“ハラールお好み焼き“が生む付加価値とは?

Wedge (ウェッジ)9月号(2019年8月20日発行)掲載の「Value  Maler」です。

 

 

 「世界では4割近い人たちが豚肉は食べません。こうした人たちを客様として取り込みたいのか、取り込みたくないのかという問題なんです」

 「ハラール」など多様な食の情報を発信する「フードダイバーシティ」の守護彰浩・代表取締役は講演会に招かれるたびにこう強調する。日本を訪れる外国人、いわゆるインバウンドが大きく増えている中、「日本人のように何でも食べられるのは世界ではむしろ珍しい」と守護さん。

 イスラム教徒16億人、ベジタリアン9億人、世界人口70億人の少なくとも36%は豚肉が食べられないのだ。

 千葉大時代にイスラム教徒の友人ができたことがきっかけで、彼らの文化に興味を持ったという守護さん。その後、楽天に入社し、多数のイスラム教徒の社員と共に働くことになる。そこでも、彼らがいつも話していたのが「食べるお店がない」ということだった。そんなイスラム教徒たちへ情報を発信するメディアをつくろうと起業を決意し、2014年に「フードダイバーシティ」を立ち上げた。

 「ハラール」というとイスラム教徒が食べる特別な料理という印象が強い。だが、和食や中華などと並んで「ハラール料理」というものがあるわけではない。ハラールとはイスラム教の戒律で「許されたもの」という意味。魚介類や野菜、果物はハラールだが、牛や鶏などはイスラムの教義にのっとった屠畜方法で処理しなければならない。イスラム教徒が屠畜処理する必要があるのだ。

 一方で、イスラム教徒が口にできないもの「ハラーム(禁じられたもの)」がある。豚肉や豚由来の成分、アルコールなどだ。

 こうしたハラーム食材を使っていないものが「ハラール」食なのだ。つまり、本来は、和食でも、中華でも「ハラール」が存在する。

 

ハラールお好み焼

 

 「広島に来て10年以上、広島のソールフードであるお好み焼きを食べることができませんでした」

 そう広島市立大学准教授のヌルハイザル・アザム・アリフさんは振り返る。マレーシアやインドネシアから広島を訪れる観光客の多くはイスラム教徒だ。

 彼らは名物である「広島お好み焼き」を食べたいが、手を出せない。お好み焼きには豚肉が使われているからだ。海鮮お好み焼きなどを頼めばよいと思われるかもしれないが、豚を焼いた鉄板で焼いたものやソースの原料にハラームが使われていてもだめダメなのだ。「ハラール」にするには、鍋など調理器具を分け、食器も別の物を使わなければならない。

 守護さんとアザムさんの出会いが、ひとつのプロジェクトを生んだ。ハラール対応したお好み焼きの店を作ろうというものだ。広島お好み焼きの観光名所である「駅前ひろば」でお好み焼き店「かさねがさね」を手掛けていた観光企画運営会社mintの石飛聡司社長が協力を申し出た。日本旅行ブームで外国人客が目に見えて増えていたが、イスラム教徒が店に入って来ない理由が「ハラール」にあると分かったからだ。

 とんとん拍子で話が進み、19年1月に「駅前ひろば」にハラールお好み焼き『銘々MeiMei』をオープンさせた。これまで豚肉を焼いていた鉄板はイスラム教徒のアザムさんが磨いて清め、メニューからは一切、豚肉関連素材を排除した。

 売り物は牛肉や鶏肉。ハラール屠畜をしている業者は日本全国で6社。うち全頭ハラール処理をしているのは3社しかない。

 実は『銘々』ののれんには、どこにもハラールと書かれていない。壁には素材はハラール処理をした牛肉を使っていることなど、「ポリシー」を掲げた張り紙があるが、ほとんど目を向ける人はいない。

 「ハラールと前面に出すと何か特殊な料理なのではないかと誤解される。味や素材にこだわっている店であれば、日本人客にも人気が出る」と守護さんは言う。

 ハラール素材は生産者や屠畜業者が明確で、素材の安全性は高い。実際、『銘々』を訪れる日本人客は、ハラールお好み焼きであることにほとんど気が付かない。

 それでもイスラム教徒の観光客が相次いでお店にやってくる。SNSでの口コミや「フードダイバーシティ」の情報サイトをみて訪ねてくるのだ。そうした観光客の多くは、「お好み焼きだけでなく牛肉の鉄板焼きも注文する」と店長の大國太士さんは言う。

 日本にやってくるイスラム教徒の中には、神戸ビーフなど日本の高級料理を食べたいと思って来る人もいる。おカネもある。ところが、ハラールかどうか分からないので食べられない。ハラールをうたっているところは一杯で予約がとれない。「本当なら2万5000円は使ってくれたはずなのに、2000円のカレーで終わってしまえば、おカネが日本に落ちないことになるし、当然満足度も上がりません」(守護さん)。せっかくのインバウンドを生かしていないわけだ。

 ハラールだということが分かれば、日本産の牛肉を食べるのを楽しみに日本にやってくる。

 

良いものを高く売る

 

 だが、ハラールお好み焼きも良い話ばかりではない。ハラールにすることで、食材費が大幅に上がってしまうのだ。「飲食店の平均的な食材費比率は価格の30%ですが、従来の価格だと50%を超えてしまう。高級感を出して価格を上げることで、何とか40%に抑えています」とオーナーの石飛さんは言う。お好み焼きに使うソースはオタフクソースがマレーシア工場で作ったハラールのソースを使っている。

 良いものを高く売ることで付加価値を確保しようとしているわけだ。日本でもっとハラールが広がってハラール素材が使われるようになれば、原材料の単価は下がっていく。口コミで売り上げが増え、コストが抑えられれば儲けがでる。

 追い風は間違いなく吹いている。今後も日本にはイスラム教徒の観光客がたくさん押しかけることになりそうだ。インドなどへの観光ビザの要件緩和を日本政府が推し進めているためだ。

 「フードダイバーシティ」が運営する「ハラール・メディア・ジャパン(HMJ)」にはイスラム教徒向けの様々な情報が載っている。ハラールラーメンやハラール手羽先、ハラール味噌串カツといった日本の味覚のハラール版が次々に誕生している。確実に食のダイバーシティは広がっている。

 食だけでなく、モスクや礼拝場所などの案内もある。ちなみに『銘々』の一角にも礼拝ができるスペースを作った。決まった時間に礼拝するイスラム教徒に配慮した設備だ。

 守護さんが各地の講演にひっぱりだこなのは、ことさら多文化共生などといった理念を前面に出していないからではないか。いかに、イスラム教徒の観光客をもてなすか、それでどれだけおカネを落としてもらうか。ハラールに取り組むことで、大きな付加価値を生み出す可能性を強調している点に、共感を覚える地方自治体や飲食店などが増えているに違いない。