「医療」「教育」「農業」「雇用」の岩盤規制に風穴。国家戦略特区指定でアベノミクス改革が「首の皮一枚」つながった

国家戦略特区、猛烈な抵抗の中で、安倍首相の決断で、養父市や福岡市が選ばれてようです。これから具体的にどんな事業計画が作られるか。本当に改革の突破口になるのか、注目したいと思います。オリジナルページ→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38844


安倍晋三首相が「規制改革の突破口」と位置付けて選定を急いでいた「国家戦略特区」の第一弾が決まった。3月28日に開いた国家戦略特区諮問会議(議長・安倍首相)で決定した。

指定地は東京圏、関西圏、新潟県新潟市兵庫県養父市、福岡県福岡市、沖縄県の6カ所。安倍首相は、「発案から1年もたたずに、国家戦略特区という岩盤規制を打破するためのドリルを実際に動かせる体制が整った」と、岩盤規制を突き破るドリルが準備できたと胸を張った。

安倍首相が胸を張るのもある意味当然だろう。自民党内や霞が関から猛烈な抵抗にあっていた特区候補を首相の強い意志で選定したのだから。

昨年6月に発表したアベノミクスの「成長戦略」で、切り込みが不十分として課題になっていた「岩盤」をともかく俎上に乗せることができたのだ。岩盤とは「医療」「教育」「農業」「雇用」である。

「医療」「教育」に風穴空ける「関西圏」

医療や教育からむ規制に風穴を開ける拠点として期待されるのが「関西圏」だ。「大阪府兵庫県京都府の全部または一部」が「医療等イノベーション拠点、チャレンジ人材支援」をテーマに特区指定された。

国際水準の高度な医療を実現するためにさまざまな規制を特例として緩和しようというものだ。

すでに国会を通過している国家戦略特区法では、世界の一流の外国人医師らが集まる国際医療拠点には従来の病床(入院用ベッド)数の規制の枠外で、新たに病床を認めることが明記されている。

今後、大阪府など自治体の長と国家戦略担当大臣、民間事業者が一体になった「区域会議」を5月にも設置、具体的な事業内容と規制緩和項目を詰めて、「事業計画」としてまとめることになる。

大阪では「医療」のほか、「教育」分野の岩盤規制突破も掲げており、政府が今回認める方針の「公設民営学校」も具体化することになりそうだ。

「国際ビジネス、イノベーションの拠点」

また、「東京都と神奈川県の全部または一部、千葉県成田市」からなる「東京圏」は、「国際ビジネス、イノベーションの拠点」として特区指定された。

海外企業が参入しやすい規制緩和などを認め、シンガポールや上海などと国際ビジネス拠点として戦っていける競争力のある都市づくりを後押しする。

成田市が入っているのは玄関口である成田空港を活用した事業を想定しているため。大都市部での大幅な容積率規制の緩和などによって、高度な国際ビジネスセンターの形成を目指す。

国際ビジネス拠点として必要な国際水準の「医療」や「教育」の確保も範疇に含まれ、今後の具体的な事業計画には様々な規制緩和項目が盛り込まれる可能性が高い。

もっとも、東京都知事舛添要一氏に交代したばかりということもあり、「東京都に対し、規制改革事項等の内容の一層の充実を求めることとする」という注文が付いている。

「観光拠点」の沖縄、「農業」の養父(やぶ)

国際的な観光拠点の特区として沖縄県が指定された。下馬評にはなかったが、審議過程の最終段階になって加わった。政府は観光立国も掲げているほか、東南アジアへの玄関口としての地の利から観光拠点とされた。

もっとも、長年、沖縄は県民所得も全国で最下位だったが、ここへきて経済が成長している。出生率が高いことや若年人口の割合が多いことなど、今後の成長モデルとして特区認定された面も強い。

岩盤規制の象徴的な存在である「農業」と「雇用」については、特区指定に際して関連団体や所管官庁の抵抗が強かった。農業に関しては早くから「兵庫県養父市」が下馬評にのぼっていたが、これを突破口にさまざまな地域でなし崩し的に規制緩和が進むのではないか、と危惧する声が農業団体などから上がっていた。

政府が特区指定に当たって、地域を限定せず、規制項目で指定する「バーチャル特区」という考え方を示していたこともあり、養父市と連携する様々な地域が「バーチャル特区」化するのではないかとみたわけだ。

特区指定の発表にあたって新藤義孝総務相が繰り返し、今回は養父も含めて「地域指定」であると強調したのはこのためだ。つまり、現段階では養父市だけを特例として外に広げる考えがない、ということを示したのだ。

養父市では、農業委員会の権限を自治体の首長に移すことで、農地の売買許可などを出しやすくし、企業の農業参入などを促進させようと考えている。

兵庫県の中山間地にあることから、農業の大規模化では生き残りが難しいとみられるため、農家レストランや古民家の活用などサービス産業と複合化し、高付加価値路線に活路を見出す考えだ。市長が改革に前向きなことから特区の有力候補になった。

「農業」「雇用」がなんとか生き残った

同じ農業でも、農産品輸出も視野に農業の大規模化を進めるモデル地区として指定されたのが新潟市。今後、どういった規制項目が俎上にのぼるか注目される。養父市は「中山間地農業の改革拠点」、新潟市は「大規模農業の改革拠点」と位置付けられた。

「創業のための雇用改革拠点」として特区指定された福岡市では、ベンチャー企業や外国企業の立地を促進するために、日本の旧来の労働慣行の不透明な部分を分かりやすくする取り組みなどが行われる。

具体的には今回の改革に伴って導入が決まった「雇用労働相談センター」の設置などで、解雇を巡って労使間の紛争が生じないよう、さまざまな雇用相談に応じる仕組みなどを検討する。

また、国と自治体の長、民間で作る「区域会議」が求めれば、さらに踏み込んだ規制改革などが実現する可能性もある。雇用契約時に金銭支給による解雇を明文化することなど、金銭解雇への道が開かれる可能性も残っている。

今回の国家戦略特区の指定によって、まがりなりにも、岩盤規制と呼ばれた分野を「特区」に盛り込むことに成功した。安倍首相は海外での講演などで、強い改革姿勢をアピールしてきたが、既存の業界団体や所管官庁をバックに自民党内や野党から異論が相次ぎ、なかなか実行に移せなかった。

特区認定も予想以上に手間取ったが、安倍首相が「岩盤規制を打ち破るドリルになる」という強い姿勢を保ち続けた結果、「農業」も「雇用」も特区のテーマとして生き残った。

特区の成否がアベノミクスのカギを握る

もちろん、特区指定されたからといって、すんなり改革が進むかどうかは予断を許さない。地域会議には規制の所管大臣を加わらせないこともできるため、所管官庁の抵抗を無視して事業計画を推し進めることも可能だが、規制を知り尽くした官僚組織に、自治体や民間、政治家がどれだけ対抗できるかどうかは分からない。

NHK世論調査によると、昨年11月の60%から特定秘密保護法案を巡って12月に50%に急落して以降、1月には54%に持ち直したが、2月52%、3月51%とジリジリと下がっている。

安倍内閣の高支持率を支えているのは、アベノミクスによる改革を打ち出した「経済中心」の政策だった。4月1日から消費税率が8%となり、その経済の減速が懸念される中で、安倍首相としては改革に打って出る姿勢を何としても示したかったと言える。

今後、5月の地域会議設置、6月の成長戦略見直し版の公表、夏の戦略特区の事業計画の公表と、改革の成否が問われる場面が増えてくる。

昨年1年間で15兆円も日本株を買い越した外国人投資家は、安倍首相の改革姿勢に注目していた。大見得を切っていた国家戦略特区の選定でも中身がないようだと、投資家に失望が広がった可能性もある。

とりあえず、岩盤規制をすべて俎上に乗せたことで、アベノミクスも首の皮一枚で、改革姿勢を保ったと言えるだろう。