国の会計基準では、老朽化した首都高速を再建できない 国会主導で「公会計基準」づくりに動け

会計基準というと専門的で難しいもののように思いますが、実体を把握するためのモノサシとしてとても重要なものです。国に企業並みの会計基準を導入せよという声は一部には根強くありますが、なかなか大きな流れになりません。先週、日経ビジネスオンラインにアップされた拙稿です。以下に再掲します。是非お読みください。オリジナルページはこちら。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130123/242687/?ST=politics



昨年12月に発生した中央高速道路笹子トンネル天井板崩落事故は日本の基幹インフラの老朽化が進んでいることを証明する結果となった。

 トンネルの天井板のコンクリート板がおよそ130mにわたって落下、走行中の車を巻き込んで死傷者が出した事故である。安倍晋三内閣は「国土強靭化」を掲げ、「必要な公共事業はやる」方針を示しているが、さっそくこうした基幹インフラの抜本的な設備更新、つまり作り直しが大きな課題に浮上している。

 一部のメディアやネット上で、「笹子トンネル事故は日本道路公団民営化のツケだ」という声が上がっている。全国の高速道路を一体となって建設・運営・管理していた道路公団は2005年に民営化され、施設の管理運営や建設については、東日本高速道路NEXCO東日本)・中日本高速道路NEXCO中日本)・西日本高速道路NEXCO西日本)に分割譲渡された。民営化したために、管理点検が甘くなり、事故につながったというわけだ。

 今回の事故が起きたのは中日本高速道路の管理下で、遺族からは同社の責任を追及して提訴する動きも出ている。

「利益偏重」が主たる理由ではない

 だが、「民営化で利益偏重になり」と一言で言えるほど、話は単純ではない。中日本高速道路などの道路会社の判断だけで、老朽化した高速道路設備を作り直すことはできない。仮に作り直しを認められたとしても、その膨大な資金をどうするのかが問題になるのだ。

 余談ながら、中日本高速道路は「民営化」して「株式会社」になったが、いわゆる民間の株式会社とはまったく違う。株主は99.95%が国土交通大臣で、残りの0.05%財務大臣。つまり国の100%子会社なのである。あくまでも「官業」であって、民間企業ではまったくない。

 中日本高速道路には道路を全面的に作り直すことを決める権限は事実上ないのだ。例えば電力会社ならば、送電設備は電力会社の所有物で、その更新は許認可は必要だが、電力会社自身の判断によって行われる。そのための資金は設備の「減価償却」によって原則として準備されている。

減価償却とは、会計上の耐用年数でその資産の建設費用を分割して経費として計上していく方法で、償却が終わった段階で新たに作り直すための資金が積み立てられているという発想である。民間企業では一般にとられている方法だ。

官業には減価償却の発想がない

 だが、官業の場合は大きく違う。減価償却の発想がないのだ。道路公団は分割民営化された際に、いわゆる上下分離方式が取られた。実は、中日本高速道路など道路会社は、高速道路自体を資産として保有しているわけではないのである。当然、道路会社のバランスシート(貸借対照表)には道路は資産として計上されておらず、減価償却費も発生しない。

 高速道路は、独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構保有しており、高速道路を道路会社に貸し付けているのだ。道路会社は賃借料を支払って高速道路を借り、それを使って運営事業を行っている。

 高速道路保有・債務返済機構は独立行政法人で株式会社ではない。一応、バランスシートは作っているが、基本的な決算は「単式簿記」つまり大福帳方式である。収入がいくらあって、支出がいくらあったので、繰越金(繰越欠損)がいくら出ました、という方式である。ここには「減価償却」の発想はない。

 実は、国の決算書はすべてこの単式簿記になっている。民間企業が使う「複式簿記」ではないのだ。だから、国の予算決算にはバランスシートは関係ない。国債を発行して資金を調達すれば、それは「収入」になるのである。民間企業の感覚で言えば、借金をしたらそれが売り上げになるという感じである。それなら、どんどん借金を増やすだろう。まさに、今、国の債務が膨大に積み上がっているのは、会計制度の問題にも一因があると思われるのだ。

 単式簿記だからと同時に、国の会計方式は「現金主義会計」と呼ばれる。現金の出入りのタイミングで収入、費用として計上する方法だ。だから、民間企業のように将来に備える減価償却の発想はなく、設備を作り変える段階になって初めて費用として認識される。

 つまり、設備が使えなくなったら、予算を手当をして新しいものを作るしかないわけだ。

 全国各地で一斉に進む基幹インフラの作り直しはいったいどうやって行うのか。日本に高速道路が初めて建設されたのが1963年だから、ちょうど50年ということになる。普通に考えれば構造物として老朽化が深刻になってくる時期である。

事故が起きた笹子トンネルも、1977年に供用が開始されてから35年が経過していた。都心の首都高速を走っていても多くのドライバーが老朽化を感じるだろう。だが、現在の仕組みでは、これを抜本的に作り直そうとすれば、国が膨大な設備予算を用意しなければならない。

単式簿記、外部監査すらない

 日本維新の会石原慎太郎・共同代表は、選挙戦の最中、繰り返し国の会計制度の見直しを主張した。

 「国の会計方式は単式簿記だが、こんな会計方式でやってるのは北朝鮮パプアニューギニア、フィリピン、マレーシアぐらいだ。なぜ複式簿記にしないのか。外部監査を入れないのか。どうして役人がやらないのか。経済界も疎くて歴代の経済団体の会長に言ってきたが、『はあ』というだけでよく知らない。だからバランスシートがない。財務諸表がない。健全な財政ができるわけない」

 こんな具合だ。石原氏は東京都知事時代に、東京都に複式簿記の会計制度を導入し、それをベースに合理化を進めて財政再建をした、という自負があるのだろう。「何で(東京都と)同じことを国がやらない。会計方法を世界並みに変えたらいい」と、会計制度に執着している。

 こうした石原氏の主張を受けて、日本維新の会は、国の会計制度に「複式簿記」「発生主義」を取り入れるよう法改正に向けて、議員立法に取り組む方針を示している。

 国や地方自治体などの会計基準を「公会計」と呼ぶ。実はすでに世界には公会計の国際基準が存在する。世界の会計士の集まりである国際会計士連盟(IFAC)がまとめた「国際公会計基準(IPSAS)である。日本公認会計士協会は2009年にその翻訳を公表している。

 世界でもこうした公会計基準に基づいて民間企業並みの決算を行っている国や自治体は数多い。ここ数年、経済危機に直面して積極的な財政支出を行っていることから、国や自治体の財政悪化は世界共通の悩みのタネになっている。財政を悪化させず、健全化していくには、実態をきちんと把握できるバランスシートを持つことが第一歩であることは間違いない。

 日本でも政府は国のバランスシートを作っている。だが、実際の予算決算とはまったく連動しておらず、一種の統計のような位置づけになってしまっているため、日本で公会計の導入に踏み切ろうという声にはなっていない。石原氏は「役人が動かない」と言うが、彼らが本気になって公会計に反対しているというよりも、従来型の大福帳の発想に慣れ親しんでしまっているために、バランスシートの重要性がなかなか理解できない、というのが実情のように思える。

 財務官僚はどうやって単年度の支出を抑え、支出に見合う財源を手当するかが「手腕」だと思っている。財源というのは「税」と「借金」である。バランスシートを本気で活用しようと思わなければ、資産効率を上げて収入を増やそうという発想にはならない。ましてや、借金を減らそうというインセンティブは働かないのだ。何より、「経営」するためには「実態」をきちんと把握できるツールである「財務諸表」が不可欠なのである。

日本公認会計士協会は近く、日本にも公会計基準を決める組織を作るべきだ、という提言をまとめる。公会計基準設定主体の創設である。民間企業が使う会計基準については、経済界や会計士などが設立した企業会計基準委員会(ASBJ)で設定することになっている。ASBJを作る際にも問題になったが、会計基準設定主体にとって最も重要なのは「独立性」である。企業や国、政治によって会計基準が歪められることがないよう、民間主体の独立機関としてASBJは設置された。今後、国の会計基準を誰が作るのか、議論が始まるきっかけにすべきだろう。

 米国では議会の付属機関としてGAOという組織が置かれている。日本では「会計検査院」「政府監査院」と訳されることが多い。もともとは、Government Accounting Officeという名称だったが、現在は Government Accountability Office と変わった。政府の会計だけをチェックするのではなく、政府の行政責任・説明責任をチェックするという意味である。日本にも会計検査院がある。法律では独立機関とされているが、実際には行政の機関のひとつで、歴代会計検査院長も官僚出身者が多い。米国では独立性を担保するためにGAO長官の身分保証が徹底され、任期も15年となっているが、日本では行政の人事異動と同様、1〜2年で交代している。

国会の下に、公会計基準設定主体の創設を

 会計検査院の位置づけを変更するのは一朝一夕には難しいとしても、政府の財政の実態を把握するための公会計基準の設定を国会の責任で行うのは重要だろう。

 2011年、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、国会に事故調査委員会が設置された。国会の下に民間の専門家からなる独立機関として設けられたもので、憲政史上初と言われた。

 調査委員会は報告書をまとめてすでに解散したが、この手法を活用して、国会の下に公会計基準の設定機関を置いたらどうだろう。実態把握に不可欠な武器であるはずの会計基準を握らずに国会が行政監視などできるはずはない。