建設業者と漁協が組んでブイヤベースを都会で売る「Sado Kitchen」の取り組み 〜農林漁業「6次産業化」の現場レポート

選挙の争点の一つは日本経済を復活させる「成長戦略」です。その中で、多くの政党が農林漁業の強化を訴えています。ここ数年使われている言葉が「6次産業化」ですが、中々一次産業の「現場」と最終消費地である「都会」の距離は縮まらない、というのが実状です。できるだけ現場に行って6次産業化の取り組みを取材しようと思っています。記事で紹介することが、現場と都会をつなぐ小さな一歩になるかもしれない、と思うからです。
オリジナル→現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34114


6次産業化」という言葉をご存知だろうか。農林業業などの第1次産業と、食品加工などの第2次産業、それに販売や外食といった第3次産業のサービス業を融合、「1+2+3=6次産業」というわけだ。民主党政権交代前から日本の農林漁業復活の切り札として掲げてきた政策である。

 従来、農林漁業政策の柱は補助金だった。民主党政権交代に際して「農家戸別所得補償」制度の導入を前面に押し出したため、補助金政策の拡大ばかりが目に付く。だが、「補助金漬け」では日本の農林漁業に将来がないことは、現場の農林漁業者が一番痛感している。何とかして「儲かる農林漁業」にすることが、再生にとって不可欠なのだ。

 10月の稲刈りが終わった新潟県佐渡を訪れたが、そこで大規模化を目指す農業法人のトップが言った言葉が耳から離れない。

「結果的に小規模農家を守る戸別所得補償には反対ですが、正直言って助かっています」

 補助金漬けでは未来が開けないと理解しながらも、収支を考えると補助金なしには成り立たない。何とか日本の農業を強くしよう、と努力をしている現場の人たちが、最も戸惑っているのだ。

6次産業化の難題は消費者とつながる3次産業部分

 政府は7月末に経済成長戦略として「日本再生戦略」を閣議決定した。医療・介護、環境、農林漁業の三つを重点分野とし、2013年度の予算編成から重点枠を設けて優先的に財政措置を取るとしている。これによって100兆円超の新市場を創り出し、480万人以上の新たな雇用を生み出すとしている。その農林漁業の成長戦略の柱にも、6次産業化が掲げられている。6次産業化による市場規模を2020年までに10兆円にするのが目標だという。

 「日本再生戦略」にはこう記されている。

「地域に根差した農林漁業の活性化を図り、地域の資源を見直し、高付加価値化を進めた新しい6次産業とすることで、農林漁業者の所得を増大させ、日本全国、津々浦々の地域活力の向上につなげていく。意欲ある若者や女性などが、安心して農林水産業に参入し、継続して農林水産業に携わる環境を整え、農林水産業を新たな雇用の受け皿として再生する」

「農林漁業と商業、工業、観光業を組み合わせた6次産業を生み出すことで、地域社会に自信と誇りを取り戻す」

 実は6次産業化はこの再生戦略で始まったわけではない。民主党政府が2010年3月末に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」でも6次産業化の推進が大きな柱として掲げられていた。農林漁業の地元でも「6次産業化」という言葉がかなり定着し、様々な取り組みが始まっている。

 ただ、農林漁業に取り組む現場からみて、6次産業化の難題は最終的に消費者とつながる3次産業部分だ。自分自身が獲った農産物や水産物を、都会のデパートに売り込んだり、インターネットを通じて販売しようと試みる農林漁業者は少なくない。だが、そこに最大のハードルが存在するのも事実だ。

 なかなか簡単には最終消費者の間で認知度が高まらないのだ。現場の個々の取り組みを多くのメディアが紹介することが、6次産業化のカギと言っても過言ではない。そんな6次産業化の取り組みの現場を訪ねて今後、随時紹介していくことにしたい。

総括マネージャーは東京で料理人の経験を持つUターン組

 新潟県佐渡市秋津に本社を置く㈱シンワシーデリカも漁業分野での6次産業化に取り組む企業の1つだ。

 新潟港から高速船ジェットフォイルで1時間余り。佐渡島の玄関口である両津港に着く。東京駅から新潟まで新幹線で2時間だから、わずか3時間半の距離である。その両津港から海岸沿いの道を20分ほど南下した水津漁港の一角に同社の加工工場があった。

 漁業協同組合の敷地の一角を借り受けて建設した工場は更衣室と加工場、冷蔵室からなる小じんまりしたもの。そこで3人の女性が働いていた。

 加工するのは漁港に水揚げされた魚介類。ブイヤベースやパスタソースなど様々な加工品を作り「Sado Kitchen」と名付けたホームページで消費者に直接販売している。一部の商品は東京のデパートの食料品売り場にも並ぶ。水揚げされたばかりの魚介類を漁港で加工・調理するわけだから、ホームページで「佐渡・極上シーフード特産品」と胸を張るのもうなづける。有名なフレンチレストランのシェフにレシピ開発の協力も受けている。

 しかも、網で傷ついた魚や、小さ過ぎる魚など、従来ならば市場で売り物にならないような魚も材料にできるため、コストは抑えられる。ブイヤベースやパスタソースなら、材料の魚種が変わっても対応できるため、豊漁で価格が大きく下落した魚などを利用できる。漁業者にしてみれば、これまで値段が付かなかったようなものに、価値が生まれることになるわけだ。

 もう1つ、シンワシーデリカの特長は、都会のレストランやホテルへの食材供給に力を入れていること。魚を三枚におろすなど可食部分だけに下ごしらえして冷凍したものを供給したり、味付け前のシーフードブイヨンやペーストの状態で供給しているのだ。レストランの料理長から直接オーダーを受け、半製品の状態にして納品している。

 そんな調理場の下請けに乗り出したのには秘密がある。実はシンワシーデリカの総括マネージャーを務める渋屋寛さんは、東京で料理人の経験を持つUターン組なのだ。都会の調理場のニーズを知り尽くしているわけだ。また、自らの経験を生かし、タラやマダイ、サワラなどの粕漬けや西京漬け、さらには、出汁をとるトビウオ(あご)の乾燥加工なども手がけている。

観光産業との連携も6次産業化の大きな柱

 シンワシーデリカは2011年7月に設立、11月に加工場ができた。まだ、年商1,000万円に満たないが、手ごたえは感じているという。

 実はこの会社、漁協や漁師が設立したものではない。建設業を営む広瀬組が漁協と協力して始めた事業だ。公共事業の減少で経営基盤が揺らいでいる中小建設業の業態転換を促進するために国土交通省が助成を行っている。

「地域における中小・中堅建設業の新事業進出・新分野進出事業」「中堅建設建設業の新分野進出等モデル構築支援事業」「建設業と地域の元気回復助成事業」「建設企業の連携によるフロンティア事業」と名前は変わっているが、要は、仕事が減った建設業の業態転換を促す仕組みだ。この助成制度を活用したのである。民主党政府が6次産業化を重点課題としたため、最近では農林漁業に進出する建設業が増えている。

 他分野からの新規参入に、漁業権などを持つ漁協が抵抗するのが一般的だ。広瀬組が漁協と協力して魚介類の加工・販売に着手できたのは、加工工場がある水津漁港が数年前の嵐で被災した際の復旧を広瀬組が請け負うなど、親密な信頼関係があったからだという。

 佐渡の主要産業の1つは観光業だ。ピークだった1991年には121万人の観光客が押し寄せたが、バブル崩壊以降減り続け、今では60万人。佐渡市役所では、農林漁業などと組み合わせた体験型観光などの強化に取り組んでいる。観光産業との連携も6次産業化の大きな柱だ。

 佐渡水産物だけでなく、コメやカキなどの農産物も有名だ。佐渡さんのコシヒカリは味覚の格付けで南魚沼産に次ぐランクを誇る。絶滅したトキを復活させるために低農薬で安全なコメ作りに取り組んでいる。また、世界遺産を目指す佐渡金山や太鼓グループ「鼓童」などの芸能、佐渡国トライアスロン大会などのイベントなどもある。

 そんな農林水産資源と観光資源をどう組み合わせて売り込んでいくか。まさに6次産業化に向けた佐渡の取り組みが注目される。