問われるのは社外取締役の「数」ではなく「質」 8割が「2人以上」選任で、ガバナンス・コードの改訂不可欠に

日経ビジネスオンラインに6月24日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/062300026/

大手企業は、社外取締役の導入へ一気に動いた
 日本のコーポレートガバナンス企業統治)のあり方が急ピッチで変化している。2015年6月、政府の有識者会議の結論を受けて東京証券取引所が制定した「コーポレートガバナンス・コード」では、上場企業の「あるべき姿」が示されたが、これに沿う形で企業が改革を進めているからだ。

 中でも象徴的なのが社外取締役の導入。数年前まで主要な経団連企業などがこぞって反対していたが、コードに「2人以上」の選任が明記されたことで、大手企業は雪崩を打って社外取締役の導入へと動いた。

 コードの「原則4−8」には、「独立社外取締役の有効な活用」として次のように書かれている。

 「独立社外取締役は会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与するように役割・責務を果たすべきであり、上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである」

 さらにこう続く。

 「また、業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、上記にかかわらず、そのための取組み方針を開示すべき」

英米では過半数社外取締役にする例が増加

 つまり、東証が定める独立性の基準をクリアした社外取締役(独立社外取締役)を少なくとも2人置くべきだとしたうえで、企業の自主判断で3分の1以上を社外取締役にしてもよいとしたわけだ。

 実は、ガバナンス・コードを決める有識者会議では、最後まで数値基準を置くことに抵抗する声があった。一方で、複数では不十分で3分の1もしくは過半数とすべきだという主張もあった。その「妥協」の末に出来上がったのがガバナンス・コードの条文だったわけだ。

 社外取締役を置くことに財界や経営者の一部が強く抵抗したのは、取締役会に「部外者」が入ることで、社長ら経営トップの自由度が奪われると考えたからだ。だが、取締役会に社外取締役を置くことは欧米では当たり前で、英米などでは過半数社外取締役にする例が増えている。

 昨年できたガバナンス・コードは法律ではないため、適用するかどうかは企業経営者の判断に委ねられている。ただし、適用しない場合にはその理由をきちんと説明しなければならない。「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」と呼ばれる、欧州などで使われてきたルールだ。

 ところが、蓋をあけてみると、日本企業はこぞってガバナンス・コードの「遵守」に動いた。

 東証が6月17日に発表した「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況(速報)」によると、独立社外取締役を2人以上置いている会社は東証1部1958社のうち1525社。割合にして77.9%に達した。全体の4分の3を超えたのである。コードが導入される前の2014年にはわずか21.5%だった、一気に増加したのである。

1人以上の社外取締役がいる1部上場企業、96.2%

 しかも、1人以上の独立社外取締役がいる1部上場企業となると、96.2%、独立性の基準は満たしていないが社外取締役を置いている企業まで加えると全体の98.5%が社外取締役を受け入れたことになる。ガバナンス・コードで求めたことが、短期間のうちに、ほぼ実現しつつあるわけだ。

              独立社外取締役を1人以上選任した上場会社(東証1部)の比率推移

 そうなると、ガバナンス・コード自体が現状のままで良いのかという疑問が生じる。

 金融庁には2015年9月以降、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」という組織が置かれ「ガバナンス・コードの普及状況などをフォローアップすると共に、「ガバナンスの更なる充実に向けて、必要な施策を議論・提言する」ことが目的とされている。つまり、コードの見直しなどを提言していくことが想定されているのだ。金融庁の企業開示課に事務局が置かれ、ガバナンスの充実に向けた一般からの意見も募集している。

 実は、このフォローアップ会議が今年2月に意見書を出している。その中に、社外取締役についての記述がある。

 「各上場会社による独立社外取締役の選任は着実に増加しており、取締役会の3分の1以上の独立社外取締役を選任している企業も東証第1部上場会社の1割以上に上っている」

 そう普及状況について示したうえで、こう述べている。

 「ステークホルダーの関心は、独立社外取締役の人数の増加だけでなく、その資質のバランスや多様性の充実に移ってきている」

 つまり、「数」だけではなく「質」が問われると言っているのだ。

社外取締役の中には、経営の知見ない人も

 現在、多くの企業が社外取締役として選んでいるのは、まず、学者や弁護士、会計士といった人たち。独立性の高さを重視した人選と言えるが、一方で、経営には知見を持っていない人も少なくない。

 もうひとつの傾向が官僚OBである。税務官僚や警察官僚のほか、監督官庁のOBという人も少なくない。外交官もいる。いずれも企業経営にはそれまで携わった事のない人たちである。

 他の企業の社長OBなど経営者を選ぶケースもある。これが欧米の例をみれば最も王道といえる人選なのだが、日本ではまだまだ少数派だ。いわゆる「経営のプロ」が圧倒的に不足しているのだ。

 ガバナンス・コードには、社外取締役の「質」として何が求められるか、具体的に書かれているわけではない。

 2月の意見書でも、「経営環境や経営課題に応じ、例えば社内では得られない知見や経歴を基に、中長期的な企業価値の向上に向けた経営戦略や経営陣幹部の選解任についての議論を含め、取締役会の役割・責務の発揮に積極的に貢献できる資質を持った」人がふさわしいとしているだけだ。

 例えば、監督官庁の幹部OBを社外取締役に迎えた場合、実質的な「天下り」として一種の利権ポストになるのではないか、という指摘もある。具体的にどんな立場の人が社外取締役としてふさわしくないか、といった明確な基準をコードに盛り込む必要がありそうだ。

 「社外取締役がいるから不祥事が起きないわけではない」と、社外取締役の導入に否定的だった経営者は主張していた。まったくその通りだ。数合わせで社外取締役を導入したとしても、それを機能させようという「魂」が入っていなければ元も子もない。社外取締役を活用しようという経営者の明確な方針がなければ、ガバナンスの強化にはつながらないのである。

アローラ氏の報酬契約も、きちんと開示されていない

 ほかにも、現在のガバナンス・コードでは不十分な点が少なからずある。

 ソフトバンクのニケシュ・アローラ副社長が6月の株主総会で突然、退任した。同社はアローラ氏に契約金などとして165億円の報酬を支払っていた。突然の辞任によって巨額報酬の返還義務はないのか、どんな報酬契約になっているのか、株主にはきちんと開示されていない。

 最近では、日本企業の経営者の報酬額もどんどん上昇しているが、期間中に業績を悪化させた場合の返還義務などを課している例はほとんどない。欧米で急速に広がっている、株主総会での個別報酬への賛否投票(セイ・オン・ペイ)も導入されていない。こうした新たなガバナンス問題に対応して、コードを見直していくことが不可欠だ。

 コーポレートガバナンスのあり方が、経営スタイルを大きく変えていく。社外取締役が当たり前になった日本企業で、次に何が必要なのか。ガバナンスの強化に終わりはない。