「ジョブ型雇用」への転換で、安倍元首相すら断念した「主要政策」に岸田首相は踏み込めるか

現代ビジネスに3月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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転換方向で検討を始めた

政府・自民党が日本企業の雇用制度をいわゆる「ジョブ型」に転換する方向で検討を始めた。

岸田文雄首相が就任以来掲げている「新しい資本主義」の柱として2022年6月にまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、働き手の「リ・スキリング」つまり、スキルアップを通じて、より給与の高い産業や企業への「労働移動」を促進することを打ち出した。

世界的な物価上昇が続く中で日本にもインフレの波が押し寄せつつあるが、岸田首相はインフレ率を上回る「構造的な賃上げ」を標榜している。そのカギを握るのがこのリ・スキリングによる労働移動というわけだ。

従来、日本の伝統的な企業では、新卒社員を採用したのち、終身雇用を前提に、適性に合わせて部署を異動させていく雇用制度が取られてきた。いわゆる「メンバーシップ型雇用」で、一度正社員になれば、よほどのことがない限り、解雇されることはない。雇用は保証される一方、給与は職務に応じて支払われるというよりも年齢や勤務年数で決まる。

欧米では職種やポストごとに採用する「ジョブ型」のため、若くても高い給与が支払われる傾向がある。日本もそうした「ジョブ型」雇用に変えていくことで、給与水準を引き上げていこうというわけだ。

「ジョブ型」導入

岸田文雄首相は、物価上昇が鮮明になってきた昨年秋以降、「インフレ率を上回る賃上げ」を企業に求めており、その中で、こうした日本型雇用制度の見直しに触れてきた。1月施政方針演説では、次のように述べている。

「人材の獲得競争が激化する中、従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務です」

いわゆる「ジョブ型」の雇用制度の導入が必要だということを国会で改めて表明したわけだ。さらに施政方針演説では、「本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルをお示しします」とした。

政府では「新しい資本主義実現会議」が具体的な制度設計の議論を行うが、これと並行する形で、自民党の「新しい資本主義実行本部」(本部長・岸田文雄総裁、本部長代理・茂木敏充幹事長)が作業に着手した。

実行本部の下に2月、「リ・スキリング・労働移動・構造的な賃上げ小委員会」(小委員長・上川陽子衆議院議員)を設置、週に1度のペースでヒアリングなどを始めている。

岸田首相が言う「日本型職務給」が何を指すのか、今ひとつ判然としないが、小委員会の事務局長を務める小林史明衆議院議員は「ジョブ型を導入していくための日本に合った型を考える」としており、明らかに欧米のようなジョブ型、もしくはそれに近いものを日本に導入することを目指している。

結局、解雇できるようにするのか

日本に「ジョブ型」を導入する場合、最も大きな障害になる可能性があるのが、「解雇ルール」である。日本の場合、明確な「解雇ルール」が法律に定められていないため、企業は雇用を守るためにとことん努力することが求められてきた。具体的には裁判所の判例の積み上げで出来上がった「解雇4要件」を満たさない限り、企業は事実上、解雇できないことが慣行として定着している。

「解雇4要件」とは、(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力義務の履行、(3)被解雇者選定の合理性、(4)解雇手続きの妥当性、の4つ。

業績が大幅に悪化して赤字になったり、その部門が消滅するなどしないと人員整理に着手できない。また、配置転換して他の部門で雇用するなど、解雇を回避する必要があり、いわゆる「指名解雇」もほとんどできない。また、こうした手続きを踏んだとしても、解雇をすれば、訴訟になることが少なくない。

一方、ジョブ型をとる米国企業では、毎年、評価が低い下位10~15%の労働者を退職勧奨して、手当を支払うことで解雇するケースが少なくない。欧米では、金銭対価を支払うことで退職に合意して辞めて行く例が少なくないが、終身雇用が前提の日本ではこうした金銭解雇のルールが整備されていないのだ。

つまり、ジョブ型雇用を日本に導入するとなると、こうした解雇ルールの整備が不可欠になる。自民党小委員会に呼んだ企業幹部からも、こうしたルール整備に必要性が訴えられていると言う。

安倍首相でも踏み切れなかったことに

実は、安倍晋三内閣が進めたアベノミクスでも、当初はこの「解雇規制」の見直し議論が浮上した。政府の産業競争力会議のメンバーだった坂根正弘コマツ会長(当時)らが、いわゆるゾンビ企業に撤退を求め、強い企業をより強くするために解雇ルールを明確化すべきだと主張した。

これに対して、野党からは「解雇促進法案」だとの批判が噴出、早々に安倍首相は議論を封印した過去がある。それほど、この「解雇ルール」の明確化は、企業経営者に成績下位の社員を解雇するフリーハンドを与えるとして、労働組合などから強い反発が出ることは火を見るより明らかなものだ。

果たして、岸田首相が安倍首相ですら踏み越えることができなかった「解雇規制」に手をつけ、「雇用の流動化」に大きく舵をきれるのか。岸田首相が言う「日本型」がどんな形になるのか。今後の行方が注目される。