「大手生保は敵にあらず」。明確な理念と多様性を武器に4年弱で上場を果たしたライフネット生命。出口治明社長に聞く。

出口治明さんは日本生命で社長候補と言われていた人です。社内で少子高齢化と保険市場の自由化を見据えたグローバル化戦略を主張しますが、当時のトップに疎まれて閑職に追いやられます。そんな出口さんがアントレプレナーと巡り会い、定年前に会社を辞め、起業したのがライフネット生命です。社内の改革派を追いやった結果、業界の改革が動き始めたわけです。「真っ正直な会社を作る」「保険料を半分にするから安心して赤ちゃんを生んで欲しい」という一見、青臭い主張は、着実に支持者を増やしているように思います。それなりに大きな国内市場があるがゆえに日本の大企業は漫然とアグラをかき理想像への挑戦を怠っているのではないでしょうか。「ライフネット生命を100年後には世界一にする」と真顔で語る出口さんに次ぐ起業家がどんどん現れれば、日本も再成長路線に入れると思います。
現代ビジネスのインタビューを編集部の御厚意で再掲します。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32406
ライフネット生命のHPは→http://www.lifenet-seimei.co.jp/


 ネット保険専業のライフネット生命東証マザーズに上場した。2008年5月の営業開始からわずか4年弱での株式公開は極めて異例だ。「正直に、わかりやすく、安くて、便利に」という理念を掲げスタートしたベンチャー企業の成功の秘密は何か。創業者の出口治明社長は、今の生命保険業界に対するアンチテーゼを掲げたことが共感を持って顧客に受け入れられている、と語る。(聞き手は、経済ジャーナリスト 磯山友幸)

 当初から、こんなに早く上場することを計画していたのですか。


出口 開業時には想定していませんでした。もともと、保険業や商業銀行など多くの人を対象にする会社は、上場してマーケットの審判を仰ぐべきだという信念を持っていました。ですから、日本の多くの生命保険会社のように相互会社形式で上場していないのは、おかしいのです。ただ、会社を一から立ち上げたので、そんなに慌てて上場しなくてもいいかな、とも思っていました。

 それがなぜ上場に踏み切ったのですか。

出口 誤算があったのです。ライフネット生命のように認知度、信頼度がもともとゼロの会社が、それを上げることは容易ではない、と痛感したのです。創業時から「契約者の集い」というのを開いて、お客様に会社を見にきていただき、お話をさせていただくのですが、こんなことがありました。帰り際にひとりのご夫人が旦那さんに「本当に会社があって良かったわね」と言っていたのを耳にしたのです。

 当社は本社以外に店舗を持っていません。ライフネット生命は実在しないのではないか、と心の片隅で不安に思っていたのでしょう。また、こんな話も聞きました。加入に反対していた奥さんが、当社のテレビ広告を見て賛成に変わったというのです。そんなこともあって、一刻も早く上場しようという風に考えを変えました。

 保険を安くするというのが創業の1つの理念ですね。

出口 ネット販売専業のライフネット生命のビジネスモデルをよく缶ビールに例えています。スーパーで1本200円で買える缶ビールも居酒屋で飲むと400円になります。これにはビール本来の価格の上に人件費や物件費が乗せられているためです。大手保険会社の従来モデルは、いわば居酒屋のお姉さんの出張販売モデルです。保険自体のコストの上に、セールスレディの人件費などが乗っているわけです。

 安さが勝負ということですか。

出口 いえ、それだけではありません。値段だけなら同業他社にもっと安い商品も出てきました。ライフネット生命のホームページ(HP)に来るお客様の6〜8割は社名検索です。バナー広告や価格比較サイト、アフィリエイトから来る率が、同業他社に比べて低いのです。これはブランドが成り立っている、ということではないでしょうか。「保険料を半分にするから安心して赤ちゃんを産んで欲しい」「真っ正直な経営をする」といった創業の理念が支持されているのだと思います。

 共感を呼んだのはなぜでしょう。

出口 ライフネット生命のHPは今や業界のスタンダードになっています。他社のHPもそっくりです。逆に言えば、当社のHPを作る能力が非常に高いということです。その理由は若い社員に任せているからです。ライフネット生命の新規契約の約8割は20歳代〜30歳代の人たちです。保険業界47社の平均は約4割で圧倒的に多い。つまりお客様の多くが若年層なので、同年代の社員が作るHPが共感を呼ぶのです。大会社では若手社員にすべて任せるようなことはなかなかできません。

 従来の生保のやり方をまったく踏襲していないのも特長です。マーケティング部門には生保出身者はほとんどいません。責任者の常務の中田華寿子はスターバックスの立ち上げをやったマーケティングの専門家ですが、保険は売ったことがなかった。そんな体制で創業すると聞いた同業者からは、出口は頭がおかしいのではないかとまで言われました。Yahooや楽天などでEコマースをやってきた社員もいます。そんな多様性が当社の強みなんです。

 これまでは認知度を上げるためにどんな手法を取ってきたのでしょうか。

出口 私や副社長の岩瀬大輔が本を出したり、雑誌の記事を書くことで世の中に理念をアピールしました。これを「空中戦」と呼んでいます。一方で、10人以上が集まって呼んでいただければ、どこへでも話をしに伺います、という出張講演をやっています。1年間に私が180回、岩瀬が70回、合計250回ぐらいでしょうか。これを「地上戦」と呼んでいます。その中間にツイッターフェイスブックがあって、いろいろな意見発信、情報交換を行っています。この3つの組み合わせです。われわれの理念ははっきりしているので、共感を生み出すブランディングが成り立っています。

 巨大な資本を持つ大手生保が子会社でネット生命に本腰を入れたら、規模の小さいライフネット生命は吹き飛ばされてしまうのではないでしょうか。

出口 絶対大丈夫ですね。既存の大生保には真似はできません。私たちの強みは多様性です。この4月に入った新入社員2人のうちの1人は中国人です。当社は年齢も国籍も関係なしです。定年もありません。60歳を過ぎて入社した人もいます。

 出口さんはもともと日本生命の社員でした。日生を理想の保険会社にするという手もあったのではないでしょうか。

出口 会社というのはトップの器以上のことはできません。1996年に保険業法が50年ぶりに全面改正され、競争が促進されました。ところが、トップは、国際化はせず、自由化には背を向ける姿勢取った。1940年体制を引きずって、大量のセールスマンを抱えてその販売力を大事にしていくやり方を守っていけば安泰なのだという方針でした。

 そんな時に谷家衛さん(あすかアセットマネジメントCEO)に出会いました。会社を創らないかと言われて「はい」と言ってしまった以上、理想の会社を創ろうと思いました。58歳で会社を辞め、60歳で起業したわけです。

 現在、販売している商品は「死亡保険」「医療保険」「就業不能保険」の3つですね。他に商品を広げていくお考えは。

出口 いずれも、いわゆる掛け捨て型の保険商品です。積み立て運用型の商品は今の経済状況の中では顧客のためになりません。低金利で運用難の中で、貴重な資産を保険会社や金融機関に預けても、国債を買うぐらいしかできません。個人でも直接買える国債をわざわざ保険会社に手数料を払って買ってもらっているようなものです。

 就業不能保険は当社が日本で初めて売り出しましたが、21世紀の中核商品だと考えています。病気などで働けなくなった場合に毎月一定額が支払われるという保険です。20世紀は4〜5人家族を標準に子どもの教育費を担保するために死亡保険に入っていました。高度経済成長下で高い保険料を負担することもできたのです。ところが今や未婚の一人暮らしや夫婦のみの世帯が急増しています。子どもの心配ではなく、自分自身が働けなくなった場合のリスクが最も大きなものになったわけです。ですから、死亡保険ではなく、就業不能保険へと主役が交代するのは当然の流れではないでしょうか。

 ライフネット生命はまだ赤字ですが、いつの段階で黒字を目指すのでしょうか。

出口 契約は10万件を突破しましたが、シェアはまだ0.1%です。今後10年ぐらいは青天井で成長の余地がある。グロース株(成長株)です。ですから収支を均衡させて黒字化を急ぐのではなく、成長のために積極的に資金を使っていきます。上場で得た資金もそうです。グロース株ですから配当もあり得ません。得たキャッシュフローはすべて本業につぎ込みます。早晩東証1部に上場したいと考えていますが、その際には増資をして会社の規模を一段と大きくしたいと考えています。

 社内のモチベーションは非常に高い。私たちが掲げている理念は皆、今の生命保険業界に対するアンチテーゼです。これに共感する人たちがどんどん顧客になっていただいている、というのが現状です。

生命保険入門 新版

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