「円の購買力」急落で、 エネルギーなど輸入物価高騰へ

CFO協会のWEBマガジン「CFO FORUM」に定期的に連載している『COMPASS』に3月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=21959/

 「円の実力、50年ぶり低さ 実質実効値 購買力落ち、家計に負担」ーー。2022年2月18日付け日本経済新聞朝刊3面に、こんな記事が掲載された。国際決済銀行(BIS)が1月17日に発表した実質実効為替レート(2010年=100)が67.55となり、1972年以来の低水準になったという内容だ。1972年末の円ドル為替レートは1ドル=301円66銭だから、事実上、変動相場制に変わって以降の最低水準にまで「円の購買力」が落ちていることになる。

 いや、為替レートはそんなに円安に動いていないのではないか、と感じられる読者も多いだろう。為替相場は1ドル=115円前後の水準で推移していて、それほど一気に円安にはなっていない。「円が弱くなっている」と聞いてもなかなか実感が湧いてこない。


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ウクライナ発の経済危機が「雇用調整助成金」頼みの日本企業を襲う 「麻薬」を打ち切る機会をまたも失う

現代ビジネスに3月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93708

「まん防」ようやく解除

新型コロナウイルス対策として東京や大阪など18都道府県に出されていた「蔓延防止等重点措置」が3月22日に全面解除された。新規感染確認者数は減少傾向とはいえ、まだまだ高水準だが、「重点措置」がどれだけ蔓延防止に役立ったのか疑問視する声もあり、政府は全面解除に踏み切らざるを得なくなった。経済社会活動をこれ以上止められないというのが本音だろう。

だが、これで経済活動が元に戻るのかというと心許ない。景気が急回復している米国に比べるとその差は歴然としている。

米国は2020年4−6月期にGDP国内総生産)が年率実質で31.4%減と大きく落ち込んだが、7−9月期に急回復。その後も2021年10−12月期まで6四半期連続でプラス成長が続いている。ところが日本は、2020年4−6月期に28.6%のマイナスで、7−9月期に急回復したものの、その後はプラス成長とマイナス成長を繰り返している。

GDPの実額の推移を見ると、米国は2020年10-12月期に新型コロナ前の水準に戻り、その後も成長を続けた結果、2021年10−12月期はコロナ前を10%以上上回る過去最高を更新している。一方の日本のGDPの実額は2021年10−12月期になっても、消費税率引き上げ前の2019年7−9月期を超えていない。日本経済は新型コロナ禍からの回復に大きく出遅れているのだ。

米国は「労働移動」

この差はどこから来ているのか。

最大の要因は「労働移動」にあるとみられる。米国の失業率は新型コロナ前の2020年2月が3.5%で史上最低水準だったが、3月の4.4%から4月には14.7%に跳ね上がった。大量の失業者が一気に発生し、失業保険申請は過去最多になった。米国政府は全国民への定額給付金の支給を決定、失業手当の大幅な増額も決めた。「失業者個人を救う」政策を徹底したのだ。

その後、米国の失業率は景気の回復と共に急速に低下していった。2020年10月には6%台、2021年5月には5%台となり、12月には3.9%まで低下した。ほぼ新型コロナ前の水準に戻ったわけだ。この間、米国経済は急速に回復し、2021年末のクリスマス商戦は未曾有の活況に沸いた。同時に急速に物価が上昇、金融当局は金融緩和の縮小に動き始めている。

この間、米国では「労働移動」が起きたとみていいだろう。多くの会社が経営破綻し、「チャプター11」を申請。再生に向けた解雇などが行われた。一方で、ポスト・コロナ社会に適合した新しい産業、例えばDX(デジタル・トランスフォーメーション)や、通信販売などの分野は失業した人材を一気に吸収していったと考えられる。

日本は企業が人材を抱え込む

ところが日本の場合、まったく違った展開になった。

新型コロナ前の2020年2月の失業率は2.4%。緊急事態宣言が発出され経済が凍りついた5月には2.9%に上昇したが、失業者が溢れる事態にはならなかった。

最も悪化したのは2020年10月の3.1%である。経済が凍りついた結果、飲食店や宿泊、小売りなどの中小企業を中心に経営破綻するところが出たが、米国と違って大手の企業はほとんど倒産せず、失業する人も増えなかった。逆に正規の雇用者数は増える結果になった。

これは間違いなく「政策」発動の結果だ。新型コロナの蔓延と共に政府は雇用調整助成金の支給条件や金額を緩和し、失業者を押さえ込んだ。

雇用調整助成金は原則として企業の申請に基づいて支給される。本来ならば解雇対象になる余剰人員を国が助成金を出して企業に抱え込ませる格好になるわけだ。2020年4月から2022年3月18日までに支給決定された助成金は総計5兆589億円。これだけ巨額の資金を注ぎ込んで、失業を封じ込めたのだ。

一見、正しい対策のように見えるが大きな副作用もある。企業が人材を抱え込んだため「労働移動」が起きていないのだ。経済成長期に作られた雇用調整助成金の制度は、通常の景気循環を繰り返しながら経済全体が成長していくことを前提にしている。不景気の時期に企業に余剰人材を抱え込ませても、いずれ景気が回復すれば、その人材の仕事が復活、結果的にクビにならずに済むわけだ。

ところが、今回の新型コロナは、経済や社会のあり方を根底から変えてしまった。業種業態によっては新型コロナが明けても元に戻らないところも少なくない。一方で、ポストコロナ社会を睨んだ新しい産業は好調を維持しているが、失業者が労働市場に排出されないので、人手不足に喘いでいる。これが成長を抑えている大きな要因になっているとみられるのだ。

選挙前、助成金を切れず

本来はこの3月末で特例が廃止される予定だった雇用調整助成金は、6月まで延長されることになった。従来型の企業は2年間にわたる助成金依存の結果、特例廃止による人件費の増加を自前で吸収できない状態になっている。

重点措置の解除をきっかけに一気に人出が戻り、従来型の事業環境に戻るならば何とか自立できるかもしれないが、なかなか元どおりの消費経済に戻りそうにない。勢い、雇用調整助成金が無くなればやっていけない、となり、そうした声を受けた政治家が延長に動いたわけだ。

もはや「麻薬」である。おそらく6月末の期限もさらに延長されるだろう。7月には参議院議員選挙が控えているから、その直前に打ち切れば、回復力の弱い企業は生き残りをかけて人員整理に向かう。

選挙前にそんな事態を招けば与党は大敗しかねない。政治に影響力がある旧来型産業の経営者から再延長を求める声が出てくるに違いない。

だが、こうした状況を続ければ、労働移動が起きず、新しい成長産業に人材が移っていくこともない。

さらにロシアによるウクライナ侵略戦争で、世界的なインフレが一段と深刻化し、日本企業は輸入原材料やエネルギー代金の高騰に直面している。新型コロナからの立ち直りに大きく出遅れていた日本経済にとっては、まさに泣きっ面に蜂の状態である。

 

「損得勘定」では、とうていロシアとは組めない中国の事情 中国をロシアの方へ追いやらないように

現代ビジネスに3月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93457

ロシアからの支援要請

ロシアのウクライナ侵攻で、西側諸国によるロシアへの経済制裁が本格化する中で、ロシアが中国に「経済的・軍事的」な支援を要請しているという報道が米国メディアから流れた。これに対して、中国外交部(外務省)の趙立竪報道官は、いつもながらの不機嫌極まりないといった表情で、全面否定。「米国側はウクライナ問題で悪意を持って中国を標的にした偽情報を立て続けに撒き散らしている」と述べた。

当初計画に比べてウクライナ侵攻が難航していると言われるロシアのプーチン大統領からすれば、数少ない友好国である中国に助力を求めたい気持ちは山々だろう。だが、中国からすれば、プーチン大統領が始めたあまりにも無謀な戦争に巻き込まれるのだけは御免被るといったところではないか。

ロシアを表面立って支援し西側世界を敵に回せば、ロシア同様、経済制裁の対象になりかねず、ポストコロナの世界で我が世の春を謳歌しつつあった中国経済が一気に失速しかねない。政権の安定には経済運営の失敗は許されないことを習近平指導部も重々承知している。「損得勘定」でみる限り、中国がロシアに付く可能性は低い。

趙報道官が言う「我々は和平交渉促進のために、建設的役割を果たし続けてきた」というのは建前にしても、「事態をさらにエスカレートさせるのではなく、外交的解決を後押しするべきだ」というのは本音に違いない。報道自体、米国の高官が発信源だとされるが、多分に米国の中国への牽制だろう。さらに踏み込んで、世界経済における中国の地位低下を仕掛けているのかもしれない。

中国の米欧日への深い依存

もはや中国には、米国やEU欧州連合)、日本などとの経済関係を断ち切ってまでロシアを助けるメリットはない。中国の2021年の年間貿易総額は6兆515億ドルと前の年から30%も増え、過去最高を記録した。輸出は3兆3640億ドル、輸入は2兆6875億ドルで、6765億ドルもの貿易黒字を稼いでいる。日本円にして80兆円である。

貿易相手国はASEANが14.5%、EUが13.7%、米国が12.5%、日本が6.1%で、圧倒的に民主主義国との自由貿易体制の恩恵を受けている。輸出を見れば、最大の相手国は米国で全体の17.1%を占めるほか、2番目はEUで15.4%に達する。米国やEUに輸出できなくなれば、大打撃なのだ。一方、ロシアとの貿易額は過去最高とはいえ6兆ドルのうちの1468億ドルに過ぎない。

だが、逆にロシアから見た場合、中国は重要な貿易相手国である。ロシアの貿易相手としてはEUが最大だが、これはロシア産ガスの輸出が中心。これを除くと中国が最大の相手国である。おそらくプーチン大統領は、ウクライナ侵攻で経済制裁を食らったとしても、4割以上をロシア産エネルギーに依存するEUは、禁輸などの強硬措置には踏み切れないと見越していたのだろう。実際に、ロシアからEUへのエネルギー輸出は経済制裁の対象外になっている。

そうなると中国さえ制裁に加わらなければロシア経済に深刻な打撃は受けないと考えても不思議ではない。つまり、ロシアから見れば、中国との貿易は「生命線」の一本なのだ。

安全保障にとって何が重要か

そう考えると、今の中国の対応の意味が見えてくる。米国との対抗上、ロシアとの関係は保ちたいが、かといってロシア側について貿易の実利を失うような馬鹿なこともしたくない。西側諸国を本気で怒らせない範囲でロシアとの経済的なつながりは保つが、目立った支援はしない。何しろ、主だった貿易相手国の米国やEU、日本との「商売」は続け、貿易で儲け続ける。それこそ国力を増し、世界を牛耳っていく道だと考えているに違いない。

日本にとっても、中国との関係を悪化させることは好ましくない。2020年に続いて、2021年も中国向けの年間輸出額が米国向け輸出額を大きく上回った。リーマンショックがあった2008年までは日本の輸出先は圧倒的に米国が大きかったが、リーマンショック後の中国経済の成長で、一気に存在感が高まり、輸出先として米国と拮抗するようになった。

新型コロナウイルスの蔓延は経済構造を大きく変えたが、ここでも経済の立ち直りが早かった中国の存在感がさらに一段高まる結果となった。今や日本の輸出企業にとって中国向けは無くてはならない存在になっている。さらに輸入と輸出を合わせた貿易総額を見ると、圧倒的に中国の存在感が米国を凌駕していることが分かる。

かつて、安倍晋三首相はG7サミットなどの会合に出るたび、ロシアを追い詰めて中国とロシアが関係を深めることについて、首脳たちに警鐘を鳴らしていたという。

ロシアのウクライナ侵攻で、ロシアと自由主義圏の国家が対峙することになった今、中国と敵対して、中国をロシア側に追いやるような事は何としても回避しなければならない。貿易関係を深め、経済の相互依存を高めることが、安全保障上も重要な意味を持つに違いない。

 

東京・大森で150年 老舗海苔問屋の挑戦

雑誌Wedge 2021年9月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/24147

 

 

 「久兵衛」や「東京 吉兆」といった高級寿司店・料亭が決まって「海苔」を仕入れる問屋が東京・大森にある。吉田商店。海苔問屋で修業した初代が独立して東海道沿いに店を開いた1872年(明治5年)から続く老舗で、来年で創業150年の節目を迎える。

 大森と言って海苔を思い浮かべる人は、今や少ないだろう。もともと海に面した豊かな漁場で、江戸時代から続く「海苔」の一大産地だった。東京湾の埋め立てによって、伝統的な海苔養殖は1962年(昭和37年)に幕を閉じ、大森は日本の高度経済成長を支えた工場の町へと姿を変えていった。

 だが、かつての名残りで、大森には多くの「海苔問屋」が存在する。

「今でも70社ほどあって、うち50社が組合に加盟しています。全国では400社ですので、1割以上が大森にあることになります」

 大森本場乾海苔問屋協同組合の理事長も務める吉田商店の古市尚久社長は言う。吉田商店の4代目である。

 海苔の産地ではなくなったにもかかわらず、大森が海苔問屋の中心地であり続けるのはなぜか。

「ひとえに目利き力だと思いますね」と古市社長。「海苔は同じ産地の同じ漁場のものでも、採った日が数日違うだけで品質がまったく変わる。それを職人技で見極めて買い付け、お客様にお届けしています」

 料理にこだわる高級店になればなるほど、脇役の食材である「海苔」の味や香りへのこだわりは強い。

 吉田商店の扱う海苔は他店とは一風変わっている。近年の高級海苔の産地といえば、「有明海産」が圧倒的に有名で、流通量も多いが、吉田商店は三重県の「伊勢湾産」にこだわっている。2代目から続くこだわりで、今は姿を消した大森産の海苔の味の系譜を継ぐものだったことから、吉田商店の扱う海苔はほとんどが伊勢湾産だ。

 海苔の業界で、品質の評価は「色艶第一」と言われる。贈答用の品として重用されてきたことと無縁ではない。江戸時代は将軍家などへの「献上品」だったし、明治以降もお中元やお歳暮の品と言えば「海苔」という時代がつい最近まで続いていた。味や香りも大事だが、見た目が黒々として美しい。それが高級海苔の第一条件だった。

 ところが、伊勢湾産は「ツラが悪い」と業界で言われてきた、という。「しかし、味と香りは抜群なのです」と古市社長。木曽川長良川など巨大河川が流れ込む伊勢湾の海苔は上流の豊かな森の恵みを、味と香りに封じ込めている。中でも河口にある桑名・伊曽島産は絶品だという。有明海の海苔が、色艶の良い優しい香りの海苔なのに対して、しっかりとした味わいの強めの香りを持つ。

 ただし、全国の海苔の流通量のうち三重県産は4%程度、中でも桑名産になると1%ほどしかない。その中で、吉田商店のお眼鏡にかなう伊曽島産などの高級品は0.1%。そんな希少な海苔だけを年に10回ほど買い付ける。「ものを見て買う」のは代々受け継がれる掟だ。大事なのは実際に焼いて食べてみること。買い付けは入札で行うが、納得したものはきちんと高値を入れて落札する。

 

良いものを仕入れて
焼き海苔に加工

 海苔は、海苔漁師が採取して板海苔状に整形乾燥したものを束ねて箱詰めしたものが流通する。箱には産地だけでなく採取した漁場や採取日、等級が書かれている。仕入れた問屋は自社の工場でそれを乾燥させ、焼いて最終製品である焼き海苔に加工、パッケージに入れて販売する。良いものを仕入れるのは当然として、それをどのくらいの温度で何秒焼くかによって、味や香りががらりと変わってくる。

 大森にある吉田商店の工場でも、焼き海苔のラインを持つ。「焼く温度やコンベアーの速度調整は、限られた社員しかできない、まさに職人技です」と古市社長。今は引退したベテラン工場長のアドバイスを受けて新工場長が責任を持つ。

 そんな吉田商品が毎年「特別限定品」として発売する商品がある。『花』という缶入り商品で、その年の最高品質の海苔だけを使う。納得する最高品質の海苔がどれくらい手に入ったかで発売量は変わり、今年は限定300本(八つ切り264枚、全型33枚分)。価格は1万800円(税込み)だ。1帖(全型10枚)あたりざっと3000円ということになる。一般的なスーパーなどで売られている海苔は1帖350円から400円ほどだから、価格もダントツだ。

「伊勢の海苔の格付けで最高のものに『重優上』というランクがあり、数年に一度、さらに上の『技+重優上』という等級のものが出ます。今年はこれを手に入れることができ、商品の『花』と『神楽』に使っています」

 老舗ならではの「看板商品」もある。緑色の缶に入った『碧(みどり)』(八つ切り176枚、全型22枚分。3780円)だ。1929年(昭和4年)に発売以来、同じデザインを使い続けているから、見た記憶のある人も少なくないに違いない。発売当初は大森産を使い、東京名産品として贈答用に大ヒットした商品だが、今は伊勢桑名産の極上海苔を使っている。発売から90年以上続く超ロングライフ商品だ。だが、老舗として伝統を守っているだけでは生き残れない。

 「世界に出せる商品を作りたい」。そう古市社長が考えていた時、気鋭の日本画家アラン・ウエスト画伯と出会う。「商品のための絵を」という依頼を快諾した画伯は大屏風を描く。それを缶に写して『花』を作った。金銀箔に彩られた四季折々の花々が咲き乱れる絵が描かれた缶は、海苔の缶とは思えない斬新さだ。それを渾身の最高級限定品にだけ使用しているのだ。

 伝統を守りながらも常に新しいものに挑戦していく。「悪あがきの連続です」と古市社長は笑う。

 新型コロナウイルスの蔓延で、百貨店が営業自粛を迫られるなど、高級贈答品も大きな影響を受けている。そこでも古市社長が言う「悪あがき」は続く。新型コロナの蔓延から1年余りの間に9つの新商品を出した。それを担ったのが「5代目候補」の長男、古市レオナ氏、29歳。別の会社を経て入社した直後に新型コロナが広がった。

 最高級の海苔を気軽に試せる『神楽』は全型6枚入りにすることで、1620円にまで価格を抑えた。「この後、10年食べられないかもしれない海苔なので、ぜひ多くの人に試していただきたい」とレオナ氏。『STAY HOME セット』と銘打った4種類の海苔のセットも売り出した。もみ海苔やおにぎり用海苔など使い勝手が違うものを組み合わせた。東京のビルのシルエットを配したケースも考案した。「若いので発想が違う。どんどん新しいものに挑戦してもらいたい」と古市社長は目を細める。同じことを続けていたのでは老舗ののれんは守れない。「目利き力」と新しいものに挑戦する「悪あがき」こそ吉田商店の「原点」ということだろう。

「ロシア経済制裁」で株価乱高下…先行きは「インフレと通貨価値」がカギ 侵攻前から海外勢は売り越していたが

現代ビジネスに3月12日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93308

ジオポリティカル・リスク

ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、米国株は乱高下し、それにつられるように日経平均株価も激しく上下動を繰り返している。西側諸国によるロシアへの強力な経済制裁もあり、世界経済全体への打撃も予想されるが、にもかかわらず株価は一方向の下落にはなっていない。いったいなぜなのか。今後の日経平均株価の行方はどうなるのか。

ロシアが侵攻を始めた2月24日の日経平均終値は2万5970円。前営業日の22日終値と比べて、取引時間中は670円あまり下げる場面もあったが、終値は478円安にとどまった。翌25日から逆に買われる展開となり、3月1日には2万6844円まで戻した。その後、西側諸国の経済政策や企業の事業撤退が表面化すると再び株価は売られ、3月9日には一時2万4681円の取引時間中の安値を付けた。

日本取引所グループが公表している投資部門別売買状況(週次)を見ると、2月21日から25日、28日から3月4日のいずれの週でも「海外投資家」が売り越し、「個人」が買い越す展開になっている。

実は、海外投資家の売り越しはウクライナ侵攻の前から続いてきた。月次の売買状況を見ると、岸田文雄政権が誕生した翌月の2021年11月から今年2月まで4カ月連続で、海外投資家の売り越しが続いている。4ヵ月間の売り越し額は1兆7200億円に達する。

岸田首相が打ち出した「新しい資本主義」が海外投資家に不評で、日本株離れが起きている。新しい資本主義の中身はいまだに見えないが、分配重視を掲げる一方で、金融所得課税の強化などに繰り返し言及されていることから、「反市場主義」の政策が出てくるのではないかとの危惧が海外投資家の間に広がっている。

そうした海外投資家の売りの「受け皿」になっているのが個人投資家だ。個人投資家は長年にわたって日本株を売り越してきたが、2021年の年間で10年ぶりに買い越した。バブル形成と崩壊を知らない若年層が「つみたてNISA」などで株式投資に興味を持ち、株式投資に新規参入していると見られる。株価が大きく下落したタイミングを「絶好の買い場」と捉えて買っている層も多く、日経平均株価が一方向の下げになっていない大きな要因と見られる。

原油価格と弱い円の相乗

今後の世界経済、そして日本経済に大きな打撃を与えるのは間違いなく「インフレ」だろう。ロシア産原油・ガスの輸入禁止を米国が早々に発動したこともあり、原油価格の大幅な上昇が続いている。2008年に付けた1バレル=140ドルを超すのは必至な情勢で、今後、エネルギー価格の上昇が世界経済を直撃することになりそう。

欧州ではすでに電気やガスの料金が急騰している。日本の場合、制度上タイムラグがあるが、今後、大幅に上昇していく事は間違いない。原油だけでなく、小麦などの国際市況も急騰している。

米国の消費者物価上昇率は2021年12月に前年比7.0%を記録。1990年の湾岸危機や2008年の原油高騰時を上回り、第2次石油危機以来およそ40年ぶりの歴史的な上昇となった。ウクライナ侵攻でさらに米国のインフレが加速することになりそうだ。

日本でも、2月の「企業物価」は9.3%上昇と、1980年以来の高い伸びになった。今後、企業は上昇した原材料価格の製品価格への転科を進めていくことになりそうで、日本でも消費者物価が大きく上昇することになるだろう。

さらに、日本経済にとって深刻なのは「弱い円」によってさらに輸入物価が上昇していく懸念が大きいことだ。実質実効為替レートが50年ぶりの弱さになっており、エネルギーや食料だけでなく、すべての輸入品の価格上昇に結びついていく可能性が高い。いわゆるスタグフレーション(景気後退時の物価高)が起きることになりそうだ。

日本は米国に比べて新型コロナの打撃からの回復が遅れており、今後の経済回復が望まれていたが、世界的なインフレが景気回復の足を引っ張ることになりそうだ。まさに「泣きっ面に蜂」の状況だ。

四半世紀インフレと無縁だった日本人は

そうした景気後退の中で、日経平均株価は下落を続けていくのだろうか。

焦点は「世界的なインフレ」と「通貨安」が株価にどう影響してくるか、だ。インフレを予測する投資家は、貴金属や不動産といった実物経済に資金をシフトし、「インフレヘッジ(インフレリスクの回避)」に動く。

2月23日に1オンス=1904ドルだった金価格は、3月8日に1オンス=2000ドルを突破、年初から2カ月あまりで12.5%も上昇している。これもインフレヘッジへの動きと見られる。

そんな中で、株式もインフレヘッジの対象とみなす投資家もいる。企業が保有する実物資産の価値が上がれば、その企業の全体の価値も上がり、株価が上昇するという考えからだ。もちろん、原油や穀物などに関係する企業の株が買われている面もある。

日本人は過去四半世紀にわたってインフレとは無縁の生活をしてきた。今後、日本を襲うであろう「インフレ」をどう読み、自らの資産を保全していくのか。海外投資家の日本株離れが今後も進むと見られる中で、インフレを知らない日本の個人投資家が今後、どう行動するかが日経平均株価の行方を決めることになりそうだ。

国民負担率10年連続上昇し過去最高、所得減と税負担増で47.9%に 「来年度は低下」とシラを切る財務省

現代ビジネスに3月5日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93047

財務省の見通し低設定疑惑

税金と社会保険料が国民の生活を圧迫している。国民の所得に占める税金や社会保険料などの負担の割合を示す「国民負担率」が大幅に上昇し続けていることが、財務省のデータから明らかになった。

同省の2月17日の発表によると、実績が確定した2020年度の国民負担率は47.9%と、2019年度の44.4%から急上昇、過去最高を大幅に更新した。

新型コロナウイルスの蔓延による経済不振から国民所得が減ったことが大きいが、消費税率の引き上げなどによって税金の負担額も増加。所得に占める負担割合が急増した。

国民負担率が上昇するのは2011年度から10年連続で、2011年の37.2%から10%ポイント以上も増加している。2度にわたる消費税率の引き上げや、所得税率の引き上げなどが国民生活を圧迫している様子が浮かび上がった。

財務省は2021年度の国民負担率の「実績見込み」について、48.0%と微増にとどまるとしているが、まったく当てにならない。

毎年、2月に発表する段階では、国の国民所得の見通しが過大だったり、財務省による税負担率の見込みが抑え目だったりして、翌年の発表時には毎回数字が跳ね上がっている。1年前の2021年2月26日に財務省が発表していた2020年度の「実績見込み」は46.1%だったが、今回発表された「実績」は47.9%と、それを大幅に上回った。

財務省が発表する「実績見込み」と「実績」の大幅なズレは過去10年以上にわたって続いており、「実績」が「実績見込み」通りだったことや、下回ったことは一度もない。

さらに酷いのが翌年度の「見通し」だ。今回発表した2022年度の「見通し」は46.5%となっており、国民負担率が低下するとしている。ほぼ毎回、発表時の「見通し」では低下すると発表しているが、10年以上にわたって一度も当たったことはない。財務省は国会答弁で、政府の経済見通しなどを機械的に当てはめているだけで、意図的に低い数字を公表しているわけではない、としている。

だが、消費税率の引き上げなどを目指している財務省にとって、国民の負担が急増しているというのは「不都合な真実」でもあり、意図的に負担率の「見通し」を低く設定しているのではないかという疑念は消えない。

鵜呑みメディアこそが問題

問題は、その財務省の「予想」をそのまま鵜呑みにして記事にしている大手メディアだ。過去の新聞記事を検索すれば、「国民負担率、◯年ぶりに低下へ」という記事が次々と出てくる。毎回、1年後には「誤報」になってきたわけだが、誰も1年前の記事を覚えていないので、懲りずにまた「低下へ」と財務省の見通しに乗った記事を書くことになる。

今年も2月18日付けの日本経済新聞は「国民負担率22年度46.5%、所得拡大で7年ぶり低下」という記事を掲載していた。過去最高の47.9%になったという実績よりも、財務省のいい加減な「見通し」を見出しに取ったわけだ。これは今に始まったことではないが、負担が増えた国民よりも、少しでも低く見せたい財務省の意向に沿った記事を、財務省詰めの記者は無意識に(あるいは意識的に忖度して)書いているわけだ。

さすがにNHKでは今回は「異変」が起きた。「予想」ではなく、「実績見込み」を使って記事にしたのだ。「今年度の『国民負担率』48%、前年度上回り過去最大の見込み」という見出しで報じた。

「これまでで最大となる見込み」と連続で最高になることを報じているが、「前の年度をわずかに上回って」48%であるとしている。前述の通り、48%という「実績見込み」は来年になると大きく外れている可能性が高いので、「わずかに上回って」という表現は「誤報」になってしまうことになりそうだ。

狙いは増税反対論封じか

政策のあり方については10年ほど前から、EBPM(Evidence based Policy Making=証拠に基づく政策決定)が重要だと政府会議でも言われ続けている。

ところが、政策決定の前提になるエビデンスが日本政府の場合、極めて根拠薄弱なケースが少なくない。統計不正も相次いで発覚している。霞が関の官僚たちは、進めたい政策に都合の良いデータを取り上げたり、時には「作ったり」する傾向がある。自分の役所に都合の良い統計数字をクローズアップし、政策誘導するわけだ。

国民負担率が10年連続で上昇し、大幅に過去最高になっていても、「来年度は下がる」と言い続けるのは、増税などへの反対論を封じる狙いがあるのは明らかだ。

48%という国民負担率は極めて高い水準だ。財務省記者クラブで世界各国の国民負担率を比較したグラフを配り、「他の国に比べれば日本はまだ低い」という説明を繰り返している。これも、増税に向けた戦略と言えるだろう。

だが、すでに日本の47.9%という国民負担率は、米国の32.4%(2019年)を大きく上回り、遂に英国(46.5%)も上回った。このペースでいけば、「高福祉高負担」の代表とも言えるスウェーデンの56.5%やドイツの54.9%も視野に入る。こうした欧州の国々は税金が高い一方で、老後保証などが充実し、将来の生活不安が低いことで知られる。日本は、とても「高福祉」とは言えない状況にもかかわらず、明らかに「高負担」へと突き進んでいる。

国民負担率が50%近くになっている中で、財務省は、さらに消費税率の引き上げが可能だと真顔で考えているのだろうか。岸田文雄首相は「分配」の見直しを強調するが、国民の生活が圧迫されているのは、税と社会保障負担、つまり「政府部門」への「分配」が過度になっているためではないのか。企業が3%賃上げしても、税負担が増えれば、国民の生活は一向に楽にならない。

市場軽視!岸田首相の「新しい資本主義」で「日本売り」が本格化 「四半期開示見直し」がもたらす失望

現代ビジネスに2月24日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92735

また岸田ショック

岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」が、市場の「日本売り」を誘発している。

岸田首相の発言が総論に終始し、実行に移そうとしている「新しい」政策の全体像が見えないため、首相が断片的に語る政策に株式市場は反応している。岸田首相は国会答弁で「投資家の誤解を解く」とも語っているが、海外投資家の疑心暗鬼は募るばかり。潮が引いて行くように日本から資本が逃避しつつある。

岸田氏が首相に就任した2021年10月4日の日経平均株価終値は、2万9794円37銭。これを100とした指数は2月22日終値で93.0。それほど下がっていないように見えるかもしれない。ところが、日経平均株価を金の1グラム当たり小売価格で割った数値、いわば金建ての日経平均株価を同様に比較すると、100だったものが83.3まで下落している。

最近、日本円の実質実効為替レートが50年ぶりの低水準だと報じられて話題になったが、円の価値が下がることで、見た目以上に日経平均株価の価値は下落していると言えるのだ。日本円で取引している日本人が気がつかないところで、岸田首相就任後の日本株は大幅に下落していると言っていい。

就任後、何度か、首相の発言がきっかけで株価が下がり、「岸田ショック」と言われた。就任前の総裁選で掲げた政策集に「金融所得課税の見直しなど『1億円の壁』の打破」と明記されていたが、首相就任後は「先送り」する姿勢を見せた。

1億円の壁とは、富裕層の税負担率が所得1億円をピークに低下している事を指し、その原因が一律20%に止まっている金融所得課税にあるとされている。その課税強化には自民党支持層からも反対の声が根強い。

ところが岸田首相は、国会質疑で「新しい資本主義」を問われると、「利益が株主だけに分配されるのは問題」だと繰り返すため、市場関係者の間では「岸田首相は課税強化を諦めていない」という見方が浮上。その度に株価が下げる展開になった。

四半期開示義務の是非

そんな中、またしても、岸田ショックを引き起こしかねない火種が出てきた。

上場企業に義務付けられている「四半期開示の見直し」だ。岸田首相の昨年10月の所信表明演説、今年1月の施政方針演説にいずれも盛り込まれていたもので、2月18日に開かれた金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループで議論が始まった。

四半期決算の開示については、経営を短期志向にしているとの批判があり、経済界の一部からは開示義務を撤廃すべきだとの主張がかねてからあった。

安倍晋三内閣時の2016年に始まった「未来投資戦略」でも、四半期の義務的開示の是非をするよう明記されたが、金融審議会は2018年に「現時点において四半期開示制度を見直すことは行わない」とする報告書を出した。つまり、決着していた問題を岸田首相が再び持ち出してきたわけである。

2月18日の会合では、事務局からの経緯説明に続いて、法政大学の中野貴之教授から、四半期決算を巡る実証研究の様々な結果について報告があった。委員からは四半期決算が短期思考を助長しているとは言えないとする発言が出て、廃止に賛成意見を述べる委員はほとんどいなかったと報じられている。

グローバルルールに背を向けるのか

確かに、経済界の一部には四半期開示を「義務」ではなく企業の判断に任せるべきだという意見もある。では、義務でなくなったとして、開示を止める企業が相次ぐのかというとそうではない。海外投資家への情報開示を重視する企業は四半期決算を止めるという判断はまずできない。

もちろん、海外の投資家は関係なく、国内投資家だけを相手にするという企業の中には、非開示を選ぶところもあるかもしれない。

しかし、東京証券取引所が行っている市場区分の見直しで、ほとんどの東証1部企業は国際市場である「プライム市場」を希望し、最初から「スタンダード市場でいい」という企業は少なかった。プライム市場から外れれば、インデックスから外れ、投資信託などの買い対象から除外されかねない事を、大半の上場企業は警戒したわけだ。

仮に四半期決算を止めるという選択を企業がした場合、海外投資家に株を買ってもらえなくなる可能性が出てくる。

ワーキング・グループでも廃止に賛成する委員はほとんどいないことから、開示が無くなることはないだろう。仮に選択制になっても、今と実態は変わらないに違いない。

だが、そういった議論が行われることだけで、岸田首相が言う「新しい資本主義」は、グローバルな資本主義のルールに背を向けようとしているのではないか、と言う疑念を生む。

新しい資本主義は結局、社会主義的な反資本主義だ、というメッセージを海外投資家に送ることになれば、そうでなくても退潮傾向にある日本株投資家ら海外投資家が手をひくきっかけになりかねない。