おいしさに妥協をせず「自分でモノを売る」にこだわる佐渡「さかや農園」を訪ねて 〜農林漁業「6次産業化」の現場レポート

不定期ながら継続的に取材している「6次産業化の現場から」。佐渡の第二弾です。ちなみに、さかや農園のりんごジュース、すごく甘くてびっくりです。帰京してさっそく注文してしまいました。オリジナルページは講談社の現代ビジネス→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34739 是非ご一読ください。


都会の消費者にファンをつかみ直接販売することで「儲かる農業」を実現している人たちがいる。1次産業である農林漁業を加工などの2次産業、販売流通などの3次産業と結びつける6次産業化(1次+2次+3次=6次)の原点とも言える。その成功の秘訣は自ら生産する農産物の品質に磨きをかけ、ブランドを確立することだ。随時掲載している6次産業の現場レポート。今回は新潟県佐渡でりんごなどの果樹農園を営む「さかや農園」を訪ねた。

おいしくて当たり前。妥協は許されない。

「元気な農業の基本は自分でモノを売ることです。他人にモノを預けたら、日当も出なくなってしまいます」

佐渡の南西部、西三川にある「さかや農園」の佐々木五三郎さんは徹底して自主販売にこだわってきた。農園で獲れるりんごを、全国から注文を取って「贈答用」として宅配便で直送する。「贈答用」は農園で獲れるりんごの中でも1級品だけ。甘さ、食感、色・形のいずれも誰にもまけない自信作だ。ふじ、王林などの品種を栽培する。

佐渡でりんごができるのかとよく言われますが、青森よりずっと甘くて歯ごたえのある最高のりんごができます」と佐々木さん。暖流と寒流がぶつかる佐渡では、魚介類だけでなく農産物の種類も豊富だ。島内ではりんごとみかんがともに収穫できるほか、すいかや梨、ぶどう、柿などが栽培されている。

「贈答用」に適さないものは西三川に作った島内の直売センターで島民や観光客向けに販売している。味の良さ、鮮度、価格の安さが受けて島内でも人気スポットになっている。これも自力で販売するための工夫だ。

「贈答用は少しでも品質が悪いとお客さんからクレームが来ます。何しろ直接、お客さんとつながっていますから」と五三郎さんの奥さん。贈答用の顧客は「口コミ」をベースに長い時間をかけて増やしてきた。1000件におよぶ顧客名簿は「さかや農園」の宝だ。今年買ってくれた人に来年もまた注文してもらうためには、おいしくて当たり前。妥協は許されない。

そんな顧客との"信頼関係"を保つのに一役買っているのが「農園だより」だ。五三郎さんの手書きをそのままコピーしたもので、年に2回欠かさず発行。すでに53号を数えた。りんご畑の様子のほか、家族そろって出かけた旅の様子などもつづられている。

 また、発送する贈答品の果物の箱には農園の住所・連絡先を大き目に書いたちらしを同梱する。贈答品として初めて食べた人が注文してくれるのを期待してのことだ。こうして地道に新しい顧客を増やしてきた。

「自分でモノを売る」ことにこだわる果樹園経営

 3ヘクタールの果樹園で穫れるりんごは、サンふじの贈答用で5キロ詰め3150円(送料別途800円)と決して安くない価格設定。だが、品質を評価するリピーターで毎年完売している。

 さかや農園が取り組んでいるのは果実生産の1次産業と販売の3次産業だけではない。加工にも乗り出している。

 きっかけは1991年。台風13号に襲われてりんごの8割以上が収穫前に枝から落ちたことだった。この台風は日本全国に大きな被害をもたらしたが、中でも東北地方のりんごの被害は甚大で、「りんご台風」の別名もあるほどだ。その落ちたりんごを必死の思いで絞ってジュースにしたのだ。


 それ以来、りんごジュースはさかや農園のもう1つの看板商品に育ってきた。農園の加工場で絞って殺菌・瓶詰したもので、砂糖や添加物は一切使わない。さらにりんごや洋ナシ、ブルーベリーなどのジャムも製造している。これも果物と砂糖だけで、やはり添加物は使わない。

「使わないのではなく、添加物を加える知識がなくて使えないのですよ」と五三郎さんは笑うが、純粋な100%ジュースや手作りジャムは根強い人気商品になった。

「自分でモノを売る」ことにこだわる果樹園経営は、西三川地区の果樹農家に広がっている。近隣の農園12軒と共同で「西三川果樹組合」を設立、農協に依存していた販売体制からの脱皮を目指した。

「顧客リスト」の作り方や「農園だより」の効果などを仲間の農園主たちと情報交換している。毎年秋には組合主催で「くだものまつり」を開催するほか、肥料や資材などの共同購入も行っている。

農業で雇用を生み出すための課題

 西三川の果樹農家が成功していることは、ほとんどの農家に跡継ぎが育っていることを見ても明らかだ。佐渡もご多聞に漏れず農家の高齢化が進んでいる。一般に「儲かる農業」が実現できれば若い人は必ず農業に戻ってくると言われるが、西三川の果樹農家はまさにそれを実現しているわけだ。

 問題は、それが地域を担う「産業」と言える規模にまで拡大するかどうかだ。実は、さかや農園の畑が3ヘクタールなのには理由がある。

「ひとりで手に負えるのは1ヘクタール。私と家内、それに息子の3人で3ヘクタールということです。お嫁さんは今、子育て中なので、3人でできる限界ということです」と五三郎さんは語る。いわゆる「家業」から「企業」への壁がそこに存在する、ということだろう。

 当然、正式な社員を雇えば、固定費として人件費が発生する。人件費を考えないでも済む家業とは大きな隔たりがある。家業から企業へ一歩踏み出すにはそれなりの覚悟がいる。

 一方で、農業が雇用を生み出し、日本の経済成長の礎になるには、そうした「企業化」を促進する仕組みが不可欠だ。6次産業化の取り組みが進むには、1次産業に携わる農林漁業者の経営感覚、起業家精神が必要になるだろう。これから現場を受け継いでいく若い世代がそれを担っていくことだけは間違いない。