延長を繰り返してきたモラトリアム法で 意図的に中小企業の倒産を止めたツケ

「エルネオス」連載 硬派経済ジャーナリスト 
磯山友幸の≪生きてる経済解読≫


 金融モラトリアム法をご存じだろうか。民主党政権交代して金融担当相に就いた亀井静香国民新党代表(当時)が強硬に導入を主張したもので、二〇〇九年十二月に「中小企業金融円滑化法」として実現した。当初はリーマン・ショック後の企業の資金繰り難を救済する目的で一一年三月末までの時限措置として始まったのだが、東日本大震災もあって二度延長され、一三年末までの措置となっている。つまり、今も続いているのだ。
 もともとモラトリアムとは債務の一次的な返済猶予を指す。恐慌や天災で経済が大混乱になった際、その混乱が拡大するのを防ぐために取られる避難的な措置といえる。日本では一九二三年の関東大震災の時などに実施された例がある。
 法令で一斉に返済を猶予するモラトリアムの実施は、借りた資金を返せるのに返さないモラルハザードが起きる可能性があることから、〇九年の導入時には強い反対論があった。そのため現在施行されている法律では、個別の融資案件ごとに金融機関が審査し、返済条件を見直すこととなった。金融機関の判断を入れることでモラルハザードを回避しようとしたのである。
 ところが、中小企業などの要望があれば、できる限り返済条件の変更に応じるようにという「努力義務」のはずだった法律が、金融担当相による繰り返しての指示や、金融庁の指導もあって、変更に応じることが「義務」であるかのように運用されてきた。その結果、膨大な件数の融資条件の見直しが行われることとなった。ちなみにこの法律では、中小企業だけでなく個人の住宅ローンも対象になっている。

■十兆円単位で不良債権
 金融庁のまとめによると、法律が施行された〇九年十二月四日から今年三月末までに中小企業で融資条件の見直しを申請したのは、累計で三百十三万三千七百四十二件。そのうち見直しが実行されたのは二百八十九万三千三百八十七件にのぼる。九二%が実行された計算だ。この見直しの対象になった債権の総額は七十九兆七千五百一億円にのぼる。このうち地方銀行第二地方銀行など地域銀行が百三十万件、三十七兆円あまり、信用金庫が九十八万件、十八兆円あまりとなっている。
 この件数や金額には、同じ融資で条件見直しを複数回行うなど重複もあるため、どれだけの債権額が“モラトリアム”の対象となり潜在的不良債権となっているか、正確なところは不明だ。だが、十兆円単位の巨額の融資が潜在的不良債権になっていることは間違いない。
貸し渋りはけしからん」「融資条件は甘くしろ」という大合唱の結果、中小企業の倒産は激減した。資金繰りさえ詰まらなければ、儲かっていない赤字会社でもそう簡単には倒産しないからだ。
 東京商工リサーチのまとめによると、一二年度上半期(四〜九月)に全国で倒産した企業の件数は六千五十一件と、過去二十年間で最少となった。中小企業金融円滑化法などによる“モラトリアム”の効果である。
 先月号のJALの再生でも触れたが、企業倒産は絶対的な悪ではない。経済の循環の中で競争によって敗者が出るのは自然なことだ。企業が切磋琢磨する競争がなければ資本主義経済は成り立たない。
 倒産した企業が世の中にとって不可欠な場合、会社更生法などによって再生が図られる。融資をしている銀行は債権を放棄したり、株主が減資で利益を失ったりする。これも経済循環の一側面だ。人間の体にたとえれば静脈流といえるだろう。
 その倒産を意図的に止めればどうなるか。本来ならば倒産して整理される債務がどんどん積みあがり、金融機関から見れば不良債権がどんどん大きくなる。いわゆるゾンビ企業がはびこることになるわけだ。もちろん金融機関が永遠にこれを支え続けるわけにはいかない。では国がそれを支えるのだろうか。

■結局は国民がツケを払う
 中小企業融資の多くには信用保証協会の保証が付けられている。融資額に応じた保険料を支払うことで金融機関は倒産した場合のリスクから解放されるわけだ。東日本大震災などもあって、信用保証の枠が大幅に増やされた。その結果、金融機関の融資姿勢が大幅に甘くなっているという指摘もある。
 信用保証の元締めは政府系金融機関である。最後は国がツケを払うという構図だが、その原資は結局のところ国民の税金である。モラトリアムのツケは確実に国民に回ってくるのだ。
 最大八十兆円にも積み上がった潜在的不良債権をどう収束させるのか。来年三月末の中小企業金融円滑化法の期限が来れば、金融機関は軒並み「出口戦略」を迫られる。景気回復が覚束ない現状では、倒産が一気に増える可能性が高い。
 だからといって法律の期限を再々延長することは、問題を先送りすることにほかならない。政府も今年三月までだった期限を延長した際に、「これで最後」と明言している。
 景気回復の足取りが鈍い中で、総選挙も近づいており、“モラトリアム”をさらに延長すべきだという声が永田町で高まることも予想される。だが、“モラトリアム”を続け、問題を先送りすれば、不良債権の規模は雪だるま式に大きくなるのは火を見るより明らかだ。それは一九九〇年代の不良債権問題で経験済みだろう。
 十月に発足した野田佳彦第三次改造内閣では、金融担当相が交代。国民新党政権交代以来握り続けてきたこのポストを手離し、民主党中塚一宏議員が就任した。国民新党がこだわり続けてきた“モラトリアム”との決別を意味するのかどうか、今後の国会での議論を注視していくべきだろう。