地方にはどの税を移管するべきなのか 消費税で得た税収の使い道

「国のかたち」を決めるのは「税」です。国民から誰がどういう税を取り、どう使うか、というのが国家そのものの機能と言えましょう。基本的に国が国民から直接税金を徴収し、それを地方に再配分するという形が明治以来の日本の中央集権構造を規定しています。ですから、地方分権とか地方主権と言う場合には、税の体系をどうするのか、という議論が不可欠です。しかし、税の専門家は基本的に「国」にいるわけですから、そう簡単に地方に主権が移るはずなどないのです。WEDGEの6月号に書いた「復活のキーワード」を以下に再掲します。
オリジナルページhttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/1945?page=1


 消費税増税法案の行方が最大の焦点になっている。その消費税で得た税収を何に使うべきなのか。実は、これが国の役割を左右するとても重要な要素なのだが、不思議なほどこの点については議論されていない。増え続ける社会保障費に充てるのが当然というムードなのだ。果たしてそれは本当なのだろうか。

地方主権改革を進めるというものの……
 4月11日の党首討論で、みんなの党渡辺喜美代表がこんな質問をした。

 「消費税は安定財源なのだから地方(の財源)にふさわしいんですよ」

 すると、民主党代表である野田佳彦首相は真っ向から反論した。

 「それは年金や医療、介護、子育てを全部地方に任せろということですか。年金なんて、そんなことできませんよ」

 いま、民主党政府は膨らむ社会保障費を賄うためには消費税増税が必要だ、という説明をしている。「社会保障・税の一体改革」と呼んでいるものだ。つまり、消費税増税によって得られる財源を社会保障費に充てるというのだ。与野党の議員の中には、さらに一歩進んで、消費税を社会保障費にしか使えない「目的税」にすべきだ、という主張もある。

 だが、野田首相が言うように、社会保障を全国一律で均質の制度として維持していくという前提に立ち、それに消費税を充てるということになれば、消費税が地方の財源として移されることは金輪際あり得ない。だが一方で、日本では地方分権も大きなテーマであり続けている。

 民主党地方主権改革を進めるという立場を取っている。国から地方に分権あるいは主権移譲をするというわけだが、これには財源を移す必要が出てくる。何らかの税を地方に移さなければ、地方の財政的な自立はあり得ない。ではいったい、どの税金を地方に移すことになるのだろうか。

 実は、「消費税を地方財源に」というのはみんなの党のオリジナルではない。これまで地方分権の絵を描いてきた政治家や官僚の多くが、移譲する税金を「消費税」と想定してきた。所得税に比べて消費税の方が、増減が小さいため安定的に税収が確保できる。地方自治体は福祉や公共サービスといった住民に直結する事業を行っている。そこでは税収の増減に合わせて支出を増減させるのは難しい。なかなか削れない住民サービスを担っている地方自治体には安定財源である消費税がふさわしい、という考えがベースにある。

 消費税が地方に移管されると、地域ごとに税率が変わることになる。もちろん法律で全国一律の税率とすることも可能だが、それでは地域それぞれ財政事情に対応することができない。場所によって税率が変わるというのは米国も同じ。米国では消費税(売上税)率は州によって異なる。つまり、地方分権を語る人たちはこれまで米国の州をイメージして税制を考えてきた、と言ってもいい。

 所得税法人税国税とし、消費税を地方税とした場合、どんなことが起きるのだろうか。地方が自分たちの地域(道州など)の経済を活性化させようとしたら、自主財源である消費税の税率を動かすことになる。つまり、地域間の消費の取り合いが起きると考えられる。米国でも州ごとに税率が違うため、消費税率の低い州に高額商品を買いに行くということがあるようだ。

東京一極集中を是正する切り札
 だが、現実には、消費税率が低いからと言って、それを目当てに住居を移す人はあまり多くないだろう。もちろん、税率の差の大きさや国土の広さにもよる。だが、県(道州)の境周辺での消費の移動はあっても、個人や企業が住居や所在地を移すほどの本格的な競争にはならないのではないか。ということは、従来、地方分権論者の間で考えられていた税制は、地域間の競争を生じさせ難い税体系だったと見ることができそうだ。

 では逆に、消費税を全国一律税率の国税とし、所得税法人税を地方に移管したらどうなるか。こちらの方が激しい地域間競争が起きる可能性が高い。北海道が法人税率を東京の半分にしたと仮定しよう。企業の中には本社を東京から北海道に移すところも出てくるだろう。世界に目を向ければ法人税率が低いところに本社所在地を移すグローバル企業は枚挙にいとまがない。地方は企業誘致などの武器として税率を使えるようになるわけだ。

 所得税にしても同じだ。実際に欧州大陸では、北欧やドイツなどは所得税率が猛烈に高い。このため所得の多い個人が、所得税率の低いスイスなどに居住地を移す例が少なくない。

 日本が地方主権改革の中で、もし所得税を地方に移管し、税率決定を地方の自由裁量とした場合、似たようなことが起きるだろう。一人当たり県民所得が低い高知や沖縄が所得税率を引き下げ、高額所得者の誘致に成功すれば、税収は劇的に増えるに違いない。日本の国内で税制を巡る地域間競争が起きれば、工夫次第で東京への一極集中を是正する切り札になり得るのだ。

 ここ5年ほど、日本から脱出を図る企業や個人が増えている。シンガポールや香港、スイスなどへ本店所在地や居住地を移す例が相次いでいる。多くがグローバル競争に向き合っている企業や、経営者などの高額所得者だ。世界で戦う企業や個人が出て行くことが日本の大きな損失になっているのは明らかだ。地方分権の過程で法人税所得税が地方に移管され、税率決定などの裁量権が地方に与えられるようになれば、こうした人たちを引き止める工夫が出てくるに違いない。

国民的議論が不可欠
 野田首相が言うように、年金や健康保険といった社会保障制度を全国均質のものにするのはひとつの考え方だ。おそらく多くの国民も支持するに違いない。そこに安定財源である消費税を充てるというのも政治の意思としてはあっていい。だがその場合、地方分権を進めるとなると、所得税法人税を地方に移管することになる。だが、そうは野田首相は明言していない。つまり税制の全体像が示されていないのだ。

 同じ4月の党首討論野田首相は、国が地域間の財源調整機能を持たなければ豊かな地方と貧しい地方の格差が広がる、という趣旨の発言もしていた。それでいくと、現状の「地方交付税交付金」の仕組みを守るということになるだろう。国が全国一律で税金の多くを徴収し、それを地方の財政状態に応じて交付金として分配するという仕組みだ。これでは地方分権は進まないし、地域ごとの税制競争も生じない。

 どの税金をどの財源として活用するのか。地方にはどう移管していくのか。支出と収入の帳尻合わせだけではなく、「税制の一体改革」に向けた国民的議論が不可欠だ。それが「国のかたち」を決めることになるのだから。