財務省はなぜ「報道操縦」するのか:「消費税増税」と「国民負担率」

ここまでくると意図的に数字を作っているとしか思えません。情報操作していると言われても仕方がないのではないでしょうか。国の財政を立て直すのはとても大事なことですが、だからといって国民を欺いて誘導していいはずがありません。きちんと議論するためにも正しい数字が必要です。フォーサイトに書いた原稿です。是非ご一読ください。無料公開されました→http://www.fsight.jp/articles/-/41127

「16年度の国民負担率、7年ぶり低下43.9%に」(日本経済新聞)、「国民負担率7年ぶり減へ」(朝日新聞)――。

 今年2月、主要メディアは一斉に「国民負担率」が低下するという記事を掲載した。国民負担率は、国税地方税など「税負担」と年金などの「社会保障負担」の合計を、国民所得で割ったもの。つまり税と社会保障の負担感、重税感が今年度は7年ぶりに和らぐとしたのである。

 これらの記事は、2月12日に財務省が発表した「2016年度(平成28年度)の国民負担率の見通し」を元に書かれている。いわゆる発表記事である。財務省内にある記者クラブ詰めの記者は、財務官僚の説明に何の疑問も抱かずに記事にしたに違いない。だがこの発表、実は先輩記者たちが何度も“騙された”いわくつきの発表なのだ。

 過去の新聞を検索してみれば分かるが、2012年には「今年度3年ぶりに低下」、2013年には「4年ぶりに低下」という記事が載っている。2016年の今年に「7年ぶり低下」という記事が載ったということは、過去の「低下」という記事はいずれも“誤報”だったということになる。いずれも実際の数字は「低下」しなかったのである。


意図的な「官製誤報

 国民負担率は前述の通り、税と社会保障の負担額を分子、国民所得を分母にしている。分子を意図的に小さく見積もるのは限界があるが、国民所得の伸びを少し大きめに見積もれば、負担率は小さくなる。だから、今年は負担が減りますよ、という見通し数字を出すことが可能になるのだ。

 今年の発表では、2014年度の「実績」と、2015年度の「実績見込み」、2016年度の「見通し」を発表している。実績は確定数字なので操作するのは難しい。2014年度の実績は43.8%と、国民負担率としては過去最高の数値になった。2012年度に40.6%を付けて以降、急ピッチで負担が増えているのだ。本来ならば、メディアは負担が増えている「事実」に着目して、「2014年度の国民負担率、43.8%で過去最高」と書くべきだったのである。

 しかも財務省は、2015年度の「実績見込み」は、2014年度をさらに上回り44.4%になるとしている。今年度の43.9%はこれに比べて「低下」するとしているわけだ。ところが、「実績見込み」という語感からすれば、ほぼこれで確実な数字に思えるが、現実は違う。「実績」が43.8%だった2014年度の場合、前年に発表された段階での「実績見込み」は42.6%、さらにその2年前に発表された「見通し」の段階では、何と41.6%だった。

 新聞記者が「見通し」に目を取られている間に、実績見込み、実績となっていくにつれて、国民負担の数字はいつの間にか大きく変わっているのである。これでは、見通しはわざと低い数字を出して、これを新聞に書かせ、国民の目をごまかしていると言われても仕方がないだろう。まさに意図的な「官製誤報」、「報道操縦」である。

 ためしに、2012年度以降の数字が、「見通し」→「実績見込み」→「実績」と発表されるたびにどう変わったかを並べてみよう。

 2012年度は39.9%→40.2%→40.7%、2013年度は40.0%→40.6%→41.3%、2014年度は前述の通り、41.6%→42.6%→43.8%だった。ここまで毎年続くと、誤差や計算違いではなく、明らかに財務省の「意図」が働いていると見ていいだろう。ちなみに2015年度は「見通し」が43.4%で「実績見込み」が44.4%なのだが、これまでの傾向からすれば、来年「実績」が発表される時の数字は45%を突破しているに違いない。

上昇し続けている「国民負担率」

 なぜ財務省はそんなまやかしの「見通し」を発表し、負担率が「低下」していると国民に思い込ませたいのか。

「低下」という記事がメディアに踊ったのは、2012年の春と2013年の春である。言うまでもなく、消費税率の5%から8%への引き上げが議論され、決まった時期と重なる。国民負担率がどんどん上がっているということが国民の目に明らかになることは、消費増税に逆風になる。

 もちろん、今年も状況は同じ。2017年4月に消費税率を8%から10%に引き上げることになっているが、春ごろから永田町では再延期論がくすぶり始めていた。そんなタイミングで国民負担率がまたまた上昇するという記事が出れば、再延期論議に拍車がかかることになりかねない。消費増税が悲願の財務省からすれば、困ったことになるわけだ。

 国民負担率が平成に入った1989年以降で最も低かったのは、2003年度の35.3%だった。その後、2009年度の38.1%からは毎年上昇している。10年あまりで9%分も負担が大きくなっているのだ。しかも、ここ数年の上昇は大きい。これでは消費が低迷するのも当然だろう。

 現下の消費低迷は、2014年4月の消費増税が大きかったと安倍晋三首相も国会答弁で認めている。だが、それだけではない。国民負担率が年々上昇しているのは、消費増税の影響ではない。社会保険料が自動的に毎年引き上げられているのが響いているのだ。

実は半年ごとに減っている「手取り」

 サラリーマンなどはあまり関心を払っていないが、実は厚生年金の保険料率は2004年から毎年9月に引き上げられている。これが2017年9月まで続くことが決まっているのだ。具体的に言うと、2004年9月に13.58%(労使合わせて)だった保険料率は以後毎年0.354%引き上げられ、2017年9月には18.3%になることが決まっている。現時点(2015年9月)で17.828%になっているから、2004年と比べると、11年で4.248%も上昇しているのだ。仮に基準となる給与が年400万円だとすると、労使で17万円も上昇したことになる。

 また、これとは別に、健康保険料の料率改定も3月に行われ、こちらも毎年引き上げられている。つまり、給与所得者にとっては、毎年多少のベースアップがあったとしても、実際の手取りは半年ごとに減る事態が続いているのである。そこに消費税率の引き上げが加わったのだから、消費しようにも消費できない状況になったというわけだ。

 保険料の半分は勤務先企業が払うから、働いている人にとって負担感の増大はそれほど大きくはないかもしれないが、中小企業の経営者からすれば、毎年人件費が上昇していることになる。これでは賃上げどころではないだろう。

 もちろん、アベノミクスの効果によって国民所得が大きく増えれば、結果的に国民負担率は低下するかもしれない。だが、決して国民が負担する税金と社会保障費の総額が減るわけではない。

 財務省の見通しのベースになっている国民所得は、2014年度の364兆円から2016年度は385兆円に21兆円増える前提になっている。この間に、社会保障負担が約4兆円、国税地方税など租税負担が6兆円も増える計算なのだ。国民所得の伸びは不確実だが、年金や税金の負担額の増加は間違いなくやってくる。しかも、意図的に控えめにした数字である可能性が高いのだ。つまり、国民所得が想定通りに増えなければ、国民負担率は一気に高まることになる。

日本経済を破壊する財務省

 安倍首相は、2017年4月からの消費増税を再延期することを検討しているとされる。2014年4月に5%から8%に税率が引き上げられたが、「影響は数カ月で消える」という財務省の説明とその後の経済動向は大きく食い違った。せっかくアベノミクスで消費が伸びていたものの、一気に失速したのだ。結果、2015年10月に予定されていた8%から10%への再引き上げの延期を安倍首相が決断。その段階では、2017年4月から引き上げるとした。

 ところが、昨年後半から消費が一段と厳しさを増している。内閣官房参与などに就任している経済ブレーンの間からは、引き上げの再延期を求める声が上がっている。

 消費増税から時間がたってもなかなか消費が回復しない一因は、年金などの社会保険料負担が家計を圧迫しているからに他ならない。また、企業が賃上げに踏み切れない大きな理由もそこにある。それに加えて消費税を再増税すれば、消費はさらに冷え込むことになるだろう。

 国民負担率の「見通し」数字を“操作”して増税路線に突き進もうという財務省の戦略は、日本経済をぶち壊しかねないのである。最低でも、消費増税は年金の保険料率の引き上げが終わる2017年9月まで待ち、その影響が消えた段階で行うべきではないか。