外国人受け入れを「移民政策ではない」と言い張る政治家の重い責任 まだ本質から目を逸らすのか?

現代ビジネスに12月6日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58819

強行採決だから問題」ではない
外国人労働者の受け入れ拡大を目指す出入国管理法改正案は衆議院を通過し、参議院に議論の場が移された。

衆議院法務委員会での質疑は15時間45分、本会議を合わせても17時間で、野党から「拙速だ」という批判が上がる中で強行採決された。いわゆる「重要法案」としては異例の短さだったが、政府・与党などは参議院でも同程度の審議時間で採決し、臨時国会中に可決成立させたい考えだ。

国会での審議時間が十分かどうかという議論に意味はない。2015年の国会で可決された安全保障関連法は衆議院で108時間58分、参議院で93時間13分質疑が行われたが、結局は与党などの「強行採決」で可決された。

与野党が対立する法案でも、与野党間で協議して法案を修正、可決することもあるが、各党派の主義主張に関わる法案になれば、どんなに質疑時間を割いても折り合うことはまずない。

強行採決」も一種のパフォーマンスで、最後まで反対したという姿勢を見せることに本当の狙いがある。通常ではやらないプラカードを持ち込んで委員長席の周りを取り囲むのも、メディアに映されることを想定した演出と言っていい。

国会は、最後は多数決だから、採決されればどんなに少数派の野党が反対しても可決される。それが民主主義のルールだ。

実は、今回の法案は当初、与野党が歩み寄る可能性があるとみられていた。人手不足が深刻化する中で、外国人労働者の受け入れを拡大することが必要だ、という点では、多くの野党が一致していたからだ。国民民主党玉木雄一郎代表もいったんは賛成に回るそぶりを見せていた。

それはなぜか。野党が批判するように法案が「スカスカ」というのは事実だ。

新しい資格である「特定技能1号」と「特定技能2号」を新設することや、法務省の入国管理局を格上げして「出入国在留管理庁」にすることが柱だが、新資格の具体的な運用方法などは法案質疑ではほとんど明らかにならなかった。準備不足と言われれば返す言葉がない、といったところだろう。

法律が施行された場合、労働市場がどう変わっていくのか、政府も実際のところ、やってみなければ分からない、というのが本音。そこを野党に国会で突かれたというわけだ。

最大の「抵抗勢力」は誰なのか
だが、野党が政府案に歩み寄れなかった最大の問題は、労働組合との関係だ。結局、連合が今回の法案に反対だったことが、国民民主党も反対に回った理由だろう。

連合も建前では「外国人労働者の人権」などを最近は強調しているが、長年、日本人労働者の就職機会を奪うとして外国人受け入れに反対してきた「本音」から脱却できていない。

立憲民主党は当初から「安倍内閣に対決姿勢を取る」ことを狙って法案には反対する立場を固めていた。国民民主もそれに引っ張られる結果になった。

そもそも17時間の質疑が短いという批判はナンセンスだ。深刻な人手不足が始まったのは今の話ではないし、外国人労働者の受け入れ拡大が待ったなしになるというのも分かりきっていた。

日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに減少に転じており、間違いなく働く人の数が不足することは10年前から明らかだったのだ。

本来ならばこの10年間に与党も野党も外国人労働者の受け入れ拡大について議論しておくべきだったのだが、一種の「タブー」として真正面から取り上げて来なかった。

技能実習生」や「留学生」と言った便法によって、労働者を受け入れるいわば「裏口」を作り、それで現実の不足を糊塗してきた。そうした政府のやり方を野党各党は事実上、見て見ぬふりをしてきたのだ。

臨時国会に法案が出てきて、野党議員は、技能実習生の「失踪」などを取り上げているが、技能実習生の失踪はもう5年も6年も前から問題視されていた。

結局、現場での人手不足が限界にきて、このままでは人手不足倒産や、人手が足らないことによる事業縮小、サービス縮小に陥ってしまう、というところまで追い込まれて、初めて今回の法案が出てきたのである。

野党にも自民党も、移民や外国人労働者の受け入れ問題をライフワークにしている議員はいないわけではないが、ごくごく少数だ。

自民党も基本的には心情的に「移民反対」の議員が多い。にもかかわらず、今回の法案が党内論議で通ったのは、人手不足を何とかしてくれ、という地元の企業や商工会などの切実な声を聞いているからに違いない。その点、野党よりも、経営者の悲鳴が自民党に届いているということだろう。

「移民政策」に正面から取り組む
だが、自民党の最大の問題は、安倍晋三首相(総裁)が「いわゆる移民政策は取らない」と強弁し、今回の法案で新設する在留資格も「移民受け入れには繋がらない」としている点だ。安倍首相が移民を入れないと言い続けているために、移民をどう扱うかという制度整備が後手に回っているのだ。

今回、入国管理局が格上げされる「出入国在留管理庁」は本来、外国人を単なる労働者ではなく、生活者として受け入れるための省庁にするという狙いが名称に込められている。「出入国管理」だけでなく「在留管理」も行うという意味だ。

本来は先進国の政府が持つ「移民庁」や「外国人庁」とすべきなのだが、移民を入れないと言っているため、そこまで踏み出せなかったのだろう。

もともと法務省は外国人の出入国を管理し、不良外国人を水際で拒むことや、不法滞在を摘発することに軸足を置いてきた。労働者としてウエルカムという役所ではないのだ。今回の組織改編で、この辺りがどう変化していくのか。

単なる労働力として外国人を見て国内に受け入れた場合、その後、大きなツケを払わされることは海外の移民受け入れ先進国の例を見るまでもない。仕事を失っても帰国せず、社会の底辺として居住を続ければ、大きな社会不安を引き起こしかねない。

ドイツなどはそうした過去の教訓から、居住を希望する外国人にはドイツ社会のルールを学ばせ、ドイツ語を習得することを義務付けている。

今回の「特定技能1号」でも日本語の要件が入っているものの、あくまで一時的な労働者という建前なので、どれだけ日本語習得に時間を割くかは何の保証もない。日本語習得に政府が多額の資金を投じることも想定されていない。

なし崩しで移民が増えていくことは避けるべきだ。日本に長期にわたって住む以上、日本語や日本のルールを身につけることを義務付けるべきだろう。そのためには「移民政策」に真正面から取り組む必要がある。野党も与党もそのための議論を真剣に行い、制度整備のための法案作りに取り組むべきだろう。

日産はゴーンを見捨て経産省を選んだのか 半年前、経産OBが社外取締役に就任

PRESIDENT Onlineに11月27日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/26826

高額批判を恐れたという「動機」は説得力に乏しい
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者が電撃的に逮捕されて1週間余り、公表している報酬以外に毎年10億円の報酬を得ていたとする報道や、海外での高級住宅の提供や家族の旅行費用の負担、果ては高級スポーツカー「GT‐R」の無償提供などさまざまな「私的流用疑惑」の報道がなされている。

庶民感情を逆なでするには十分な話には違いないが、本当にそれを犯罪として立件できるのか、公判が維持できるのかとなると、首をひねる専門家が多い。

逮捕容疑は金融商品取引法違反の有価証券報告書虚偽記載罪。報酬として本来記載すべきものを意図的に隠して記載せず、報酬を過少に見せた、というものである。有価証券報告書(有報)には10億円を超すゴーン容疑者の報酬額が記載されており、高額批判を恐れて金額を誤魔化したという「動機」は説得力に乏しい。「絶対権力者」だったゴーン容疑者からすれば、20億円が高いと批判されても痛痒に感じなかったはずだ。

会計専門家は「ゴーンは無実だ」と指摘している
案の定、東京地検特捜部の調べに対して「自らの報酬を有価証券報告書に少なく記載する意図はなかった」と容疑を否認している、と報道された。

また不記載だった「報酬」については、その後の報道で、「実際に受領した報酬」を隠していたわけではなく、退職後に別の名目で支払うことを「約束した金額」だった、という話も出てきた。契約した報酬を受け取るのが退任後だとしても契約書は毎年交わされているから、その年度の役員報酬として記載し開示する義務があった、というのだ。

だが、これをもって有報の虚偽記載だとする事には多くの専門家から疑問の声が上がった。さまざまな会計不正を批判してきた会計専門家の細野裕二氏は「そもそも会計人の眼から見れば、これは罪の要件を満たしていない」としてゴーンは無実だと指摘している。

有報虚偽記載罪はもともと粉飾決算を想定した罪で、誤った情報を信じて株式を売買した投資家が損失被害にあうのを防ぐことが目的だ。粉飾は利益を実態以上によく見せようとする「犯罪」だから、投資家保護の観点から許すことはできない大罪といえる。

有報虚偽記載罪はあくまで「突破口」にすぎない
今回の逮捕容疑である報酬の未記載によって、果たして投資家を惑わし、実際に被害が発生したのか。しかも、逮捕して身柄を押さえるほどの重罪なのか、というと大いに疑問が残る。

あの東芝の巨額粉飾決算ですら、ひとりも逮捕者が出ていない中で、ゴーン容疑者と側近のグレッグ・ケリー容疑者だけが逮捕された。現職の企業トップをいきなり逮捕すれば、事業運営に多大な影響が出かねない。通常ならば任意での捜査を繰り返し、逮捕するとしても株価に影響の出ない週末に行うのが常道なはずだ。

そこで多くの専門家は有報虚偽記載罪はあくまで突破口だと考えている。朝日新聞の元記者で自動車業界に詳しい井上久男氏も、「もっと凄い話が入っていると見るべき」と指摘している。

安倍政権に近い財界人のひとりも、「あれは別件逮捕ですよ。脱税か特別背任が本筋でしょう」とみる。

ヤメ検は「無罪」を主張せず、事件を「小さく」する
NHKの特別番組ではオランダに設立した日産自動車ペーパーカンパニーに、海外の高級住宅などを買わせていた“私的流用”が詳細に報道されていたが、社長宅や社用車の提供なら多くの日本企業が行っており、それを「犯罪」として断罪するのは簡単ではなさそうにみえる。日産の外国人専務が司法取引に応じてさまざまな社内証拠を特捜部に提出しているといい、今、表面に出ているものが本命ではなく、重大な背任行為などがこのペーパーカンパニーから今後明らかになってくるのかもしれない。

ゴーン容疑者の弁護人には東京地検特捜部長、最高検検事、東京地検次席検事、最高検公判部長などを歴任した大鶴基成氏が就いたという。まさに「大物ヤメ検弁護士」だが、これでひとつの「流れ」が推測できる。

通常、ヤメ検が事件を担当した場合、検察に真っ向から対決姿勢を取って「無罪」を主張するのではなく、事件を「小さく」する。ゴーン容疑者が有価証券虚偽記載罪を受け入れれば、執行猶予で収監されずに済むというシナリオだ。

日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのか
認めなければ特別背任や脱税といった「本丸」に突き進み、有罪になれば実刑判決もあり得る。世界を代表する経営者が一転して日本の刑務所に収監されるというのはゴーン容疑者本人にとっても耐えられない屈辱に違いない。

だが、かつて何度か取材した経験から言えば、「強気」のゴーン容疑者がすんなり有罪を認めるとは考えにくい。あくまで無罪を主張すれば、検察は「本丸」の疑惑追及に突き進むのだろう。

今回の逮捕を巡っては別の要因がある、との見方もある。ゴーン容疑者に対する社内調査と同時期に、ルノーによる日産統合の話が急浮上していた。大株主であるフランス政府がゴーン容疑者に圧力をかけ、日産を完全に統合する方向にもっていくよう求めていたという。

これまでは日産の独立性を守ることを掲げていたゴーン容疑者が、その圧力に屈し、日産と合併する方向に動き出したのが、日産の幹部を慌てさせたのではないか、というのだ。つまり、今回のゴーン容疑者の不正追及は、日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのではないか、というわけだ。

日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない
NHKの番組では、社内の不正追及をした監査役らのグループは、取締役会で不正と疑われる「重大な私的流用」疑惑について、取締役会での指摘は避け、いきなり特捜部に持ち込んだとしている。「取締役会で疑問をぶつければ、握りつぶされてしまう」としていたが、本来ならば、まずは取締役会で問題を追及し、不正を糺させるのが正攻法だ。やはり、初めからゴーン容疑者を退任に追い込むことが狙いで、半年以上前からの周到な準備があったとみることもできる。

メディアでは、日本政府や経済産業省がしかけた「陰謀説」まで登場しているが、政府主導というのには少々無理があるだろう。ただし、日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない。

日産は2018年6月の株主総会で、元経産官僚の豊田正和氏を社外取締役に選任した。1999年にルノーに救済を求めてゴーン容疑者がルノーから入り、改革に乗り出して以降、日本の経産省と日産の関係は一気に「疎遠」になった。一時は経産次官OBに「日産はもはや日本の会社ではありません」と吐露させるほど、役所の言うことをきかなくなっていた。それが大転換したのである。

経産官僚「日産が大勝負に出ようとしていると感じた」
豊田氏は経済産業審議官の後、内閣官房参与などを経て、日本エネルギー経済研究所の理事長に就任。その後、キヤノン電子村田製作所社外取締役になっていた人物だ。その経産OBを日産は受け入れたのだ。「何か、日産が大勝負に出ようとしていると感じた」と経産官僚は言う。

西川廣人社長が、2017年の4月に共同CEO(最高経営責任者)兼副会長からCEO兼社長となり、ゴーン容疑者が日産のCEOから外れた(ルノー三菱自動車ルノー日産会社はその後も会長兼CEOだった)タイミングで、ルノーからの自立を模索する動きが始まっていたのかもしれない。それと、ゴーン容疑者の不正追及が一体のものなのかは、今の段階では分からない。

だが、会長を解任してゴーン容疑者がいなくなった日産を「救う」ために日本政府や財界が動き出す可能性は十分にある。ゴーン容疑者逮捕直後から安倍首相官邸に日産関係者が出入りし、財界首脳にもルノー・日産・三菱自動車のグループ全体を今後統括する「後任会長」を出すよう依頼が出ているとされる。

フランス政府やルノーはグループ全体のトップをルノーから出すよう求めてくるとみられるが、これに対抗する「日の丸連合」を作ろうということのようだ。

ゴーン氏の不正摘発が陰謀かどうかは別として、ルノーと日産の今後が、両国政府の懸案事項になることだけは間違いなさそうだ。

ゴーン事件で露呈した「日本の危機」 国際的に通用する経営人材がいない

日経ビジネスオンラインに11月30日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/112900081/

ルノー・日産BVのトップ人事が焦点
 経団連など経済界の首脳たちの間でカルロス・ゴーン容疑者の後任探しが行われている。

 有価証券報告書虚偽記載の疑いで11月19日に逮捕されたゴーン容疑者は、11月22日に日産自動車の会長職を解任されたほか、11月26日には三菱自動車の会長も解任された。一方、ルノーはゴーン容疑者のCEO(最高経営責任者)解任を見送り、ティエリー・ボロレCOO(最高執行責任者)をCEO代行に任命した。

 ルノー・日産・三菱自動車連合の総帥が突如として空席となったことで、今後の同連合の主導権を誰が握るのかが大きな焦点になっている。日産からゴーン容疑者解任の経過説明を受けたとみられる首相官邸経済産業省は、ルノー日産連合の経営トップに日本人を据える方針を決め、経済界に適任者の人選を求めたとされる。

 3社連合の経営体制は、ルノーと日産の合弁会社である「ルノー・日産BV」(オランダ)の会長兼CEOをゴーン容疑者が務めることで、3社連合を率いる形をとってきた。日産側はこのポジションに日本人を据え、名実ともにゴーン容疑者の後任としたい意向をルノー側に示している。当然、ルノー側は反発している。

 ルノーと日産の間にはこの合弁会社のトップにはルノー側が就くという覚書があるとされるが、政府関係者によると、「絶対にルノーから出すという内容ではない」と解釈の余地があるとの見方を示している。

 1999年には経営破綻寸前だった日産がルノーに事実上救済される形だったため、こうした覚書が交わされたとみられる。ところがその後、大幅なリストラの効果で日産は復活。2017年の世界の自動車販売ではルノーが約376万台なのに対して、日産は約581万台と大幅に上回るようになった。売り上げや利益の規模でも日産はルノーを上回っている。

 ところが、ルノーは日産の議決権の43.4%を握っているのに対して、日産はルノーに15%の出資をするが議決権はない。日産側には格下のルノーに経営を牛耳られていることへの反発が以前からある。絶対権力者だったゴーン容疑者が失脚したことで、これが一気に表面化するのは半ば当然だった。ルノーとの協議では今後のアライアンスの進め方や資本構成についての見直しも日産側は求めているもようだ。

 資本構成を見直すことはそう簡単ではないにせよ、今後、日産とルノーの力関係を決めることになるのは、トップ人事だ。ルノー・日産BVのトップに誰がなるのかにかかっている。

「プロ経営者」の数はまだ少ない
 ここで問題になるのが、グローバルな自動車連合のトップを務められるだけの力を持つ経営者が日本にはいないこと。打診されている経済界も自信をもって推薦できる人物が見当たらず頭を抱える状態になっている。

 ここ10年ほど日本でも「プロ経営者」をトップに据える企業が出始めているものの、まだまだ数は少ない。日本コカ・コーラの社長・会長を務めた魚谷雅彦氏が資生堂の社長に就任したほか、ローソンの社長・会長を務めた新浪剛史氏がサントリーホールディングスの社長に就任するなど事例は出ているが、最近では短期のうちに退任する例も目立っている。

 プロ経営者としてカルビーの会長兼CEOを務めた松本晃氏が、RIZAPグループのCOOに招かれたものの、わずか半年でCOOを外れた。アップル日本法人の社長から日本マクドナルドホールディングス社長を務め、ベネッセホールディングス会長兼社長に転じていた原田泳幸氏が退任したほか、LIXILグループに社長として招かれた藤森義明氏も実質的に解任されている。まだまだ日本には「プロ経営者」がほとんど存在しないし、経済界で「プロ経営者」が活躍できる余地も少ない。

 一方で、経営破綻の危機に直面した東京電力のトップ選びや、官民ファンドのトップ選びなどで、政府が経済界に人材選びの協力を求めたケースもあった。ただ、こうした政府や「公益」がからむ企業などの場合、他の日本企業との調整など、極めて日本的な能力が求められるため、「財界の顔」的な大物財界人に打診がいくことがしばしばだった。

 今回の場合、日本人を選ぶに当たってのハードルはかなり高い。ルノー・日産・三菱のアライアンス全体の自動車販売台数は2017年に世界でトップに躍り出ている。ドイツのフォルクスワーゲンVW)グループやトヨタグループを上回る巨大自動車グループを統率できるグローバル水準の経営人材が日本にいるのかどうか。また、フランスが中心のルノーの傘下にはルーマニアのダチアや、韓国サムスンとの合弁であるルノーサムスンなどもあり、グローバル経営を仕切る能力が不可欠だ。

 「部長級を選ぼうとしたら全員が外国人になってしまう。もちろん日本人に“げた”をはかせてポストに付けているが」

 グローバル経営を一気に進めている日本の大手企業のトップはこう嘆く。日本人の40歳〜50歳台の力がまったく国際水準に達していない、というのだ。

日本人の「経験値が足りない」
 英語が十分に使いこなせないといったレベルの話ではない。外国人人材には社内共通語である英語を母国語とする人ばかりでなく、流ちょうに話す人ばかりではないが、経営者あるいはマネジャーとしての絶対的な能力が不足している、というのだ。

 「日本人が優秀じゃないというのではなく、経験値が足りないという感じです」とこの経営者は言う。

 要は、経営者、あるいはその予備軍としてのマネジャーとしての場数を踏んでいない、というのだ。これは、圧倒的に日本企業の人材の「育て方」に問題がある。現場の最前線からスタートして、一歩一歩出世の階段を上っていく日本のやり方は、強い現場を作ることに大きな威力を発揮してきた。

 日本企業は長年、現場第一主義でボトムアップ型の意思決定を行ってきた。部長や取締役など、現場の一線から離れていくにしたがって、現場の方向性を追認しハンコを押すだけの存在になっていく。伝統的な日本企業ほどそうだったといっていい。

 ところが、近年、企業に求められているのはトップダウン型の経営である。ボトムアップ型ではどうしても意思決定に時間がかかり国際競争に耐えられない。トップダウンで即断即決しなければ競争に勝てない時代になった。

 そこで経営力が問われるようになったのだが、現場重視型の日本企業では、マネジメントや経営の人材がどうしても弱くなる。長年現場で経験を積んだ論功行賞で役員になっても、時代の変化についていく即断即決型の人材にはならないのだ。

 いわゆる「プロ経営者」はこうした現場から時間をかけて上がってくる仕組みでは育たない。経営者としての教育を受け、様々な企業で「経営」に携わり、いくつかの会社の経営トップを経てグローバル企業の経営を担う。そうしたキャリアパスが不可欠だ。これは大卒一括採用、終始雇用を前提とした年功序列では絶対に生まれてこない。

 経団連から就活時期を定めたルールの廃止という話が出てきたのも、今の仕組みでは経営人材が育たない、という思いの表れだろう。経営幹部層は一定の経験を積んだ人物から中途採用で雇う、そんな時代がすぐそこまでやってきている。

 ゴーン容疑者の後任には、日産でもルノーでもない第三者をトップにすえることが落とし所になる、と語る関係者もいる。日本政府や経済界など「日の丸連合」からすれば、何とか日本人を据えたいところだろうが、もしかすると、日本人でもフランス人でもないプロ経営者を据えることが解決策になる可能性も十分にある。それぐらい適材がいないのだ。今後も日本企業のグローバル化を進めていくうえで、経営人材の枯渇が大きな危機になるに違いない。

検察はゴーン容疑者をさらに追い詰める「本丸」を隠しているのか 有報虚偽記載は、突破口に過ぎない‥?

現代ビジネスに11月29日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58693

ゴーン容疑者以外の責任は
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者の不正事件に絡んで、日産の有価証券報告書(有報)に「適正」の監査意見を出してきたEY新日本監査法人や、有報を財務局に提出した法人としての日産に責任はないのか、といった議論が浮上している。12月19日に逮捕されたゴーン容疑者の直接の逮捕容疑が金融商品取引法違反の有価証券虚偽記載罪だったからだ。

いくらゴーン容疑者が権力者だったとはいえ、有報の作成には大勢の日産社員が関与しているうえ、有報の情報が正しいかどうかをチェックしてお墨付きを与えてきた監査法人も関わっており、ゴーン容疑者と、同時に逮捕されたグレッグ・ケリー容疑者だけでは、到底完遂できない犯罪だからだ。

有報虚偽記載罪を犯した場合、その有報を提出した法人は、金融庁から課徴金を命じられ、証券取引所からは上場廃止などの処分を受ける。虚偽記載を見逃した監査法人も業務停止命令や課徴金の支払いを求められ、監査をした会計士個人も業務停止などの処分を受ける。経営者も東京地検特捜部に告発され、刑事処分を受けることになる。

巨額の粉飾決算が表面化した東芝の場合、法人としての東芝は課徴金の支払いを求められ、監査をした新日本監査法人にも多額の課徴金を課せられた。また担当した会計士は業務停止処分を受け、法人を退職に追い込まれた。

一方、証券取引等監視委員会東京地検特捜部に対して東芝の歴代社長の摘発を求めたが、結局、誰ひとり逮捕されずに終わっている。

今回の日産事件は流れが逆になっている。経営者トップだったゴーン容疑者は逮捕され、いきなり身柄を拘束された。有報の虚偽記載を罪に問う以上、法人としての日産や監査法人の責任は追及されるに違いない、と誰しもが思っている。だがどうも、そうした動きにはなりそうにない。

監査法人は何をしていた
そんな中、日本経済新聞がすかさず記事を出した。

監査法人、日産に疑義指摘 11年ごろから複数回」という見出しで社会面に掲載された。ゴーン容疑者が使う海外の住宅などを購入していた日産のオランダ子会社「ジーア」について、監査法人が2011年以降、複数回にわたって「投資実態などに疑義がある」と指摘していた、という内容だ。

しかし、本当に監査法人は疑義を指摘していたのだろうか。

ジーアはペーパーカンパニーで資本金は60億円である。日産自動車の連結ベースの純資産額は5兆6887億円。単体の純資産額でも2兆5274億円に上る。連結子会社は193社だが、有価証券報告書に名前が載っているのは主要な50社弱で、ジーアはもちろん掲載されていない。

監査法人が監査する場合、重要性の原則というのがあって、全体への影響を及ぼさないものには、よほどの事がない限り、注意を止めない。今回の不正の核のひとつと現段階で見込まれているジーアに、監査法人が早くから気が付き、「疑義」まで指摘していたとすれば、たいしたものである。普通の監査ならば、60億円が投資に回っているかどうかなど、気も止めないと考えていい。

監査の過程で内部告発が会計士に寄せられるなど、問題指摘があった可能性もあるが、それが有報の虚偽記載につながるような不正だと気がついていたのなら、当然、有報の修正を会社に求めるべきだった、ということになる。

また、犯罪につながっているような私的流用だとすれば、金融商品取引法の193条の3に従って、当局に不正を告発しなければならない。いずれかの行動を取らずに疑義を指摘していたと言われても、それで責任免除とはならない。

だが、このタイミングでこうした記事が出てきたのは、検察当局からの「監査法人の責任を問うつもりはない」というメッセージだと見ていいのではないか。

自分たちの責任が問われるとなれば監査法人は、逮捕容疑について有報虚偽記載には当たらないという主張を展開し、否認しているゴーン容疑者の側についてしまいかねない。監査法人は指摘までしていたが、ゴーンがひねりつぶした、というストーリーにすれば、監査法人も口をつぐむ。そう考えたのかもしれない。

監査法人が自分たちの責任を回避するために、新聞に流したという推理も成り立つが、日本経済新聞の場合、監査法人を常日頃取材しているのは証券部や企業情報部の記者で、社会面に記事を書くことはまずない。日産が出元だとしても同じだ。

しかも、監査法人の場合、記事の末尾にあるように、個別案件について答えることはまずない。公認会計士には守秘義務が課されているから、自分たちから話すことを極度に恐れる。

「関係者」というのは検察周辺と見るのが正しいだろう。

特捜が描いている絵
会計専門家や会社法に詳しい学者などは、ほぼ異口同音に、報酬の過少記載を理由に有報虚偽記載罪で立件し、公判を維持するのはかなり難しいと指摘する。

金額が大きい事で庶民感情に訴える事はできても、法的に有罪に持ち込むにはハードルが高いという。しかも、本気で有報虚偽記載で突き進もうとすれば、日産と監査法人の責任追及も不可欠になってしまう。

つまり、あくまで有報虚偽記載は、ゴーン容疑者の身柄を押さえるための「突破口」に過ぎない、と見るべきだろう。まだ明らかになっていない、もっと重大な不正、「本丸」が隠されているのだろう。

そう考えていたら11月27日付の朝日新聞の朝刊1面で新たな疑惑がスクープされた。リーマン・ショックでゴーン容疑者が私的に被った投資損失17億円を日産に付け替えたという内容で、取引を行った銀行が金融庁から繰り返し指摘を受けていた、というものだ。事実とすれば特別背任に該当する可能性が高い。ただ問題は、不正が10年前だという点だ。

おそらく、まだ「先」があるのではないか。拘留期限までにゴーン容疑者を追い詰め、落とすために、本丸の玉はまだ隠されているのかもしれない。

いずれにせよ、逮捕容疑の有報虚偽記載罪はあくまで突破口に過ぎず、法人としての日産や監査法人に累が及ぶことはない、と見ていて良さそうな気配である。

またぞろ浮上する「内部留保課税」

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に連載しています。コラム名は『コンパス』。11月15日にアップされた原稿です。オリジナルページもご覧ください。→http://forum.cfo.jp/?p=10826

 増え続ける企業の「内部留保」をどう吐き出させるか。安倍晋三首相が掲げる「経済好循環」がなかなか実現しない中で、利益を溜め込んでいる企業への批判が高まっている。2012年末に第2次安倍内閣が発足して以降、政府は法人税の引き下げを行ってきたが、それによって増えた収益が、従業員の給与や株主還元、設備投資などに使われず、「利益剰余金」として企業内に蓄えられている。これを何とかしないと、景気が本格的に好転しないというのである。

 財務省が毎年9月に発表する年度ベースの法人企業統計によると、2017年度の企業(金融・保険業を除く全産業)の「利益剰余金」、いわゆる「内部留保」は446兆4,844億円と過去最高になった。前年度比にすると9.9%増である。増加は6年連続で、9.9%増という伸び率はこの6年で最も高い。

 利益剰余金が大きく増えた原因は、企業業績が好調で利益が大きく増えたこと。全体の当期純利益は61兆4,707億円と前年度に比べて24%も増えた。その一方で、企業が納めた税金である「租税公課」は10兆1,690億円と7.7%減少しているので、法人税減税の分はほとんど内部留保に回った、と見ることもできる。

 設備投資は45兆4,475億円と2兆5,095億円増加、株主への配当は23兆3,182億円と3兆2,380億円増えたが、内部留保の40兆円の増加には及ばない。また、人件費は206兆4,805億円で、増価額は4兆6,014億円、率にして2.3%の増加にとどまっている。

 人件費は2015年度以降、1.2%増→1.8%増→2.3%増と、増加率も増してはいる。だが、企業が生み出した付加価値のうちどれぐらい人件費に回しているかを示す「労働分配率」は66.2%で、2011年度の72.6%からほぼ一貫して低下し続けている。

 麻生太郎・副総理兼財務相労働分配率の低下に繰り返し苦言を呈してきた。経済界の求めに応じて法人税率の引き下げを決めた後にも、「法人税率を引き下げるのはいいが、内部留保に回ってしまっては意味がない」と述べている。

 そんな中で、またぞろ浮上しているのが「内部留保課税」だ。企業が溜め込んだ内部留保に税金をかければ、それを嫌った企業が内部留保を吐き出すのではないか、というわけだ。

 当然のことながら、経済界はそうした議論が出ることに猛烈に反発している。大物財界人のひとりは、「とんでもない話だ。そもそも二重課税だし、利益剰余金はバランスシート右側(貸方)で、左側(借方)には資産として何かに使われている。会計がまったく分かっていない人の議論だ」と憤る。

 確かに、法人税を支払った後の残りが利益剰余金なので、それに課税すれば二重課税になる。借方に資産が載っているのも確かだが、建物や工場設備など「設備投資」の結果の資産ではなく、「現金・預金」が増え続けているのも事実だ。2017年度の現金・預金は221兆9,695億円。前の年度に比べて11兆円も増加している。麻生氏でなくとも問題視したくなるのは当然だろう。

 野党も内部留保課税に前向きだ。財務省出身の玉木雄一郎・国民民主党代表は私見としながらも、「国際競争力の観点から法人税率をゼロにしても良いので、内部留保に課税したらどうか」と話す。当然、玉木氏のブレーンには財務官僚もいるから、そうした議論が財務省内で行われていることを伺わせる。国民民主党の前身である希望の党も前回の衆議院議員総選挙に際して、内部留保課税をぶち上げていた。

 エコノミストの間からも内部留保課税やむなしという声が上がり始めている。ここまで、利益剰余金と現金・預金が増えてしまうのであれば、何らかの歯止め措置を実施しなければ、経済循環は始まらない、というのである。

 銀行預金に課税すべきだという声もくすぶる。もともとは増え続ける個人金融資産を少しでも消費に向かわせるための議論だったが、企業の内部留保の中でも現金・預金にだけ課税するには、預金残高に資産課税するのも手だというわけだ。

 現在の金融課税は、利息に対して20%の源泉分離課税がなされているが、低金利の中でほとんど税収はないに等しい。企業の現金預金222兆円に税率1%で課税しても2兆円の税収になる。もちろん、その課税を嫌って設備投資や人的投資に資金を投じるようになれば、経済好循環が動きだす可能性が出てくるというわけだ。現金・預金を積み上げることが、企業経営の「安全性」につながるとばかり言っていられなくなる時代になるかもしれない。

【高論卓説】取締役の報酬開示は当たり前 株主や世間が納得する仕組みを

11月22日付けのフジサンケイビジネスアイ「高論卓説」に掲載された拙稿です。オリジナル→https://www.sankeibiz.jp/business/news/181122/bsg1811220500003-n1.htm

 日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者らが、有価証券報告書に記載する報酬額をごまかしていたとして、東京地検特捜部に逮捕された。有価証券報告書に開示された報酬だけでも、ゴーン容疑者は2015年3月期から3年連続で年間10億円以上の報酬を得ており、社長兼務を外れた18年3月期も7億3500万円の報酬を得ていた。

 それだけではない。日産の株式を312万株所有し、その配当だけでも1億円を超す。さらに日産傘下の三菱自動車の会長として、2億2700万円(うち4700万円相当はストックオプション)を得ているほか、会長を務めるフランスのルノーからも巨額の報酬を得ている。

 それでも足らないのかと言いたいが、日産の資金で、パリやベイルートリオデジャネイロアムステルダムの4カ所に高級住宅を提供させていたことが判明している。これが実質的な報酬に当たると特捜部は見ているようだ。

 日本流の「フリンジ・ベネフィット」をフルに活用したということだろうか。伝統的な日本企業では、いったん社長になれば、全て会社の経費で、「財布を持ったことがない」と真顔で話す人もいたほどだ。さらに、顧問や相談役として秘書と車がつき、役員年金で死ぬまで面倒を見るのが半ば当たり前だったのも、つい最近までの話である。

 日本の社長の給料は安いと言っていたのも、その裏には潤沢なフリンジ・ベネフィットがあった。給与としてもらって所得税を払うならば、会社の経費で面倒を見てもらえる方がよい。そんな発想も根底にあった。

 欧米の経営者は、高額の報酬をもらう一方で、そうしたフリンジ・ベネフィットは得ないのが当たり前になりつつある。年々、株主や税務当局の目が厳しさを増し、業務に関係のない会社の支出が認められなくなっているからだ。

 取締役が会社から、いくら報酬をもらっているかを開示するのは当たり前、という話になる。

 報酬の個別開示は米国から始まり、欧州に広がった。日本にもその余波が広がり、10年以降、年俸1億円以上の取締役に限って、報酬を有価証券報告書で開示することになった。当初300人に満たなかった1億円以上の取締役は、18年の開示では初めて500人を突破、538人に達した。

 だが、現実にはほとんどの会社で取締役の個別報酬は開示されていない。1億円を超えないように9000万円台に抑えている会社もあるとされる。開示されている役員報酬総額と人数から推測することはできるが、正確な金額は分からない。

 制度導入から、そろそろ10年になろうとしている中で、全ての取締役が会社から、いくらもらっているかを個別に開示すべきではないか。その上で、その報酬が妥当かどうかを株主に問う仕組みを作るべきだろう。

 今回のゴーン事件を機に、日本企業のフリンジ・ベネフィットも姿を消していくに違いない。そうなれば、現役時代に責任に応じた報酬をきちんともらうことが重要になる。その役員報酬に株主や世間が納得するかどうか。まずは情報開示をすることが不可欠だろう。

ゴーン事件は「日本の緩い企業文化」が生み出した弊害だ これでは「やりたい放題」は当たり前

現代ビジネスに11月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58588

お手盛りのあらまし
日産自動車カルロス・ゴーン代表取締役会長が、有価証券報告書に報酬を50億円近く過少に記載していたなどとして、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕された事件で、ゴーン会長が、側近のグレゴリー・ケリー代表取締役とともに、役員報酬を半ば「お手盛り」で決めていた実態が徐々に明らかになってきた。

役員報酬の総額は株主総会での承認が必要なものの、その分配については取締役会に一任されている。もっとも総額1億円以上の報酬を得た取締役については個別の金額を開示することになっているほか、取締役の報酬をどうやって決めているかについても、考え方を記載することなどが証券取引所ガイドラインで求められている。

日産自動車有価証券報告書役員報酬の決定方式について、以下のように説明されている。

「確定額金銭報酬は、平成20年6月25日開催の第109回定時株主総会の決議により年額29億9000万円以内とされており、その範囲内で、企業報酬のコンサルタントによる大手の多国籍企業役員報酬ベンチマーク結果を参考に、個々の役員の会社業績に対する貢献により、それぞれの役員報酬が決定される」

また、役員報酬の決定方法として次のようにも記載されている。

「取締役の報酬については、取締役会議長が、各取締役の報酬について定めた契約、業績、第三者による役員に関する報酬のベンチマーク結果を参考に、代表取締役と協議の上、決定する」

ここでポイントになるのが、「第三者によるベンチマーク」である。総会で決議した総額以内で取締役会議長が代表取締役と協議して決めるとしているが、日産自動車代表取締役は3人。ゴーン氏とケリー氏、そして社長の西川廣人氏である。

今回、逮捕された2人が事実上の決定権を握っていたことがわかるが、ここで強調されているのは、あくまで第三者である企業報酬コンサルタントの意見を聞いて個別の金額を決定していると強調しているのだ。

ところが関係者によると、ゴーン氏らは当初依頼した報酬コンサルティング会社の査定額が不満だとしてこれを排除し、より高額の報酬を示したコンサルティング会社に試算を依頼していたという。

いわばゴーン氏らが自らの報酬を半ば「お手盛り」で決めていた疑惑が浮かび上がってきたのだ。

高額の報酬額を査定したコンサルティング会社は、日産自動車の他の事業のコンサルティングも受託していたとみられており、報酬コンサルとして独立性が保たれているのか疑問だと、この関係者は指摘する。つまり報酬決定に際して意見を聞いているというコンサルの第三者性にも疑義が生じているのだ。

日本の株主ガバナンスの甘さが
有価証券報告書に記載されたカルロス・ゴーン会長の報酬は、2015年3月期に初めて10億円を突破、3年にわたって10億円超の報酬を得ていた。いずれも全額金銭報酬だった。2018年3月期は兼務していた社長を西川氏に譲ったこともあり、7億3500万円に報酬を引き下げている。

一方で、312万株に及ぶ日産自動車株も所有しており、その配当だけでも1億円を超える。さらに、ルノーや子会社の三菱自動車からも報酬を得ていた。

ゴーン氏の巨額報酬への批判はルノー本社があるフランスでも噴出していた。

2016年4月にルノーが開いた株主総会で、2015年のゴーン氏の報酬725万ユーロ(約8億8000万円)について賛否が問われ、54%の株主が「高過ぎる」としてNOを突きつけた。議決には拘束力がないが、これを受けて翌年には報酬が700万ユーロに減額された。

翌年の株主総会では、賛成票が53%とギリギリだった。ルノーの大株主であるフランス政府も反対票を投じていたとされる。フランス政府は企業経営者の高額報酬に批判的だ。

日本には経営者の個別報酬について株主に意見を聞く制度がないため、ゴーン氏の高額報酬は毎回すんなりと決まっていた。そんな日本の制度の緩さが、ゴーン氏らに甘く見られていたのだろうか。

今回の逮捕容疑の全容は明らかになっていないが、有価証券報告書に記載されていない株価連動型インセンティブ受領権を、実際には受け取っていたという報道もある。

また、投資を目的に設立された日産自動車の子会社に、ゴーン氏のための海外での住宅を購入させていたほか、私的な旅行の費用も負担させていたことが指摘されている。こうした「現物供与」も実質的な報酬に当たるというのが東京地検特捜部の見立てのようだ。

取締役で高額の報酬を受け取る人は年々増加傾向にあるが、まだまだ外国人が多い。国際相場並みの報酬を払わなければ優秀な人材を確保できないという事情もある。

だが一方で、高額の報酬を得ている欧米の取締役に対する監視の目は厳しく、成果が上がらなければすぐにクビになるのも珍しくない。

一方で、日本の取締役は実績を厳しく問われてクビになることも少ない。従来の終身雇用、年功序列を前提にした制度がまだまだ色濃く残っているわけだ。そうした緩い制度の中に、欧米の経営者が入ってくると、まさにやりたい放題の状態になりかねない。そんな危うさを今回のゴーン事件は示している。

報酬決定のプロセスの透明化や情報公開のあり方など、これを機に国際並みのルールに揃えていくことが不可欠になる。