2019年の消費税増税は実行できるか 景気の力強さはまだ足りない

月刊エルネオス6月号(6月1日発売)に掲載された原稿です。

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 消費税率を現在の八%から一〇%に引き上げる消費税増税が予定通り二〇一九年十月から実施されるかどうかに、関心が集まり始めた。まだ一年以上先のことではあるが、民間企業の経理システムの変更など増税実施のための準備を考えれば、一年前には実施するかどうかを最終決定する必要がある。逆に言えば、再度、先送りするのならば、今年秋頃までに首相が決断しなければならない。
リーマンショック級の事態が起こらない限り引き上げていきたい」
 一七年秋に安倍晋三首相はこう発言し、よほどの事態が起こらない限り、消費税は引き上げるとした。だが、これは、大きな経済危機が起きれば、消費税率の引き上げ延期はあり得る、ということでもある。
 何が「リーマンショック級」かという定義も難しい。実際、一八年二月にはニューヨーク・ダウが一日で一千百七十五?も下落する「史上最大の下げ」が発生した。その後、回復したので「リーマンショック級」にはならずに済んだが、経済をどう判断するかは、首相に裁量権があるとも言える。
 政府はここへきて、次々と「消費税対策」を打ち出している。
 消費税増税の前後では「駆け込み需要」とその反動の「買い控え」が起きる。四年前の五%から八%への引き上げ時は、住宅や自動車など高額商品だけでなく、ほとんどの消費でこれが起きた。特に高額な住宅などは消費税分だけでも多額になるため、購入を考えている人たちは増税前に一気に駆け込むという現象が起きた。
 当時、消費税増税を主導した財務省の幹部は安倍首相に、反動による消費減退は一年余りで収束すると説明していたが、なかなか消費は戻らず、低迷はそれ以降も続いてきた。
 来年、八%から一〇%に引き上げた場合、これと同じことが起きるとみられる。このため、政府はその影響をどう吸収するか、知恵を絞っている。

住宅や自動車に特別の減税策

 具体的には、どんな知恵が出ているか。まず、消費税増税後の住宅や自動車に買い控えが起きないよう、購入者に特別の減税策を実施するのが柱になりそうだ。内閣官房に省庁横断の作業部会を設置し、増税後の反動減対策の検討に入っている。六月に閣議決定される「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」に方向性を盛り込んだ上、具体的な制度は自民党税制調査会などで詰めることになる。
 さらに、「消費税還元セール」も解禁する方向だ。前回、一四年の消費税増税では、増税しても価格転嫁ができない力の弱い中小事業者がしわ寄せを食うことになるという批判が上がり、政府を挙げて消費税増税分を最終価格に上乗せするよう指導した。最終消費者に対してスーパーなどが消費税増税分を値引きする「消費税還元セール」という言葉を使うことも禁止した。そのためにわざわざ特別措置法を作った。消費税は最終消費者が払うものだという「原理原則」を徹底したわけだが、これが消費者の財布を直撃することになり、消費の落ち込みが決定的になったわけだ。
 来年の増税も二%で五兆円近い税収増を見込むが、従来通りならば家計から五兆円を召し上げることになり、消費者の財布の紐が一気に固くなることは間違いない。一方、企業はここ数年の法人税減税で業績が好転、内部留保を大きく増やすなど余裕が生まれている。「消費税還元セール」など企業努力で増税分を吸収させ、消費者のダメージを少しでも小さくしようというのが趣旨だ。
 それでも消費税増税が消費に深刻な影響を与えると考える人は少なくない。特にアベノミクスを推進する安倍首相の周囲に、増税を再延期すべきだと主張する人たちが少なからず存在する。

増税のラストチャンス

 安倍首相は早くから「経済好循環」を掲げ、企業収益が回復した分を賃上げなどによって従業員に還元するよう求めた。一八年の春闘でも「三%の賃上げ」を経済界に要請。五年連続のベースアップが実現するなど、一定の効果が出始めている。家計の所得が増えることで、それが消費に向かい「経済の好循環」が始まるという絵を描いてきたのだ。最低賃金の引き上げも毎年行っており、パートやアルバイトの時給も上昇。人手不足も加わって、賃金はようやく増え始めているとみられる。
 ただ一方で、円安などに伴う物価の上昇も起き始めており、実質賃金が増えたという感覚はまだまだ庶民の間に広がってはいない。このため消費はいまだに弱いままである。日本百貨店協会が毎月発表している全国百貨店売上高や、日本チェーンストア協会が発表するスーパーなどの売上高は、なかなか前年同月比プラスが定着しない。百貨店の場合、日本を訪れる外国人による「インバウンド消費」の効果が大きく、それを除外した実質国内売り上げは前年同月比マイナスが続いている。消費の現状は、一四年の増税前の状況に比べて力強さを欠いているのは明らかだ。
 もちろん、今後の消費の動向にも大きく左右される。二〇年の東京オリンピックパラリンピックに向けて、建設需要以外の「ソフト」分野への投資がこれから本格化する。そうなると企業収益は一段と増加、人手不足の深刻化とともに賃金の上昇も鮮明になっていく。逆に言えば、オリンピック直前の一九年秋に消費税増税ができなければ、いつまでたっても消費税増税など難しいということになってしまう、という見方もある。オリンピック後には程度の差こそあれ景気が減速するのは覚悟しなければならないという点は明らか。消費税を増税するならば今回がラストチャンス、ということもできる。
 何のために消費税増税が必要なのか、というそもそも論もある。国債など「国の借金」が一千兆円を超え、国内総生産(GDP)の二〇〇%を突破、先進国で最悪の財政状態にあるのを立て直さなければならない、と財務省は主張する。高齢化による年金や医療費といった社会保障費の純増を賄うためにも消費税の増税が必要だ、という主張も長年繰り返されてきた。
 だが、消費税を上げた結果、景気が悪化し、消費税以外の税収が大きく落ち込むようなことになれば、むしろ国の財政は悪化してしまう。果たして安倍首相は、予定どおり消費税を上げるのかどうか。ここ数カ月が正念場と言える。