「インバウンド消費」頭打ちで考えるべき「日本産品」シフトの「工夫」

新潮社フォーサイトに1月30日にアップされた拙稿です。オリジナルぺージ→

https://www.fsight.jp/articles/-/44819

 日本にやってくる外国人による消費、いわゆる「インバウンド消費」が頭打ちになってきた。2018年の訪日外国人数は3119万人と初めて3000万人を突破し、彼らが日本国内で落としたお金も過去最多を更新したが、消費の増加率は前の年に比べて、わずか2%増に留まった。国内消費の低迷が続く中で、インバウンド消費による下支え効果が大きかっただけに、日本経済の先行きに暗雲が漂い始めたと見ることもできそうだ。

「モノ消費」から「コト消費」へ

 観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査」によると、2018年1年間の訪日外国人による消費額は推計4兆5064億円だった。2017年は17.8%の伸びを示していたが、2018年は2.0%の増加だった。最大の消費者である中国からの旅行客による消費が、1兆5370億円と9.3%も落ち込んだことが響いた。中国人消費が減少したのは2012年以降初めてだ。中国大陸の景気の影響を大きく受ける香港からの旅行者の消費額も、3355億円と1.8%減少した。

 中国からは近年、クルーズ船でやってくる旅行者が激増している。観光庁のこの調査は空港での旅客への調査だったが、2018年分からクルーズ客も対象に加えた。クルーズ客は短期滞在の傾向が強いことから、消費額も少ないため、その影響が集計結果に表れた、という。従来通りの方法で推計した場合の伸び率は8.7%増だといい、2.0%増よりは大きくなるものの、前の年より大きく鈍化していることに変わりはない。

 訪日外国人の消費で最も多いのが「買物代」。全体の34.7%にあたる1兆5654億円に上った。前年の「買物代」は1兆6398億円だったので、4.5%減ったことになる。次に多い「宿泊費」が6.1%増加、「飲食費」や「娯楽等サービス費」も増えており、「買物代」の落ち込みが目立つ。

 その主因はやはり中国人消費の落ち込み。中国人観光客の「買物代」は、2018年は8033億円だったが、2017年は8777億円だったから8.5%も減ったことになる。

 旅行者1人あたりの消費額で見ると、「買物代」は全体平均では5万880円だが、中国人観光客はダントツに多い11万923円を使っている。が、2017年の11万9319円と比較すれば、いわゆる「爆買い」に象徴される中国人観光客の買い物は頭打ちになりつつある、というのが統計から読み取ることができる。

 ちなみに日本を訪れる旅行者の平均宿泊数は9.1泊で、前の年と変わらなかった。が、消費された「宿泊費」は1人4万5822円と、2017年の4万3397円に比べて増加した。日本の観光地ではホテルや旅館の宿泊代金が上昇しており、それが数字に表れていると見られる。また、「飲食費」も9.1%増えた。

 さらに、「娯楽等サービス費」が5952円と、前の年の5014円から18.7%も増えており、「モノ消費」から「コト消費」へという旅行者の嗜好の変化が表れている。

 京都や奈良などでは、若い外国人の男女が和服姿で街中を歩いているのを多く見かける。今、日本にやってくる旅行者の間では、体験型の観光が大人気になっており、「買い物ツアー」が花盛りだった頃と大きく様相が変わりつつあるのだ。

 日本の旅行業界や観光地は、そうした体験型のプログラムを多数用意し、滞在時間を延ばすことで、宿泊や飲食、買い物などにつなげていこうという取り組みが増えている。今後も旅行消費は「買い物」一辺倒から、より多様になっていくに違いない。

 もっとも、そうは言っても、日本国内在住者による消費が今ひとつパッとしない中で、買い物を中心とするインバウンド消費が頭打ちになるとすると、その影響は大きい。

「客層」の変化にも理由

 日本百貨店協会が公表している全国百貨店売上高概況によると、2018年の百貨店売上高は5兆8870億円と、2017年比で0.8%減少した。一方で、免税手続きによる売上高は3397億円と25.8%増えている。2017年は46.3%も増えたので、それに比べれば鈍化しているが、全体に占める割合は5.7%から5.8%へとジワリと増えている。つまり、外国人観光客への依存は年々高まっているわけだ。

 百貨店の売上高も月単位で見ると、2018年は後半の失速ぶりが鮮明だ。地域別に見ると、外国人向けの売り上げが大きい大阪の百貨店売り上げは、2017年5月から2018年6月まで14カ月連続で対前年同月比5%を上回る伸びを記録していたが、7月にマイナス1.7%、9月にはマイナス4.1%と大きく落ち込んだ。地震や台風による高潮被害などで関西国際空港を利用する外国人観光客が減ったことが主因と見られるが、明らかにムードが変わりつつある。11月0.0%増、12月2.2%増と回復ピッチも鈍い。

 もう1つ気になることがある。百貨店での免税手続きをした人の、1人あたりの購入金額、いわゆる単価である。2018年の平均(月額平均の年平均)は6万5000円と、2017年の6万7583円から低下した。月別に見ると、2017年10月に7万4000円だったものが、2018年7月には6万円にまで下がっている。高級ブランド品の「爆買い」が影をひそめ、化粧品や食料品といった単価の低いものへシフトしている影響と見られる。

 日本にやってくる外国人観光客はリピーターが増えている。回数を重ねればお土産品の目新しさも消える。また、LCC(格安航空)やクルーズ船を使った低価格での旅行者も増加している。こうした「客層」の変化も、インバウンド消費が頭打ちになってきた大きな理由だろう。

アジアのエンターテイメント拠点

 日本政府は2020年に訪日外国人旅行者数4000万人を目指している。2018年の3119万人をベースに、伸び率実績8.7%増が続くとしても、2020年には3685万人になる。2020年には東京オリンピックパラリンピックの開催という大きなイベントがあるので、目標の4000万人は何とか達成できる可能性もありそうだ。

 さらに、政府は外国人消費を2020年に8兆円とする目標も掲げている。「爆買い」で1人あたりの旅行消費が17万円を超えていた2015年をベースに立てた数字で、こちらの達成はほぼ絶望的と見られている。

 もっとも、「爆買い」のターゲットだった高級ブランド品はほとんどが輸入品。売り上げは大きいものの、日本の生産者に恩恵が及ぶことはなかった。円高で欧米から安く仕入れたものが、その後の円安で、外国人旅行者にとっては「格安」になり、バーゲンセール状態になったのが「爆買い」の大きな理由だった。つまり為替のマジックによる消費ブームだったと言える。

 最近、日本にやってくる外国人旅行者の買い物のターゲットは「メイド・イン・ジャパン」。日本でしか手に入らない良いものを求めようという傾向が強まっている。中国からの旅行者に人気の食べ歩きでも、日本産のいちごなど果物や、海産物などがひっぱりだこ。日本人から見ると驚くような高値で売れていく。

 こうした日本産品へのシフトは表面上は金額が小さくなるかもしれないが、日本経済の下支えになることは明らかだ。

 日本で開く美術展を目がけてアジア各国から観光客がやってくるのも当たり前になった。観劇やスポーツ観戦なども、旅行者に人気だ。必ずしも日本的なものだけでなく、アジアのエンターテイメント拠点として日本の可能性はまだまだある。

 どうやって外国人観光客を増やし、日本でより多くのおカネを落としてもらうか。そうした工夫をせず、旧来型の観光にあぐらをかいていると、為替が円高に振れたとたん、日本旅行ブームが去ってしまうことになりかねない。そうなれば、日本の消費経済への打撃は深刻なものになるだろう。