「ANAショック」で景況感が一気に悪化

CFOフォーラムに連載している『COMPASS』11月16日に掲載されました。オリジナルページ→

http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=16840/

 

 全日本空輸ANA)が今年の冬の一時金(ボーナス)をゼロにすることを労働組合に提案した。すでに夏の一時金も1カ月分に減額しており、これで年収ベースで平均3割減額になるとしている。また、さらに基本給の減額や希望退職の募集にも踏み切るという。

 新型コロナウイルスの蔓延に伴う人の移動の激減で、今年上半期(4~9月期)の旅客数はグループ全体で、前年同期と比べて国内線で79.8%減、国際線で96.3%減に陥った。上半期の最終赤字だけでも1,884億円を計上。2021年3月期通期では現段階で5,100億円の最終赤字に陥る見通しだ。


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生き残りをかけた「超業界再編」で加速する「敵対的TOB」

フォーサイトに11月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47508

定食チェーンの「大戸屋ホールディングス」を巡る経営権争いが決着した。株式公開買い付け(TOB)を仕掛けて、株式保有比率を47%まで高めていた外食チェーン大手の「コロワイド」が、11月4日に開いた大戸屋の臨時株主総会で経営陣の入れ替えに成功、経営権を奪取したのである。総会では、コロワイドの会長である蔵人金男氏の長男・賢樹氏ら7人が選任され、賢樹氏が社長に就任。これまで経営を担ってきた窪田健一社長らは解任された。

 

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「国の借金」急増――新型コロナ対策の財政支出増加が止まらない  バラマキ続ければ「破綻」が現実に

現代ビジネスに11月12日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77278

巨額のコロナ経済対策が

「国の借金」が急増している。

財務省が11月10日に発表した2020年9月末の「国債及び借入金並びに政府保証債務の現在高」は、1189兆9160億円と、前年同月末比で7.7%増えた。

2013年以降、前年同月比の増加率は4%を超えたことがなく、2017年12月以降は0.9%増から1.8%増の間で推移していた。それが、新型コロナ対策で定額給付金や持続化給付金の支給に踏み切ったことから、3月末の1.0%増から6月末には4.8%増に跳ね上がっていた。

その後も「GoToキャンペーン」や家賃補償、企業への融資などの支給を2回にわたる補正予算で手当て、これを賄うために「借金」が急増した。

9月末の内国債の現在高は1004兆8140億円と初めて1000兆円の大台に乗せた。今年3月末に比べて17兆2254億円増、率にすると1.7%増にとどまっているが、緊急の資金繰りなどのために発行する「政府短期証券」の残高が135兆2087億円と、3月末の74兆4188億円に比べて82%も急増した。

国の借金はジワジワと増加が続き、過去最多を更新し続けてきたが、安倍晋三内閣では歴代内閣に比べて増加率が大きく鈍化していた。安倍政権下で予算規模は膨らませてきたが、アベノミクスなどによる景気好転で税収がバブル期を上回るなど、国債発行を抑制できたためだ。

ところが2020年度に入ると新型コロナで状況が一変。巨額の政府支出による経済対策が相次いで打ち出された。

税収も減少必至

一方で、税収は大きく落ち込む見通し。2018年度に税収は60兆3563億円を記録したが、2019年度は法人税が減ったことから58兆4415億円となった。

2020年度は企業業績の大幅な悪化で法人税収が減るのは確実な状勢だ。

2019年10月の消費税率引き上げもあって2019年度に18兆3526億円まで増えた消費税は、2020年度も半年分の増税効果があるとはいえ、消費の落ち込みで頭打ちになりそうだ。

かといって新型コロナで景気が悪化している中で緊縮財政に転じることはできない。菅義偉首相は3次補正予算の作成を指示しており、さらに財政支出が膨らむ見通し。当面、借金の増加は収まらない。

財務省は2次補正予算をベースとした見込みとして、2021年3月末に「国の借金」が1355兆円になるとしている。今年3月末は1114兆円なので22%も増えることになり、この試算はあまりにも過大だが、10%近い増加になることは十分に考えられる。

いずれ国民の負担に

国の借金はいずれ増税の形で国民負担になる。

もっとも、「国民負担率」は2018年度で過去最高の44.1%に達している。「国民負担率」は税負担と社会保障負担の合計が国民所得の何%に達しているかをみるもので、2010年の37.2%から8年連続で上昇している。

2019年10月には消費税率が引き上げられており、財務省の控えめの見込みでも、2020年度には44.6%に達する。新型コロナによる経済への打撃で国民所得が減れば、国民負担率は一気に上昇することになりかねない。

そうした中で、さらに増税することは困難だ。新型コロナの蔓延が終息し、経済が回復するまで「国の借金」は増え続けることが避けられない見込みだ。

もっとも世界の主要国も大幅な財政支出の増加で借金を増やしており、現段階では日本の「大借金」だけが市場の焦点になることは避けられている。

経済を回復させられるか

問題は新型コロナ後に主要国の経済がV字回復する中で、日本経済だけが取り残されないかどうか。

国の資金で救済した企業が、ポストコロナの社会できちんと成長して利益を上げ、それが税収増につながれば、国の借金の増加を止め、財政再建に踏み出せる。逆に、新型コロナ前から構造的に苦しかった企業にまで救済資金をつぎ込み、ポストコロナ社会でも生き残ることができなかったとすると、国の投じた財政支出は回収できないことになる。

つまり、いかに将来「復活できる」企業に絞り込んで財政でテコ入れするかが重要になるわけだ。

ここまでのところ、ひとり一律10万円の定額給付金や、中小企業・個人事業主に100万円から200万円を支給する持続化給付金によって、経済の底割れは防いできた。政府系金融機関などの融資拡大もあり、現状では企業は手元資金を厚くするなど持ちこたえている。

もっとも、今後、業績が大幅に悪化するのは避けられず、そうした手元資金を徐々に使い果たしていくことになるだろう。そうなると、再び政府に救済資金の支出を求める声が強まるに違いない。

さらに、新型コロナによる経済危機に加えて、日本は今後、深刻な人口減少にも直面する。旧来の政策の延長線上では、消費が右肩上がりに増えていく期待はもてない。コロナ禍を乗り越えることだけを考えて救済策を取るのではなく、コロナ後の社会を見据え、新時代に求められる企業を育てていく視点が必要だろう。

ここを耐え忍べばコロナ前の社会に戻ると思っていると、一気に積み上がった「国の借金」を減らすことはできず、日本経済は断末魔を迎えることになってしまう。

「自由都市」香港が世界最大の時計市場から陥落?

時計雑誌クロノスに連載されている『時計経済観測所』です。9月号(8月1日発売)に掲載されました。WEB版のWeb Chronosにもアップされています。是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.webchronos.net/features/50967/

 

 新型コロナウイルスの蔓延に伴うロックダウン(都市封鎖)や移動自粛の影響で、世界の高級時計市場が大打撃を被っている。

 スイス時計協会(FH)が毎月発表しているスイス時計の輸出統計によると、全世界向け輸出額は、1月の前年同月比9.4%増から2月には一転9.2%減になって以降、3月21.9%減、4月81.3%減、5月67.9%減と、未曾有のマイナスを記録している。1月から5月までの累計では、30カ国・地域のうち28カ国・地域でマイナスを記録、合計で35.8%減となった。

売店の営業自粛

 高級時計の需要を支えている旅行者が激減していることもあるが、都市封鎖によって小売店が営業自粛に追い込まれたことが大きく響いた。

 スイス時計最大手の時計製造グループ、スウォッチ グループが発表した2020年上期(1-6月期)の決算は、売上高が21億9700万スイスフラン(約2500億円)と46.1%も減少。最終損益は3億800万スイスフラン(約350億円)の赤字と、半期決算で初めて赤字になった。最悪期には世界の直営店・提携販売店の80%が営業できなくなったとしている。

 同社は下期の急回復を見込み、通期では黒字を維持するとしているが、新型コロナの蔓延は収まる気配を見せておらず、時計販売の先行きに影を落としている。

 新型コロナの影響は世界全体に及んでいるが、世界の高級時計市場の地図を塗り替える激変となっている。

各国の立ち位置の変化

 中でも象徴的なのが、世界最大の時計市場として長年頂点に君臨してきた「香港」の凋落だ。

 スイス時計の輸出額を見ると、2019年の年間における香港向けは26億5930万スイスフラン(約3040億円)であった。香港での「逃亡犯条例」改正案を巡る民主派の反対デモの影響で、2019年は観光客が激減。時計市場をも揺さぶった。2位の米国が8.6%増、3位の中国本土が16. 1%増、4位の日本が19.9%増と、大きく増加する中で、トップの香港向けは11.4%減となった。それでも辛うじて首位を保ったが、2位の米国向けは24億910万スイスフランと追い上げていた。

 そこに新型コロナの蔓延が加わった。当初は中国・武漢で発生したこともあり、中国の都市封鎖などが先行。香港も厳戒態勢となった。この結果、1月単月では米国に抜かれて香港は2位に転落、中国本土にも追い上げられた。

 さらに、そこに中国による「国家安全法」に向けた動きが一気に加速したことで、香港向け時計輸出はピタリと止まる状態に陥った。これまでは「一国二制度」の下、中国経済圏でありながら、欧米型のルールが通用するという特殊な立ち位置が香港を「自由都市」として発展させてきた。

 通貨の香港ドルは米ドルに「ペッグ」して連動するため、香港の事業者は大きな為替リスクを負わずに欧米諸国と取引ができた。その特異な立ち位置が大きく変化する可能性が出てきたのだ。

 1月から5月のスイス時計の輸出合計額では、香港向けは52.5%減って、米国、中国本土に次ぐ3位に転落。国家安全法が施行された6月末以降の状況次第では、さらに大きくランクを下げる可能性も出てきた。

世界の時計市場動向

 もっとも、米国がすんなり世界最大の時計市場に躍り出るかどうかは微妙だ。米国は経済再開を急いだ結果、新型コロナの蔓延が再拡大。死者が累計で14万人を突破するなど、世界最悪のダメージを受けている。5月単月のスイス時計輸出額を見ると、米国向けは79.2%減と主要輸出先で最も減少率が大きくなった。一方で、中国は感染拡大を封じ込めたとされ、経済再開が進んでいる。

 この結果、5月は全市場がマイナスになる中とはいえ、中国がトップ、2位が香港、3位がドイツとなり、米国向けは4位に転落した。2020年はどこが世界最大の時計市場になるのか、読み切れない混沌とした情勢になっている。

 新型コロナの蔓延が長引き、国境を越えて移動する旅行者が激減した状況が続けば、時計市場は壊滅的な影響を被ることになりかねない。経済再開を急いで人の動きが増えれば感染拡大が起きるというジレンマに直面している。人々の生活が一変したことで消費スタイルにも大きな変化が起き、高級品への需要が落ち込む可能性も考えられる。もちろん、世界経済が収縮して景気が悪化すれば、世界の高級品消費自体が減少することになりかねない。

三菱重工、旅客機開発凍結が物語る日本製造業の「ゲンバ」崩壊 日本人技術者の力、見る影もなし

現代ビジネスに11月6日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77062

1兆円つぎ込んで型式証明も取れず

三菱重工業は10月30日、ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発を、事実上凍結したことを正式発表した。

新型コロナウイルスの蔓延による航空業界の事業縮小が引き金になったとはいえ、航空会社への納入が6度にわたって延期されるなど、技術力そのものに疑問符が付いていた。

2016年には大型客船事業からも撤退していたが、これも納入遅れによる巨額損失が引き金。外国人技術者に依存せざるを得なくなった日本の製造業の「ゲンバ(現場)」の崩壊を象徴している。

三菱スペースジェットは日本製の小型旅客機として計画された。2008年には全日空からの受注を受け、子会社「三菱航空機」を設立して開発・製造を進めてきた。2013年に初号機が納入される予定だったが遅れに遅れ、2015年11月にようやく初飛行にたどり着いた。

ところが、国が機体の安全性を証明する「型式証明」はいまだに取得できていない。2020年3月期には減損損失などで2600億円強の費用を計上。すでに1兆円の資金が投じられ、経済産業省も支援の一環として500億円の国費を投じた。

今後も型式証明の取得に必要な作業などは続けるとしているが、飛行試験などは中断する。これまで「2021年度以降」としていた納期もメドが立たなくなった。事業化自体が幻に終わる可能性すら語られている。

日本人の力だけではもはや無理だったが

いつまで経っても「型式証明」が取れず、事業化が遅れた最大の理由は「現場力の低下」だと指摘する声は大きい。

2016年にはそれまでの方針を転換、航空機開発の経歴を持つ外国人エンジニアの採用に踏み切り、300人以上の外国人が開発に携わってきた。ところが、各所で外国人技術者と日本人プロパー社員が対立、開発が遅れる大きな要因になったとされる。

2020年の年明けまでは「外国人技術者との融合」などを掲げていたが、新型コロナの影響が広がった6月には、最高開発責任者だったアレックス・ベラミー氏の退任や外国人技術者の100人規模への縮小を決定。7月1日付けで川口泰彦がチーフ・エンジニアに就いた。この段階で、早期の事業化を断念したとみていい。

ベラミー氏は英国のBAEシステムズから、小型機を製造するカナダのボンバルディアに移り、三菱航空機に入社する前の5年間はボンバルディアの小型旅客機「Cシリーズ」の開発メンバーとして計7機の飛行試験機に携わり、「型式証明」の取得などを担当、航空機開発のエキスパートだった。

日本人プロパー社員技術者には、自社の技術力は高い、という自負がある。外国人に頼らなくても飛行機は作れるという思いが現場での摩擦を生んだ。

外国人エキスパートと日本人プロパーの「仕事の仕方」の違いも大きかった。開発現場に権限移譲が進まず、仕様などを変更する際にはいちいち本社の幹部や役員に稟議を回すため、時間がかかった。典型的な日本企業である三菱重工のプロパー社員にとっては「当たり前」の手続きだったが、即断即決に慣れていた外国人技術者を苛立たせた。

外国人技術者は日本人プロパー社員よりも高給で迎え入れられたことも、日本人プロパーの不満の根源だったという。日本人技術者だけでは航空機開発は難しいという判断で外国人技術者を大量に入れたはずだったが、現場は最後まで「型式証明の取得ぐらいなら日本人だけで十分」と、日本の技術力の高さを信じた。

燃える豪華客船の裏に

似たような事はすでに撤退した大型客船の事業でも起きていた。

2016年1月、三菱重工長崎造船所で建造中の豪華客船で3度の火災が起きた。資材を入れた段ボールや断熱材が燃えたり、火の気のない場所で出火するなどいずれも不審火だった。

この豪華客船を三菱重工は2隻1000億円で受注したが、建造途中で設計や資材の変更、つくり直しが相次ぎ、納期が1年以上も遅れていた。

長崎造船所の現場では当時、多くの外国人が働いていた。韓国、フィリピン、ベトナムといった途上国だけでなく、ドイツやイタリア、スウェーデンといった国々からも技術者が来ていた。各国の規制などに対応できる技術を持った人材が日本国内にはいない、という問題があった。

その長崎造船所でも外国人技術者と日本人プロパーの対立が続いた。プライドの高い日本人社員は外国人技術者を下に見ていた、という。一方で、問題が起きると社内調整に時間がかかり、外国人技術者を呆れさせた。

そうした現場の憤懣が火災の原因だったかどうかは分からない。だが、三菱重工は1000億円で受注した2隻の大型客船建造で2500億円を超す損失を出し、大型客船事業からの撤退を余儀なくされた。

この20年に大幅劣化、「ゲンバ」力

船も作れず、飛行機も飛ばせない三菱重工の問題は、同社固有の問題ではない。日本の製造業の「現場」が崩壊しつつあるのだ。

1999年にカルロス・ゴーン日産自動車の再建にやってきた時、ゴーンは日産や系列会社の「ゲンバ」のレベルの高さに刮目した。経営者や中間管理職の仕事の仕方を刷新すれば、現場力で必ず復活すると確信したと当時語っていた。実際、日産はゴーンの改革でいったんは復活した。

多くの日本人は、日本企業がダメなのは、経営力が弱いためで、現場の技術力は世界屈指だ、と信じていた。いや、今も信じているに違いない。

だが、20年経って、多くの製造業の現場は、外国人なしには回らなくなっている。大企業から中小企業まで、工場に行ってみれば、働く人の大半が外国人といったところも少なくない。

ひとつは「技能実習生」に現場を任せてきたことが大きい。技能実習生は海外支援の一環として技術移転するというのが建前だが、実際にはコストを下げるための「安価な労働力」として使われてきた。

いつの間にか日本の工場は、彼らがいなければ回らないだけでなく、技術を受け継ぐ日本人技術者も育たなくなっている。日本の「ゲンバ」はこの20年で大きく劣化したのだ。それが、「限界」になって現れてきたのが、技術を誇った三菱重工の挫折ではないのか。

日本の技術力は世界屈指だというのは、もはや「幻想」になりつつあるのかもしれない。だとすれば、世界標準のモノづくりを支える日本人技術者を育てる仕組みを真剣に考えなければ、日本の製造業の凋落は止まらない。

新たな価値を生む「第二の人生」 アジアに学校300校建設

雑誌Wedge8月号に連載中の『Value Maker』が掲載されました。ぜひご一読ください。

 

Wedge (ウェッジ) 2020年 8月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 8月号 [雑誌]

 

 

「第二の人生は、本当に世の中のためになる事をしたいと決めていました」
 谷川洋さんは元商社マン。丸紅の業務推進部長を務め、海外支店長に出るはずだった50歳過ぎの時に、奥さんにガンが見つかった。谷川さんは海外赴任の話を断り、奥さんの看病を第一にした。出世コースは諦めたわけだ。
 奥さんは4年半の闘病の後、亡くなった。60歳の定年まであと数年に迫っていた。「60歳になったら会社をすっぱり辞めて人生を完全に切り替える」。そう谷川さんは決意したという。

 

60歳での転機


 そんなある日、日本財団に勤めていた先輩から、ベトナムなどアジアで学校を作るためのNPOをやってくれる人を探してくれないか、と相談される。
 「目の前にいるじゃありませんか」
 これもご縁だと、谷川さん自身が引き受ける事を決めた。
 2004年3月に定年を迎えた谷川さんは、独力でNGOを立ち上げた(登録は06年)。アジア教育友好協会(AEFA)。理事長として、手弁当で事業をスタートさせた。元商社マンだけに谷川さんは現場主義。AEFAを作ると、自腹でベトナムラオスに通いつめた。アジアの農村部などでは、学校はあっても掘っ建て小屋のような劣悪な施設が普通。窓もないので、大雨が降ると授業ができない。そこに日本の資金で校舎を建てるのが、AEFAの役割だった。
 2005年には、日本財団助成金を得て、ベトナムに4校、タイに2校、ラオスに2校を建てた。だがいずれ財団の助成は終わる。実際、ベトナムに100校、ラオスに10校など合計116校を建てた14年で、助成は終了した。それが分かっていた谷川さんは並行して寄付による学校建設にも並行して取り組んだ。
 だが、寄付集めは簡単ではない。商社時代の伝手をたどって大企業を回ったが、ほとんど協力は得られない。なかなか現金をポンと寄付することは上場企業には難しい、というのだ。
 「中小企業のオーナーやベンチャー企業の創業者が最も協力してくれる」ということに気がつく。また、子どものいない高齢者など個人財産を寄付してくれる人も少なくない。06年に谷川さんの力で800万円を集め、2校を自前で建設した。結局、14年までに寄付によって自前で建設した学校は75校に上った。

 

学校を「村起こし」につなげる


 ラオスに通い詰めていた谷川さんはあることに気づく。当初は現地で活動していた米系の慈善団体と組んでプロジェクトを進めていたが、どうも現地の人たちのニーズとズレている。学校だけ造ればそれでいいという感じで、学校が地域の拠点として「村起こし」につながっていない、と感じたのだ。やはり現地の人たち自身にNGO(非政府組織)を作ってもらい、そこと連携する必要がある。
 そんなとき米系のNGO団体で働いていたノンさんに目を付けた。ノンさんは、医科大学を出て首都ビエンチャンの病院勤務が決まっていたのを断り、米系NGOに飛び込んだ。地域の貧困を救うには、まずは教育だと考え、学校建設プロジェクトにのめり込んでいたという。実はノンさんは地域の恵まれない子ども7人を養子として育ててきた。
 谷川さんはそんなノンさんの熱い想いに打たれ、独立を促した。谷川さんが設立を側面支援したノンさんNGO「ACD」はラオス政府が公式に認定した登録NGOの最初の5つのうちの1つになった。
 「その地域でプロジェクトが成功するかどうかは、パートナーの現地NGO次第なんです。ラオスではノンさんたちが本当によくやってくれています」と谷川さんは言う。
 谷川さんは19年までの15年で独自に11億8900万円を集め、ラオスベトナム、タイ、スリランカなどに合計188の学校を建設し、日本財団助成金も含めると304の学校を建設した。
 なぜ、そんなに巨額のお金を集めることができたのか。
 資金提供者に、それぞれの学校建設プロジェクトに深くコミットしてもらうやり方が共感を呼んでいるからだ。AEFAにお金を寄付しておしまい、ではないのだ。
 どの学校建設に協力するか、資金はひとりで出すか、複数で共同で出すか。まさにオーダーメイドのプロジェクト型寄付なのだ。実際に、学校が完成すると現地で「開校式」が行われ、資金提供者はそれに参加することができる。希望があれば、事前に建設候補地を視察し、案件を選ぶ事もできる。完成した学校には「ファウンダー(創設者)」として名前が刻まれ、現地の子どもたちとの交流も生まれる。
 19年の春にラオスの山奥の学校で「開校式」が開かれた。そこには89歳になる日本人の老婦人が車椅子で参列していた。子どもがいないので貯金の一部をAEFAに寄付したいという話が始まりだった。決してお金持ちとはいえない一般の女性だ。
 当初は高齢なので現地に行くのは無理だと諦めていた。だが、プロジェクトが進む報告を受けているうちに、現地に行きたくなった、という。子どもたち全員に手縫いの小袋を作り持っていった。式に出て「ラオスにこんなにたくさん子どもができた」と泣いた。

 

ハコモノだけで終わらせない


 とにかく、学校建設をハコモノの提供だけに終わらせない、というのが谷川さんの考えだ。人と人の確かな繋がりを作る。それが本当の国際交流だと考えている。日本の学校と現地校とをつなぐことにも力を割いており、谷川さんやAEFAの職員が日本の学校に出向いてラオスの事などを話す「出前授業」を行っている。すでに740回も行ったというから驚きだ。
 「谷川さんのエネルギーは凄まじい」と、民間人として区立中学の校長を務めた藤原和博さんも舌を巻く。藤原さんも谷川さんに惚れ込んでいくつもの学校を寄付してきた。谷川さんと何度もラオスを訪問、友人のIT企業経営者などに声をかけ、学校建設に協力を求めてきた。
 そんな藤原さんが、何度目かのラオス行の際、タイ東部の空港から陸路、自動車でラオス南部の都市パクセまで入ったことがある。とてつもないデコボコ道で、座席の上でバスケットボールさながら身体が上下左右に揺さぶられた。「まさに拷問で、勘弁してくれ」という感じだったというが、ふと横を見ると谷川さんが激しく揺られながら爆睡していた。「とんでもないオッサンだと思った」と語る。谷川さんも、「商社マン時代に鍛えられましたから平気なんです。考えると、今日の日のために商社マンやっていた気がします」と笑う。

「第一の人生」の経験が確実に生きて「第二の人生」の価値を増している、ということだろう。
 福井県で生まれた谷川さんの両親は教師だった。山の奥地の中学校の先生だった父親と、小学校の先生だった母親が結ばれて、谷川さんが生まれた。地域を発展させるためには教育が何より大事。まずは学校を作らねばという思いは、実は両親の記憶として谷川さんの身体の中に息づいていたのだう。

 

景気の先行きは暗いのに、なぜ株価だけはしっかりしているのか 「ゾンビの国・日本」の真っ暗な未来

プレジデントオンラインに11月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/40061

景気の先行きが暗いのに、株価はコロナ前の水準

新型コロナウイルスがなかなか終息せず、景気の先行き不安が増す中で、ひとり株価は堅調に推移している。日経平均株価は3月19日に1万6552円まで下げたものの、その後は急速に戻り、10月には2万3000円台と、ほぼ新型コロナ前の水準に戻っている。

景気の先行きが暗いのに、なぜ株価はしっかりしているのか。

日本を含む世界の中央銀行が新型コロナによる経済対策として、大幅な金融緩和に乗り出しており、世界的な「カネ余り」状態になっていること。ひとり10万円の定額給付金が支給され、とりあえず手元資金が増えた個人が株式購入に乗り出したことなどが原因とされるが、日本の場合、ひとつ特殊な事情がある。

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が年金資産の運用のために「日本株」の購入を大幅に増やしているほか、金融緩和の一環として日本銀行が株式を投資対象とするETF(上場投資信託)の購入を拡大するなど、「公的資金」が株式市場に流れ込んでいるのだ。

すでにGPIFは2020年3月末で35兆5630億円の国内株式を保有している。公的機関は信用力の高い東京証券取引所市場1部銘柄しか原則買わない。この東証1部の時価総額は530兆6121億円だったので、東証1部企業の株式の6.7%を保有していることになる。

日本銀行とGPIFの株式購入が増え続けている

一方の日本銀行は3月末でETFを通じて31兆2203億円の株式を実質保有している。こちらは5.9%相当だ。この2つを足すと、東証1部上場企業のなんと12.6%が「公的資金」によって保有されている。

しかも、両者の株式購入は新型コロナの蔓延以降も、増え続けている。GPIFによる国内株の購入は全資産の25%という目安が設定されており、運用する年金資産が増えれば自動的に国内株の保有が増えていく。株価の上昇もあり、6月末の保有額は40兆333億円と40兆円を突破、時価総額588兆3504億円の、6.8%に達した。

さらに凄まじいのが日本銀行によるETF購入だ。新型コロナ対策の金融緩和の一環としてETF購入を「年最大12兆円」に拡大したことから、4月以降10月までで、すでに3兆9466億円を買い増した。残高は35兆円を突破、早晩、GPIFを抜いて日本最大の株式保有主体となることは間違いない。ちなみに民間最大の投資家である日本生命保険保有額は約8兆円なので、その10倍近い圧倒的な存在だ。

東証1部上場企業の9割で「公的マネー」が大株主

朝日新聞が、東京商工リサーチニッセイ基礎研究所の協力による推計として報じたところによると、3月末時点で、東証1部上場企業の8割に当たる1830社で発行済み株式の5%以上を持つ実質大株主になっているという。両者の保有分が10%以上になっている会社も約630社に達するという。

ちなみにGPIFや日本銀行保有株は運用委託先が資産管理に使う信託銀行などの名義になり、両者の名前は表に出てこない。実質筆頭株主でも、名義が表に出ないので、「見えない大株主」となる。

こうした公的資金による民間企業の株式保有は世界の中でも異質で、株式市場の価格形成を歪めている、とみられる。GPIFは前述のように時価ベースで総資産の25%という目安を置いているため、国内株の価格が他の資産(外国株、外国債券、国内債券)よりも下がれば、半ば自動的に買い増しされることになり、「買い支え」効果が生まれる。

つまり、ファンダメンタルズと呼ばれる経済の基礎的条件や、企業業績が悪化しても、株価はあまり下がらない、ということになるわけだ。

日本企業のコーポレートガバナンスを歪めている

一方で、業績が好転する企業の株が買われる、という一般的な銘柄選定のメカニズムが働きにくくなることで、新型コロナが収束した後、世界の他の市場の企業の株価が大きく上昇する中で、「官製市場」化した日本の株価はあまり上がらない、ということになる懸念もある。まして、将来、日本銀行が金融引き締めに転じてETFを売却したり、年金の支払いが増えてGPIFの運用資産が減っていくことになれば、世界の株価や企業業績とは関係なく、日本の株価だけが下落していくことになりかねない。

もうひとつ大きな問題が、日本企業のコーポレートガバナンスを歪める懸念が強まっていることだ。GPIFや日本銀行は株式を実質保有しているものの、名義が表に出ることはない。株主としての議決権は、両者の基本方針に従って運用委託先が行使することになっている。年金資産を持つ国民の利益を最大にすること、日本銀行の利益最大化につながることなどを前提に運用金融機関の判断で株主総会の議案に賛否を投じるわけだ。

GPIFや日本銀行といった「公的機関」が議決権を行使することには議論がある。国民の資産を投じるのだから国民の利益を考えて議決権行使するのは当然だという意見がある一方、国家が民間企業の経営に口を出すことになり望ましくないという声もある。国が議決権行使に乗り出せば「国有企業」と同じになってしまう。

日産自動車の「実質2位の大株主」は国

現状は、金融機関の判断で議決権行使しているのでGPIFや日本銀行、ましてや政府が関与することはない、というのが建前だ。だが、実際には、大株主としてGPIFやその監督者である政府が影響力を持つ場面が実際に起きている。

フランスのルノーが発行済み株式の43.4%を保有する日産自動車では、2位以下の株主には証券を保管する信託銀行の名義が続き、具体的な社名が出てくるのは6番目の日本生命ぐらい。日本生命保有株は5402万株で、発行済み株式数の1.28%だ。しかしGPIFが公表している保有株一覧によると、GPIFは5.4%に相当する2億2902万株を保有している。実質2位の大株主なのだ。

日産を巡っては数年前にルノーが日産の支配権を強化しようと動き、カルロス・ゴーン失脚後の取締役選任などで対立した。その際、経済産業大臣に近かったGPIFの幹部が、日産の幹部に繰り返し接触。日産側は「実質大株主として、いろいろアドバイスをいただいた」(元取締役)という。

具体的にどんなアドバイスをしていたのかは分からないが、日産を日本企業として守ろうと動いていた経産省や政治家が、GPIFの大株主としての力を使おうとしたのかもしれない。

実質「国有化」が進めば、日本経済はゾンビ化する

企業経営者にとっては、公的資金による株式保有は「モノ言わぬ株主の復活」と感じるかもしれない。

生命保険会社や年金基金などの機関投資家は、近年、保険や年金の契約者の利益を第一に考えた議決権行使を求める「スチュワードシップ・コード」によって、会社側の提案でも「否」を投じるケースが増えている。業績悪化が続く経営者の再任に反対する例も増えている。また、海外のアクティビストと呼ばれるファンドからはまとまった反対票が投じられることも少なくない。そんな中で、GPIFや日銀ならば、そんなに厳しい議決権行使はしないだろう、というわけだ。

そうした経営者の「緩み」を公的資金による株式保有は生む可能性がある。また、GPIFや日銀に株を売られたくない企業が、こうした機関に影響力を持つ人物の天下りを受け入れることなども将来起きるだろう。

新型コロナ対策で検討されている「優先株」なら、議決権がないので問題ないだろうと思われるかもしれない。だが、議決権がなくてもその資金に支えられていることは変わらず、政府系金融機関やその背後にいる財務省、政府による間接支配が起きる懸念がある。

実質「国有化」の流れがこれ以上進むと、民間企業としての活力や経営者の気概が失われ、日本経済全体を「ゾンビ化」させることになりかねない。