前代未聞の審議会で打ち出したIFRS導入先送りの「論理」。これで国益は守れるのか?

6月30日午後4時から、金融庁の会議室で企業会計審議会の総会が開かれた。傍聴者が会場に入り切れず別室のモニターで傍聴するという株主総会ばりの盛況ぶりだったが、世の関心を呼ぶのに十分な異例ずくめの審議会だった。フリージャーナリストも傍聴可能ということで事前登録のうえ、取材してきた。

直前に臨時委員を10人新任
噂は本当だった。IFRS反対派を10人加えるという話が流れていたが、審議会企画調整部会の「臨時委員」という肩書きで10人が加わっていた。そのメンバーは

伊地知隆彦・トヨタ自動車専務
逢見直人・日本労働組合総連合会副事務局長
大竹健一郎・TKC全国会会長
加護野忠男甲南大学特別客員教授
河崎照行・甲南大学会計大学院
佐藤行弘・三菱電機常任顧問
鈴木行生・日本ベル投資研究所代表取締役
谷口進一・新日本製鉄副社長
廣瀬博・住友化学工業副会長
和地孝・テルモ名誉会長

以上だが、さすが、トヨタは欠席だった。
また、推進派の藤沼亜起・元日本公認会計士協会会長や、国際派の柴田拓美・野村ホールディングCOOは欠席だった。東証自主規制機関(財務次官OBの林正和氏がトップ)の会議とバッティングして止む無く欠席した藤沼氏は「意見書」を出したが、事務局は無視し、提出の事実すら明らかにしなかった。

いずれ、議事録がでるので、ここでは発言内容の中で、記憶に残ったものをご紹介したうえで、簡単なコメントを付けてみよう。

自見庄三郎大臣
「政治的決断として大きくカジを切らせていただきました」
「連結先行も見直し」「ASBJ任せ出なく審議会が(基準を)決めていく」

2012年に強制適用を決断した場合に2015年か16年に適用としていた、15年、16年は白紙にするという点を政治決断した、ということのようだ。これに異論を唱えたのは島崎憲明・住友商事・特別顧問で「2009年の日本版ロードマップを見直すのであれば、きちんとしたデュープロセスが必要ではないか」とかなり興奮気味に意見を述べていた。ちなみに、大臣は冒頭の挨拶だけで退席する慣例を破り、最後まで議論を聞いていたのも異例だった。


新任で臨時委員になった佐藤行弘氏
「要望は大臣のご挨拶と機をいつにした内容」
大臣の挨拶を振付けておいてこの発言は見事だ、と従来からの委員のひとりが苦笑していた。
佐藤氏がまとめた反IFRSの要望は「以下の企業・団体の合意により」と書かれているが、署名者には会社を代表する立場にないはずの執行役員や常任顧問、監査役という肩書きが多く並び、コンプライアンス上問題があるのでは、と指摘されていたもの。それをあたかも大企業の総意であるかのように説明して公開の審議会で配ったところは凄い。

臨時委員になった連合の副事務局長
「賃金は企業業績に左右される。資産価格の評価で変動するIFRSを採用した場合、利益と労働者の働きの相関が失われる」「退職給付会計がIFRSになると、含み損の顕在化をおそれた経営者が年金制度を廃止する恐れがある」
組合が粉飾決算の勧めを公然と口にするとは驚き。企業に退職給付債務をきちんと認識させないと年金原資が確保されているか危うい、というのなら分かるが、まったく逆とは。将来、年金が減額されるところまで追い込まれて初めて気が付くのだとすると、労働者はたまったものではない。

経団連がまるっきり逆の方向に動き出したのには驚いた。島崎氏から廣瀬氏に代わったとたんの方針転換は、島崎氏からすればはしごをはずされたようなもの。怒り狂っているだろう。

山崎彰三・会計士協会会長
「2012年に決断するというのは国際公約になっている。その先延ばしだけはしないで欲しい」
半ば哀願調であった。

河崎・甲南大
「会計制度は文化を反映した制度。IFRSは国際資本市場というローカルな場で通用する基準」
「日本の確定決算主義は優れた文化」

国際市場を「ローカル」と言ってしまったら何も怖くない。耳を疑う論理。

このほか、IFRSは全面時価会計で包括利益一本で行こうとしている会計だ、と自信をもって断定したうえで、反対論を唱える新任委員が多かった。また、米国があたかもIFRSに反対しているかのような主張も多く、20年前に時計の針が戻ったような印象を受けた。

日本が突然、IFRSの適用先送りを決めたことで、いったい誰が喜んでいるのか。日本企業の経営者は喜んでいるのか。これをきちんと検証していくことが大事だと思う。