現代ビジネスに12月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.media/articles/-/103508
世界では賃上げ要求ストライキの嵐だが
世界的なインフレの余波が日本にも及び始め、物価上昇が本格化してきた。10月の消費者物価指数の前年同月比の上昇率は、ついに3.6%に達した。これは生鮮商品を除いた指数で、生活に密着する生鮮食品の値上がりなど、消費者の皮膚感覚では物価上昇はさらに大きい。そんな中で、岸田文雄首相は企業に「賃上げ」を呼びかけ続けている。物価上昇から国民の生活を守るには「構造的賃上げ」が不可欠だと強調している。
しかし、首相に言われたからといって経営者が賃金を大盤振る舞いするはずもない。「賃上げをしている」と経営者が言っても、たいがい3%。国は10月から最低賃金を全国平均で3%引き上げたが、これを岸田首相は「過去最大」だと胸を張っていたことでも分かる。3.6%物価が上がっている中で3%の賃上げをしても、実質マイナスということになる。実際、2022年4月以降、賃金上昇は物価の上昇に追いつかず、いわゆる「実質賃金」は10月まで7カ月連続の減少が続いている。
インフレが続く欧米では、賃金の大幅な引き上げも続いている。米国など人手不足が深刻で時給を引き上げなければ働き手が確保できないという状態が続いてきたことも背景にある。だが、それ以上に働き手が経営者に賃上げを「要求」する場面が増えている。その要求の「武器」はストライキだ。欧米では労働者がストライキに踏み切る構えを見せ、賃金の引き上げを求めるケースが多い。
米国では港湾労働者や鉄道従業員がストライキを実施する姿勢を見せて賃上げを獲得してきた。もっともインフレが収まる気配がなく、労働組合側もさらなる賃上げを要求。いつ基幹の物流がストップするかというリスクを世界の企業が抱える事態になっている。
また英国では12月に入って看護師の労働組合が106年前の創設以来初めての全国規模のストライキを実施した。6月には鉄道、8月には郵便局の職員がストライキに踏み切った。ドイツでも航空会社などがストライキを実施している。賃上げを「獲得」するには労働者が経営者側と「闘う」姿勢を持つ必要があるというのが欧米の「常識」。経営者の恩情に頼っているだけでは十分な賃上げは得られないと考えている。
ストライキが姿を消して久しい日本
ところが、日本は状況がまったく異なる。国内からストライキが姿を消して久しい。1960年代から70年代にかけて、「春闘」は字の如く、春に賃上げを求めて一斉に闘うことを意味し、賃上げを求めるストライキは春の風物詩になった。ところがバブル期を経て、日本がデフレの時代に入り、物価も上昇しない代わりに賃金も上がらない体制が定着する。労使協調路線を基本とする「連合」の誕生で、ストライキは姿を消していったわけだ。
その連合の2023年春闘に向けた「要求」は、「5%程度の賃上げ」。しかも、それには定期昇給分も含まれており、基本給を底上げするベースアップは3%程度に過ぎない。年間の物価上昇が3%を超える可能性が大きくなる中で、実質的に「賃下げ」容認要求と言えなくもない。
そんな組合の「弱腰」が、日本の賃金が上がらない理由だ、という指摘が最近になって識者から語られることが増えた。もっと、組合が強くならなければダメだ、というわけだ。
だが、そんな声とは裏腹に、組合の組織力は弱まり続けている。厚生労働省が毎年12月に発表する「労働組合基礎調査」によると、労働組合の推定組織率、つまり、雇用者のうち労働組合に加入している人の割合は、2022年6月30日時点で16.5%と1年前に比べて0.4ポイント低下、過去最低を更新した。雇用者数は6000万人を超えて過去最多を更新した一方で、組合加入者は1000万人を割り込む999万2000人だった。
労働組合の組織率は1995年に23.8%だったが、ほぼ一本調子に低下を続けている。2009年と2020年は一時的に組織率が上昇しているが、前者はリーマンショックで、後者は新型コロナウイルス蔓延で、雇用者が減少したため。つまり分母が減ることで一時的に上昇したに過ぎない。この間、労働組合の数はほぼ一貫して減り続けてきた。
かつての組合全盛期を知る高齢者ならずとも、「労働者よ団結せよ」と叫びたい気持ちも分からないではない。労働組合で労働者が団結して「闘う」姿勢を見せない限り、賃金など上がるものではない、という見方もある。
労組崩壊の歯止めかからず
では、なぜ、日本では組合の組織率がこれだけ低下し、労働組合離れが進んだのか。若手の会社員に聞くと「労働組合が自分たち社員の利益のために闘っているとは思えない」という答えが少なくない。物価上昇が消え、賃上げが消えたデフレ時代は、労働組合の存在意義を感じられない労働者が多かったのかもしれない。
それならば、物価上昇が本格化し始めた今年は組合の組織率が上昇するのではないか、と筆者は厚労省の統計に注目していた。6月末現在ということもあり、まだ物価上昇への危機感が強まっていなかったとも言えるが、組合員数の減少率は0.8%と、前の年の0.4%を上回った。つまり、組合崩壊に歯止めがかかる状況にはなっていない。
組合関係者は、賃上げを求める人が増えれば労働組合への期待も高まるのではないかと期待する。だが、本当にそうだろうか。そもそも、労働組合のあり方が、今の働き方とマッチしなくなっているのではないか。一生同じ会社で働くと考える人が減り、能力給などが一般化する中で、皆一律に5%の賃上げを求めるスタイルに、違和感を感じる人が増えているのではないか。
そう考えると、旧来の労働組合に多くの労働者が再集結し、賃上げを叫ぶようになるとは考えにくい。四半世紀にわたって「賃上げ」と無縁できた日本で、今後、欧米のような物価上昇と賃上げのスパイラルが起きるのか注視したい。