ゴールデンウィークのど真ん中、5月4日に現代ビジネスにアップされた原稿です。休日にこんな硬い記事を流しても誰も読んではくれないかも、とは考えましたが、非常の重要な論点を含んだ話ですし、社長人事選からむので、書きました。年金やガバナンスに関心のある方は必読です。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48592
資産運用は誰のためか
年金資金などを運用する資産運用会社は、いったい誰を向いて経営すべきなのか。それが問われる事態に業界大手の三井住友アセットマネジメント(SMAM)が直面している。
同社は2015年8月にいち早く「フィデューシャリー・デューティー(FD)宣言」を出し、アクションプランの進捗状況を半年ごとに公表してきた。FDとは「受託者責任」と訳される概念で、資産運用を受託した者が、もともとの資産保有者、つまり資産運用を委託した者に対して負う責任を言う。
簡単に言えば、資産を預けた人の利益を最大化することが資産運用会社の責任で、その利益に反するような行動を取ってはいけない、ということである。
欧米では歴史的に定着した概念だが、日本で注目されるようになったのは最近のこと。2014年夏に金融庁が出した「平成26事務年度金融モニタリング基本方針」の中で新たに導入された。そこには、こう書かれていた。
「家計や年金、機関投資家が運用する多額の資産が、それぞれの資金の性格や資産保有者のニーズに即して適切に運用されることが重要である。このため、商品開発、販売、運用、資産管理それぞれに携わる金融機関がその役割・責任(フィデューシャリー・デューティー)を実際に果たすことが求められる」
そのうえで、FDを「他者の信認を得て、一定の任務を遂行すべき者が負っている幅広い様々な役割・責任の総称」としていた。日本の資産運用会社も、真剣にFDを考える必要に迫られたのである。
そんな中で、中堅ではHCアセットマネジメント(森本紀行社長)などがFDに先進的に取り組んでいるが、大手ではSMAMが業界をリードしていた。
牽引してきた社長が…
SMAMが出した宣言では「わたしたちは運用責任を全うします」というキャッチフレーズを掲げ、「お客さまの立場に立った施策を実行」するとした。その具体的な施策を35項目列挙してホームページ(http://www.smam-jp.com/company/fiduciary/index.html#fiduciary)などに記載している。
運用会社がお客の利益を最大化するのは当たり前ではないか、と思われるかもしれない。だが、現実には日本の資産運用会社では常に「利益相反」問題とぶち当たっている。
大手の資産運用会社の場合、SMAMも含めて金融機関の子会社がほとんどで、ともすると運用委託者の利益よりも、親会社の利益が優先されてきた。
かつて大手証券会社の子会社だった資産運用会社が、保有している顧客の株式資産をすべて売買して一回転させ、親会社に多額の手数料を落として決算を支えたことがあった。さすがに最近ではそこまで露骨なことはできないが、資産運用子会社で活発な売買をすれば親会社の利益につながる構図は変わっていない。
また、資産運用会社が設定した投資信託は、親会社が販売するケースが多い。自らのグループ会社の商品を売れば自分たちの利益になるわけで、その商品が本当に顧客のためになっているのかが後回しにされかねない。そんな根源的な問題をはらんでいるのだ。
欧米では、資産運用会社が親会社からの独立性を保っているのが一般的。また、親会社の金融機関も、グループの資産運用会社の商品を顧客に奨めず、他の運用会社の商品と並べて顧客に選択させるケースが多い。FDを突き詰めて顧客の利益を第一に考えた結果だ。
さて、SMAMでFDのあり方が問われる事態に直面している、というのはどういうことか。
同社でFD改革の先頭に立ってきたのは横山邦男社長兼CEO(最高経営責任者)だった。「SMAMがFDで業界をリードしている背景には横山社長の強力なリーダーシップがある」と業界関係者は言う。
ところが、横山氏に日本郵政グループの日本郵便の新社長として白羽の矢が立ったのである。正式発表はまだだが、横山氏がSMAMから抜ければ、これまで進めてきたFD改革が頓挫することになりかねない。
誰を横山社長の後任に選ぶのか
さらに焦点になるのは、横山氏の後任人事だ。実は、SMAMはアクションプランの中に盛り込んだ「FD第三者委員会」を昨年10月に立ち上げ、外部有識者に改革提言をさせている。4月19日に開かれた三回目の会合では、「株主会社との利益相反関係」が議論のテーマになった。
SMAMの株主は、三井住友銀行が40%、住友生命保険が27.5%、三井住友海上火災保険が27.55%、三井生命保険が5%となっている。
第三者委員会ではこんな提言が飛び出した。
「利益相反防止の成否は、経営陣の選定や経営判断において、いかに株主会社からの独立性を保つ仕組みを作れるかに大きく依存しており、社外役員を含め取締役及び CEO の株主会社からの独立性の確保などが望まれる。株主会社からの役員派遣枠の適否につき、委員から疑義が投げかけられた」
つまり、三井住友銀行などから取締役やCEOを送り込むのは好ましくないとされたのだ。この段階では横山氏が日本郵便に転出するという報道はされていないので、あくまで一般論としての提言だったのだろう。だが、SMAM経営陣や三井住友グループは大きな「宿題」を抱え込むことになった。
これまでの日本の金融機関の「常識」ならば、株式の40%を握る三井住友銀行やそのグループから社長を派遣するのは当たり前。横山氏も三井住友の出身だった。ところが、外部の有識者はFDを本気で考える姿勢を明確にするのならば、株主会社からトップを送り込むのは望ましくないとしたのである。
さて、FDの先進企業を自任してきたSMAMはどんな判断をし、誰を横山氏の後任に選ぶのか。業界関係者の大きな関心事になっている。