訪日外国人3000万人突破でも喜べない「いくつかの事情

現代ビジネスに12月20日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59074



政府が12月18日に、2018年の年初からの訪日外国人が3000万人を突破したと発表した。前年の2017年は2869万人だった。初めて1000万人を超えたのが2013年で、それからわずか5年で3倍になった。

2012年末に第2次安倍晋三内閣が発足してアベノミクスを開始。大幅な円安になったことで、日本旅行ブームに火が付いた。ビザの発給要件の緩和や、格安航空会社(LCC)の就航などが追い風になった。政府は、東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年に4000万人を目指している。

メディアは訪日外国人が増加したことで、様々な弊害が生じていることを報じている。「オーバーツーリズム」「観光公害」という言葉を使って、観光客増加の負の側面を指摘するメディアもある。

確かに、一気に外国人観光客が増えたことで、一部の観光地で乱開発が始まったり、観光客のモラルが問われる問題が生じている。京都では町家が買収されてホテルに変わるなど、「観光資源」であるはずの町の景観が急速に変わっている場所もある。

だが一方で、日本経済が観光客が落とすおカネに支えられるようになってきたのも事実だ。消費増税だけでなく、高齢化による人口構成の変化もあって、国内消費は停滞が続いている。デフレがそれに拍車をかけてきたが、実際、日本の人口は2008年をピークに減少に転じており、消費総額が伸びないのは当然のこととも言える。

そんな中で、2013年以降に急増した訪日外国人による消費が大きな支えになりつつあるのだ。訪日外国人の消費額は正確には分からないが、観光庁の「訪日外国人消費動向調査」では、4兆円以上と推計している。

家計最終消費支出はざっと300兆円なので、それと比べると4兆円はまだまだ小さいように見えるが、観光産業が潤うことによる波及効果は非常に大きい。

また、都市部の百貨店や、観光地の小売店などでは、外国人観光客が落とすおカネが大きな割合を占めるようになっているところも少なくない。

大手百貨店の高島屋では2018年2月期決算で、大阪店が1951年以来の「1番店」に帰り咲いたが、これは観光客による免税売上高が伸びたため。

大阪店の年間売上高1414億円のうち、同店の免税売上高は240億円に達した。何と売り上げの17%である。実際には免税手続きをしないで外国人観光客が買うものもあり、実態は2割を超える売り上げを外国人が支えているとみられる。


円高リスクの恐怖
もはや、日本にとっての最大のリスクは、この「インバウンド消費」が消滅することだ。外国人観光客が増えたことによる弊害を嘆くのは、しょせん「嬉しい悲鳴」で、本当に大変なのは、訪日外国人が減る事態である。

これだけ増加している外国人観光客が減るはずがない、と思うのは早計だ。

最も可能性のあるリスクは円高である。今の日本旅行ブームが始まったきっかけは、間違いなく円安だった。自国通貨高によって外国人旅行者が日本で買うものを「安い」と感じたのだ。

典型は、欧米の高級ブランド品の価格が為替のマジックによってバーゲンセールになった。日本が円高時に仕入れた高級ブランド品が、円安自国通貨高で外国人にとってはモーレツに安く買えたのである。これが「爆買い」に結びついた。

その後も円安水準が続いたため、高級ブランド品の輸入コストが上昇。かつてほど日本で買っても安くなくなった。それが「爆買い」が一巡した要因だ。

その消費が日本製の商品に向いているのが現在だ。化粧品や健康食品などに「爆買い」の対象が移っている。日本製の「良いものが安い」ところに外国人が注目しているわけだ。

何せ日本は20年にわたるデフレで、価格破壊が進んだ。モノだけでなく、高級な飲食や宿泊などが、世界標準から比べれば驚くほど安い。しかも、日本のおもてなしは世界一である。

つまり、現状の訪日観光客の増加は、まだまだ「安い」ことが動機になっている。逆に言えば、為替が動いて「高く」なれば、一気にやってくる人が減ってしまうリスクを抱えているのだ。

まだある、中国リスク
もう1つは政治的なリスクである。日本にやって来る外国人で最も多いのが中国人だ。ざっと3割が中国本土からやってくる。直近のピークだった2018年7月は、訪日外国人283万人のうち約88万人が中国本土からだった。

この、「中国依存」は大きなリスクだ。中国政府が日本への渡航を自粛するよう求めたとたん、訪日客が激減する可能性がある。実際、過去にそうした例がある。

尖閣諸島を巡って東京都が購入していたのを受けて日本政府が乗り出し、国有化に合意した2012年9月以降、中国政府は民間交流の訪日団の渡航中止や旅行者の自粛などに踏み切った。その結果、2012年7月に過去最多の20万4270人だった中国本土からの訪日客は、わずが4カ月後の11月には5万1993人まで激減した。

当時はまだ中国からの訪日客自体が多くなかったが、今は全く違う。日中関係の悪化などで、中国からの訪日客が来なくなれば、一気に日本経済が揺らぐ可能性があるのだ。

3000万人を超えたことに注目が行きがちだが、実際には、伸び率が小さくなり、頭打ちが懸念されている。9月の訪日外国人は5年8カ月ぶりに対前年同月比でマイナスになった。

これは台風や地震による空港閉鎖などの影響が大きいとみられるが、今年に入って全体の訪日客の伸び率が鈍化しているのも事実だ。再び増加ピッチが増えるのかどうか、注目すべきだろう。

都市部や主要観光地のホテルが不足するなど、受け入れのためのインフラ整備が追い付いていないことも一因だ。2020年にはオリンピック特需もあり4000万人達成は難しくないとみられるが、その後も観光客が増え続けるかどうかは、本当の意味での観光政策を取れるかどうかがカギを握る。

つまり、「安い」から来るのではなく、日本が「面白い」から来るという観光客をどれだけ増やせるか、だ。日本に来る観光客はリピーターが増加、買い物だけでなく、日本文化に触れたい、経験したいという人たちが増えている。そうしたニーズに応えられる観光資源開発を怠れば、割安感が消えた瞬間、観光客が激減することになりかねない。

「JIC」vs.「経産省」で露呈した「霞が関の本音」

新潮社のフォーサイトに12月14日にアップされた拙稿です。

6年に及ぶ第2次以降の安倍晋三内閣で間違いなく最大の失策だろう。

 官民ファンドの「産業革新投資機構(JIC)」と経済産業省の対立が決定的となり、12月10日にJICの民間役員が総退陣する異常事態に陥った。取締役として残るのは経産省財務省の出身者2人だけとなり、JICは空中分解の危機に直面している。

「手のひら返し」に怒り
 JIC設立の理念は、日本にイノベーションを起こすためのベンチャー投資などを行う「世界レベルの政府系リスクキャピタル投資機関を作る」というものだった。それに賛同した日本を代表する金融人や経営者、学者が経営陣として集まった。ところが発足後、政府の「手のひら返し」に直面、それに怒った田中正明社長ら民間取締役9人全員が辞表をたたきつけた。

・・・以下、新潮社フォーサイトでお読みください(有料)→https://www.fsight.jp/articles/-/44622?st=%EF%BC%AA%EF%BC%A9%EF%BC%A3

外国人に「暗黙のルール」は通用しない 改正出入国管理法成立で働き方が変わる

日経ビジネスオンラインに12月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/121300082/

抵抗勢力」だった法務省が「折れた」理由
 外国人労働者の受け入れ拡大を狙った出入国管理法の改正案が臨時国会で成立した。衆参両院の法務委員会での審議時間が合計38時間にとどまったことから、審議が不十分だとして日本維新の会を除く野党が反対に回った。

 だが問題は審議時間よりも「法案の中身がスカスカ」で、後は国会審議が必要ない「政省令」で定めるとしている点だ。「政府への白紙委任」だと野党は批判しているが、それよりも所管官庁である法務省が、現場の実情を把握してきちんとした「政省令」を作り上げることができるのかどうかが、最大の懸念事項だ。

 「与野党の国会審議がかみ合わなかったのは、法務省の問題が大きい。そもそも外国人労働者拡大に反対してきた役所が旗振り役になったのが間違いだ」

 経済産業省の大物OBはこう指摘する。法務省の一部局である出入国管理局は、まさに入国の「管理」を行うのが任務の部署だ。水際で不良外国人の入国を阻止し、不法就労や在留期限の超過など法を犯した外国人を探し出して強制退去処分などを行うことを長年、主要任務としてきた。

 当然、外国人の在留資格を緩めることには基本的に反対で、内閣官房が中心になって検討してきた外国人労働者の受け入れ拡大では、常に「抵抗勢力」だった。

 その法務省が「折れた」のは簡単な話だった。安倍晋三首相官邸が中心となって外国人材の受け入れ拡大を決め、「経済財政の運営の基本方針」いわゆる「骨太の方針」に盛り込まれて閣議決定された段階で、勝負は決まっていた。法務省出入国管理局を格上げして出入国在留管理庁を設置することも決まったが、内閣の方針に法務省が抵抗を続ければ、出入国在留管理庁は内閣府の傘下に置かれることになったはずだ。もともと外国人がからむ役所は数多く、省庁間の調整が必要だから、法務省の下に置く道理はなかった。

 内閣に、自分たちの権益やポストを失いたくない霞が関官僚の行動パターンを見透かされたわけだ。法務省が「折れ」れば、局が庁に格上げされ、次官級の「長官」に加え、次長や審議官といったポストが新しく増える。しかも、大幅な増員も可能になる。

 要は、組織の拡大という「アメ」が欲しかったというのが本音で、外国人労働者を増やしたいと考えているわけではない。だから、法案の審議が「気が抜けた」ものになったのは、当然といえば当然だ。

外国人を「真正面」から受け入れるのは前進
 外国人労働者の受け入れ拡大が必要だと考えている役所は何と言っても経産省だ。産業界の現場から上がっている悲鳴にも似た声を、もう何年も前から聞かされてきた。技能実習生や留学生といった「便法」で何とか乗り切ってきたが、それも限界に来ていた。

 東京オリンピックパラリンピックに向けて建設ラッシュが続いているが、建設現場ではまったく人が足らないのが実情だ。技能実習生として多くの外国人が働いているが、彼らもいつまでも働けるわけではない。期限が3年だった技能実習を建設を含む一部業種では5年に延ばしたが、それも焼け石に水。仕事に慣れた今いる外国人労働者を雇い続ける方法をつくって欲しいという要望が業界からは出されていた。

 今回の法律で通って2019年4月から導入される「特定技能1号」「特定技能2号」という新しい在留資格は、まさにその受け皿になる。

 厚生労働省も急増する外国人労働者に頭を悩ませてきた役所だ。実際には働くために来日しているのに、建前は学生や技能実習生という外国人は、労働政策の範囲から飛び出してしまう。最低賃金の確保など労働基準監督行政にも支障をきたし始めていた。「単純労働者も、真正面から労働者として受け入れるべきだ」(厚生労働省幹部)という声が強まっていた。

 もちろん、農業や漁業、宿泊業などからの「外国人労働者を解禁して欲しい」という声にも、今回の特定技能1号は応えている。これまでは「単純労働」だとして正規の就労ビザが下りず、国際貢献が「建前」の技能実習生や、日本語を学ぶというのが「建前」の留学生に頼るほかなかった業種で、真正面から労働者として受け入れられるようになる。それは半歩前進であることは間違いない。

 問題は、そうした現場の実情にあったルールづくりを法務省ができるのか、と言う点だ。単に労働力としてだけ外国人をみて、入国を緩めた場合、どんな問題が起きるのかは、先進各国が示している。1950年代から60年代にかけてドイツがトルコ人を「労働者」として受け入れた結果、その後、大きな社会問題の種になった。

 景気が悪くなって労働力として不要になったら帰ってもらえばよい、当時のドイツはそう考えていた。「ガスト・アルバイター(お客さん労働者)」という言葉がそれを端的に示していた。だが、結局、景気が悪化してもトルコ人労働者は本国に帰らず、ドイツ社会の底辺を構成するに至った。ドイツ社会で分断された存在になった彼らは、様々な社会問題を引き起こした。

 今回の「特定技能1号」で受け入れる外国人労働者も、対応を間違えば同じ問題を引き起こす。政府は5年間で34万人に限定すると言うが、実際、産業界の人手が足らないという声が強まれば、なし崩し的に増えていくに違いない。

日本語教育は国が責任を持つべきだ
 特定技能1号は家族の帯同を認めず、永住権の取得に必要な年限にも算入しない、という。「単なる労働者」として受け入れようとしているのだ。だが、それぞれ特定技能1号の在留資格で入国した男女が結婚して家庭を持ち、子どもができることは十分、可能性がある。在留期限の制限がない別の資格で入国している外国人と結婚するケースだってあるだろう。着実に日本に根付く外国人は増えていくのだ。

 今回、出入国在留管理庁に「在留」の文字が入ったのは、日本に定住する外国人も対象にするという意思が示されている。出入りだけでなく、在留についても「管理する」というわけだ。この「管理」という発想は、内閣が言う「生活者として受け入れる」という方針と相いれるのかどうか。

 2019年4月に法律が施行されることで、日本で働こうと入国してくる外国人は大きく増えるに違いない。だが、入国させる以上、日本のルールを守り、日本社会の一員として暮らしてもらうことが不可欠だ。かつてのドイツのように「分断」を許せば、大きな禍根を将来に残す。

 そのためには、日本語教育を政府主導で義務付けるなど対策が不可欠だ。外国人やその子弟の日本語教育初等教育自治体任せで、自治体の負担で成り立っているのが実情だ。

 一定の日本語レベルを入国資格にするのはいいが、その後の教育にも国が責任を持ち、予算を付けることが不可欠だろう。

 おそらく数年すれば、どこの職場にでも外国人がいるのが当たり前になっているに違いない。そうなれば、彼らを雇用する民間の事業者の発想も大転換を迫られる。

 日本人と外国人の従業員を国籍で差別することは難しくなる。外国人は安く使えるという過去の発想は捨て去る必要がある。同一労働同一賃金を基本に、外国人差別はできなくなる。端的に言えば、最低賃金未満で働かせるようなことはご法度だ。

 「外国人労働者を入れれば、日本人の雇用を奪う」という批判もあるが、外国人に低賃金しか払わなければ、その職種の日本人の給与の足を引っ張ることになる。

 従業員と企業の関係も大きく変わるだろう。世界は基本的に契約社会。労働条件や雇用環境などを明文化して残すのが普通だ。日本ならではの以心伝心や、善意を前提にした成り行き任せは成り立たない。仕事の内容は何なのか、どういう手順でそれを終わらせるのか、明確にしなければ、働き手は不満を持つ。日本型の雇用の仕組みが根底から揺さぶられる可能性も十分にある。来年4月を契機に、これまで日本人では当たり前だった働き方の暗黙のルールのようなものが、通用しない時代に突入していくことになりそうだ。

前代未聞の不祥事発覚!日本取引所グループCEOは辞任を検討せよ 「うっかり」で済む問題ではない

現代ビジネスに12月13日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58955

ことの顛末
東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)で前代未聞の不祥事が飛び出した。最高経営責任者(CEO)の清田瞭氏が、東証に上場するインフラファンドを買っていたことが判明したのだ。

市場を開設・運営する最高責任者としてCEOは、様々な未公開情報に接する立場にあり、JPXの内規では株式はもとより上場投信の売買も禁じられていた。

問題が明らかになったのは、11月27日にJPXが内規に違反していたとして公表したため。

清田氏は、2016年6月に東証に上場したタカラレーベン・インフラ投資法人など上場投資信託2銘柄を、2016年12月から2018年8月にかけて1億5000万円で購入。

タカラレーベン・インフラ投資法人有価証券報告書によると、2018年5月末時点で1200口を保有、第10位の投資主に名前が登場していた。

清田氏は11月30日に開いた定例記者会見で「取引所トップとして株主、投資家、市場関係者に迷惑と心配をおかけし、深くおわびします」と陳謝した。

上場投信を買っていたことについては、「引退後の人生設計を含め、自らの長期的な資産運用の一環で購入した。規則を誤解していた」と釈明した。「うっかり投資」だったというわけだ。

当然、内部情報を知り得る立場としてインサイダー取引に当たることが疑われるが、これについても、「(JPX傘下の)自主規制法人でも点検してもらった」と潔白を主張した。

JPXは11月30日に開いた取締役会で、清田氏について月額報酬の30%を3カ月間減額する処分を決めた。

軽く考えすぎだ
これで一件落着、という事のようだが、本当に「うっかり」で済ませられる問題なのだろうか。

資本主義世界では証券取引所のトップは最高の名誉職だ。証券取引所は資本主義の心臓部として、公正に運営されなければならない。国内のみならず、世界中の投資家からの信頼を担うのが取引所だ。そのトップには資本市場を担う金融証券界や経済界の重鎮が就任するのが世界の常で、各国を訪問すれば、重要な賓客としての待遇を受ける。

日本ではかつては、大蔵省(現・財務省事務次官OBの中でも「大物」とされる人の指定席で、間接金融の司である日本銀行総裁に並ぶ重要ポストだった。民営化後は取引所トップは民間人が続いてきたが、世界での扱いは変わっていない。世界的に「尊敬されるポスト」なのである。

清田氏は大和証券で債券畑などを歩んで副社長まで務めたのち、大和総研理事長などを経て、2008年から3年間、大和証券グループ本社の会長兼執行役を務めた。証券界で功成り名を遂げた人物である。当然、庶民からすれば多額の退職金を手にしているはずだ。

それが、言うに事欠いて「引退後の人生設計」のために上場投信を買っていた、と言い訳している。JPXのCEOの年間報酬は庶民の年収から比べれば巨額である。もちろん退職金も出る。そんな好待遇に飽き足らず、なぜ財テクに走ったのか。

取引所のトップは、カネも儲けがしたい人のためのポストではない。巨額の報酬が必要なら民間のファンドなどに行くべきだ。取引所のトップは誰からも信頼されるために、李下に冠を正さねばならない。法に触れるとか、内規に違反するというのが問題なのではない。絶対的な信頼を裏切ってはいけない、それが宿命のポストだ。

清田氏は、内規違反を指摘された段階で保有していた上場投信は売却したという。そのうえで、売却益の約2000万円は日本赤十字社に寄付したという。

だが、これも甘いのではないか。不正に運用していた1億5000万円全額を寄付すべきだろう。儲けの2000万円が手に入らなくても本人は痛くも痒くもないに違いない。

「清田君は潔く辞めるべきですね。日本の資本市場への信頼を根底から揺るがす問題だという事に気が付かないのでしょうか」

証券界の大物OBは言う。清田氏は地位に恋々とするタイプでは決してない。おそらく、「うっかり」だったので問題は大きくないと本気で考えているのだろう。だとすると、取引所トップとしての「資質」に欠けると言わざるを得ない。

金融庁の「貸し」
本来なら、こうしたルール違反に厳しいはずの金融庁が黙っているのも問題だ。清田氏はおそらく出身の大和証券に口座を持ち、そこで上場投信を購入していたはずだ。証券会社は顧客の勤務先などを登録させたうえで、インサイダー取引に当たらないかなどをチェックしている。

清田氏が上場投信の買い注文を出した段階で、「問題ないのですか」という指摘を入れなければいけない立場だったと思われる。1億円以上の売買をする重要な顧客ならばなおされだ。それを怠ったとしたら大和証券は清田氏と同罪ではないか。

仮に大和証券以外に口座を開いて売買していたとすれば、何かを隠したかったのか、と疑われても仕方がない。

清田氏を厳しく追及しない金融庁には別の思惑があるのかもしれない。JPX傘下で上場審査などを担う「自主規制法人」の佐藤隆文理事長の任期が2019年6月に迫っているのだ。

佐藤氏は元金融庁長官。前任の林正和・元財務次官に続いて霞が関出身者が占めている。大物官僚OBの指定席になることに政財界には批判の声が根強くあり、佐藤氏の後任に誰が就くのかが焦点になっている。

ここで清田氏に恩を売っておけば、自主規制法人理事長人事で役所の意向を通しやすくなる、そう考えているのかもしれない。

清田氏が「自主規制法人でも点検してもらった」と会見で明かしているように、インサイダー取引には当たらないと真っ先に「お墨付き」を与えたのは金融庁出身の佐藤氏だったのだろう。

もちろん、大きな「借り」を作った清田氏は、次期理事長に金融庁長官OBや財務次官OBを充てる人事素案が持ち込まれれば、ノーとは言えないことになる。

自らの「うっかり」が日本の資本市場の信頼を貶め、役所の人事介入を許して独立性を損なうことになるとすれば、清田氏も忸怩たる思いだろう。さっそく辞任することをお勧めしたい。

訪日中国人消費に影を差す「ふたつの問題」

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。11月号(10月上旬発売)に書いた原稿です。→https://www.webchronos.net/features/25966/

訪日中国人消費に影を差す「ふたつの問題」
意外にも好調を維持する日本経済と、日本へのスイス時計の輸出だが、それを支える大きな要因のひとつが、訪日中国人による高級品の旺盛な消費である。だが、ここに来て、順調に伸びを見せる訪日中国人の足を止めかねない問題が起きた。それもふたつもだ。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、その「ふたつの問題」を分析・考察する。

クロノス日本版 2018年 11 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2018年 11 月号 [雑誌]

 国のドナルド・トランプ大統領が突如として打ち出した中国製品への輸入関税引き上げは、中国側の報復関税の発動も加わり、「米中貿易戦争」の様相を呈している。自由貿易を前提に成長してきた世界経済には一転して暗雲がたれこめている。果たして好調が続いている高級時計などラグジュアリー商品市場にはどんな影響が出るのか。さっそく気になる数字が出始めた。

 米国側は6月16日、中国から輸入する自動車や情報技術製品、ロボットなどに対して、7月6日から段階的に追加関税措置を行うと発表した。実際、7月6日には818品目に対して340億ドル(3兆8300億円)の課税措置を発動した。さらに、第2弾として8月23日に160億ドル規模、9月24日には2000億ドル規模の課税措置を発動した。

 中国も課税された対抗措置として1100億ドル規模の追加関税措置を発表。一歩も引かない構えを見せている。

 トランプ大統領が強硬措置に打って出たのは、米中間の貿易不均衡が根底にあるが、中国が進出する外国企業に技術移転を強要することや、知的財産を侵害していることなどを理由として掲げている。こうした米国の強硬措置に、中国だけでなく、EU欧州連合)や日本なども強く反発している。

 関税引き上げの焦点は自動車や鉄鋼といった米国製と競合する分野が中心だが、課税によって輸出入が減少することになれば、中国や米国の経済に悪影響を及ぼすのは必至。世界の消費を牽引してきた中国・米国の経済が減速すれば、世界の成長に黄色信号が灯ることになる。

 そんな中で、時計業界でも気になる数字が出てきた。スイス時計協会が発表しているスイス時計の地域別輸出動向によると、7月の中国(大陸)向け、米国向けの輸出額がそれぞれ、対前年同月比で0.7%減、0.4%減とマイナスになった。1月から6月までの半年間の累計では前年同期比で米国向けが9.1%増、中国向けが13.4%増と大きく増えていただけに、7月は一気にブレーキがかかった格好だ。

 米中貿易戦争との因果関係は現段階ではまだ分からないが、景気の先行きが不透明になったため、ディーラーなどがスイス時計の輸入を抑えた可能性もある。

 スイス時計の輸出先としては、1〜7月累計で米国は2位、中国は3位。輸出全体では前年の同じ期間に比べて10.0%も増加している。その牽引役ともいえる米国と中国の「失速」はスイス時計の輸出に今後深刻な影響を与える可能性もある。

 米国と中国の消費減退は、世界の国々にも影響を与える。日本の時計売り上げに大きな影響を与えると見られるのが中国の景気の行方だ。時計など宝飾品の売り上げを支えているのが中国からの訪日観光客であることは周知の事実。中国経済が鈍化して海外旅行が下火になれば、一気に日本の消費に影響が出る。

 スイス時計の日本への輸出は1〜7月の累計で14.4%増(対前年同期比)と大幅に増えている。7月単月で見ると16.6%増と、まだ影響は見られない。むしろ6月の販売が好調で消費の底入れ期待が高まったことから輸入を増やす向きが多かったと見られる。

 一方で、7月は豪雨災害や台風の被害が相次いで消費が急減。8月以降も台風や地震などが続いたため、中国などからの観光客への影響が懸念されている。中国からの観光客の受け入れ拠点だった関西国際空港が高潮による被害で機能不全に陥ったことや、人気の観光地である北海道を地震が襲ったことなど、今後の影響は計り知れない。

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると8月の中国からの訪日客は86万人と前年同月比4.9%の増加だった。7月までは2桁の伸びが続いていただけに、その「変調」の兆しも見える。これまで訪日外国人によるインバウンド消費が低迷する国内消費を下支えしてきただけに、それが落ち込むようなことになれば、日本の消費が失速する可能性がある。

 トランプ大統領による米中戦争の余波と相次ぐ災害という「ふたつの問題」がインバウンド消費に影を落とせば、日本国内の時計の売り上げにも影響は避けられない。

「高額に」「徹底開示」ゴーン教訓で日本企業「報酬ガバナンス」見直すべし!

12月6日にフォーサイトにアップされた原稿です。

 ルノー・日産・三菱グループの絶対権力者から拘置所で取り調べを受ける身へと転落したカルロス・ゴーン容疑者。直接の逮捕容疑となった有価証券報告書への報酬の過少記載(金融商品取引法違反)については、「合法だとの説明を受けた」として潔白を主張しているとされる。

 一方で、グループ会社のカネで、世界各国に高級住宅を購入させたり、家族旅行の費用まで出させていたという疑惑が報道され、その激しい公私混同ぶりに批判の声が強まっている。庶民感情を逆なでするには十分なのは確かだが、果たしてそれが「犯罪」として立証できるのかとなると、そう簡単ではない。

・・・以下、新潮社フォーサイトでお読みください(有料)→https://www.fsight.jp/articles/-/44584

口腔ケアで肺炎激減、医療費削減効果も 歯科医と特養ホームの施設長、起業家が実証

日経ビジネスオンラインに12月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/120600090/

 医療費の増加が止まらない。2017年度の概算医療費は42兆2000億円と前年度に比べて2.3%増え、過去最高を更新した。中でも高齢者の医療費の伸びが大きく、75歳以上の後期高齢者の医療費だけで全体の38%に当たる16兆円(前年度比4.4%増)が使われた。その負担は、現役世代の健康保険料や国の財政支出に回るだけに、医療費の削減は喫緊の課題になっている。

 そんな中、ユニークな取り組みが九州でスタートした。特別養護老人ホームなど施設に入所する高齢者に、歯磨きや歯茎のマッサージといった「口腔ケア」を定期的に行うことで、誤嚥性肺炎を大幅に減少させることに成功したのだ。施設から病院に入院する日数が減ることで、医療費の削減効果も出ているとみられる。

入院日数が減少し、介護施設の収入増加
 20年ほど前から口腔ケアが誤嚥性肺炎を減少させるという論文はあったものの、口腔ケアの実施は施設任せで、データの蓄積もなく、因果関係は実証されてこなかった。この取り組みが全国に広がれば、高齢者医療費の削減につながる一助になりそうだ。

 この取り組みを始めたのは若手歯科医師の瀧内博也氏(歯学博士)と起業家の浜俊壱氏(中小企業診断士)、特養施設長の小金丸誠氏らのグループ。小金丸氏は社会福祉法人さわら福祉会の特養ホーム「マナハウス」(福岡市西区)の施設長を務める。

 瀧内氏は小金丸氏らの協力を得て、マナハウスなど福岡市内の6つの特養を2015年4月から1年間にわたって調査。入居定員100人当たり合計1706日の入院があり、そのうち569.5日を、誤嚥性肺炎を含む「肺炎」が占めていることが分かった。入院理由の3分の1が肺炎だったわけだ。しかも肺炎にかかって入院した施設入居者の多くが施設を退去して医療施設に移ったり、死亡したりしていた。

 そこで瀧内氏らは、施設の協力を得て2017年9月から口腔ケアを実施した。介護職員にケアの方法を瀧内氏が指導し、週に2回、1回10分をメドに行った。その結果は驚くべきものだった。

 口腔ケアをスタートする2年前の1年間の肺炎による入院は18回337日、1年前の1年間は25回545日だったものが、実施後1年間は10回144日に激減したのだ。「まさか、こんなに減るとは思わんかった」と施設長の小金丸氏も驚く。因果関係は解明できていないが、肺炎だけではなく、その他の疾病などによる入院も大きく減少した。2年前は年間1339日、1年前は年間1310日だった全体の入院日数は、口腔ケアの実施後の1年間は459日に減少したのだ。「明らかにインフルエンザにかかる率も下がった」と瀧内氏はいう。

 実は、入院日数の減少は介護施設にとって大きなメリットがある。入所者が病院に入院して施設を出た場合、介護保険から支払われる介護報酬の日額1万4000円が削減されるのだ。入院が減れば、その分収入が増えることになる。調査では入院が1年間で850日減少したので、施設の収入は1200万円アップしたことになる。マナハウスでは早速、職員のボーナスに上乗せした。施設の収入が増えれば、社会的に問題になっている介護職員の待遇改善に回すことができるわけだ。

介護施設職員のやりがい向上、離職も激減
 従来、介護施設は収入を確保するために、入院して不在になった部屋をデイケアなどの受け入れで補っていたが、日々、利用者が入れ替わる場合、介護職員の負担が大きく増すという問題があった。入院が減ったことで、施設の稼働率は93.9%から97.5%へと大きく上昇した。「通常の施設では稼働率が95%なら上出来なのですが、97.5%というのは驚きの高さです」と小金丸氏は言う。

 高齢者の入院が減ることで、当然、医療費も大きく減る。1日あたりの高齢者の入院医療費を仮に5万円とすると、1年間で850日の入院減少は、4250万円の削減に相当する。

 さわら福祉会グループの4施設の合計では、口腔ケアがスタートした1年目で2750日の入院が減少。施設収入は3850万円アップし、医療費は1億3700万円削減された計算になる。「口腔ケアが全国の施設に広がるだけで、巨額の医療費が削減できる可能性がある」と瀧内氏は話す。

 瀧内氏は九州大学歯学部を卒業後、2014年からは福岡歯科大学の高齢者歯科に勤務、2015年からは助教を務めていたが、大学勤務では口腔ケアを全国に広げることは難しいと、退職を決断した。半年ほど前に浜氏と出会ったのがきっかけになった。

 2018年7月にクロスケアデンタルという株式会社を設立、CEO(最高経営責任者)に就いた。浜氏は1年半ほど前に西部ガスを辞めて、コンサルティング業務などを行っていたが、瀧内氏と出会って意気投合、クロスケアデンタルのCOO(最高執行責任者)に就いた。

 同社の目標は、施設などに口腔ケアを広げること。入所者一人ひとりの口腔ケアの実施状況を把握するためのアプリの開発・販売や、介護職員の口腔ケア技術の教育や評価を行う支援素材の提供を行う。歯磨き(ブラッシング)や舌の清浄などに使う器具の開発・仕入販売なども行う。当初は自社で歯ブラシなどを一から開発することも考えたが、技術力の高い大手メーカーなどとのコラボに乗り出したい考えだ。

 「口腔ケアはまだ全国で体系的に行われておらず、それを広げることに大きな社会的な意義がある」と浜氏は言う。「高齢者が肺炎で苦しむことが減り、施設も収益性が改善、介護職員の待遇も改善できる。さらに医療費も減る。皆が喜ぶ、誰も困る人のいない取り組みなので、一気に全国に広がるのではないか」と期待を膨らませる。

 施設では予期しない副次効果が出た。マナハウスで口腔ケアを始めると、介護職員の離職がほぼなくなったというのだ。「お金の問題もあるかもしれませんが、それよりも目に見えて効果が出ることに、職員がやりがいを感じるようになったのではないか」と小金丸氏。加齢に伴って徐々に衰えていく高齢者介護の現場では、職員が自ら行ったことの効果を実感できる場面がほとんどない、のだという。そんな中で、口腔ケアはやっただけの劇的な効果が目に見える。それがやりがいにつながったというわけだ。

 クロスケアデンタルの取り組みは、早速、反響を呼んでいる。10月に行われた全国老人福祉施設研究会議で、「誤嚥性肺炎ゼロに向けての口腔ケアの取り組み 誤嚥性肺炎ゼロプロジェクト」というタイトルで発表を行い、最優秀賞を獲得したのだ。メディアにも取り上げられたことから、全国各地からの講演依頼などがあり、取り組みが広がる気配が見え始めている。

 こうした取り組みが全国に広がることで、一歩一歩、高齢者医療費を削減していくことにつながるに違いない。