早急に自由な労働市場を作るべし ロバート・フェルドマン氏に聞く

日経ビジネスオンラインに4月28日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/042700013/

 世界に例をみない急激な人口減少と、AI(人工知能)など技術の進歩によって、人びとの「働き方」が劇的に姿を変えようとしている。

 安倍晋三首相も、働き方の改革を内閣の「次の3年間の最大のチャレンジ」と位置づけ、「多様な働き方が可能となるよう、労働制度や社会の発想を大きく転換」していく方針を掲げている。厚生労働省も大臣の私的懇談会として、「『働き方の未来2035 〜一人ひとりが輝くために』懇談会」(座長・金丸恭文フューチャーアーキテクト会長)を立ち上げ、20年後の働き方に向けた制度整備などの議論を始めた。
 私たちの「働き方は」はどう変わっていくのか、シリーズで考えていく。初回は、「早急に自由な労働市場を作るべきだ」と主張するモルガン・スタンレーMUFG証券の日本担当チーフ・エコノミストロバート・フェルドマン氏に聞いた。

守られているのは給料の高い人

アベノミクスが取り組む課題として、法人税減税、エネルギー改革と並んで、労働市場改革を挙げています。
フェルドマン:労働を考えるときに生活水準をどう守るかが原点ですね。人口が急速に減り働き手ももっと減る中で、働く人たちが生産性をどう高めていくかがポイントになります。適材適所、同一労働同一賃金という2つの大きな原則が重要になってきます。

 日本には公務員が287万人いて、平均年収は884万円です。比較的高い教員などから低い消防士・警察官までさまざまです。一方、大企業の社員は701万人いて、平均年収は709万円です。では中堅企業はどうかというと、2760万人がいまして、平均年収は419万円です。では、公務員の生産性は、中堅企業の生産性に比べて2倍以上高いのかというと、それはあり得ないでしょう。

 なぜそうなるかというと、給料の高い人は労働法に守られている。そうじゃない人は安いのです。高い人は社会主義、安い人は資本主義。これは逆ではないでしょうか。給与の高い人を守るのが労働政策になっている。経済の生産性とは全く関係ないわけです。給与の高い人は高過ぎるから、もう少し成果主義、生産性にあった給料を払うことが必要です。生産性が高くない人たちが高過ぎる給料をもらっていれば、そのツケはお金のない人に回わる。マルクス経済的にいうと「搾取」ですね。

 生産性を上げて生活水準が守れるようにするには、こうした効率を阻む労働習慣をはずさないといけない。ところが大企業中心の労働組合は反対です。給料が下がるから嫌だと。一方、中堅企業のオーナー達も反対します。現状は自由に好きなだけ解雇ができる状況ですから。労働法を抜本的に見直すことに反対なのです。労働行政は誰のためにやっているのかを忘れていると思います。20年、30年先の日本経済を考えると、人々が移動可能な「労働市場」が出来ている必要がある。これが基本だと思います。

労働組合の全国組織に聞くと、私たちは大企業の労働者の意見だけを代弁しているわけではないと言います。

フェルドマン:労働政策の決め方ですが、厚労省にある労働政策審議会で議論されます。構成は30人、多過ぎて本質的な議論ができない。もう1つの問題は構成です。10人が公益代表、10人が労働者代表、10人が雇用者代表です。公益代表は大半が東京周辺の大学の先生で地方の先生はほとんどいない。全国を代表しているとは言い難いですね。加えてどういう過程で彼らが選ばれたのかが問題です。事実上、厚労省の役人が決めているわけです。

 労働者代表は10人中10人が組合の人です。雇用者は10人中7人が経団連所属の大企業。1人は商工会議所で中小企業を代弁しているはずですが、実際は経団連とべったりです。30人の中で好きなことを言える人はごく一部しかいない。

 しかも、対応がすごく遅いのです。「同一労働同一賃金」などは長年問題になっているのに、皆結論を出さないのです。


失業するのではという危機感を持つことが大事

日本型の正社員制度についてどう思いますか。「金銭解雇」の仕組みを導入すべきだという声があります。

フェルドマン:無期限に働ける「正社員」の定義が曖昧すぎて、どういう権利をもっているのか良く分かりません。明確なルールがないのでとにかく曖昧です。解雇を巡って紛争になっても、最終的には裁判所で決めるしかありませんが、その基準が曖昧です。

 1つは国がルールを作ることです。例えば15年勤務した人を解雇する場合、勤務年数マイナス1の月給とか、プラス3の月給、つまり14カ月分とか18か月分を解雇手当として支払う。それ以上は払わなくて良いという基準を国が作ればすっきりします。もう1つは、各企業に金銭解雇のルールを作るよう義務付けることです。

いま、正社員は無期限で雇用され簡単には解雇できないという原則がある中で、金銭解雇ルールの導入には反対が強いでしょう。

フェルドマン:稼いでいる人は解雇されません。逆に給与以上にたくさん稼いでいる人は、より待遇の良い企業に移れるようになります。金銭解雇を導入すれば大量失業が発生すると言う人がいますが、そういう人は自信がないんですよね。自分が失業するのではという危機感を持つことが大事です。時代にあったスキルを身に付けなければという動機付けになります。


中小企業は競争が完全に自由で、しかも激しい
先ほど、中堅企業は「資本主義」だと仰いました。

フェルドマン:中小企業は競争が完全に自由で、しかも激しい。例えば回転寿司屋に行けば分かりますが、店に入る時に受付には誰もおらず、タッチパネルで受付番号を貰う。これは労働節約ですよね。席に座ってみると板前さんは1人もいない。タッチパネルで「トロ」と押すと、コンベアの上を新幹線が載せて運んでくる。

 一方で、空港にある銀行の両替窓口には日曜日の朝9時でも6人もいます。その支店の隣にはATMがあって両替できるのです。しかも、窓口は女性で奥は男性行員。どこでも同じ光景です。男女差別が残っている。前にいる女性は契約社員で、後ろは正社員かもしれません。

 機械でできる事を大勢の人を使ってやっていれば、20年後、30年後には生活水準が下がります。

競争が激しければ生産性が上がるというお話ですが、そういう分野の生産性が逆に低く、給料も上がらない。

フェルドマン:生産性を上げている企業の賃金は上がり出しています。パートの賃金は2%上がっています。さらに人が採用できないという圧迫があって賃金上昇に拍車がかかっている。都心は相当な人手不足です。深夜の営業ができないとか、百貨店が時間を短くしているのは働き手が確保できないからです。変化が起き始めているんです。

今の労働行政に対する改革提案はありますか。

フェルドマン:現状では、解雇は客観的に合理的な理由があって社会通念上相当であると見なされなければ、解雇権の乱用だとされます。問題はその客観的で合理的な基準というのに透明性がない。

 人員削減の必要性があって、解雇回避努力を尽くしたか、すべて裁判が決めます。もちろん裁判官はそれぞれ違うため、訴訟を起こしてみないどんな結論になるか分からない。透明性がないのです。これは生産性の向上を阻む不確実性というか、予見性が持てない仕組みです。

 これでは海外からくる企業は増えません。国内で合理的に行動できるようになるのが大事です。


労働行政を厚労省から経産省に移す

安倍首相が導入すると言っている同一労働同一賃金はどうでしょう。

フェルドマン:海外では男性と女性の差別禁止が主眼でしたが、日本の場合、大企業と中小企業の格差是正が課題になっている。なぜ成果を挙げていない人の給与が高くて、成果上げている人が低いか。そこがポイントですね。

 欧米では基本的に年功序列賃金ではありません。30歳でも40歳でも同じ仕事をした人は同じ給与を貰うのが当然です。ポジションによって、給料が決っているのが普通なのです。給料を増やしたかったら新しいスキルを身につけて頑張りましょう、ということになります。

定年の年齢を引き上げるべきだと言う議論があります

フェルドマン:東京大学柳川範之教授が言う「40歳定年制」は良いアイデアです。実は私も早くからそう主張していました。40歳過ぎたらいつ解雇されるか分からないので、30代で一生懸命勉強する。定年まで高い給料を払い続けるということでは、固定費が大きくなって企業の生産性は上がりません。また、大企業が65歳まで人材を抱え込んでいると、自由な労働市場ができないという面もあります。

 何より、日本に自由な労働市場を作る必要があります。ひとつ提案があります。労働行政を厚労省から経産省に移してはどうでしょう。企業が生産性を上げるために真剣に働き方の改革や雇用のあり方を考えるようになります。労使の対立関係を前提にしていては新しい政策は生まれません。