佐賀を「NPO」の集積地に ふるさと納税を武器に誘致

WEDGEで連載中の「地域再生キーワード」。1月号(12月20日発売)に掲載されたものです。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5774

Wedge (ウェッジ) 2016年 1月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2016年 1月号 [雑誌]

 地域課題に取り組むべく「2枚目の名刺」を持つことが奨励される佐賀県庁。ふるさと納税を使ったNPOへの寄付が成功したことによって、全国からNPOを佐賀に誘致して、一大集積地にするべく動き始めた。

 佐賀の有明海で海苔の養殖に携わる古賀康司さんと、佐賀県庁に勤める岩永幸三さんは、20年来の同志である。同じ「1型糖尿病」を発症した家族を抱え、共に病気と闘って来た。

 1型糖尿病は、生活習慣病の2型と違い、体内のインスリン分泌機能が破壊されて突然発症する。毎日何度もインスリン注射をしなければならないため、患者本人はもとより、家族の苦労も計り知れない。社会の理解もなかなか進まず、先日も祈祷師の言を信じて注射を止めた子どもの患者が死亡する痛ましい事件が起きた。

 古賀さんたちは1996年に佐賀で患者の会を立ち上げた。岩永さんが会長、古賀さんが副会長を務めた時期もあった。2000年には全国の患者の会が集まるNPO(特定非営利活動法人)の設立にも参画。現在は「日本IDDMネットワーク」(以下、IDDMネット、井上龍夫理事長)として佐賀市内に本部を置く。

 治らないと信じられてきた1型糖尿病だが、iPS細胞やバイオ医療の急速な発達で、「治る病気」になる期待が高まっている。IDDネットでは05年にいち早く「研究基金」を設け、先端研究に携わる研究者や医師への助成事業に乗り出した。だが、そのための原資になる寄付は思ったほど集まらなかった。

 そんな時、NPOの資金調達などのアドバイスを行っているファンドレックス(本社・東京都港区)の鵜尾雅隆氏やイノウエ ヨシオ氏から思いがけない提案があった。佐賀県の「ふるさと納税」の仕組みを活用すべきだ、というものだった。

 佐賀県では、「ふるさと納税」として寄付をする人が使途を指定することができる。その指定先は県の事業だけではなく、県内のNPOでもいいのだ。同様の制度を持つところは他にもあるが、ほとんど活用されていない。全国のふるさと納税の制度を調べていた鵜尾氏らが、この制度を使えば寄付者のわずかな実質負担で大きな資金をNPOが得ることができる点に目を付けたのだ。

 「恥ずかしながら、そんな制度があるとは、その時までまったく知りませんでした」と、県庁職員でNPO支援の部署が長かった岩永さんは苦笑する。さっそく庁内で取り上げ、14年度に実現した。

 結果は大成功だった。ほとんど寄付がなかったIDDMネットに、一気に1300万円のふるさと納税が集まったのだ。県からは95%がIDDMネットに助成金として支給される。今年度は5000万円を突破した。

 ふるさと納税の「お礼」にも知恵を絞った。佐賀の一番摘みの海苔は全国的に知られた高級ブランド。しかも患者の家族である古賀さんが親戚と共に加工した『有明の風』の海苔を選べるようにした。

 「手間暇を惜しまずに育てたうちの海苔は他所とは味も香りも全く違う」と古賀さんが語る自信作だ。他にも、趣旨に賛同する有田焼の陶芸家の作品なども用意した。県の特産品のPRにもひと役買っているわけだ。

 ふるさと納税を使ったNPOへの寄付の成功が、さらに大きな構想に発展している。ふるさと納税を武器に、全国からNPOを佐賀に誘致して、一大集積地にしてしまおうというのだ。

2枚目の名刺を持つ

 もともと佐賀県NPOの支援に熱心に取り組んできた。佐賀ではNPOのほか、商店会や自治会、趣味の会などを含んだより広い概念としてCSO(市民社会組織)という言葉が使われている。社会の様々な問題を解決するために、行政がそうしたCSOと積極的に連携していこうという姿勢を前面に押し出しているのだ。

 10年には情報公開したうえで民間と連携し、地域課題を解決する佐賀県の「協働化テスト」という手法が、国連の「公共サービス賞」に選ばれた。日本の自治体として初めてのことだった。

 県庁職員などにも積極的にCSOに関わり、県庁職員の名刺とは別の「2枚目の名刺」を持つことが奨励されている。CSOで地域を盛り上げようというムードが着実に根付いているのだ。そんな佐賀県が今年度から、NPO誘致に乗り出したのだ。

 早くも佐賀に進出するNPOが現れた。視覚障がい者のサポートのもと、真っ暗闇の中を探検し、非日常のコミュニケーションを体感するプログラムを運営する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン」。東京と大阪に続いて佐賀にも新たに拠点を置いたのである。

 「現在、約60人いるスタッフのうち40人が全盲の方たちです。障がい者の中でも、目の不自由な人たちは、なかなか職に就けません。佐賀で拠点が動き出せば、雇用を生むことができます」と志村季世恵さんは言う。ふるさと納税で3000万円の寄付を集めるのがとりあえずの目標だ。他にも関心を持つNPOは少なくない。

 佐賀をNPOの集積地にするというアイデアを強力に後押ししているひとりが大西健丞氏。難民等を支援する国際NGO「ピースウィンズ・ジャパン」をはじめいくつものNPONGOの代表を務める。この連載の15年5月号で取り上げたが、広島県の神石高原町で「犬の殺処分ゼロ」を目指すプロジェクトを立ち上げた。

 やはり、ふるさと納税の仕組みを使って1億円を超える資金を集めた実績を持つ。横のつながりが太いNPO関係者の間で、いま、佐賀がホットなのだ。

 佐賀に進出するNPOの支援体制も整えている。佐賀のNPOが共同で立ち上げた「佐賀未来創造基金」もそのひとつ。「地域の人、モノ、カネ、情報といった資源を循環させていくのが狙いで、県外のNPOが佐賀に進出する仲立ちをしたい」と理事長の山田健一郎氏は言う。山田氏自身、いくつかのCSOのスタッフを兼ねている。

 NPOの組織立ち上げの支援や、金融機関の融資の紹介などを行うほか、佐賀市から指定管理を受託している「TOJIN茶屋」には、共用のオフィススペースや、多目的のレンタルスペースなどもある。1階にあるカフェ&バーは、NPOやソーシャルビジネス系の若者たちが多く集まる場になっている。

 大企業と違いNPOを誘致しても経済波及効果が乏しいと思いがちだ。だが、ソーシャルをキーワードに全国とつながる若者などがどんどん集まってくれば、そのエネルギーのもたらす効果は小さくないだろう。NPOで地域おこしを狙う佐賀の取り組みの行方に注目したい。