室戸に魅せられた青年は、地域に愛されるアイドル

ウェッジインフィニティに5月14日にアップされた原稿です。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7474

Wedge (ウェッジ) 2016年 8月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2016年 8月号 [雑誌]

 水産資源の豊富な高知県室戸。この街に魅せられた青年は、海洋深層水を使い、青のりやアワビ、トコブシを育てるという循環型のビジネスを立ち上げた。地域の「お母ちゃん」と共に室戸の価値を発信している。


 きっかけは高知大学の構内で見かけた1枚の張り紙。学生向けのビジネスプランコンテスト『キャンパスベンチャーグランプリ』の募集だった。 高知県の東南端、室戸岬の海に魅せられて単身移住し、地域起こしに取り組んでいる若者がいる。蜂谷潤さん、29歳。岡山県出身で、高知大学農学部の栽培漁業学科で海藻類の養殖技術を学んだ。フィールドワークで室戸に通ううち、ひょんなことから地域のひとたちを巻き込んだ起業に乗り出すことになった。

 室戸では深海から湧き上がる海洋深層水をくみ上げ、地域の目玉にしてきた。その海洋深層水を使った青のり栽培を高知大学が技術指導していた。蜂谷さんは指導教授に相談、これをビジネス化するプランを作って応募した。

 すると、四国大会で最優秀賞を受賞。全国大会でもテクノロジー部門大賞と文部科学大臣賞を受賞した。大学3年生の時だ。

 海洋深層水室戸岬沖の水深340メートルでくみ上げている。光合成に必要な太陽光が届かないため、ミネラル分が豊富で、水温も低く年間を通じて一定しているのが特徴。しかも化学物質などによる汚染もほとんどない。

 清らかな冷たい水が不可欠な青のりの栽培には持ってこいなのである。養殖は陸上の水槽で行うため、天候にも左右されずに収穫できる。


養殖する青のり

 さらに蜂谷さんは、青のり栽培に使った後の海洋深層水の再利用も考えた。この水で、アワビやトコブシを養殖するプランを作ったのだ。青のりの生育で海水中の栄養分が吸収されると海水が浄化されるため、それを貝類の養殖に使うことができると、目を付けたのだ。

 大学の卒業が迫り、一般企業への就職も考えた。だが、「プラン」で描いた室戸の漁業再興が忘れられない。室戸に通っていた蜂谷さんは、地元のお母ちゃんたちにかわいがられる存在になっていた。食事に呼ばれたり、魚をもらったり。

 都会に出て行った自分の息子の身代わりのように面倒を見る人もいた。人懐っこい性格の蜂谷さんは地域にすっかり溶け込んでいった。


室戸に仕事を作ろう!

 そんな折、「室戸には仕事がないからね。大阪にでも出て行かないと仕方ないね」という女性たちの声を耳にする。それならば、室戸に仕事を作ろう。蜂谷さんはそう考えた。

 大学院に籍を置きながら、室戸でのビジネスが始まった。13年には一般社団法人「うみ路」を設立。青のりの養殖事業に乗り出すかたわら、室戸の魚などを使った商品開発に乗り出した。「むろっと」というサイトも立ち上げ、通信販売にも乗り出した。

養殖の現場

 室戸岬沖は深海から海水が湧き上がる「湧昇流」と呼ばれる世界でも珍しい海流がある。このため、漁業資源が豊富で、様々な種類の魚介類が獲れる。ところが、小ぶりのソウダガツオなどが大量に獲れると価格が暴落、1本20円くらいにしかならない。地元の漁師が好んで食べる美味い魚にもかかわらず、鮮度が落ちるのが早いため、保管がきかない。これを保存できる最終商品に加工できないか─。

 こうして生まれたのが、むろっとの人気商品になった「コンフィ」だ。地域のお母さんたちがさばいたソウダガツオを海洋深層水につけ込んで、ほどよい塩味をつける。さらに米油を加えて真空梱包した後、加熱するのだ。そうすることでうまみが凝縮されている。冷蔵して出荷したものを、レストランや家庭で、パスタやサラダなどの具として便利に使える。酒のツマミとしても最高だ。

 もちろん、青のりの加工品も看板商品である。青のりは四万十川の河口産が有名だが、水温の上昇や水質の悪化で生産量が激減。最盛期の1980年代には年間62トンだった収穫量が今は2トンになっている。逆に青のりの価格は上昇した。今では1キロ1万円という高値が付く。蜂谷さんの養殖ビジネスが成り立つのは、価格が高いからでもある。

 副産品として養殖しているアワビやトコブシも小売り段階での価格が高い。一方で室戸のトコブシは1999年に32トン獲れていたものが、今は8トン。養殖する価値があるわけだ。ただ、青のりの養殖が主力事業であるため、「うちの事業としては、ボーナスのような位置づけです」と蜂谷さんは語る。

 蜂谷さんの起業によって室戸にも少しずつ仕事が生まれている。うみ路ではパートを含む10人を雇用している。また、市の施設である「室戸世界ジオパークセンター」にあるカフェ「ジオカフェ」と土産物店「ジオショップ」の運営を受託した。もちろん、うみ路のオリジナル商品も販売しているが、最近は人気で品切れ気味。安定した商品供給が課題になっているほどだ。

 見ず知らずの土地にやってきた蜂谷さんが移住して起業できたのは、室戸の人たちの支援が大きかった。地元で滞在型健康施設ニューサンパレスむろとを運営する病院理事長が蜂谷さんのスタートアップを支えた。試作を繰り返してコンフィが生まれたのも、この施設の厨房を借りてのことだった。

 さらに、ここで「むろっとBBQ」というイベントも行っている。東京など都会に住む人と、室戸の生産者との出会いの場を提供するためだ。これまでに6回開催して、1回あたり150人程度集まったそうだ。

自分の孫にそっくり
 同施設の岩貞光江さんは、「あの子のバイタリティーはたいしたもの」だと蜂谷さんを評する。「着実に前に進んでいる。ああいう子が室戸にあと2人くらい欲しい」と笑う。

 蜂谷さんはすっかり地元に溶け込んでいる。「自分の孫にそっくりだと思った」と初対面を振り返る前田和子さん。もともと漁協で働いていたが、蜂谷さんに口説かれて今はうみ路で働く。蜂谷さんが前田さんに付けた呼び名は「かずぴー」。前田さんも「はっちゃん」と呼ぶ。まるで本当のおばあちゃんと孫のようだ。

 室戸市は市とは言っても人口はわずか1万5000人。全国の市の中でも下から5番目だ。高知市内から車で2時間はかかる。人口減少に苦しんでいるのは言うまでもない。そんな室戸で蜂谷さんの取り組みが、活性化の起爆剤になるかもしれない。

 今年の春、新しい戦力が加わった。氏川彩加さん。もともと室戸の出身だが、神戸に出て写真家になっていた。Uターンして室戸に戻り「ジオカフェ」の店長になった。商品や地元の良いモノのプロモーションなどがますます活発になっていくに違いない。


室戸市 人口1万4359人。65歳以上の高齢人口率が約45%。日本八景室戸岬を中心に東西53.3キロの海岸線を有している。