オリンパスの粉飾は「重大ではない」? 上場廃止回避のムードが強まる東証周辺に霞が関の影

オリンパスは過去の決算を修正して発表したことから、新聞各紙はこぞって「上場維持の公算が大きくなった」というトーンの記事を掲載しています。20年近くも市場を欺いて生きた会社を上場廃止にしなければ、もはや罰則としての上場廃止は事実上なくなり、市場の規律が働かなくなることは必定です。決めたルールを運用で捻じ曲げる、いつから日本はそんな国になってしまったのでしょうか。各種媒体でしつこく書き続けていこうと思います。
現代ビジネス 12月14日アップ →http://gendai.ismedia.jp/articles/-/29866



 オリンパスの巨額損失隠し問題で、同社が設置した第三者委員会が報告書をまとめた。バブル期の財テクによって生じた損失については歴代の社長が存在を認識し、「(損失処理策は)巨大な負の遺産として、いわば裏の最優先経営課題と位置づけられていた」ことが明らかになった。組織ぐるみの行為だったことを認めているのだ。

 この報告書がまとまったのを受けて、東京地検特捜部や証券取引等監視委員会東京証券取引所による捜査や調査が本格化、今後、責任追及が本格化する。

 その中で1つの焦点は、東証オリンパス株を上場廃止にするかどうかだ。

 東証が上場を廃止にする基準には、株主数や時価総額といった外形基準のほかに、債務超過となって1年以上が経過するなど、経営が大きく悪化した場合など、いくつかの規定がある。その中に、「有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」という項目がある。

 虚偽記載---。決算書に嘘の記載をすることで、端的に言えば粉飾決算ということになる。つまり、投資家や株主を欺くような会社は市場から追放する、という意味だ。上場企業にとっては死刑宣告に等しい。実際、これまでの例では虚偽記載が明らかになったり、疑われた結果、市場の信用を失って経営破綻に追い込まれたケースが少なくない。

 では、オリンパスはどうなるのか。

 第三者委員会によって巨額損失を隠して決算書に記載しない「虚偽記載」が長年にわたって行われてきたことが明白になった以上、上場廃止は避けられないという見方が、市場関係者の間には多い。だが、上場廃止にするかどうかを決める東証の周辺を取材すると、「上場廃止にはしない」というムードが醸成されていることに驚かされる。

上場廃止にするなという猛烈な圧力がかかっている」

 東証の幹部のひとりは明かす。表面上は「投資家から上場維持を求める声が寄せられている」とされているが、実際には、監督官庁や政府筋からの暗黙のプレッシャーがかかっている、というのだ。

 第三者委員会の報告書が出る前の十一月の段階で、読売新聞が、証券監視委員会はオリンパス行政処分にとどめて刑事告発しないとの観測記事が掲載された。これも、明らかに当局による情報操作の一環だ、と見られている。行政処分、つまり課徴金で済めば、オリンパス株は上場廃止にならない可能性が大きくなるのだ。

 政府内でもオリンパス上場廃止にするな、という意見が台頭している。野田内閣の閣僚のひとりは、「オリンパスの医療用内視鏡は世界に通用する日本の技術。これを外国企業に買わせてはいけない」と語る。上場廃止になれば外国企業の餌食になりかねない、というのだ。

 半年前の東京電力と極めて似た構図であることに気付く。東京電力上場廃止にすれば会社が潰れ、放射能汚染の被害者賠償が完全に行われなくなる可能性がある、という主張が政府内に蔓延した。

 真相はいまだに薮の中だが、東電を守りたい経済産業省がこの主張を展開。上場維持で株主を守れば、株主より返済順位が高いために結果的に債権が保全される大手金融機関などが民主党の政治家に積極的に「上場維持」を働きかけていた。上場が維持されれば従業員のリストラが回避されるという理屈で、労働組合民主党に上場維持を要望していたとされる。

 オリンパスの場合、医療技術を守れと言っているのは厚生労働省だ。これに"外資嫌い"の経産省が乗っている。おそらくオリンパスへの債権を持つ金融機関が上場維持で損失を回避できるという構図も、東電の時と同じだろう。

 では、本当に東証は圧力に屈して上場維持を決めるのだろうか。

 実際に上場廃止を決めるのは東証の「自主規制法人」である。最終的に決定権を持つのは5人の理事だ。

 だが、その構成を見ると、政府や官僚の意向が大きく反映されそうな気配が濃厚だ。

 理事長は林正和氏。財務省次官OBで証券行政の経験は乏しい。就任したのは自民党政権安倍晋三内閣時代で、安倍内閣天下り禁止方針に逆らって、当時の西室泰三社長が強行した。そんな経緯から、役所とはベッタリの関係と見られている。

 ほかの理事のうち2人は東証の出身者だ。東証監督官庁は言うまでもなく金融庁霞ヶ関に頭が上がらない体質が染み付いている。すでに5人のうちの3人、つまり過半数は「役所派」で固められていることになるのだ。

 残りの2人は民間からの独立理事だ。ひとりはコーポレートガバナンスに詳しい久保利英明弁護士(日比谷パーク法律事務所)で、東電の時には歯切れのよい批判をしていた。(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/17765)。

 もうひとりは、藤沼亜起・公認会計士。国際会計士連盟会長や日本公認会計士協会の会長を歴任した人物だ。現在は国際会計基準IFRSを決めるIFRS財団の副議長を務めている。彼らがどんな発言をし、最終的にどんな結論が出されるのか、大いに注目される。

 もう一度、東証の規定に戻ろう。

 「有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」とある。虚偽記載は現経営陣が会見でも認めているし、第三者委員会の報告書にも明記されており、議論の余地はない。問題は「影響が重大」かどうか、ということになる。

 比較のために、過去の例をみてみよう。西武鉄道は虚偽記載で上場廃止になった。

 実際にはコクドが保有していた西武鉄道の株式をグループ各社の従業員持株会やOBなど1000人以上の個人名義に偽装し、有価証券報告書に記載していたことが発覚した。外形基準をクリアするための操作で、決算内容をごまかす粉飾決算ではない。情状酌量の声もあったが、東証は厳しい処分を下した。

 債務超過に陥るのを防ぐために粉飾決算を繰り返していたカネボウも2005年に上場廃止になった。連結決算の制度が導入される過程で粉飾が難しくなり、粉飾が露呈した。結局、上場廃止の後、事業は分割譲渡され、会社は消滅している。また、カネボウを監査していた中央青山監査法人も、この粉飾事件が1つの引き金となって信頼を喪失。解散に追い込まれた。

 2006年2月に有価証券報告書の虚偽記載(粉飾決算)の疑いで堀江貴文社長らが逮捕されたライブドア上場廃止になった一例だ。2006年3月に証券取引等監視委員会刑事告発したのを受けて、東証は4月に上場廃止にしている。堀江社長はその後、実刑判決を受けて、現在は服役中。オリンパス事件について行政処分で済ませるのではとの報道を受けて、獄中から「不公平」だと批判するツイッターを流している。

 東証に上場維持を求める声の中には、「経営者が犯した罪なのに、上場廃止になれば損害を被るのは一般株主。理屈に合わないではないか」という主張がある。一理あるように思えるだろうが、大きな間違いだ。

 経営者が株主を欺くというのは、資本市場では最大の犯罪行為だ。残念ながら、そんな経営者を信任して選び、放任してきた株主にも大きな責任がある。個人株主だけでなく、年金などの資金を預かるプロの投資家も株主にはいるわけで、彼らが決算書や、過去からの金融取引の問題点に気がつかなかった責任は重い。

 経済的な損失を被った株主は、経営陣に対して損害賠償訴訟を起こしたり、株主代表訴訟を起こすことができる。そうした厳しい対応を取ることで、経営者に規律が働き、企業にコーポレート・ガバナンス(企業統治)が根付く、というのが市場原理を通じた株式会社の仕組みだ。

 オリンパス粉飾決算を「重大ではない」と言いくるめ、仮に上場維持を認めたとすれば、日本の資本市場がまったく規律の働かない市場になってしまう可能性すらある。国際社会からも「日本のルールはご都合主義で理解不能だ」と批判されるのは目に見えている。世界中の投資家から信頼を失ったら、日本企業も日本国も、資本主義経済の中で生きていけないことになる。