東芝のメーンバンクはなぜ「騙された」のか 第一生命保険や三井住友銀行の株主に説明責任

東芝粉飾決算を周囲の専門家は誰も気が付かなかったのでしょうか。メーンバンクがまったく気が付かなかったというのなら、審査能力の欠如ということになりますし、知っていたとしたら「同罪」です。あるいは東芝に騙されていたという可能性もありますが、もしそうなら、騙すような企業への融資や出資(株式保有)はさっさと引き上げるべきではないでしょうか。そうでないと、自社の株主への説明が付きませんね。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


 大手新聞各紙は、証券取引等監視委員会が近く、巨額の粉飾決算が明らかになった東芝に対して金融商品取引法違反(有価証券報告書などの虚偽記載)の疑いにより、課徴金70億円超の納付命令を出すよう金融庁に勧告すると報じた。また、金融庁は、監査を担当してきた新日本監査法人に対しても、公認会計士法に基づく業務改善命令を出す方針だと報じられている。

 70億円超という課徴金は2005年に課徴金制度が導入されて以降、過去最高の金額という。だが、既に東芝は課徴金を見越して84億円の引当金を計上しており、東芝にとっては「想定内」だ。監査法人も業務停止を回避することで、経営的にはほとんど影響を受けない。総額2248億円、確定していた決算だと2781億円に及んだ前代未聞の巨額粉飾問題は、厳しく断罪されることなく幕引きされる方向へと進んでいる。

 70億円を超える課徴金を課されることになれば、通常なら当時の役員に対して全額の賠償を求める株主代表訴訟が起こるが、東芝は株主の請求を受け入れて会社自身が元役員5人を訴えた。ところが損害賠償請求額はわずか3億円。東芝が設置した「役員責任調査委員会」が出した報告書では、わざわざ「個人的利益を図ったものでも、会社に対して特別に損害を加えようと画策したものでもない」としており、会社と元役員の間の「馴れ合い訴訟」が懸念される。どうやら司法の場でも責任が厳しく問われる可能性は低そうだ。

粉飾決算」と正式に認定へ

 課徴金を課すに当たり、当局からは有価証券報告書の虚偽記載と認定されることになる見通しである。つまり「粉飾決算」「不正会計」と正式に認定されることになるわけだ。ところが、東芝は今も、「不適切会計」という言葉を使い続けている。つまり「不正」と認めることを頑なに拒絶している。このまま厳しく断罪されることなく問題が済まされれば、反省しない東芝の社内には粉飾の“遺伝子”が残り続けることになるだろう。いずれ似たような不祥事を起こすことになりかねない。

 では東芝は、このまま何事もなかったかのように、存続を続けていくのだろうか。今後、対応が注目されるのは、主要取引先金融機関の対応である。

 リーマン・ショックの後に極度に資金繰りが悪化していた東芝は、2009年5月の取締役会で3174億円の公募増資と1800億円の劣後債発行を決めていた。ところが2009年3月期の税引き前損益が764億円もカサ上げされていたことが判明している。翌期の2010年3月も税引き前利益は272億円の黒字としてきたが、実際には143億円の赤字だったことが明らかになった。粉飾した決算数字を示すことで投資家を欺き、資金調達していたのである。この点は課徴金を課す理由にもなる見通しだ。

粉飾による資金調達で融資を回収

 粉飾をしてまで資金調達しなければならない「綱渡り」の状況をメーンバンクは当然知っていた。2009年3月期決算期末の連結決算ベースでは、社債と長期借入金が合計7767億円、短期借入金も7479億円に達していた。短期借入金は1年前に比べて5000億円増えているが、逆に言えば、金融機関が追加融資に応じていたわけだ。その後、粉飾決算数値を使って調達した資金は、その融資の返済に充てられている。見方を変えれば、金融機関は、東芝の粉飾による資金調達によって、融資を回収したことになる。

 メーンバンクをはじめとする融資した金融機関が、当時の状況を知っていたことは、有価証券報告書の注記などから明らかだ。金融機関との間で、借入金契約に財務制限条項と呼ばれる「条件」が付けられていたと記載されているのだ。具体的な内容は開示されていないが、税引き前利益で黒字を維持することや、格付けを維持することが条件になっていたとみられる。この条件が満たせない場合、「期限の利益」を喪失し、巨額の借入金を一気に返済しなければならなかったはずだ。

グルだったのか、騙されたのか

 東芝が粉飾してまで「条件」をクリアしようとしていたことを金融機関が知っていたかどうかは不明だ。だが、間違いなく「状況」は理解していた。だからこそ、財務制限条項が付いていたのだ。仮に利益をかさ上げしていることを知っていたとすれば「グルだった」ということだし、東芝が作った決算数字を頭から信じていたとすれば、「騙された」ということになる。

 グルだったとは口が裂けても言えないだろうから、「騙された」ということになるのだろう。金融機関としての審査能力に疑問符が付くが、東芝は金融機関も欺いてきたことになるわけだ。

 そこで問題になるのが、金融機関としての今後の対応だ。実態を欺いてきた会社に、今後も融資し続けるのだろうか。もちろん、一気に融資を引き揚げれば経営に甚大な影響を与え、銀行自身も損失を被りかねないという「判断」はある。だが、追加で融資したりすれば、当然のことながら、銀行の株主への説明義務が生じることになるだろう。

 さらに問題になるのが、金融機関が保有している東芝株の扱いである。粉飾があった2010年3月期末時点では、第一生命保険が2.72%、日本生命保険が2.6%、三井住友銀行が1.2%を保有していた。2014年3月末まで、基本的に保有株数に変化はない。

 第一生命や日本生命など機関投資家が当時の財務状況や粉飾の事実をどこまで知っていたかは疑問だが、大株主として東芝から状況説明は受けていたはずだ。メーンバンクである三井住友は当然、状況を把握していたと思われる。

 今後、機関投資家である第一生命や日本生命は、東芝株を持ち続けることができるのだろうか。長期にわたって資本市場を欺いてきた会社の株式に投資を続けるとなると、株主や保険契約者への説明は不可欠になる。

 両者とも、昨年から導入された、機関投資家の行動指針を定めたスチュワードシップ・コードに従うことを表明している。株式保有を続けるためには、それが株主や保険契約者の利益になることが不可欠なのだ。

 東証東芝株を「特設注意市場銘柄」に指定している。上場廃止にはならなかったものの、内部管理体制等を改善する必要性が高いと判断、継続的に投資家に注意喚起するためだ。指定から1年経過後に改善がみられれば通常の区分に戻るが、改善がみられないとすると上場廃止になる可能性がある。

 東証は早い段階から東芝上場廃止にしない姿勢を見せていた。これには6月に退任した斉藤惇CEO(最高経営責任者)の意向が大きく働いていた。意向といっても「東芝を守れ」というものではない。

東芝はまだ執行猶予中

 東証のトップになる前、産業再生機構の社長だった斉藤氏は、カネボウの再生に携わっていた。カネボウが粉飾によって上場廃止になった結果、一気に株価が急落、「カネボウはハゲタカまがいの投資家に食い物にされてしまった」という思いが強くあった。そのため東証の社長になった際、「一気に上場廃止にするのではなく、一定期間、投資家に周知期間を置いたうえで上場廃止にする仕組みを作った」というのだ。

 逆に言えば、特設注意市場銘柄は、上場廃止を免れた会社というわけではなく、まだ執行猶予中ということなのである。そうした上場廃止リスクが存在する株式を機関投資家保有し続けることができるのかどうか。

 いやいや、東芝の体制は変わったので問題はない、という声も出てきそうだが、それも難しい。日経ビジネスのスクープで明らかになった傘下の米ウエスチングハウスの減損忌避問題。当事者間のメールのやり取りなどから、修正決算を作るに当たっても、損失計上を避けることを第一に考えていた様子が浮かび上がった。「修正した決算まで粉飾だったとなれば、もう救いようがない」と金融庁関係者も苦り切る。資本市場や金融機関を欺き続けてきた東芝が、そのツケを払わされる可能性はまだまだ残っている。