天草で「シマアジの生ハム」を作る田脇水産は 長崎大との産学協働で6次産業化を目指す

不定期ながらお届けしています6次産業の現場リポート。今回は産学協働版6次産業の取り組みをご紹介します。長崎大学と天草の養殖会社「田脇水産」が開発したシマアジの生ハム。是非一度召し上がってみてください。オリジナルページは→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36511

参議院議員選挙も終わり、いよいよ安倍晋三首相が掲げる「成長戦略」が実行本番を迎える。

 その1つの柱として打ち出されているのが農林水産業の「6次産業化」の推進だ。
 農水産物などの1次産品をそのまま出荷するのではなく、加工(2次産業)や、販売・サービス(3次産業)と組み合わせることによって付加価値を高めていこうとするもの。1次+2次+3次で6次産業化というわけだ。そんな取り組みを追う現場リポート。
 今回は大学と水産業者が一体となって取り組む「産学協働版6次産業」を紹介する。

 『シマアジの生ハム』をご存じだろうか。

 高級魚のシマアジの身をごく薄く切り、柚子の香りを付けて生ハム状に仕上げたものだ。
 熊本・天草で養殖業を営む田脇水産が長崎大学水産学部の協力を得て開発した。田脇水産のホームページのほか、東武百貨店のオンラインショップなどで販売、ちょっと変わった贈答品として好評を博している。自然解凍してそのまま酒の肴とすることもできるが、サラダ仕立てにしたお洒落なオードブルなど活用範囲は広い。

味噌漬けや一夜干しなどを試した結果「生ハム」にたどり着く

シマアジは非常に美味で、アジ類の中では最高級。値段も高い。
 田脇誠一社長は「美味さは刺身が一番だけど、生の流通ではせいぜい2〜3日しかもたない。冷凍しても運べるように、おいしく加工することを考えた」と言う。
 味噌漬けや一夜干しなどいろいろ試した結果、生ハム状にするのが最もシマアジの持ち味を生かせるという結論に達したのだそうだ。

 田脇水産は天草でマダイとトラフグ、シマアジの養殖を行ってきた。
 田脇社長の父が養殖に成功。長崎大学水産学部で学んだ田脇社長が本格的に養殖業を始めて27年になる。養殖いかだは100台に達し、出荷量はマダイが年間10万〜15万尾(稚魚販売を含む)、トラフグが3万尾、シマアジ1万尾、と規模は大きい。養魚用の魚を産卵させ、孵化させる種苗生産の施設も持ち、活魚の出荷まで一貫して事業展開している。
 植物性プランクトンのクロレラを培養、それを餌として、動物性プランクトンのシオミズツボワムシを育て、幼魚のエサとしている。餌づくりの段階からこだわって魚を育てているのは、それによって魚の味が大きく変わるからだ。

 だが、生魚の出荷ではどうしても相場の変動に左右される。養殖は全国で行われるようになり、価格も大きく下がった。かつて熊本に200軒あった養殖業者は今は3分の1になったという。
 田脇水産も社員8人、パート4人を抱えて、相場変動にあまり左右されない経営を目指さなければならない。それには、付加価値の高い加工品の拡大がカギだったのである。

長崎大学水産学部での学びから生まれた新商品

 そんな時に出会ったのが、母校である長崎大学水産学部が始めた「海洋サイバネティクス長崎県の水産再生」プログラムだった。

水産業活性化のための社会人養成を狙いにしていた「海洋サイバネティクス」とは、水産科学に加えて、環境科学や生物学、経済学、工学などを融合させた学問領域。漁業者や加工業者、販売業者など水産のプロである社会人を対象にしている。田脇社長は2011年度の受講生として、シマアジの商品開発と販売戦略に取り組んだのである。それで生まれたのがシマアジの生ハムだったわけだ。

 産学協働で製品を作り出しても、最後の販売はなかなかうまくゆかないのが常だ。
長崎大学東武百貨店の協力を得て、「匠が織り成す新しい恵海(めぐみ)の味」という独自コーナーをオンラインショップ上に開いた。「海洋サイバネティクス」をきっかけに、受講者は販売チャネルを得ることができる仕組みだ。

 ちなみに、田脇水産の『シマアジの生ハム』と姉妹商品の『天草いぶし桜鯛』をセットにした商品も東武百貨店が販売している。『天草いぶし桜鯛』はマダイの身を薄造りにして、クルミチップでスモークしたもの。マダイの美味さが濃縮された、これも逸品だ。

 『シマアジの生ハム』など、本格的に加工品の販売に乗り出した2012年で、加工品がようやく田脇水産全体の売り上げの1%を占めるようになった。
 もともと、加工品の開発には前向きで、マダイを開きにして紅白の二つの色と味を付けた『天草鯛の二重奏』が商工会議所が推進する「天草謹製」ブランドに認定されている。紅白の鯛がめでたいとあってお祝い品などに重宝されてきたが、それでも売り上げはごくわずかだった。長崎大学を通じて都会の百貨店と結びつくことで、ようやく“事業化”してきたのである。

目標は売上げ全体に占める加工品販売額1割

 いずれは全体の売り上げに占める加工品販売の割合を10%にまでもっていくのが目標だ、という。田脇社長は「加工品にかけるエネルギーと悩みは、仕事全体の半分以上」と笑う。天草の美味しい魚を全国の人に食べて欲しい、という思いで、新商品の開発には余念がない。

 もっとも、今後、加工を事業の柱にする場合、ある段階でひとつの決断が必要になる。現在は餌置き場の一角に作った専用の食品加工場で製造しているが、ほぼ手作りに等しい。大量に生産しようと思えば、本格的な加工設備が必要になる。今の規模では贈答品需要に応えるだけで精一杯なのだ。
 加工場を増設するとなれば投資も必要だし、新たな人材の雇用も必要になる。6次産業化に向けて大きな一歩を踏み出すかどうか。田脇社長の悩みは続く。