「感染症予防の会議が密」そんな政府の呼びかけではテレワークは広がらない  中途半端な「行動自粛」で終息するか

プレジデントオンラインに1月22日掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/42621

 

前回の宣言時のように、人が減っていない

1月7日に2度目の緊急事態宣言が出されて2週間が経つ。ところが新規感染者数は高止まりで、全国の重症者数は1000人を突破、1日の死者が100人を超える日も出ている。感染拡大の「第1波」は2020年4月から5月にかけての1度目の緊急事態宣言による経済自粛によって封じ込めに成功した。ところが今回の2度目の緊急事態宣言の効果は今ひとつのように見える。なぜ、新型コロナウイルスの感染拡大を止められないのか。

最大の理由は、人出の減り方が1度目に比べて小さいことだ。NHKビッグデータを使って分析した結果、都内のオフィス街の人出(1月8日、12日、13日)は、感染拡大前より40%以上減ったものの、去年の1回目の宣言時と比べると30%から50%ほど多いことが分かった、という。NHKの記事では「前回の宣言時ほどテレワークが行われていない可能性が高い」という専門家の指摘を掲載している。

なぜ、企業は2度目の緊急事態である今回は、テレワークへの切り替えをためらっているのか。

「飲食しなければ、出勤しても感染しないはずだ」

ひとつは、前回ほど危機感がないことだ。その原因は菅義偉首相など政府の「情報伝達の失敗」があるのは明らかだ。

菅首相は2度目の緊急事態宣言発出を決めた1月7日の記者会見で、「効果のある対象にしっかりした対策を講じ」るとした。そのうえで「その対象にまず挙げられるのが、飲食による感染リスク」だとし、飲食店に20時までの時間短縮、酒類提供は19時までとすることを要請する意義を強調した。

同席した政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長も、クラスター解析によって「食事に関するものが重要な感染のルートの1つだった」ことが分かっているとし、東京などで感染ルートが追えないものの「かなりの数は飲食に関係するものだというふうに思っています」と述べた。

この会見によって、飲食、特に飲酒を伴う飲食だけが感染リスクが高いという誤解が生じたのは間違いない。従業員に出社を求めている多くの企業が「飲食禁止」を打ち出し、取引先との夜の会食はもちろん、帰宅前などに居酒屋などに立ち寄ることを禁止した。

要は「飲食さえしなければ、会社に出てきても、感染しない」と考える経営者が多いのだ。記者会見で菅首相は「テレワークによる出勤者7割減」を呼びかけたが、企業の多くは、反応が極めて鈍かった。

政府の本音は「経済を何とか回すこと」

それでも高水準の感染者が続くと、政府は言い方を変える。

「お昼ならみんなとご飯を食べていいということではありません。できる限りテレワーク(在宅勤務)していただいて、おうちで食事していただきたい」

1月12日夜の記者会見で、新型コロナ対策担当の西村康稔経済再生相はこう述べた。新型コロナウイルスは午後8時以降に活発化するわけではないから、「飲食」が問題ならばランチもリスクは同じ。自粛の呼びかけはある意味当然と言えたが、「休業要請」ではなく「時短要請」だったはずなのに、昼間の利用も自粛しろと言われた飲食店からは悲鳴に似た声が上がった。これでは経営がもたない、というのだ。

つまり、政府の本音は「経済を何とか回すこと」で、欧米で実施されているような「ロックダウン(都市封鎖)」は行わない、というものだ。飲食だけを感染原因として「狙い撃ち」することで、その他の商業施設やイベントなどは中止を求めていない。結果的に、1度目の緊急事態宣言時とはまったく要請内容が違うわけだ。

昨年の4月5月のように経済活動が幅広く止まることになれば、企業も従業員の一部を休業させるほか、他の社員の多くもテレワークに切り替えるだろう。だが、細々とでも活動の継続が求められれば、従業員を出社させざるを得ない。特に、接客などのサービス業はテレワークは不可能だ。

DXとは「紙をデジタルに変えること」ではない

テレワークが減らない、もうひとつの原因は、思ったほど、業務の見直しが進んでいないことだ。新型コロナの蔓延もあり、DX(デジタル・トランスフォーメーション)ブームが一気に広がったが、DXの肝はデジタル化にあるのではなく、業務フローの見直し、つまり仕事のやり方をどう変えるか、にある。紙をデジタルに変えるだけで今まで通りの仕事の仕方をしていてはDXは進まない。

その典型が霞が関の官公庁である。

菅首相は就任時にデジタル庁新設を目玉政策として打ち出し、「霞が関のDX」を標榜したが、新型コロナ下でも役所の現場のDXはほとんど進んでいない。デジタル庁という新しい役所を立ち上げることに労力を取られているうえ、デジタル庁が進めるプラットフォームの統一などには5年以上の歳月がかかることから、結果的に問題が先送りされているのだ。

また、緊急持ち出し用のパソコンの配布なども部分的にしか進まず、役所のパソコンを自宅に持ち出すことができないためテレワークをしようにも自宅で仕事ができないのだという。

霞が関のITインフラの貧弱さは驚愕レベル

DX化の前に霞が関のITインフラの貧弱さは驚愕すべき状況だ。役所のアドバイザーに就任した民間人が、パソコンを貸与されたが、渡されたのが5年以上も前の製品で、始業時に立ち上げるのに15分もかかる代物だった。それでも事務官からは「これでも新しい方なんです」と言われたという。

役所の現場では10年以上前のパソコンが現役で使われている。また、外部につなげるネット回線も貧弱で、民間企業で当たり前に活用されているパソコンや通信インフラが、ほとんどないのである。

いまだにファクスが多用されているのも霞が関の特徴だ。その原因のひとつが永田町問題。いまだに「紙」の資料を求める国会議員が少なくない。1度目の緊急事態宣言の際は、自民党でも青年局などがオンライン会議を活用し、党内会議にも広がるかに見えた。ところが昨年秋以降、自粛ムードが解けると、ほとんど元の木阿弥状態になっている。

感染症予防の会議を「密」にやっている議員たち

自民党新型コロナウイルス感染症対策本部は1月18日、内閣第二部会・厚生労働部会との合同会議を開いた。感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法などの改正法案を一括して審査する場だったが、多くの議員が会議室に集まり、肩が触れんばかりの距離に座って議論していた。全員マスクは着用していたとはいえ、「ソーシャル・ディスタンス」は保てない「密」な会合だった。

若手議員は「感染症予防の会議を密になってやっている」と自重気味に話していた。そもそもネット会議をやろうという発想が消えてしまっているのだろう。新型コロナをきっかけに自民党でもDXが進むと思われた時期もあったが、一気に元どおりになった。政権与党の仕事の仕方が変わらなければ、霞が関も変われない。自民党の先生への「ご説明」も相変わらず、対面以外、対応できない高齢議員は少なくない。

菅首相は「7割テレワーク」を呼びかけても、自らの足下である自民党霞が関は7割どころか、ほとんどテレワークができていないのだ。

「曖昧な政府要請」が危機感を失わせている

大企業でもデスクワークの多い業種やIT系の職種では、テレワークが定着している。総合商社ではせいぜい週に1日しか出社しないという若手社員も増えた。だが、多くの企業の管理職が、対面での会議にこだわる姿勢は依然として強いという。金融機関の幹部も「オンライン会議では本音が見えない」とぼやく。

 

伝統的な日本企業に必須の「技」とも言える「空気を読む」ことや「上司の顔色を伺う」ことはオンラインでは難しい、というのだ。ひとつの仕事をチームでこなすスタイルも難しい。逆にジョブディスクリプションを明確にするには、責任と権限を明確にしなければならないが、そうなると日本型「中間管理職」の存在理由がなくなってしまう。

そんな精神的な抵抗感があるところに、政府要請が曖昧なため、テレワークに移行しなければという危機感が失われているように見える。

一方で、中途半端な「行動自粛」のままで、感染拡大が終息するとは思えない。感染者数が減らなければ、緊急事態宣言の解除もできず、飲食店の経営はどんどん追い詰められることになるだろう。4月5月並みに経済活動を止めれば、感染拡大を抑え込めることはすでに証明されている。短期集中で新型コロナを撲滅することが、最大の経済対策になるし、短期ならば事業者も何とか耐えようと思えるはずだ。

コロナ「罰則化」の愚…“後手後手”菅政権が「国民のせい」にしようとしている!  政権批判をかわすために…

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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79464

「過料」「罰金」「懲役刑」

政府は新型コロナウイルス対策で「罰則」の導入を決めた。1月19日の自民党総務会で、特別措置法や感染症法、検疫法の改正案が了承されたのを受けて、近く法案を閣議決定し、今の国会で成立させる方針だという。

焦点は新型コロナ対策での「罰則」の導入。特別措置法の改正案では、緊急事態宣言が出されていない地域でも集中的に対策を講じられる「まん延防止等重点措置」を新設、政府が対象地域とした都道府県の知事は、事業者に対し、営業時間の変更などを要請し、立ち入り検査や命令もできるようにする。

こうした知事の命令に従わず、営業時間の変更などに応じない事業者に対して、行政罰としての「過料」を科すことができるようになる。過料は、緊急事態宣言が出されている場合は「50万円以下」、「重点措置」の段階では「30万円以下」としている。また、立ち入り検査を拒否した場合も20万円以下の過料を科すという。

さらに凄まじいのが感染症法の改正案だ。知事が宿泊療養の勧告を行うことができるようになり、応じない場合や入院先から逃げた場合には「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」の刑事罰が科される。

また、海外からの入国者に対して、14日間の自宅待機などを要請できる規定を明確化した上で、それに応じない場合に、施設に「停留」させる。従わない場合にはこれも「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が科される。

なぜ休業ではなく時短なのか

12月以降の新型コロナの感染急拡大を受けて、政府は緊急事態宣言を発出したが、4月の緊急事態宣言時に比べて人出の減り方は小さい。また、飲食店などへの時短要請にも従わない事業者も出ている。これを「厳罰」で抑え込もうというわけだ。

だが、順序が逆ではないか。政府は飲食が感染拡大の大きな原因だと繰り返し説明しているが、夜8時以降だから感染し、それまでの時間なら感染率が低いという話ではない。

批判の声が上がると西村康稔経済再生担当相は会見で「昼間も含めて外出自粛をお願いしている。昼食・ランチは、みんなと一緒に食べてもリスクが低いわけではない」と発言。それならば飲食店に「時短要請」ではなく「休業要請」すべきだろう。十分な休業補償をすれば、大半の店舗が休業するだろう。

 

4月の時と同様、大規模商業施設などを含めて一斉に「休業要請」しなければ、人出は減らないし、その人出を見込んだ飲食店が要請を無視して開店する事態も防げない。

要は、対策の打ち出し方がまずいから人出が減らないのであって、それを「厳罰」で抑え込もうとしてもうまくいかないだろう。50万円の過料ならば払ってでも営業した方が経営にプラス、と判断するところが出てくれば、モグラ叩き状態になるだけだ。それらをすべて摘発して歩くマンパワーも経験も地方自治体にはない。

「一体政府は何をやっていた」

感染症法改正案はさらにひどい。宿泊療養や入院を拒否したら懲役だという。今の状況は、入院したくても入院先がない。入院先を探している間に死亡する例まで出ている。政府自身がやるべきことをやらず、国民に責任を負わせようとしているようにみえる。

自民党二階俊博幹事長は、記者会見で「国民を信頼しないわけではない」と語り、「罰則でみんな縛ってしまうわけではなく、しっかりやりましょうということで罰則も用意するということ、誤解のないようにしてもらいたい」と述べた。だが、罰則をもうけるというのは、国民を信頼していないからに他ならないのではないか。

 

1月13日の菅義偉首相の記者会見の最後にビデオニュースの神保哲生氏がこんな質問をしていた。

「総理、今日、会見を伺っていると、基本的に国民にいろいろ協力を求めるというお話をずっとされてきましたが、もう一つ我々が是非知りたいのは、その間、一体政府は何をやってきたのか」

まさしく国民が感じていることをズバリと言い放ったのだ。そのうえで、病院の病床を(新型コロナ患者用に)転換というのは病院任せで、お願いするしかない状況だが、医療法などの改正は今の政府のアジェンダに入っていないのか、と問うたのだ。

菅首相は「ベッドは数多くあるわけでありますから、それぞれの民間病院に一定数を出してほしいとか、そういう働きかけをずっと行ってきているということも事実であります」と述べるにとどまった。

改正法案では、必要な協力の求めに応じない医療機関名を公表できるとした規定が盛り込まれている。これも「罰則」で言うことを聞かせようという発想だ。しかも、政府が直接罰を与えるのではなく、名前を公表して国民の怒りを向けさせようという話である。

田村憲久厚生労働相は会見で、「命に関わる患者が多くいて医療機関がひっ迫していたり、医師や看護師がいて地域医療体制が確保できているのに患者を受け入れていなかったりするなど、その時の状況を総合的に勘案したうえで、丁寧に対応していきたい」とし、「決して強制力を持って無理やりという話ではなく、お互いの信頼のもと対応、協力をいただくということだ」と述べた。

厚労相の暴露

こうした改正案には自民党内からも苦言が出ている。

塩崎恭久・元厚労相は自身のブログで問題点を指摘、メディアや厚労省内で話題になっている。

ブログでは、マスコミなどが公立病院71%、公的病院83%、民間病院21%という数字を使って、新型コロナ患者の受け入れ率が民間病院が低いとし、厚労省が民間病院に受け入れさせることを前提に「罰則」導入を検討していることに疑問を呈して、こう書いている。

 

「経営体力的にも、人材調達力においても脆弱な民間病院が、有事にあって制裁手段を恐れながら強制されて渋々コロナ患者を受け入れる事が問題解決につながるとは到底思えない」

そのうえで、「報酬面でも『特定機能病院』として優遇され、人材も豊富でありながら、22もの大学病院が重症患者を1人も受けていなかったり、今でも法的に厚労大臣が有事の要求ができる国立国際医療研究センターが重症患者をたった1人しか受けていない状態を放置している事の方が問題だ。ちなみに東大病院には約1000人の医師がいるが、重症患者受け入れはたった7人だ(いずれも、1月7日現在)」と暴露。

「知事と厚労大臣に重症・中等症者の入院につき、大学病院、公的病院等に対し、要請と指示ができるよう明確に法定するとともに、そうした受け入れ病院への公費補助、および他の医療機関からコロナ中核施設に一時的にサポートに入る医師の身分保障などを明確に規定すべきだ」と提言している。

新型コロナの新規感染者数はようやく増加ペースが落ちてきたが、重症者は1000人を超え、1日の死者数も100人を突破するなど「医療逼迫」は深刻化している。今、政府がやるべきことは何なのか。罰則は、後手後手に回ったという政府への批判を糊塗し、国民のせいにする手立てのように見えてならない。

 

コロナ危機はこれまでの不況と違う、早急に「弱者」への救済策整備を

SankeiBizに連載中の「高論卓説」に1月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

ttps://www.sankeibiz.jp/business/news/210113/bsm2101130602006-n1.htm

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)による経済危機が雇用にも大きな影響を与えている。昨年末に総務省が公表した「労働力調査」の11月分では、就業者数・雇用者数ともに8カ月連続のマイナスになった。1回目の緊急事態宣言が出された2020年4月からマイナスが続いていることになる。

 

 ところが、この調査をよく見ると不思議なことが起きている。正規の職員・従業員は緊急事態宣言が明けた6月から6カ月連続で増え続けているのだ。11月を前年同月と比べると21万人、0.6%増えている。正規雇用が増えているのに、全体で雇用者数が減っているということは、非正規雇用の減少がそれだけ大きいということである。11月の非正規職員・従業員の減少数は62万人も減った。率にして2.8%の減少だ。非正規の減少は新型コロナの影響が経済に及び始めた昨年3月から続いている。

 それでも11月はまだましだったとも言える。10月以降、「Go To トラベル」キャンペーンに東京も加わったため、にぎわいがいく分戻ったからだ。「宿泊業・飲食サービス業」の非正規雇用は、9月が前年同月比33万人減だったのが、10月は26万人減、11月は18万人減と、減少幅が小さくなりつつあった。

 1月7日に1都3県に緊急事態宣言が再び出され、飲食店などに営業時間の短縮が要請された。営業短縮によって、「宿泊業・飲食サービス業」の雇用者、特にパートやアルバイトなどの非正規雇用者に甚大な影響を与えることは間違いないだろう。アルバイトとして時給で働いている人は、店が閉まれば時給が入ってこなくなる。雇用調整助成金の特例などでアルバイトも救済対象にしていると厚生労働省は言うが、零細事業者や個人事業者はそもそも雇用保険に入っておらず、申請手続きすら行っていないところが少なくない。

 こんな環境でも正規職員が増えているのは、雇用調整助成金の拡充で中堅企業などは、仕事が激減していても解雇を避け、人員を抱え込んでいることが一因だろう。だが、これも会社の規模が一定以上で、助成金申請などの手続き経験があるところが中心だろう。飲食店の零細経営者などは、どんなに簡単だといわれてもなかなか申請できない人もいる。

 これまで不況は「川上」からやってくるのがパターンだった。大企業の業績が悪くなって、それが下請けの中小企業や、サラリーマンを相手にする飲食店などにじわじわと広がってくる。そうした従来型の不況ならば、一定以上の規模の企業を雇用調整助成金などで支えれば、働き手に与える影響を最小限に食い止め、不況を乗り切ることができた。ところが、今回の新型コロナショックは一気に現場の飲食業や宿泊業などを襲った。経営力の弱い事業者に大打撃を与え、そこで働く立場の弱い非正規従業員に真っ先にしわ寄せが行っているのだ。

 雇用調整助成金は1月7日時点で、既に累計で222万件の支給が決定され、支給総額は2兆5000億円を超えた。だが、その資金は十分に現場の弱い立場の非正規従業員にまで届いているとはいえない。各地の社会福祉協議会が窓口となって低所得世帯の生活再建のために小口資金を貸し付ける生活支援費の融資件数は既に50万件を突破したという。生活保護の申請なども呼びかけているが、なかなか手続きが増えないともいわれる。本当に必要な人に届く支援策を早急に整備する必要がある。

 

「金価格」で分かる株価「30年ぶり大幅上昇」の理由

新潮社フォーサイトに1月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47678

 年明け1月8日には、ついに1990年8月以来、30年5カ月ぶりに、日経平均株価が2万8000円台を回復した。皮膚感覚とは明らかに違う「株高」の要因は何なのか。これは「バブル」なのか。だとすると、いつか破裂して暴落を演じることになるのか。

株高を支える「事業法人」と「信託銀行」

 2020年の東京株式市場では、日経平均株価が2万7444円17銭で取引を終えた。年間で16.0%の上昇である。2019年も18.2%上昇していたから、2年連続の上昇だ。年末でみると2011年末の8455円35銭を底に、ほぼ一貫して上昇。2012年以降の9年間は2018年だけがマイナス(12.1%下落)で、「8勝1敗」の成績だった。

 日本株上昇の要因は、しばしば「海外投資家」が買い増しているためだ、と説明される。だが、日本取引所グループ(JPX)が公表している名古屋市場を含めた「2市場1・2部等」の「投資部門別売買状況」によると、2018年以降、海外投資家は3年連続で売り越している。

 確かに2014年までは買い越しで、特に「アベノミクス」が始まった2013年には15兆円を買い越したが、2015年以降は2017年にわずかに買い越したのをのぞいて、ほぼ一貫して売っている。2015年以降の合計で13兆円の売り越しなので、海外投資家は「アベノミクス相場」での投資をすでに回収したとも言える。2020年だけでも3兆3635億円あまり売り越した。

 では、誰が株高を支えてきたのか。

 「個人投資家」は2012年以降、9年連続で売り越しを続けている。株価が上昇すると売り物が出てくる状況が続いている。日本の個人投資家が買い支えているわけでもない。

 2020年に大きく買い越したのは「事業法人」の1兆2744億円と、「信託銀行」の1兆6396億円だ。事業法人は「自社株買い」が大きいとみられる。企業による自社株買いは2019年度4~12月の9カ月間で6.3兆円に達し、過去最高を更新した。

 アベノミクスによる円高是正によって収益を大きく増やした企業は、利益剰余金(内部留保)を大きく積み増してきた。本来ならば設備投資などとして再投資するのが企業だが、収益機会がないことから、自社株を買い入れ償却する動きが強まっている。株式などで報酬をもらう企業経営者が増えたことで、自社の株価を意識する向きが多くなり、結果的に自社株買いによって株高(報酬)を支えている形だ。

 もう1つの信託銀行は、国民の年金資産を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による買い付けが多く含まれているとみられている。安倍晋三政権下でGPIFの運用方針が大きく見直され、それまで国債を中心とする「国内債券」に60%以上が投じられていたものを、「国内債券」「国内株式」「外国債券」「外国株式」にそれぞれ25%を基準として運用することになった。2020年9月末では国内債券は26.6%に減少、国内株式は2012年末の12.9%から、24.1%にまで増えた。

 2012年末のGPIFの運用資産は112兆円だったが、2020年9月末には172兆円に大きく膨らんだ。国内株式の保有額は14.5兆円から41.5兆円に27兆円も増加した。株価の上昇によって時価が膨らんだ部分もあるが、新たに日本株を購入した新規投資分だけでも15兆円にのぼるとみられる。巨額の資金が日本の株式市場に投じられてきたのだ。

 東証1部の時価総額と比べると、GPIFの保有株式の割合は4.9%から6.7%にまで高まっている。結局、日本株は、企業自身の買いと公的資金によって支えられてきたと言えるのだ。

「いびつ」になった株式市場

 さらに日本株日本銀行による買いにも支えられている。

 日銀は金融緩和策の一環として、株式を組み込んだETF(上場投資信託)の購入を拡大している。2013年度末に時価で3兆8659億円だったETFは、2019年度末には31兆2203億円にまで膨らんだ。東証1部時価総額の5.6%である。新型コロナ対策として日銀はさらにETFの購入を膨らませており、2020年11月にはGPIFの保有額を上回る「日本一の大株主」に躍り出た模様だ。

 「年金資産を増やすことを考えれば、本来は成長性の高い外国株式にもっと投資すべきなのだが」

 と、GPIFの幹部の1人は言う。もともと日本企業の利益率は低く、株価も諸外国に比べて上昇していない中で、日本企業に投資を増やし続けていいのか、と言うのだ。

 さらに今後、人口減少が一段と進むと、日本市場を相手にする日本企業の成長力はさらに鈍化する可能性が高い。しかも、新型コロナの影響によって在宅勤務が始まると、伝統的な日本企業の「メンバーシップ型」といわれる働き方の非効率性が際立つなど構造問題をさらけ出し、旧来型の経営ではもたないのではないか、というところに追い込んでいる。

 それでも、

 「これだけ日本の株式市場への影響力が大きくなると、日本株を売って比率を下げるというわけにはいかない」

 と前出の幹部氏は語る。

 もはや例を見ないほど、「いびつ」になった日本の株式市場には、海外投資家も日本の個人投資家も、長期的に資産を投じることはなくなっているのだ。

 それでも株価が上昇しているのはなぜか。

 いや、実は株価は実質的に上昇していない、と言ったら耳を疑うだろう。だが見方を変えると、2020年末の「実質株価」は年初とほぼ同じ水準なのだ。どういうことか説明しよう。

 

乖離する日経平均株価と、「金建て」の日経平均株価(筆者作成)
 

 日経平均株価を「金の1グラム当たりの小売価格」で割った「金価格建ての株価」を算出してみる。金1グラムを「1ゴールド」と名付けることにしよう。

 2020年の年初である1月6日の日経平均株価は2万3204円で、金の小売価格は6013円である。つまり、金建ての日経平均株価は3.86ゴールドだった。1月14日には3.98ゴールドを付けたが、それ以降、大幅に下落。新型コロナで経済の先行きへの不安が募ったためだ。3月20日には2.87ゴールドまで下がる。

 この段階までは、「円建て」でも「金建て」でも日経平均株価の下落率は変わらない。年初の日経平均株価と金建て株価をそれぞれ100とした指数でグラフを作ってみると一目瞭然である。

 問題はそれ以降だ。円建ての日経平均株価は急速に価格を戻し、6月10日には2万3124円とほぼ年初の水準に戻した。ところが金建てで見ると、3.50ゴールドと90%の水準にしか戻っていない。新型コロナ対策で大規模な緊急緩和を行い、資金供給することがわかってくると、金価格が上昇し始め、結果として金建ての日経平均株価は大きく下落していったのだ。8月7日の日経平均株価は、2万2329円とほぼ変わらないように見えたが、金建てでは2.87ゴールドまで再び下落していた。

ツケはいずれ回ってくる

 金は人類社会で古くから価値を保存する物質、通貨として扱われてきた。金本位制が放棄されペーパーマネーの時代になっても、金の価値は失われず、ある意味、本来の通貨よりも信用力が高い面がある。他のコモディティ(商品)とは大きく違うのだ。

 ドルや円などの通貨(ペーパーマネー)は増刷して発行量を増やすことができるが、そうした通貨の信用が落ちると、金価格が上昇する。8月7日には金価格は7769円を付けた。

 その後、経済活動が再開されると金建ての日経平均株価も上昇、12月1日には4.05ゴールドの戻り高値を付けた。ところが、それ以降の年末に向けた株価上昇では、金建て株価はほとんど上昇していない。新型コロナの蔓延が再び深刻化し、経済の先行きに一段と不透明感が強まったためだ。おそらく、金建ての日経平均株価の方が読者の肌感覚に合っているに違いない。

 そう、年末の株価の急上昇は、通貨価値の下落によって「見た目」は上昇しているが、実態は横ばいなのである。

 金建てで見た場合、2020年の年初から比べれば、今の株価はようやく元の水準に戻ったに過ぎない。2万8000円という円建ての日経平均株価は、円の価値が下がっていることで実現されているわけだ。今後も通貨が増刷され通貨の価値が下がっていくことになれば、いずれ他の物価が上がる猛烈なインフレが起きる。そう多くの投資家が見ているからこそ、株式に投資する、つまり価値が下がる「円」を「株式」に替える動きが広がっているのだ。この動きはそう簡単には収まらないとみられる。円建て日経平均株価は上昇を続け、3万円突破もあり得るだろう。

 では、今の日経平均株価は「バブル」なのかどうか。経済の実態が2020年の年初よりも「悪化」している現状を考えれば、同水準に戻っているのは「バブル」のようにも見える。もっとも、株価は先々を映す鏡とも言われるので、経済復活を先読みしているとも言える。

 だが、そこはあくまで金建ての株価の推移を見るべきだ。10月以降急速に戻ったのは、「GoToトラベル」などで経済が動き出す予兆が見えたからだ。12月以降、横ばいになっているのは、経済がこれから深刻になっていくことを見通しているのだろう。今後、経済対策でさらなる金融緩和や助成金などの支給が決まっていけば、円建てと金建ての価格はさらに開いていく可能性が大きい。

 経済破綻を防ぐためには巨額の財政出動は避けられない。だが、そのツケはいずれ回ってくる。金融を引き締め、増税によって財政再建に乗り出したとして、日本経済はそれに耐えられるか。

 消費税率を大幅に引き上げたり、所得税率を引き上げたりすれば、それでなくても低迷している消費は大きく落ち込み、経済は死ぬことになりかねない。かといって財政を放置すれば、どこかの時点で猛烈なインフレに見舞われる可能性もある。

 円建てと金建ての日経平均株価の乖離は、それを見越しているのかもしれない。

菅総理が“自爆”へ… 内閣支持率「絶望的急落」を招いた「適切に…」発言の大問題 このままでは誰も政府を信用しなくなる

現代ビジネスに1月14日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79240

すぐには止まらない

政府は1月13日、「緊急事態宣言」の対象地域を11都道府県に拡大した。新型コロナウイルスの感染者が急増しており、知事や医療関係者から、地域拡大を求める声が上がっていた。新型コロナへの対応について「遅すぎる」「緩すぎる」といった批判の声が上がっていたが、またしても後手後手に回った印象を国民に与えた。

緊急事態宣言については、2020年12月31日に東京都での感染者が1337人となり、それまで最多だった12月26日の949人を一気に上回ったことから、発出すべきだという声が一気に高まった。

1月2日には東京都の小池百合子知事のほか、千葉・埼玉・神奈川の県知事が共同で、政府に対して緊急事態宣言の発出を要請したが、結局、菅義偉首相が発出を決断して発表したのは1月7日になってからだった。

菅首相が7日夕方に会見している最中には大阪府の吉村洋文知事らが「要請」に動く姿勢を明らかにしたが、結局、発出は13日にずれ込んだ。

感染者の増加傾向が鮮明になった11月後半以降になっても、菅首相の動きは鈍かった。

新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が衆院厚生労働委員会で、「GoToトラベル」は一時停止すべきだとの認識を示したのが12月9日。政府は12月14日になって「GoToトラベル」を全国一斉に一時停止することを決めたが、実際の停止は12月28日からになった。ブレーキをかけてもすぐには止められない状態になっていたのだ。

本人が「会食」しているようじゃ

その間、12月21日には日本医師会日本病院会など9つの医療関係団体が共同で記者会見を開き、医療提供体制は逼迫の一途をたどり危機的状況だとして「医療の緊急事態」を宣言した。それでも菅首相は緊急事態の宣言に躊躇した。12月25日の記者会見ではこう答えている。

「尾身会長からも、今は緊急事態宣言を出すような状況ではない、こうした発言があったことを私は承知しています」

会見に同席した尾身氏も、「急所が分かってきた」と述べ、経済が活動を続けても「急所を押さえればある程度感染拡大を防止する」ことができるとしたうえで、「急所が十分に押さえられていない」ことが感染拡大につながっているとの見方を示した。

 

尾身氏がいう「急所」とは「三密」になることで、要は「多人数での会食」を避ければ感染拡大は抑えられるとしたのだ。

確かに「急所が押さえられていなかった」のも事実だ。政府は「静かなクリスマスを」と呼びかけたが、実際には人出はあまり減らなかった。その結果、12月31日の「感染爆発」ともいえる急増に直結したのだろう。

国民が「緩んでいた」のは確かだ。それを菅首相自ら体現していた。12月14日の夜には銀座のステーキ店で自民党二階俊博幹事長ら8人ほどと会食、15日、16日の夜も会食、謝罪に追い込まれた。

12月31日の感染者数をみても、菅首相は「まず今の医療体制をしっかり確保して、この感染拡大回避に全力を挙げる、このことが大事だと思っています」と、どこかひと事のように感想を述べていた。

やっぱり支持率低下

NHKが1月9日から11日まで行った世論調査では、こうした菅内閣の対応に厳しい反応が表れた。内閣支持率が40%に低下、不支持率が41%に上昇して、支持不支持が逆転したのだ。

原因は新型コロナへの対応の鈍さである。政府の新型コロナ対応について「大いに評価する」とした人はわずか3%、「ある程度評価する」とした35%を加えても4割に満たない。一方で、「まったく評価しない」が17%にのぼり「あまり評価しない」の41%を加えると58%と半数を超えた。

 

さらに、緊急事態宣言のタイミングについては、79%が「遅すぎた」と答え、「適切だ」とした12%をはるかに上回った。調査時点で東京・千葉・埼玉・神奈川とされた緊急事態宣言の「対象地域」についても、「適切だ」とした人は12%に過ぎず、「他の地域にも出すべき」とした人が47%、「全国で出すべき」とした人が33%に及んだ。

政府は緊急事態宣言の期限を2月7日としているが、これについても88%の人が「解除できないと思う」としている。それでも菅首相は意気軒昂だ。13日付けの朝日新聞に掲載されたインタビューで、菅首相は「1カ月のなかで感染拡大を絶対阻止し、ステージ3に戻るように全力で取り組む」としていた。

現実と首相の認識がズレてしまっている

この首相と国民の間のギャップは何が原因なのだろうか。一般の国民よりも詳しい状況を把握できる立場にいる首相の方が楽観的に見え、対応も国民が求めているものよりも甘い。明らかに認識ギャップが広がっているようにみえる。

1月7日の記者会見でも菅首相が「自らの言葉」で語る部分は少なかった。手元の紙に目を落として話をすることが多かったのだ。事務方が用意した模範解答を読み上げているのだろう。到底それでは国民に「熱意」や「信念」は伝わらない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相や英国のボリス・ジョンソン首相が国民に訴えかけている姿とは対照的だ。

菅首相の常套句は「適切に対応してまいります」だ。「適切」に何をやるかを国民に訴えなければ伝わらない。結局、首相は口先ばかりで対応は常に後手にまわると国民が見透かすことになれば、誰も政府の言うことを間に受けなくなる。

年末年始の新型コロナの感染爆発は、12月以降の政府の対策が「失敗」したことを示している。感染爆発が起きてしまった場合に緊急事態宣言を出し、何をどこまで行うかは危機管理上の「想定内」だったはずだ。

それにもかかわらず、首長から発出を要請されたものの、1週間も対応に時間がかかるというのは問題ではないか。やはり日本という国は危機に直面した時の備えが貧弱であることが、はからずも明らかになったと言えるだろう。

ポストコロナの勝者は佐川かヤマトか 巣ごもり効果で業績好調の宅配業界

IT mediaビジネスオンラインに1月7日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2101/07/news039.html

 

 新型コロナウイルスのまん延で外出もままならない中で、宅配企業が「巣ごもり効果」に沸いている。2020年4~9月期(2021年3月期の9月中間期)は佐川急便のSGホールディングス(以下SG)の売上高が前年同期比8.0%増の6348億円となり、純利益は372億円と69.9%も増加した。クロネコヤマトヤマトホールディングス(以下ヤマト)は売上高が8060億円と伸び率は0.7%増にとどまったが、純利益は141億円と前年同期の34億円の赤字から黒字転換を果たした。

 21年3月期通期でも、SGは売上高6.3%増の1兆2480億円、純利益は42.7%増の675億円を見込み、ヤマトは売上高1%増の1兆6460億円、純利益は56.8%増の350億円となる見通しだ。両社とも日本経済の先行きについては「依然不透明な状況」だとしながらも、新型コロナによってライフスタイルが変わり、eコマース市場が急拡大することで宅配便の需要が急増していることをチャンスと捉えている。

売上高のヤマト 利益のSG 

 SGの上半期の取扱荷物個数は6億8600万個と4.5%増加、ヤマトの宅配便も9億9400万個と13.1%増えた。企業活動が停滞したことで「クロネコDM便」は3億9800万冊と23.4%減ったが、荷物の急増に両社とも現場は超繁忙の事態となった。

 

 業績数字をみても分かる通り、宅配便の取扱個数や売上高ではヤマトがSGを圧倒するが、こと利益になるとSGが断然ヤマトを上回っている。通期見通しの営業利益段階でもヤマトの680億円に対して、SGは970億円だ。

 実は16年3月期まではヤマトの方が営業利益は大きかった。16年11月にヤマト運輸労働基準監督署から未払い残業代に関する是正勧告を受けていた事が発覚するなど、宅配ドライバーの過重労働問題が表面化。宅配荷物の急増に自社の宅配ドライバーでは対応しきれず、外部の物流業者に宅配業務の一部を外注したことが原価を大幅に高め、営業利益が激減した。宅配ドライバーの労働環境の改善を理由に、料金を値上げしたほか、アマゾンなど大口顧客への値上げ交渉も進めた。

 実は、ヤマトの営業利益がSGに抜かれる伏線はそれ以前からあった。売上高営業利益率を見ると、13年3月期にはヤマトは5.2%、SGは3.6%だったが、14年3月期にはSGが5.2%とヤマトの4.6%を一気に抜いていたのだ。

 理由ははっきりしている。SGが売り上げ規模の拡大よりも利益重視の戦略を取ったからだ。それまで宅配便業界の常識は、取扱量を増やすことで荷物1つを運ぶコストを下げること。トラック1台を使うならば載せる荷物が多い方が効率化できる。ところが、当時から爆発的に増えていたアマゾンなどEC(エレクトリック・コマース)の宅配は勝手が違った。個別の宅配個数の急増で、不在時の再配達が多くなり、宅配ドライバーの業務量が劇的に増えたのだ。これが後のヤマトのドライバー問題になって顕在化していく。

SGは採算重視 ヤマトはIT化

 SGは13年にアマゾンとの取引を解消、取扱量を増やす戦略から採算を重視する戦略に思い切って切り替えたわけだ。18年3月期にはヤマトの営業利益率は2.3%にまで低下、一方でSGの営業利益率は6%台に乗せた。

 結局、SG撤退の受け皿となったヤマトは、自社ドライバーだけでは回らなくなり、外部の物流業者に業務委託する羽目に陥った。それが大幅なコスト増に結びついたのだ。今、急ピッチで利益率の改善に取り組んでいる。ただし、手法が異なる。データを駆使するIT化で業務の効率化を進めようとしている。
 その1つが不在時の再配達の削減に向けた「EAZY」の導入。利用客がスマホなどで不在時の配達場所などを指定できる仕組みで、玄関前やガスメーターボックスなどへの「置き配」も指定できる。もともとアマゾンが独自配送網で導入した「置き配」はトラブルも多く、当初不評だったが、新型コロナのまん延による非接触での受け取り希望が増えたことなどもあり、消費者に受け入れられつつある。不在による再配達の削減によって外部委託などが大幅に減少、上半期の決算でも委託費や傭車(ようしゃ)費と言った「下払経費」の伸びを、営業収入の伸び(5.3%増)を大きく下回る1.5%増で抑えることができた。
 また、データ分析に基づいて、業務量などを予測し、人員や車などの経営資源を最適配置することを目指している。上半期でも「集配効率の向上や幹線輸送の効率化をグループ全体で推進し、人件費や委託費、傭車費の増加を抑制した」としている。また、ヤマトが手掛ける「メール便」などは、もともと郵便事業を手掛けてきた日本郵政への業務委託などで、採算の改善を目指す。インターネット・メールの普及によって郵便親書の扱い量が大きく減っていることもあり、収益性を確保することが難しくなっているためだ。21年3月期通期の売上高営業利益率は、4.1%にまで回復、7.8%を見込む佐川の背中を追いかける。

 

 新型コロナのまん延がなかなか終息しない中で、宅配事業へのニーズはさらに拡大している。宅配便だけでなく、「ウーバー・イーツ」などの飲食配送など新サービスも急速に広がっており、ヤマトやSGなど宅配業界もサービス多角化を狙う。

労働力不足が一段と深刻化

 ヤマトは、従来の「モノを運ぶ」機能だけを求める顧客に対しては、コンビニエンスストアでの受け取りや配達ロッカーの設置などを進め、「EAZY」などによって、都合の良い時に荷物を受け取れる仕組みの構築・拡大を狙っている。また、配送するドライバーの業務量を減らすために、無人車などでの配送実験も実施している。さらにドローンを使った拠点間輸送なども実験中だ。

 問題は、今後も労働力不足が一段と深刻化するとみられることだ。新型コロナの影響でパートやアルバイトが激減するなど、現状足元では労働力不足はひと息ついているが、今後も日本の人口は減少を続けることがはっきりしている。何せ、19年の1年間に生まれた子どもは86万人。20年はさらに減少する見通しだ。移民の受け入れも難しい中で、今後も労働力不足が深刻化する。

 

 非対面の配送サービスなどは新型コロナが収まった「ポスト・コロナ」の時代になっても減少しないとみられる。生活スタイルや社会の在り方が変わり、物流サービスへの期待は今まで以上に事細かになっていくと見ていい。そうした中で、宅配のネットワークをすでに持っているヤマトなど運輸大手へのニーズも多様化する。非対面の運送サービスはインフラとしてどんどん無人化していくだろう。それをシステムとして構築していけるかどうかが宅配企業の盛衰を決める。

 一方、すでにヤマトが実験的に全国で手掛けている「見守りサービス」や「ネコサポステーション」などの地域密着型の事業も、高齢化や地域の過疎化が進む中で、今後ますますニーズが高まるとみられる。そうした「人と人」のつながりが求められる事業で、いかに収益を上げていくかがポイントになるだろう。つまり、人手を介する業務でいかに高い利益率を確保できるかが、今後の事業収益を占うカギになりそうだ。

SGはDX支援に注力

 SGは企業向け物流事業の強みを生かして、企業が進めるDX(デジタル・トランスフォーメーション)を支援する事業に力を入れている。新型コロナへの対応で在宅勤務が広がるなど、企業の業務フローや働き方が大きく変わる中で、企業はDXを一気に進めようとしている。それとともに企業の物流なども大きく変わることが予想されており、そのシステム構築をSGが担おうとしている。

 ヤマトにせよ、SGにせよ、ポスト・コロナの時代には人々の生活が大きく変わる中で、物流や宅配サービスへのニーズも変わってくる。そのニーズを捉えることができれば、宅配運輸業界はまだまだ成長の余地がある。顧客の声を聞きサービスを実現していく企業が業界の雄になるだろう。

「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」

プレジデントオンラインに1月8日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/42223

感染者が減らなければ、期限はズルズルと延びる

政府は1月7日、「非常事態宣言」を再度発出した。前回の2020年4~5月時とは違い、今回は東京都と神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県だけとし、全面的な休業要請ではなく、飲食店など業種を絞っての午後8時までの時短要請など“限定的”な対策に留めた。期限は2月7日までの1カ月としたが、これで新型コロナウイルスを封じ込めて感染者を減らすことができなければ、期限がズルズルと延びていくことになりかねない。

西村康稔担当相は前回とは違って“限定的”な対策に留めたことについて「エビデンス(証拠)がある」と強調した。1年近い新型コロナとの闘いの中で、「学んできた」と胸を張ったわけだ。つまり、昨年4月のように完全に人の動きを止めなくても、新型コロナは封じ込められるとしているわけだ。

だが、本当だろうか。さっそく厳しい予測が出されている。

西浦博・京都大教授(感染症疫学)は試算を公表し、昨年4~5月の宣言時に近い厳しい対策を想定しても、東京の1日当たりの新規感染者数が100人以下に減るまで約2カ月が必要だとした。さらに今回の飲食店の時短営業など“限定的”な対策では、2月末になっても新規感染者数は1300人と、現状と横ばいになると予測している。つまり、現状の対策では「生ぬるい」と言っているわけだ。

第1波では経済への打撃を小さくできたが…

いったい政府は昨年の緊急事態宣言から何を学んだのだろうか。

明らかなのは、緊急事態宣言で完全に人の動きを止めようとすると、経済が大打撃を被るということだ。2020年4~6月期のGDPは1~3月に比べて年率換算で29.2%の減少と、戦後最悪の結果になった。7~9月はその反動で前の3カ月に比べれば22.9%増になったが、実態は「回復」と呼べるものではなく、前年同期比では5.7%の減少が続いている。

例えば4月の全国百貨店売上高は、日本百貨店協会の集計によると前年同月比72.8%減、5月も65.6%減となった。全日本空輸ANAホールディングス)の4~6月期の国内線旅客は88.2%も減っている。大幅な赤字に転落する企業も続出。パートやアルバイトを中心に非正規雇用も大幅に減少した。

この経済の「猛烈な縮小」から人々の生活を守るために、特別定額給付金や持続化給付金などを支給し、雇用調整助成金の特例を導入して企業に雇用を維持させるなど対策を講じた。結果、第1波は諸外国に比べて影響を小さいまま封じ込めることができた。

ブレーキとアクセルを踏み続けた菅政権

ところが、それ以降、政府の対応は「経済優先」へと大きくシフトしていく。安倍晋三首相の辞任を受けて就任した菅義偉首相は「Go Toトラベル」の継続にこだわり続け、新規感染者が増え始めてもブレーキを踏むことに躊躇した。

 

「Go Toトラベルで感染が拡大したというエビデンスはない」と言い続け、11月後半の3連休などは新型コロナ流行前を上回る人出が繰り出した。感染者が増えても「検査件数を増やしていることが一因」とし、「重症者は少ない」としたことで、国民の間から危機感が失せていった。

自粛を要請するなどブレーキをかける一方で、Go Toトラベルなどアクセルも踏み続けた結果が、12月以降の「感染爆発」につながったのは明らかだろう。“限定的”な緊急事態宣言というのは、まさにブレーキとアクセルを両方踏む「過去の失敗」の延長線上にある。

封じ込めに有効なのは「短期決戦」のはず

1月7日に東京都が発表した感染確認者は2447人と過去最多を記録したが、全体の7割が「感染経路が不明」という。どこの誰からどうやってうつったか、ほとんど分からないわけで、酒を伴う会食が原因とするにはエビデンスが十分ではない。

もちろん、可能性がある以上、会食を制限するのは対策としては正しい。だが、午後8時までに営業を短縮すれば感染者が増えない、という話にはならない。欧米のようにレストランなどは一斉に休業要請するのが、新型コロナを封じ込めるには取るべき手だろう。

酒の提供は19時までとなると、居酒屋などは事実上、営業できていないのも同然だ。店舗に補償金が支払われるといっても人件費などを考えれば経営を成り立たせるのは不可能に近い。感染拡大のためのブレーキとしては不十分な上に、経営も危機に瀕するとなれば、極めて中途半端な対策ということになる。

4~5月の教訓は、思い切って経済を犠牲にすれば、感染拡大は食い止められるということだ。1カ月耐えれば、その先に明かりが見えるということなら、経営者も従業員も辛抱できる。「短期決戦」で思い切った経済停止を行うことこそ、新型コロナ封じ込めには有効なはずだ。

迅速に助成金を届ける仕組みもできていない

本来、経済を止める一方で、人々の生活を守る術を考える必要があるのだが、結局、政府の動きは鈍いままだ。昨年4月には国民1人当たり10万円の特別定額給付金の支給を決めた。全員に一律とすることで短期間に支給できるという話だったが、実際は、支払いに膨大な手間と時間を要した。

 

行政のデジタル化が進んでいないことが原因とされ、菅首相は「デジタル庁の新設」を指示したが、実際にデジタル庁ができるのは早くて今年9月。データベースの整理やシステム構築などを考えれば、実際にシステムが稼働するのは3年から5年はかかる。つまり、昨年の教訓から学んでいれば、本当に支援が必要な人に迅速に助成金を届ける仕組みを真っ先に整備すべきなのに、一向にそれは整っていない。

米国は年末の12月21日に、総額9000億ドル(約90兆円)に及ぶ新型コロナ対策を盛り込んだ法案を可決した。そこには2度目となる現金給付も盛り込まれている。成人・未成人ともに1人当たり600ドルが支給される。ただし、今回は全員に給付するのではなく、2019会計年度の年収が7万5000ドル超の場合、原則100ドルを超過するごとに5ドルずつ減額され、年収9万9000ドル以上の成人には支給されない。

つまり、本当に困窮している人に支給する仕組みとしているのだ。失業保険についても、1週間当たり300ドルを追加で給付することを決めた。

冬の感染爆発は「想定内」だったはずだ

もしかしたら冬になれば感染爆発が起きるということは、菅内閣が発足した時から「想定内」だったはずだ。危機管理は最悪の事態を想定することが基本である。営業停止を求めることになれば、営業補償だけでなく、失業したり給与が激減する人が急増することも分かっていたはずだ。そのために、個人に助成金をどう届けるか、とりあえずの方法を構築しておく必要があった。

今回の新型コロナに伴う経済危機の特徴は、飲食業や宿泊業の現場で働く弱者を直撃していることだ。今回の緊急事態宣言による対策で事態はさらに深刻化する。1カ月の「緩い」対策の結果、感染者が減らなかった場合に時短措置が延長されるようなことになれば、現場での解雇や雇い止め、廃業、倒産が激増することになるだろう。そうした現場の弱者を救う日本のセーフティーネットがあまりにも貧弱であることが露呈することになりかねない。

1月7日の夜に会見した菅首相の言葉は、どこか他人事のようで、国民の心に響くものとは言えなかった。給与も賞与もほとんどカットされていない政治家や高級官僚には、現場でとたんの苦しみを味わっている弱者の気持ちは分からないのだろうか。過去から謙虚に学び、将来のリスクへの対策を講じる。危機を想定できない政府が国の存亡を危うくする。