新日本監査法人「見逃しの遺伝子」

ファクタ9月号(8月20日発売)に掲載された原稿を編集部のご厚意で再掲いたします。オリジナルページ→http://facta.co.jp/article/201509020.html


東芝の利益カサ上げ願望を知っていた痕跡がある。中央青山から引き継いだ「負の遺産」か。
facta 2015年9月号 BUSINESS by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)


7月21日夜、東京・帝国ホテルの大宴会場で、日本公認会計士協会主催の恒例の懇親パーティーが開かれていた。グラスを片手に歓談する出席者の多くが、偶然、同じ時刻に記者会見を開いていた例の名門企業の問題を話題にしていた。

不正会計問題に揺れる東芝である。第三者委員会が歴代トップが関与して組織的に利益をかさ上げする目的で会計不正を繰り返し、1500億円を超す利益が過大に計上されていたとの報告書を提出。これを受けて開いた会見では社長ら幹部の辞任を発表していた。

「まさか、あの東芝がね。ひどい話だ」

「(監査を担当していたのは)また新日本だよ。大変だな」

会場を埋めた出席者の多くが会計監査のプロだけに、日本を代表する企業の不祥事に顔をしかめていた。

そんな中で、ひときわ厳しい表情を浮かべる人物がいた。英(はなぶさ)公一氏。渦中の新日本監査法人の理事長である。話しかける人もまばらで、時折、眉間にしわを寄せ、遠くに視線を投げて目を泳がせていた。

日航IHIオリンパス

英氏の表情が厳しいのも当然だった。東芝だけでなく、このところの会計不祥事では必ずと言ってよいほど新日本の名前が挙がっていた。日本航空IHIオリンパス。2011年に巨額の損失隠しが発覚したオリンパスでは、金融庁から業務改善命令を受けている。

「もう1枚、イエローカードをもらったら退場だから」。そんな指摘をする会計士もいた。レッドカード、つまり業務停止命令でも受けることになれば、監査先企業が一斉に逃げだして破綻した中央青山監査法人の二の舞いになりかねない。

新日本にとって衝撃的だったのは、最も優良な顧客と信じてきた東芝で問題が発覚したこと。前身の太田昭和監査法人時代からの主要顧客だ。しかも監査報告書で一番上に名前を記載している濱尾宏氏は、新日本監査法人の監査品質の責任者である「品質管理本部長」を務めている。品質管理のトップがまったく不正を見抜けないという失態を演じたのだ。新日本の監査のレベルそのものが問われることとなっているのだ。

新日本監査法人は、東芝に『騙された』か『グルだった』かのどちらかだ。『無能』であるなら話は別だけど」

会計不正などコーポレートガバナンスにからむ不祥事に詳しい久保利英明弁護士は、こうインタビューに答えている。英理事長は「グルだったことはあり得ない」と否定するが、単に「騙された」だけとも思えない。これだけ広範囲に利益カサ上げが行われていれば、会社に出向いて監査している会計士の耳にも自ずから入ってくるものだが、東芝は一切そうしたことがなかったという。「担当会計士と会社の担当者の関係が、非常に事務的になっていたのではないか」と英理事長はみる。

だが、それも言い訳にしか聞こえない。実は濱尾氏が東芝を担当したのは初めてではなかったようだ。若い頃にも東芝の監査に携わっていたというのである。東芝を熟知している監査のプロが、なぜ気が付かなかったのか。

少なくとも、東芝が何らかの理由で利益をカサ上げしたかったことは、監査人も気づいていたのは間違いない。

というのも、14年3月期の東芝の決算で、「重要な会計処理方法の変更」を新日本が認めているからだ。それまで定率法だった有形固定資産の減価償却方法を定額法に変えたのだ。これによって東芝の税金等調整前当期純利益は379億円も「カサ上げ」されたのだ。見た目の利益を増やす目的での変更を普通、監査法人は認めない。東芝による変更理由は「今後の設備稼働は安定的に推移するため」と書かれているが、変更の理由としては説得力に乏しい。だが、新日本はそれを認めているのだ。

このことが監査報告書には一応「強調事項」として書かれているが、ただ「減価償却方法を変更した」と書かれているだけで、定率法から定額法に変えたことやその影響金額は書かれておらず、「強調」されていない。投資家が中身を知ろうとすれば、細かい字で書かれた決算書の注記を探すしかない。監査法人としては後ろめたい変更だったのだろう。この一事をもってしても、東芝がいかに決算数字を良く見せたいと思っているか、担当会計士は十分に認識していたはずだ。

かつて破綻した日本航空も、使用する航空機の償却年数を延ばすことで費用を先送りし、利益をカサ上げしていた。この会計処理の変更も監査法人は認めていたのだ。繰り返しになるが、会計処理の変更はルール上は認められている。だが、見かけの利益を良くするために変更するのは禁じ手であることは会計士なら誰でも知っている。

処分に腰が引ける金融庁

しかし、なぜこうも新日本の監査先で不祥事が相次ぐのか。「粉飾見逃しの遺伝子」のようなものが脈々と流れているように見える。破綻する前の中央青山もそうだった。ヤオハン・ジャパン、山一証券足利銀行カネボウと、「また中央青山か」と言われたものだ。担当会計士と監査先企業の「癒着」とは言わないまでも、「馴れ合い」や「惰性」が伝統的に生じる雰囲気を持っていたのだろう。

中央青山が破綻した後、所属していた会計士は1千人近く新日本に移籍している。あたかもそれによって、負の遺伝子が新日本に引き継がれたように見えるのは偶然だろうか。

そんな遺伝子を断ち切るためには、新日本への厳しい処分が不可欠になるだろう。だがどうも、金融庁の腰が引けている。

実は、東芝問題が発覚する以前から、金融庁は継続的に新日本の監査について検査を行っていた。会計士を名指ししたうえで、監査部門から外すように求めるなど、かつての金融機関への行政指導を彷彿とさせるような「箸の上げ下ろし」にまで口を出す指導が行われていた。

そんな中で東芝の不正会計が発覚したのである。このままでは、日本の監査は信用できないとして、国際的な不信感が広がる公算が大きい。東芝ADR米国預託証券)を発行しており、金融庁が手をこまねいていれば、米当局が直接調査に乗り込んでくる可能性もある。