訪日中国人数が過去最高記録を更新、 「政冷経熱」の日中関係はどこへ向かうか?

冷え込んだ日中関係に改善の兆しが見え始めているようです。政冷経熱と言われますが、経済的な相互依存を考えると、いつまでも「政冷」ではいられなくなってきた、というところでしょうか。現代ビジネスに原稿を書きました→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40690


中国人の日本訪問は過去最高記録を更新
旅行などで中国から日本を訪れる人の数が急増している。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、7月の1ヵ月間に日本を訪れた中国人は28万1200人。前年7月に比べて倍増した。8月も25万3900人と前年同月比56%増えた。これまで月間で最高だったのは2012年7月の20万4270人だから、今年の7月はこれを大幅に上回って過去最高を記録したことになる。

日中関係は「冷え切っている」というのが多くの日本国民の感覚に違いない。2012年9月に当時の野田佳彦内閣が断行した尖閣諸島の国有化をきっかけに、両国の緊張は一気に高まった。友好訪問団の受け入れまで拒絶する事態に発展。日中間の人の移動は大幅に減った。中国から日本にやってきた人の数も、尖閣問題直後の2012年11月には5万1993人にまで激減したのだ。

その後の安倍晋三内閣の誕生で、さらに中国は対日批判を強めたのは周知の通り。尖閣諸島周辺の日本の領海に繰り返し立ち入るなど、緊張は頂点に達した。政府内にも「偶発的な衝突が起きかねない」と懸念する声まで出ていた。

今年3月31日には、中国政府系のシンクタンクである中国社会科学院日本研究所が『日本青書』を発表。「国交正常化後、最も緊迫した状態に陥った」と指摘した。昨年末の安倍首相の靖国神社参拝などで一気に冷え込んだ、という見立てだった。両国間の政治的な「冷え込み」は限界に達したのである。

だが、現実にはその頃から観光分野では“雪解け”が始まっている。今年に入って訪日中国人数は急増し始めた。前年同月に比べて倍増近いペースで増えてきたのである。そして遂に、7月には尖閣問題前のピークを上回ったのだ。このところ減少傾向にある韓国からの訪問者数を上回り、最も訪日客数の多い国になった。

アベノミクスを下支えする中国との「経熱」
1990年代に日中関係が冷え込んだ際に、しばしば「政冷経熱」という言葉が使われた。政治関係は冷え込んでいても、経済関係は熱いという意味である。観光分野で見る限り、すっかりこの「政冷経熱」状態になっている、と言える。

「経済最優先」を掲げる安倍内閣にとって、中国人旅行者の増加は歓迎すべきことだ。4月の消費増税で国内消費に減速懸念が強まる中で、中国人観光客が日本国内で落とすおカネは馬鹿にならない。アベノミクスによる円安で、期待されていた輸出がほとんど増えない中にあって、円安による旅行者の急増とそれに伴う消費増は願ってもない事なのだ。

消費税率引き上げ後の百貨店での高級品の売上高の戻りが比較的堅調だった背景にも、中国人をはじめとする外国人観光客による消費があるとみられる。免税手続で消費税を免れられる旅行者にとっては、消費税増税はあまり関係がない、という事情もある。

地方経済にとっても、増加している中国人観光客の効果は大きい。観光地での宿泊や飲食、お土産などに直接おカネを落としてくれるからだ。安倍内閣は重点施策として「地方創生」を掲げるが、建設分野の人手不足が深刻化して、公共事業の波及効果が低下している。そんな中で、中国人など外国人観光客を呼び込む観光振興は、数少ない「地方創生」の具体策のひとつになる。

一方で、中国にとっても、日本との経済関係はますます重要になっている。

財務省の貿易統計によると、2013年の中国からの輸入額は過去最高の17兆6599億円だったが、今年の上半期(1−6月)も9兆2574億円と前年同期に比べて14.0%増えている。上半期の中国向けの輸出は6兆3330億円だったので、日本からみれば3兆円近い貿易赤字ということになる。もちろん、中国からみれば、貿易黒字を稼いでいるわけだ。しかもその黒字額は年々拡大している。中国にとって日本は貿易先として重要性が増しているのである。

そんな「経熱」が、「政冷」状態を解消に向かわせようとしているように見える。

「政冷」にも終止符か
「11月の北京でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で会談できればいい」

10月3日の衆議院予算委員会で、安倍首相はこう答弁していた。政権発足以来、開かれていない日中首脳会談がようやく実現しそうな気配だ。背景には明らかに中国側の態度の変化がある。7月に福田康夫元首相が中国を訪れて習近平国家主席と会談したとされるが、それも中国側からの働きかけがあったと見られている。

中国側が態度を変化させたのは、政権発足以来の安倍外交の成果であることは間違いない。対話を呼びかける一方で、安易な妥協はせず、対峙を続けてきた。

一方で、就任以来わずか1年9ヵ月で49ヵ国を歴訪。歴代首相が就任期間中に訪問した国数で過去最多の記録を打ち立てた。就任当初は多かった欧米メディアの「右翼」批判が徐々に姿を消したのも、実際に顔を見せる外交に安倍首相が徹したためだろう。

そんな中で隣国である中国との首脳会談には、まったく焦りを見せなかった。

中国側からすれば、このまま「政冷」状態が続けば、中国経済にとってプラスにならない、という判断があるのは違いない。「習国家主席の権力基盤が固まるまで、対日融和の姿勢は見せられなかったという事情もあったのだろう」と外務省の幹部は見る。いずれにせよ、「政冷」解消の条件は整いつつあるようにみえる。

中国も日本も国民の最大関心事は経済だ。中国にとって経済成長の鈍化は政権への不満を爆発させかねない。日本も消費増税の影響が吸収できずに景気が失速することになれば、アベノミクスは失敗したとみなされ、国民の支持が瓦解しかねない。日中双方にとって、「経熱」のためにはそろそろ「政冷」に終止符を打った方がよい、という共通の利益が生まれつつあるようだ。