GPIFは「緒戦」の塩崎厚労相

月刊ファクタの10月号(9月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→オリジナル→http://facta.co.jp/article/201410038.html


安倍晋三首相は9月3日に内閣改造を行い、第2次安倍改造内閣を発足させた。首相を除く18人の閣僚のうち6人を留任させる一方、8人の初入閣大臣を誕生させ、女性閣僚も過去最多に並ぶ5人とした。「女性活躍促進」など安倍カラーを打ち出した改造で、内閣支持率も上昇傾向にあるなど、まずまずの出だしとなった。

そんな中で資本市場がすかさず反応したのが塩崎恭久厚生労働相だった。改造前日の2日に塩崎厚労相内定のニュースが流れると、東京株式市場で日経平均株価が大幅に上昇。その日は結局、192円高の1万5668円で引けた。およそ7カ月半ぶりの高値水準になったのである。

なぜ塩崎厚労相で株価が上がるのか。

市場の解説は、塩崎氏が所管の厚労相になることでGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)改革が進むというもの。自民党政調会長代理としてGPIF改革の旗を振ってきた塩崎氏の改革手腕に期待したというわけだ。

1998年の金融国会で「政策新人類」のひとりとして頭角を現した塩崎氏は、国会議員の中でも資本市場に最も通じていることは間違いない。それだけに財政金融が専門とみられることが多い。その塩崎氏を安倍首相が厚労相に指名したのは、GPIF改革をやらせるために違いない、そんな読みが市場に流れたのも無理はない。

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だが、実際には塩崎氏はいわゆる「厚労族」に属しており、厚労相就任はあながちサプライズ人事ではなかった。第1次安倍内閣官房長官まで務めた首相との「盟友関係」からすれば、入閣するなら重要閣僚でと見られていた。海外の投資家が注目するGPIF改革には安倍官邸も熱心であることは間違いないが、それだけをやらせるために塩崎氏を大臣に据えたわけではなかった。

その証拠に、大臣任命に当たって安倍首相から示された指示書にはGPIFという言葉は書かれていなかった、という。もちろん、指示書の冒頭には「持続可能な社会保障制度の確立」が掲げられており、そこには年金運用の問題も含まれる。が、ことさらGPIF改革を指示されたわけではない。

もちろん、だからと言ってGPIF改革が主要課題でないわけではない。安倍内閣が6月24日に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」には改革が明記されている。

「公的・準公的資金の運用等の見直し」と題して、二つの課題を明記している。ひとつは基本ポートフォリオの見直し。「財政検証結果を踏まえ、長期的な経済・運用環境の変化に即し、年金財政の長期的な健全性を確保するために、適切な見直しをできるだけ速やかに実施する」とある。日本国債に大きく偏っている投資先を、株式などに分散させるべきだという流れが背後にある。

もう一つがいわゆるガバナンス改革。「体制の強化を図るため、運用委員会の体制整備や高度で専門的人材の確保等の取組を速やかに進める」と記されている。

国内外の資産運用会社や投資家も改革を支持している。ただ、中には短期の利益を狙ったヘッジファンドなどもおり、GPIFの巨額資金を日本株にシフトさせることで、株価上昇を仕掛けている人たちもいる。また、運用受託を狙う運用会社などは、GPIFのガバナンス体制が変わり、欧米の年金並みに運用委託が始まることに熱い視線を注いでいる。ここ半年ほど首相官邸周辺にはこうした金融関係者がしきりに訪れ、GPIF改革を訴えていた。

塩崎厚労相もそうした動きを熟知している。就任記者会見ではGPIF問題に記者の質問が集中したが、「強固なガバナンスの下で、分散投資をすることが安全かつ効率的な運用につながる」という発言を繰り返した。

塩崎氏は、国債に大きく依存した運用ポートフォリオは「安全かつ効率的な運用」ではないと主張してきた。言外にポートフォリオの見直しを求めている。だが、改革に消極的だったGPIF自身や厚労省からすれば、国債中心の運用こそが「安全かつ効率的な運用」だということになる。実際、GPIFのホームページにも「国内債券を中心とした安全かつ効率的な運用を目指す」と書かれている。まだ、大臣と役所の平仄が合っているわけではない。

質問した記者からすれば、「国債中心の運用ポートフォリオの見直し」と言った歯切れの良い発言を期待しただろう。だが、塩崎厚労相はそこまで踏み込むのを意図的に避けていた。

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新大臣の最大の眼目は、実はGPIFの強固なガバナンス体制の構築にある。運用の専門家が合議制で運用方針を決める責任の所在がはっきりした体制を整備することこそが大事だと考えているのだ。ポートフォリオはそうした専門家の組織が決めることで、政治家が口出しすべきことではない、とも考えているようだ。成長戦略のGPIF改革で言えば、後段のガバナンス改革に俄然やる気を持っている。

塩崎氏は徹底した「デュープロセス(適正手続き)論者」だ。明確なルールを決めてそれに従うことを最も重要だと考える。ここ数年、塩崎氏が深く関与した政策はいくつかある。国会に東京電力福島第一原子力発電所事故調査委員会を設置した「国会事故調」や、原発の安全性を判断する「原子力規制委員会」の設置に野党でありながら深く関与した。さらには社外取締役の導入促進などを実現した「会社法改正」や「スチュワードシップ・コード」「コーポレートガバナンス・コード」の導入など。分野はまったく違うようでいて、いずれも「デュープロセス」を徹底させるための仕組みづくりと見れば、首尾一貫している。

原子力規制委員会は独立性を高めたために、霞が関のコントロールが効かず、政治の介入も難しくなった。そんな塩崎流の制度改革には、許認可権を握りたい旧来型の官僚の評判は芳しくないが、塩崎氏は一向に気にかけない。

GPIF改革でも、厚労省はガバナンス改革に乗り気でない。傘下の行政組織への監督権が弱まることに官僚たちは無条件で反発する。何か特別な思いがあって抵抗するというよりも、役人の習い性なのだ。ガバナンス改革を規定した法案の提出を検討するよう成長戦略にも明記されているが、厚労省はこの臨時国会に法案を提出する気はさらさらない。

実は、安倍首相が斬り込むとしている「岩盤規制」のうち、「医療」「雇用制度」は厚労省の分野である。アベノミクスの成功には、厚労省の抵抗を打破しなければならない局面が必ず来る。GPIFの戦いは塩崎厚労相にとって緒戦に過ぎない。