12月1日発売のエルネオスの連載コラムの原稿を以下に再掲させていただきます。
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硬派経済ジャーナリスト 磯山友幸の≪生きてる経済解読≫連載─32
消費税率が来年四月一日から引き上げられる。現行の五%から八%になるわけだが、果たしてどれぐらいの影響が出るのか。安倍晋三首相が進める経済政策、アベノミクスの効果で明るさが見え始めている景気が一気に腰折れすることになるのか。それとも追加の景気対策の効果も加わり、落ち込みを短期間で回避して経済成長が続くことになるのか。
増税されれば、当然、民間から政府が資金を吸い上げることになる。では、税率の引き上げでどれぐらい国民の税負担が増えるのか。逆にいえば、どれだけ税収が増えるのか。
財務相の諮問機関である財政制度等審議会(会長・吉川洋・東大大学院教授)は、消費税率が三%引き上げられることによる税収増は国と地方を合わせて五兆一千億円に達するという見通しを公表している。単純に計算すると年間八兆一千億円の税収増になる計算だが、引き上げ初年度のため納税時期などのズレによって目減りするという。五兆円以上の資金をこれまで以上に国と地方が吸い上げるのだから、景気に影響がないはずはない。
政府はこの影響を最小限にとどめようと、五兆円規模の経済対策を実施する方針だ。今年度補正予算案を十二月上旬に編成し、年明けに編成する二〇一四年度予算と一体の「十五カ月予算」と位置付ける。公共事業や復興事業の積み増しのほか、低所得者に現金を配る「簡素な給付措置」の財源とする。五兆一千億円吸い上げる増税の影響をなくすために五兆円を使うというわけだ。何のために増税するのだといいたくなるが、経済対策は一回限りなのに対して、増税効果は今後永遠に続くと思えば、一年分ぐらい何ともないというのが政府や財務省の発想だろう。
消費税増税=税収増ではない
消費税の負担は大きい。特に中小企業者や自営業者の場合、法人税や事業税を支払っていない赤字法人でも、消費税は容赦なく課税される。売り上げの三%分は大きい。もちろん、仕入れなどの際に支払っている消費税は納付額から差引くわけだが、中小企業の場合、三%分をきちんと価格転嫁できないという問題も生じる。つまり、仕入れる際の消費税負担は増える一方で、顧客からは三%分余計に集金することはできないケースが出てくるわけだ。
政府は消費税増税分の「還元セール」といった表現を禁止した。消費者に負担をかけまいとする「還元セール」が結果的に納入業者の価格転嫁を妨げることになるという考えからだ。政府が「価格転嫁」を強く指導することには小売り業界などからも反発の声が上がった。企業が営業努力することを禁止しているようなものだというのだ。
では、消費税増税分を家計にすべて負担させたらどうなるのか。みずほ総合研究所の試算では年収六百万〜七百万円の世帯では、現在十五万九千二百七十円の消費税の年間負担額が二十五万四千八百三十一円になる。何と九万五千五百六十一円も増えるのだ。年収に対する負担率は二・五%から三・九%へと上がる。もちろん家計が負担しているのは消費税だけではない。所得税や住民税、固定資産税なども決して軽くない。さらに厚生年金保険料も毎年上がっている。
実は、ここまでの消費税増税による負担増はあくまでも試算だ。消費税が上がって負担感が増した場合、これまでと消費スタイルをまったく変えないほうが珍しいだろう。家計を守るためには当然やりくりするわけで、消費を抑制するという行動に出る。つまり消費税率が上がったからといって、そのまま税収が増えるとは限らないのだ。
一九九七年四月、橋本龍太郎内閣は消費税率を三%から五%に引き上げた。九七年度の一般会計の所得税、法人税、消費税の収入合計は四十二兆円と、前年度の三十九・六兆円から増えたが、その後は落ち込んだ。消費税収が増えても景気が悪くなったため、所得税と法人税の収入が大幅に減ったのだ。これは法人税率を引き下げたからだという主張もあるが、消費税増税で景気が一気に減速したのは間違いない。
九七年一〜三月期の実質国内総生産(GDP)は三・〇%増と好調だったが、引き上げ直後の四〜六月期には三・七%減とマイナス成長に落ち込んだ。さらに十〜十二月期からは3四半期連続でマイナス成長に陥った。増税が景気の足を引っ張ったのである。
好景気なら税収は増える
財務省が十一月一日に発表した租税及び印紙収入額調査によると、今年四〜九月の累計の税収は前年同期比で所得税が五・五%増、法人税が三・六%増、消費税が五・七%増、税収合計で四・〇%増と、いずれも大きく増えていることが明らかになった。アベノミクスによって円安になったこともあり企業業績が好転。法人税収が増えた。また、株式の売買が盛り上がったことから所得税が増えたほか、高額品消費が増えるなど、消費の盛り上がりで消費税収も伸びた。このままのペースでいくと今年度の税収は当初予算に比べて一兆〜三兆円増加する見通しだという。
この数字が示しているのは、景気が盛り上がれば税収は増えるという現実だ。橋本内閣の時の〝増税失敗〟と対比すれば、いかに経済の好転が税収に直結するかが分かる。
消費税率の引き上げが悲願だった財務省は、景気への影響には目をつぶってでも税率引き上げにひた走った。安倍首相に大胆な金融緩和政策を進言してきたリフレ派のブレーンたちは、景気を失速させるとして、こぞって税率引き上げに反対したが、首相は結局、予定通りの引き上げを決断した。
来年四〜六月のGDPが大きく減速するのはもはや避けられないだろう。これを早期に成長路線に戻すにはどうすれば良いのか。公共事業の積み増しといった対症療法では景気マインドは大きく変わらない。日本経済の成長を多くの投資家や国民に確信してもらうには、将来のビジョンを明確に示し、規制緩和などの大胆な改革を実行していくほかないだろう。