大塚家具「社長解任」と善管注意義務

月刊ファクタの1月号(12月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

オリジナル→http://facta.co.jp/article/201501007.html

社外取締役の導入が日本企業で加速しそうだ。金融庁東京証券取引所が共同で事務局を務めて、コーポレートガバナンス・コードの策定が進められてきたが、その中に「複数の独立社外取締役の設置」が書き込まれる可能性が大きくなったためだ。

コードに示されるのはあくまでもベスト・プラクティス、つまり日本企業の「あるべき姿」。会社法など法律で定めるのとは違って、社外取締役の設置が義務付けられるわけではない。しかし、置かない場合にはその理由を株主に説明しなければならなくなるため、多くの企業が複数の独立社外取締役を置く方向に動くことになるのは間違いないだろう。

日本でもようやく社外取締役の設置が「当たり前」になるわけだが、問題はそれで終わるわけではない。社外取締役が独立した立場で、十分な機能を発揮できるのか、その人物の能力や資質に問題がないのか。今度は、独立社外取締役の「質」や「役割」が大きく問われることになるだろう。

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最近、そんな社外取締役の役割が問われる「事件」が起きた。2​0​1​4年7月23日に、突如として社長が解任された大塚家具が舞台である。

社長解任と言えば、かつての三越事件のように、社長の暴走を止めるためというケースが多い。ところが調べてみると、大塚家具の場合はまったく逆で、創業会長の暴走を止めようとした現役社長が解任されたというのが、真相のようなのだ。

会長は大塚勝久氏。大塚家具を桐だんすの販売店からジャスダック上場企業にまで一代で育て上げた人物だ。社長を解任した後は、自ら社長に返り咲き、会長兼社長となっている。

一方の解任された社長は、大塚久美子氏。勝久氏の実の長女である。親子喧嘩のようにも見えるが、実態はより深刻だ。しかも大塚家具は株式公開企業である。社長解任という異常事態であるにもかかわらず、会社は何が起きたのかをほとんど説明しておらず、その結果、報道もまったくと言ってよいほどされていない。

事の発端は、71歳になる勝久会長が、生まれ故郷である埼玉県春日部に大規模な店舗を建設する話を持ち出したことにあったようだ。春日部市内の5千坪の土地を取得し、建設コストを合わせて1​0​0億円をかけるという壮大な計画だという。

年間の純利益が8億5千万円(13年12月期)に過ぎない大塚家具にとって、命運を左右する規模である。果たして採算が取れる見込みはあるのか。父親の発案に社長が慎重姿勢を示したことが、会長の逆鱗に触れたようである。

そんな大型投資を決めるのだから、さぞかし取締役会では激論が交わされたと思いきや、そうではないらしい。春日部の店舗建設について、具体的な計画の提示を会長に求めたが、取締役会には一切具体的な説明がなされなかったようだ。

実は、大塚家具には社外取締役がいる。取締役8人のうち会長と社長、常務の3人が創業家一族で、ほかの取締役2人が従業員出身。そして残りの3人が社外取締役なのである。

社外取締役は、阿久津聡・一橋大学大学院教授、長沢美智子・弁護士、それにジャスダック上場会社のホウライで会長を務めた中尾秀光氏の3人。会社の命運を左右しかねない大事業について、彼らはどんな議論を行ったのか。議論なしに巨額の投資を黙認すれば、取締役の善管注意義務違反に問われかねない。

関係者の話を総合すると、年長で大塚家具での経験も長い中尾氏は逆の動きをしたらしい。春日部の案件の具体的な説明や議論は取締役会で行うのではなく、創業一族や社内取締役だけで決めて欲しいという姿勢を取り続けたのだという。

なぜ、そんな姿勢を取ったのか。編集部からの質問状に、中尾氏からの返事はなかったので本当のところは分からない。だが、重要な案件が取締役会に上がるのを避け、自らが決定にさえ加わらなければ、取締役としての責任から逃れられると考えたのだろうか。

中尾氏は大塚家具の取引銀行の元役員だった。だが、社外取締役になったのは、銀行のあっせんではないという。会長との個人的な関係から就いたというのだ。08年のことである。

もし、取締役会で大プロジェクトの詳細な議論を詰めて、そこで自らが慎重な意見を述べることになれば、社外取締役に招いてくれた恩人の会長に反旗を翻すことになりかねない。何としてもプロジェクトを実現して故郷に錦を飾りたい会長がそれを許さないのは火を見るより明らかだった。取締役会での慎重な議論を求めた社長を見限ることで、自らの保身を図ったのだと周囲には見られている。

社外取締役の議論では常に「独立性」が問題になる。取引銀行や取引先、顧問弁護士などが「社外」ということで取締役になっても、いざと言う時に自分を選定してくれた社長や会長には逆らえないというのが典型的なパターンなのだ。

監査役制度がなかなか機能してこなかったのも、任命権者である社長にモノを言うことができないという根源的な問題があった。任期をずらすなど工夫も重ねられたが、社長と対等に経営問題を議論できる人はまだまだ少ない。

そんな典型的な構図が、大塚家具の“内紛”の背後にひそんでいたのである。

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大塚家具は07年に行った自社株取得がインサイダー取引に当たるとして証券取引等監視委員会から課徴金納付命令を受けた。それを機に勝久氏が会長に退き、久美子氏が社長になって、ガバナンス改革を進めてきた。

若手の女性社長としてメディアなどにも取り上げられた久美子氏は、大塚家具を家業から公開企業並みの企業に変えることを目指して、社外取締役の導入などを急いできた。

創業者で典型的なワンマンの勝久氏にとって、権力者への牽制が機能する取締役会は目障りだったのかもしれない。改革の象徴だった社外取締役に、久美子社長は足下をすくわれる皮肉な結果となった。勝久氏の社長返り咲きで経営スタイルも先祖返り。顧客獲得へ巨額の広告費を投じる戦略が裏目に出ているという説もある。暴走のツケはいずれ回ってくる。