参院選前に「アベノミクス効果」を分析してみる

参議院議員選挙の投票が近付いてきました。アベノミクスを掲げた安倍自民党を野党は攻めあぐねているように見えます。経済再生を掲げられては中々批判がし難いところでしょう。予想通り自民党が圧勝するのでしょうか。新潮社のフォーサイトに先週記事を書きました。通常は有料ですが、この記事は無料になっています。是非ご覧ください。オリジナルページ→http://www.fsight.jp/18294


アベノミクスは株を持っている金持ちだけが潤っているのであって、庶民の生活はむしろ苦しくなっている」

 参議院議員選挙の選挙戦が始まって、野党によるアベノミクス批判のボルテージが上がっている。安倍晋三首相が進める経済政策はバブルを作るだけで実体経済を良くするわけではない、というのである。その際、しばしば使われるのが、消費が増えていると言っても百貨店で高級品が売れているだけで、スーパーの食料品など生活必需品は相変わらず売れていない、という批判だ。これは本当なのだろうか。

消費マインドは緩やかに変化
 日本百貨店協会の統計(店舗数調整前)をみると、確かに「美術・宝飾・貴金属 」の変化は劇的だ。対前年同月比で1月が5.3%増、2月が8.0%増だったものが、3月15.1%増→4月18.4%増→5月22.8%増とうなぎ登りに増えている。アベノミクスでムードが変わったことによって財布のヒモが緩んだのだろう。時計や宝石などが売れているのだ。株高によって資産が膨らみ消費におカネがまわる「資産効果」も生じているようにみえる。

 もっとも、百貨店全体の売り上げが大きく増えているわけではない。全商品合計の売り上げ増減は、1月1.0%減→2月0.3%減→3月3.3%増→4月0.7%減、5月2.4%増といった具合だ。こうみると、高級品だけが突出して売れているようにみえる。野党のアベノミクス批判が正しいのだろうか。

 では野党がダメな例に出すスーパーはどうか。大手スーパーなどが加盟 する日本チェーンストア協会の統計をみると、販売高の伸び率(対前年同月比)はこんな具合に変化している。1月5.0%減→2月5.6%減→3月3.9%増、4月0.3%増→5月1.4%増である。これをみると3月以降、消費のムードが変わっているようにもみえなくもない。百貨店の食料品の売上高をみても、1月から4月まではマイナスが続いていたものが、5月には0.2%のプラスに転じた。生活必需品にジワリと景気回復効果がみえ始めているようにもみえる。

 7月9日に発表したイオンの3−5月期(四半期)決算は、本業のもうけを示す営業利益が、前年同期比9.8%増の347億円となり、この時期としては7年ぶりに過去最高を更新した。総合スーパー部門の食料品や家電製品の販売増が寄与しているという。また、7月4日に発表したセブン&アイ・ホールディングスの3−5月期も過去最高の営業利益となった。

 百貨店やスーパーなど小売業界はこれまで、長期のデフレによる売上高の減少に苦しんできた。円安によって輸入食品などの価格が上昇することで、利益が圧迫されるのではないかと懸念されていたが、それを吸収する増収効果があったということだろう。

 ファミリーレストランやファストフードなど、外食産業の売り上げも伸びている。日本フードサービス協会の統計をみると、1月2.2%減→2月1.3%減→3月1.6%増→4月0.3%減→5月3.3%増と尻上がりに良くなっている。とくに5月の伸びが大きかった。外食産業は比較的庶民的な価格帯の店舗チェーンが多く、いわゆる資産効果とは直結しにくい。こうした分野の伸びは、消費マインドが緩やかに変わってきていることを示しているのかもしれない。

6月のデータに注目
 株高による一過性の消費バブルなのか、それとも消費マインドの変化による実体経済の転換なのか――。

 とりあえずは、今後発表される6月の統計数字が大きな意味を持つだろう。昨年末からほぼ一本調子で上昇してきた株価は、5月後半に急落を繰り返した。日経平均株価で1万6000円に迫っていたが、6月中旬には1万3000円を割った。

 百貨店での美術・宝飾・貴金属 の売り上げ増 が株高による資産効果だけだとしたら、株価の急落が大きく響くに違いない。6月のこの部門の売り上げがどうなるかが注目される。

 日本百貨店協会の6月の統計は7月18日に発表される予定で、ここで高級品の売り上げが激減し、百貨店全体の売り上げも再びマイナスに舞い戻っていれば、やはりアベノミクスのバブル的な要素が消費を浮つかせているだけだ、ということになる。ちなみに、18日は参議院選挙の最終盤だけに、統計数字が悪化すれば、アベノミクスを批判したい野党に格好の材料を提供することになるに違いない。

 一方で、仮に6月の数字が5月のムードを引き継いで底堅いものとなれば、アベノミクスによる景気回復がいよいよ軌道に乗ってきたという印象が一段と強くなる。チェーンストア協会やフードサービス協会の6月の統計数字は、選挙後に発表される予定。この数字自体が選挙の材料にされることはないが、どんな傾向になるのか、大いに注目される。

旅行は海外から国内へ
 アベノミクスの景気浮揚効果を占うもう1つの統計が、「訪日外国人数」の推移である。昨年末以来の円安によって、日本を訪れる外国人旅行者 が急増しているのだ。外国人旅行者の増加は国内消費の増加に直結する。

 日本政府観光局の統計(一部推計)によると、日本を訪れた外国人旅行者 数の対前年同月の伸び率は、1月には1.9%減だったものが、2月以降急増している。2月33.5%増→3月26.7%増→4月18.4%増→5月31.2%増といった具合だ。

 昨年秋の尖閣諸島を巡る対立以来、日本を訪れる中国人は激減しているが、韓国や台湾、香港からの旅行者が急増している。5月を例に取れば、中国からの訪日客は27.2%も減ったのに対して、韓国からは45.5%増、台湾からは61.7%増、香港からは82.2%増とそれぞれ急増している。

 好景気で空前の旅行ブームに沸くアジア諸国からの訪日客の伸びが大きいが、ロシアやフランス、オーストラリアなどからの訪日客も伸びている。

 4月には月間過去最高の92万3000人が日本を訪れたが、5月も87万5000人と過去3番目の多さだった。このままのペースが続けば、2012年1年間の訪日客835万人を大きく上回り、初めて1000万人の大台に乗せる可能性も十分にありそうだ。

 一方、 これまでは円高で海外旅行に出かける日本人が大きく増えてきた。日本人の出国者数は今年1月まで増えていたが、円安が鮮明になった2月以降、減少に転じている。2月9.0%減→3月4.9%減→4月12.3%減→5月11.8%減である。

 もっとも、その分が国内旅行に回っている。JTBの推計によると、今年の夏休み期間(7月15日−8月31日)の1泊以上の国内旅行者数は7624万人と去年より2.2%増え、過去最高になる見通しだという。これまで海外に落ちていたおカネが国内に回るわけで、二重に国内消費に貢献することになる。


加工貿易型」から「債権国型」へ
 事実、その効果も数字に現れ始めている。7月8 日に財務省が発表した5月の国際収支状況(速報)によると、サービス収支が441億円と黒字転換した。サービス収支には運輸や旅行に伴う資金移動が含まれるが、外国人が多く日本に来て日本の物を買えば、輸出が増えるのと同じ効果がある。旅館や飲食店、みやげ物店といった地域に密着した産業に直接おカネが落ちる分、大企業中心の物品輸出に比べて景気を暖める即効性が高いとみることができる。

 ちなみに、5月の物品の輸出入の差額、つまり貿易収支は9067億円の赤字だったが、サービス収支の黒字化に加え、海外での配当収入といった所得収支の黒字が大幅に増えたことから、経常収支は5407億円の黒字となった。海外から原材料を輸入して加工した製品を輸出して儲けるという「加工貿易型」の経済から急速に「債権国型」の内需経済へと、アベノミクスの円安株高効果によって、日本が大きく変わり始めていることを示している。

 こうした“構造転換”が間もなく発表される6月以降のデータで実証され、その後も 続くとすれば、日本国内の消費が一段と盛り上がるのは間違いなさそうである。