コロナにも使えない「マイナンバーカード」に存在価値はあるのか  4年たっても普及率は16%

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』。6月26日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/36575

「運転免許証」のほうが気軽で便利

またしても「マイナンバー」を巡る政府の思惑が大きく外れたようだ。

新型コロナの蔓延に伴う経済対策として政府が国民に一律10万円を支給する「特別定額給付金」。この申請にマイナンバーを使うことで、一気にマイナンバーカードが普及すると期待がかけられた。

ところが結果は散々。マイナンバーを使った申請で、各地の自治体でトラブルが相次ぎ、結局、郵送での受付が主流になったのだ。「やはりマイナンバーは使えない」。そんな印象を強く国民に刻み込む、むしろ逆の結果になった。

全人口に占めるマイナンバーカードの発行枚数、いわゆる普及率は未だに16%と低迷している。マイナンバーが導入されたのは2016年だから、4年たってこの有様なのだ。なぜ、こんなに普及しないのだろうか。

政府は導入にあたって、「便利さ」を強調した。身分証明書になる、コンビニで住民票がとれる、といった感じだ。だが、残念ながら、それぐらいでは国民に「便利さ」を感じさせることはできていない。身分証明書ならば運転免許証の方が気軽で便利だし、住民票などそう頻繁に取るものでもない。

持っていると「厄介なカード」になってしまった

一方で、政府はマイナンバーの導入時点で大きな失敗をした。番号を絶対に流出させてはいけない「秘密」だとしたのだ。本来、マイナンバーを利用してもらうには、誰に伝えても問題が起きない気軽な番号にすべきだったのだが、「第三者に知られてはいけない」という強迫観念が真っ先に植え付けられた。

勤務先などに提出する際にわざわざシステム会社などに簡易書留でコピーを送らせるなど、煩雑な手続きを経験して、ますます番号を知られてはいけないのだ、と国民は思ったわけだ。最近は番号を収集する企業側の管理を厳格にしているだけで、個人が番号を知られても特段大きな問題は起きない、と言い始めている。だが、時すでに遅し。仮にカードの発行を受けても、持ち歩かずに金庫にしまっているといった話をよく聞く。

つまり、マイナンバーカードを持っていると断然便利、あるいは、持っていないと不便という話にならないのだ。だから、わざわざ時間をかけて不要なカードを作る必要はない、ということになってしまう。そもそも財布の中は様々なカードでいっぱいだから、余計なカードは作りたくないし、紛失する恐れもあるから、そんな厄介なカードは持ちたくない、ということになる。

「課税しよう」という下心がミエミエ

政府は「便利さ」を強調するものの、国民は政府の本当の狙いをうすうす感じている。それもマイナンバーカードが普及しない理由だ。「便利だ」と言いながら、実のところ、収入や財産を把握して課税しようという下心がミエミエだと、国民の多くが見透かしているのだ。国に財布の中味まで知られたら、どんな不利益を将来被らないとも限らない、と多くの人が考えている。

 

マイナンバー制度の導入は政府にとって長年の悲願だった。国民に番号を与えることは、長い間、国民を管理するための「国民総背番号制」として批判され続けてきた。今や、コンピューターやインターネットが普及し、様々な取引でID(認証番号)が使われるのが普通になっているので、国民の番号に対するアレルギーは時代とともに薄れた。マイナンバー制度の導入が実現したのもそうした国民の意識の変化がある。

だが、その番号がどう使われるかについては、国民はいまだ疑心暗鬼なのだ。

国からサービスを受けるためなら使うはずだが…

本来は国からサービスを受ける場合に必要な番号にすれば、そのサービスを受けたい国民は必ず番号を使う。そのために「便利」ならばカードを作るはずだ。米国では社会保障番号が生活に必要不可欠の番号として普及している。社会保障番号を他人に知られたらマズいということにはなっておらず、日々、使われている。

ところが日本の場合、そうしたサービスにマイナンバーはほとんど関連づけられていない。年金を受け取る場合にカードが必要となれば、まずは年金生活者には100%カードが行き渡るはずだ。健康保険証についても同じだ。確定申告など税務申告に当たっても納税者番号とは別にマイナンバーの記載とコピーの提出が求められるが、それがどう利用されるのか国民はなかなか分からない。

政府はようやく、マイナンバーカードを健康保険証として利用できるように変えるという。2021年3月からの実施を目指している。だが、世の中の健康保険証を全てマイナンバーカードに一体化するのではなく、健康保険証も今まで通り使えることになりそうだ。

しかも、「人には知られてはいけない」ということで、病院の窓口では職員が番号部分を見ないようにすることなどが議論されている。もともと金庫にしまってあるマイナンバーカードでは、誰も健康保険証代わりに使おうとは思わない。

マイナンバー一本化」は縦割り行政にとって不都合

一方で、総務省マイナンバーを銀行口座と「紐付け」ることを義務化する方針を打ち出した。マイナンバーを一つの口座に紐付けることで、災害時の給付金などが迅速に振り込まれるようにする、というのだ。

 

これも「便利さ」を前面に出しているが、日々資金の出入りがある口座をマイナンバーに紐付ければ、それこそ財布の出入りが国に把握されることになりかねない。総務相の方針を聞いて「衣の下によろいが見えた」と思った国民は少なくないだろう。

国からの給付を受ける口座をマイナンバーと紐付けるならば、非常時の話を持ち出すよりも、年金受給などの口座と一体化する方が、より国民に理解されそうだが、なぜか、霞が関はそういう動きにならない。

なぜか。答えは簡単で、縦割り行政だからだ。年金や健康保険を扱うのは厚生労働省で、マイナンバーは総務省。税金の「納税者番号」は財務省国税庁の管轄だ。番号をマイナンバーに一本化し、管理するというのは、自分たちの省庁の権益を総務省に渡すに等しい。つまり、自分たちだけが使う固有の番号を握ることで、仕事と権限を抱え込んでいるわけだ。

だから、「紐付け」るという議論は出ても、番号を一本化しようという話にはならない。それでは国民からみて便利な番号にはならず、カードも普及しない。

省庁再編だけは受け入れられない霞が関

かねてから、国民からの納税収入を扱う「国税庁」と、国民からの社会保険料を徴収する「厚生労働省の関連部局」を一体化して、「歳入庁」を設置すべきだ、という議論がある。国民からの「入り」を一本化し、社会保障サービスの「出」と一体管理すれば、行政は効率化する。だが、これには、財務省厚生労働省も反対だ。マイナンバーを一本化すれば、自ずから省庁を再編することになるが、それは何としても受け入れられないというのが霞が関の論理だ。

というのも、霞が関の省庁は、未だに役所別に人材採用を行っている。人事も基本的に省庁内だけで、人事権は一部の高級幹部を除いて各省庁が握っている。「省益あって国益なし」と言われて久しいが、マイナンバーが本気で利用されないのは、総務省だけが旗を振っているからに他ならない。

では、どうすれば、その霞が関の構造を打ち破れるか。横割りで政府のデジタル化を進める「司令塔」が必要だ。台湾では閣僚級の「デジタル担当政務委員」に天才プログラマーと言われるオードリー・タン(唐鳳)氏を抜擢し、政府のデジタル化に強力な権限を与えた。今回の新型コロナウイルス蔓延でも様々なデジタルツールを開発・普及させ、新型コロナの感染拡大を未然に防いだ。

日本の「電子政府」は名前倒れだ

日本政府もデジタル政府を掲げてはいる。2019年6月14日、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定した。その中で、これまでのIT戦略の歩みについてこう述べている。

 

「政府CIOがIT政策の統括者となり、府省庁の縦割りを打破して『横串』を通すことにより、政府情報システムの運用コストの削減やデータ利活用の促進など、着実な成果を積み重ねてきている」

成果が出ていると「自画自賛」しているのだ。だが、全世帯にマスクを配ることも、一律10万円を配ることも各省縦割りの対応で、猛烈に時間がかかっている。「電子政府」は名前倒れだ。

ちなみに政府CIO(最高情報責任者)の正式な日本語名称は「内閣情報通信政策監」。官僚トップである内閣官房副長官の半格下の高級ポストである。台湾のタン氏と同じ役割を日本の政府CIOも期待されている。

「5000円」で国民はマイナンバーカードに飛びつくのか

さすがに官僚では無理で、民間人から登用した。現在は大林組の元専務で、情報システム担当などを務めた三輪昭尚氏が就任している。だが、台湾のタン氏は現在39歳だが、三輪氏は68歳だ。また、政府CIOの下に、各省庁のCIO(情報化統括責任者)が置かれているが、これは役人として出世してきたそれぞれの省の幹部官僚が兼務している。ITに詳しいわけでもなく、パソコンをどれぐらい使いこなせるかも分からない。

結局は、政府内にITの専門知識を持った人たちがおらず、外部から任用された人たちも官僚組織の中では権限が与えられない。各省庁別の巨額のIT予算には「ITゼネコン」と呼ばれる企業が結びつき、横割りで統合することを難しくしている。「マイナンバーのシステムは一から作り直した方が早いかもしれない」と新興のシステム企業の創業者は言う。それほど、マイナンバーカードは問題山積なのだ。

総務省は9月から、マイナンバーカードを持っている人だけが還元を受けられる「マイナポイント」キャンペーンを始める。「最大25%還元」がうたい文句だが、上限は5000円だ。要は5000円を販促費にマイナンバーカード普及を目論んでいるのだ。果たして国民は、5000円分のポイント還元で、便利とは言えないマイナンバーカードに飛びつくのか。カネで釣れると思っているところにも、国民をなめている霞が関官僚たちの顔がちらつく。