円安なのに「過去最高の海外旅行ブーム」の複雑な事情をご存じですか 原因は国内旅行にあるかもしれない

現代ビジネスに2月14日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59853

 

過去最高の海外旅行ブーム

ここへきて海外旅行が人気だ。今年のゴールデンウィーク天皇陛下の譲位の式典などで10連休になることから、2月の時点で海外旅行が軒並み満席になっているというニュースが飛び交っている。

日本政府観光局(JINTO)が発表した2018年1年間の出国日本人は1895万4000人と、2012年に記録した1849万657人を上回って6年ぶりに過去最多を更新した。この勢いならば2019年も最多を更新することになるだろう。

確かに大型連休は海外旅行に行くチャンスだが、なぜ、海外旅行が増えているのだろうか。

過去最多の出国数だった2012年は猛烈な円高が追い風だった。2011年10月に1ドル=75円を付けた円相場は2012年も1ドル=76円から86円前後で推移した。海外での円の購買力が猛烈に強まったこともあり、海外旅行が大ブレイクしたわけだ。

その後は2012年12月に発足した第2次安倍晋三内閣が、アベノミクスを打ち出したことで、急速に円安が進んだ。このため、海外から日本にやってくる外国人にとっては「超割安」な旅行先となった。いわゆる「インバウンド・ブーム」の始まりである。

訪日外国人が大幅に増加した一方で、日本から海外に行く日本人は2013年から2015年まで3年連続でマイナスとなった。

それが再び増加に転じたのは2016年で、5.6%増、2017年は4.5%増えたのち、2018年は6.0%の伸びになった。月ごとの統計でみると、2018年10月には前年同月比12.8%増、11月は8.2%増、12月は10.9%増と大幅に出国者が増加した。

賃上げ効果ではない

ではいったいなぜ、海外旅行に行く日本人が増えているのだろうか。6年前のような急激な円高効果ではないのは明らかだ。

景気が良くなっているからだろうか。安倍晋三首相は2012年以降、繰り返し「経済好循環」を政策目標に掲げ、円安で好転した企業収益を「賃上げ」によって従業員に還元するよう求めてきた。2018年の春闘では「3%の賃上げ」を経済界に要望していた。

今年になって不正が発覚した「毎月勤労統計」では2018年6月は3.3%も給与が上昇したとされたが、修正値では2.8%に下方修正された。

国会審議の過程では、2018年は実質賃金が本当にプラスだったのかも怪しくなっている。ということは、ここへきての海外旅行ブームも、賃上げ効果が旅行消費に向いてきた、ということではなさそうだ。

ではなぜ、海外旅行なのか。観光庁が行っている「主要旅行業者の旅行取扱状況」という統計にヒントがありそうだ。

それによると2017年度(2017年4月から2018年3月)の海外旅行の総取扱額は2兆653億円と前年度比6.7%増えた。一方で、国内旅行の総取扱額は3兆4190億円と、3.0%の伸びにとどまっている。

「募集型企画旅行」の旅行商品で取り扱った人数を見ると、海外旅行は4.2%増なのに、国内旅行は2.8%減っている。

つまり、海外旅行が増えているのは、国内旅行からのシフトだと考えられるわけだ。しかも、国内旅行は取扱額よりも取扱人数の減少率が大きい。単価が上昇したことで割安感のある海外旅行に流れているとみられるのだ。

ということは、海外旅行ブームは景気が良くなったからではなく、むしろ日本人は価格にシビアになっている、と考えられるのだ。

円安を上回る国内価格の上昇

インバウンドで日本に押し寄せる外国人が増加したことで、これまで「価格破壊」状態だった国内のホテルや旅館の価格が上昇している。また、観光バスの代金などが高くなった結果、国内パック旅行も激安商品が姿を消している。どこへ行っても外国人観光客ばかりで、なかなか個人では予約が取れない、ということもある。

一方で、LCC(格安航空会社)の普及で、アジア諸国向けの航空運賃が割安になり、海外旅行の価格単価が安くなっている。インバウンドが増えたことでLCC便が増加し、日本人も海外に行きやすくなった、と言えるだろう。日本国内の航空運賃は高止まりしており、国内旅行敬遠に拍車をかけているのかもしれない。

「主要旅行業者の旅行取扱状況」の2018年4月以降の月次データを集計してみると、発表済みの1月までの累計で、海外旅行の取扱額は前年同期間比6.7%増え、前年度の傾向が続いていることがわかる。一方で、国内旅行はマイナス2.0%となっており、前年度よりも国内旅行の取扱が減っていることを示している。

ちなみに日本の旅行会社が扱うインバウンド旅行も増加している。2017年度は12.1%も増加した。2018年度も11月までの累計で16.2%増えている。日本人の国内旅行が減少する中で、外国人の国内旅行に営業をシフトしようとしている旅行会社の姿が浮かぶ。

訪日旅行者もリピーターが増え、高級旅館や体験型のリゾートなど高級化も進んでいる。「爆買い」の旅行版という指摘もある。そうした訪日客によって国内旅行代金が年々高くなりつつあるのも事実だ。

訪日外国人による日本旅行ブームを横目に、日本人の海外旅行ブームが起きていることが、日本人にとって国内旅行を「高嶺の花」になりつつあるのだとすると、何とも寂しいことだ。「失われた20年」の間に日本人の給与水準が大きく下がり、アジアの人たちに比べても「貧しくなった」とすれば、やりきれない。