“よそ者”が気づかせてくれた「福山デニム」の価値

雑誌Wedgeの12月号に掲載された『Value Maker』です。是非ご覧ください。

Wedge (ウェッジ) 2019年12月号【特集】「新築」という呪縛  日本に中古は根付くのか

Wedge (ウェッジ) 2019年12月号【特集】「新築」という呪縛 日本に中古は根付くのか

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 雑誌
 

 

 「デニムといえば岡山というイメージが定着しています。本当は福山の方がデニムの生産量は多い。国内生産の5割以上が福山です。それでも岡山に出荷して仕事はあるのだから、まあ良いかと思っていたんです」

 広島県福山市でデニムの縫製工場を営むNSGの名和史普社長はそう振り返る。

 岡山県と境を接する福山市は、備後カスリのモンペの伝統を引き継ぎ、作業着などの製造に関わる企業が集積している。厚手の生地の加工という得意技を生かして、いち早くデニム生産に乗り出した企業も多い。デニムで言えば、素材の糸の染色から布地の織り、縫製、そしてエイジング加工まで、10キロほどの地域に関連企業が集まっているのだ。

 本来ならば「デニムの聖地」と呼んでも良い場所にもかかわらず、不思議なことに企業同士のつながりは薄かった。それぞれの企業が他地域の大手の下請として、仕事を得ていたからだ。お互い名前は知っていても、一緒に連携して製品を作るという発想がなかったのである。

 3年前の2016年秋、そんな福山に「よそ者」がやってきた。

 「福山ビジネスサポートセンター(フクビズ)」。地域の中小企業の相談に乗り、経営改革や新規事業の立ち上げなどをサポートする。国と自治体がカネを出すが、運営は民間。センター長やプロジェクトマネジャーは、ビジネスの世界で経験を積んだ人たちを公募する。静岡県富士市で元銀行マンの小出宗昭さんが始めた富士市産業支援センターが「f-Biz」モデルと呼ばれて全国に広がったものだ。所長たちは1年契約で、成果を上げることが求められる。

 そのフクビズにプロジェクトマネジャーとして採用されたのが、池内精彦さん。「ウォルト・ディズニー」や「エルメス」「ジョージジェンセン」「バリー」といった名だたる海外ブランドの管理や経営に長年携わってきた「ブランド・マネジメント」の専門家だ。

 池内さんは相談を繰り返しているうちに、ある事に気がつく。

 「待てよ。川上から川下まですべて揃っているじゃないか」

 それが福山デニムの新ブランド「福山ファクトリーギルド(F.F.G)」が生まれるきっかけだった。

 「池内さんという人は本当にしつこい人なんです」と名和さんは笑う。デニム製造の傍ら自社で作るポーチ類の拡販方法についてフクビズに相談に行ったのだが、池内さんは、「それよりも、デニムの新ブランドを立ち上げましょう」と口説いてきたというのだ。

 大手ブランド向けに製品を納入している名和さんは当初、「自社でブランドを作ったら、仕事が来なくなるから嫌だ」と抵抗した。フクビズに3回通って、結局、池内さんに説得される。「根負けしたんです」と名和さん。

 背景には焦りがあった。アパレル全体の市場規模が縮小する中で、大手との取引だけで将来にわたって安泰とは言えなくなっていたのだ。また、「これを作っています」という最終製品を持たないと、縫製職人のモチベーションが上がらず、技術の伝承もままならない。

 池内さんが真っ先に引き合わせたのは、福山駅前でセレクトショップ『ホルス・ワークス』を経営する今福俊和ホルス社長だった。「100%メイド・イン福山」のデニムを作っても、「出口」がなければ世の中に発信できない。また、何が売れるのか、実際に消費者と日々対面してモノを売っている人の意見を聞かなければ、独りよがりになる。

 今福さんも、「もともとは別件の相談でフクビズを訪ねました。まさか福山デニムのブランド立ち上げに関与することになるとは思いもよらなかった」と振り返る。

 

はきやすさを追求

 今福さんは条件を出す。『ホルス・ワークス』では岡山デニムも置いていたので、バッティングさせるわけにはいかない。そこで「はきやすさを追求した」ジーンズというコンセプトを固め、価格帯についても、F.G.Gに参加する各社が適正な利益を出せる水準にした。

 「福山デニム」はどんどん形になっていった。染糸の坂本デニム、製織の篠原テキスタイル、縫製のNSG、洗い加工の四川、刺しゅうのアルファ企画、加工のサブレ、販売のホルスなど——。いずれも福山に拠点を置く川上から川下までの企業が連携することとなった。

 製品が出来上がれば、ブランドに磨きをかけるのは池内さんにとってはお手のもの。「福山ファクトリーギルド」のギルドとは、中世ヨーロッパで手工業を担った親方たちの職業組合のこと。高い技術力を持つ専門業者が同盟を組んで丁寧に作り上げていく姿を示している。「福山には技術力の高い会社が数多くある。これをマッチングしていくことで新しい価値が生まれる。すごく可能性のある町だ」。そんな池内さんの思いを的確に示すブランド名だった。中世の貴族の紋章さながらのカッコ良いエンブレムも作った。

 18年10月、「福山ファクトリーギルド」のブランドを付けた100%福山製の第1弾のジーンズが完成した。柔らかい糸を使い、肌触りやはき心地の良い製品に仕上がった。縫製も旧式ミシンを使って味を出すデニムファン納得の仕上がりになった。税抜きで2万円。当初用意した分は2週間で完売。すぐに再生産に踏み切った。

 フクビズが力を発揮したのはメディアへの発信。製作発表のイベントや会見を行い、地域ブランドの魅力をアピールした。結果、地元のほとんどのメディアで取り上げられ、全国ベースの雑誌やテレビにも登場した。

 「フクビズでは3年で7000件を超えるご相談に乗りましたが、F.F.Gは成功した代表例です」と高村享センター長は言う。1979年生まれの40歳。企業での広報宣伝などを担当、その後、ダンススタジオを運営するベンチャー企業の立ち上げに参画した経験の持ち主だ。フクビズが関与して生まれた新商品は数多い。

 マッチングによって新しいものを生んだり、良いものに磨きをかけるのは、高村さんのような“よそ者“だからできることだとも言える。地元では当たり前のものに、魅力を見出し、磨きをかけて付加価値を付ける。良いものをきちんとした値段で売るために、ブランド構築もしっかりやる。よそ者だからこそ、しがらみがなく、それまでのやり方に固執しないアイデアを生み出せるわけだ。

 名和さんは、今後、「福山ファクトリーギルド」を地域の産業をPRする母体にしていきたいと語る。各社が工場見学を受け入れ、デニム製造の川上から川下までを訪ねることができる観光ルートに育てていき、それが「福山デニム」のファンを作ることにつながれば、と考えているのだ。

 もっとも地域ブランドを定着させるのは簡単ではない。全国に失敗例は山ほどある。池内さんは「量を追うのではなく、いかにブランドの質を高め、磨きをかけるかがポイントだ」と見る。果たしてF.F.Gは福山の地域ブランドとして不動の地位を築くことができるのか。大いに注目したい。