティーガル法(33年銀行法)。金融界に身を置く人や、企業と銀行の関係に詳しい人なら先刻ご承知だろう。原則として銀行による企業などの株式保有を禁止、金融持株会社投資銀行と商業銀行を兼営することも認めてこなかった。後者の条項は、99年にグラム・リーチ・ブライリー法によって廃止されたが、その後の投資銀行バブルを生む引き金になったという批判は米国内でも根強い。

そもそも企業に融資している銀行が、その企業の株式を保有すれば、必ず利益相反が起きる。銀行が自らの融資を守るために株主としての議決権を行使したりする事態が起き得る。大企業では5%保有と言えば大株主だが、それ以上に貸付金が回収不能になった場合の損害が大きいというケースは少なくない。

長い間、銀行と企業の株式持ちあいが続いてきた日本では、企業の議決権の5%まで銀行は株式を保有できるルールだ。これも米国の反省が下敷きだろう。

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そのルールを金融庁が変える方針だという。銀行が5%超の株式を持てるように「規制緩和」するという。10月の日本経済新聞報道では「10〜15%案有力」などと、「規制緩和」を煽っていた。もちろん上場企業や大企業も対象になるという論調だった。

ところが10月31日に金融審議会の「金融システム安定を議論する作業部会」がまとめた原案は、中堅・中小企業に限定して5%を緩めるというもの。しかも「出資比率の引き上げが適当」としただけで、具体的な引き上げ幅については示さなかったが、朝日新聞は「破綻企業に限り100%出資も可能」とする金融庁素案を報じた。

実は前哨戦は今年春から始まっていた。日本銀行が4月に日銀レビュー「わが国銀行の株式保有と貸出・債券との連関リスク」というレポートを発表。その中で、金融市場のショックなどが起きた場合に、日本の銀行が株式と債券の両方から大きな損失を被るおそれがある、と指摘したのだ。

これに反応したのが、みずほ総合研究所。さっそく「銀行は株を持ってはいけないのか」というリポートまで出した。「個別金融機関におけるリスク管理としてまさに『正論』だ」としたうえで、「日本の株式を中心としたリスクマネーをどう担うのかといった視点も必要」と噛み付いた。つまり、銀行ではなく誰が日本企業の株を買うのだ、というわけだ。

感情的になるのには訳がある。みずほフィナンシャルグループは来年7月に、傘下のみずほ銀行みずほコーポレート銀行が合併する。両行の保有を足すと5%を超えるケースが出てくる。現行法のままなら、その取引先の株式を売却しなければならない。「緩和」の背後に大銀行の事情が見え隠れしていたのだ。

では、金融庁保有株制限の「緩和」を“筋が悪い”として反対していたのかというと、そうではない。

7月に政府がまとめた「成長ファイナンス推進会議」の取りまとめの中に、「金融機関による資本性資金の供給促進」としてこんな一文がある。「ベンチャービジネスの育成や事業再生支援等の観点から、議決権保有制限規制(5%出資規制)の趣旨も踏まえつつ、無議決権株式のより一層の活用等資本性資金の提供による企業価値向上を促す施策について検討する(2012年度中)(金融庁)」というのだ。5%出資規制の趣旨は踏まえると書いてある。

ところが、7月末の「日本再生戦略」には、工程表の中に「金融機関による資本性資金の供給促進策(5%出資規制の見直しを含む)の検討」と、まるで紛れ込ませるかのように書かれている。これは政治家にできる芸当ではない。

おそらく金融庁は初めから、中堅・中小企業の緩和だけを考えていたのだろう。なぜか。

いわゆる「モラトリアム法」が来年3月で期限を迎える。政権交代後に金融担当相に就いた亀井静香国民新党代表(当時)が強引に導入。09年12月に「中小企業金融円滑化法」としてスタートした。リーマンショック後の緊急時に企業の資金繰りを救うというのがお題目だったが、繰り返し延長されてきた。

その「出口戦略」が銀行の最大の課題になっている。返済条件の変更に応じる「努力規定」だったはずが、金融担当相の繰り返しの指示や金融庁の指導で、「義務」であるかのように運用されてきた。その結果、膨大な件数の融資条件の見直しが行われた。

法律が施行された09年12月から今年3月末までに、中小企業が融資条件の見直しを申請したのが累計で313万件。そのうち見直しが実行されたのは289万件にのぼる。92%が実行された計算だ。この見直しの対象になった債権の総額は79兆7500億円にのぼる。正確なところは不明だが、かなりの金額が、潜在的不良債権となっていると見られる。「モラトリアム」をやめれば、かなりの数の企業が破綻するとされる。

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これは地銀だけの問題ではない。中小企業融資の多くには信用保証協会の保証が付いている。融資額に応じた保険料を支払うことで倒産時の負担を金融機関は大幅に軽減できる。東日本大震災などもあって、信用保証の枠が大幅に増え、地銀などの融資姿勢が甘くなっているという指摘もある。

どうやら出口戦略によって、一気に企業が倒産する事態にならないよう、問題債権を株式に変えるデット・エクイティ・スワップ(DES)で、そのまま銀行が抱えられるようにすることを政府は考えているのではないか。それには持ち株比率5%という上限が邪魔になる。

おそらく、金融庁の背後には財務省が控えている。信用保証の元締めは財務省所管の日本政策金融公庫だからだ。一気に企業倒産が増えれば、公庫が火だるまになりかねないのだ。

そんな危機対応が本当の狙いだとしても、銀行が企業の株式を大量に保有するのは筋が悪い。「株主として支配することで、銀行が経営に参加するのは悪いことではない」という声もある。だが、箸の上げ下ろしまで金融庁に指導されている銀行が経営権を握ったらどうなるのか。霞が関によるゾンビ企業の間接支配になるだけではないのか。歴史の教訓に学ばない国は危うい。