クロノス日本版の連載コラム。昨年12月発売号に掲載されたものを、編集部のご厚意で以下に再掲します。また、キプロス問題でユーロが急落しましたが、キプロス・ポピュラー・バンクなど同国の銀行がボロボロの状態なのは昨年から分かっていたこと。それをキプロス政府が実質国有化していましたが、それでも問題は解決するわけではなく、資金繰り破綻に直面したわけです。だから、預金カットはある意味当然。ちょっと他の国とは事情が違うのです。欧州は統合の苦しみの途上ということですね。
Chronos (クロノス) 日本版 2013年 01月号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: 東京カレンダー
- 発売日: 2012/12/03
- メディア: 雑誌
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日本の新聞を読んでいると欧州は不況のどん底で喘いでいるような印象を抱く。いわゆる「ユーロ危機」だ。ギリシャからイタリア、スペインへと危機が伝播し、このままではユーロ圏やEU(欧州連合)が崩壊しかねない、といった記事も少なくない。
ところが、欧州を旅してみると、不景気だとは感じない。街には観光客も多く、レストランも賑わっている。問題国とされるイタリアやスペインでも不況風は感じないし、ドイツなどはむしろ好景気といってもよい状況だ。日本人が国内で抱いている欧州景気の印象と実態は全く異なっているように思える。いったい欧州で何が起きているのだろうか。
そんな欧州の実態が表れているのが時計の売れ行きだ。スイス時計協会がまとめているスイスからの時計輸出額(スイスフラン建て)の統計を見ても、日本人の先入観を覆す数字が並ぶ。2012年1~9月の対前年同期間比では、ドイツが36.0%増と大幅に増えているのだ。
ドイツだけではない。財政危機が表面化した欧州諸国を見ると、イタリア12.8%増、スペイン9.1%増、あのギリシャですら7.0%増である。不況に喘ぐ国民が時計を買っているのだろうか?
実はドイツでは、消費全体が大きく盛り上がっている。ユーロ危機によって通貨が安くなり、輸出国であるドイツにとって追い風になっているのだ。2011年の輸出額はドル建て換算で中国、米国に次ぐ世界3位。自動車や重機機器など輸出企業が好決算を上げた。その結果、輸出企業などに勤める従業員の給与や賞与が増加、消費に火がついたというわけだ。今やドイツは、スイス製時計の輸出先として、香港、米国、中国、フランスに次ぐ5位である。
では問題国とされる南欧諸国向けになぜスイス製時計が売れているのか。実は、南欧の国々も決して個人の懐、つまり家計が疲弊しているわけではない。危機に陥っているのは各国の政府財政なのだ。もちろん、財政赤字で政府が公務員の給与を下げたり、年金をカットしたりすれば、いずれ家計に影響する。だが、まだまだ現段階では家計は案外リッチだ。
とくに、EU統合以降、ギリシャやイタリアには、ドイツ、フランスや東欧各地から大量の観光客が押し寄せた。当然、人が集まればおカネが落ちる。個人の損得勘定でみれば、南欧の多くの人たちが、EU統合の恩恵に浴したのだ。
こうした国々の国民が、ユーロという単一通貨を手にした意味は大きい。イタリアの旧通貨リラや、ギリシャのドラクマは弱い通貨の代表だった。インフレになって通貨価値が目減りし、ドイツ・マルクなどとの交換価値も下がるから、輸入品を中心に毎年物価は上昇。生活は苦しかった。
リラやドラクマより強いユーロ通貨を手にしたことで、輸入品が庶民にとってもグーンと手に入りやすくなったわけだ。そんなこともあって、ドイツなどの輸出が増えた。
そんな実態を知れば、ギリシャがユーロからそう簡単に離脱するはずがない、ということに気づくだろう。そう。弱い通貨を求める国民などいないのだ。仮にギリシャがユーロから離脱して新ドラクマなどの新通貨を導入したとしよう。給料を新ドラクマでもらった瞬間にユーロに両替に走るだろう。さもないと、翌日には目減りしてしまうのだから。貯金も皆ユーロ建てにするに違いない。
逆にユーロ建ての住宅ローンなどを持っていたら、大変だ。新ドラクマでの支払い額はどんどん増えていくことになりかねない。ふた昔前のソビエト連邦(現ロシア)で、自国通貨のルーブルでは物が買えず、ドルなら何でも買えるという状態になっていたが、ユーロ離脱はまさに旧ソ連と同じ運命になるということなのだ。だから、絶対に国民はユーロ離脱など選択するはずがないのだ。
ギリシャなどを支援する格好になるドイツにしても、EU統合による輸出増加という恩恵をフルに受けているのだから、みすみすEUを解体することなどあり得ないわけだ。
『クロノス日本版』44号(2013年1月号)2012年12月3日発売 http://www.webchronos.net/