産地の特産物の価値を高める、細胞を壊さない凍結技術

雑誌Wedge2月号に掲載された拙稿ですWedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22082

 

 

 和歌山県有田川町障がい者に働く場を提供している「コスモス作業所」。ここに障がい者が受け取る賃金を劇的に向上させた秘密兵器がある。CAS(セル・アライブ・システム)エンジン(以下、CAS)は細胞を壊す急速凍結の弱点を克服し、生鮮食品の細胞を壊さずに凍結させることができ、解凍した時に限りなく「生」に近い鮮度を味わえる。

 「有田みかん」で有名な有田川町周辺は、山の幸・海の幸が豊富で、作業所ではその食品加工を取り入れることを考えていた。ただし問題は、原材料にする農水産物の収穫期が限られていること。1年を通じて作業量を確保するには、安定的に原材料を手に入れる必要がある。

和歌山から千葉へ直談判

 コスモス作業所を運営する社会福祉法人きびコスモス会を立ち上げ理事長を務める山﨑貞子さんは、ある日、テレビでCASが紹介されていたのを見て、「これだ」とひらめいたのだという。地元の農水産業者の協力で収穫期に手に入れた原材料を冷凍保管しておき、作業ペースに合わせて解凍して加工すれば、作業を平準化できる。すぐにCASを開発・販売しているアビーの大和田哲男社長を訪ねて、和歌山からアビー本社がある千葉県流山市まで出かけていった。

 「1台売ってほしい」という山﨑さんの話を、当初、大和田社長は本気だとは考えなかった。CASの価格が500万円~1億円と高く社会福祉法人では手が出るはずがない、というのが理由だった。それでも山﨑さんは諦められない。山﨑さんは自らの思いを大和田社長に伝えた。

 「そこまでして私の開発した機械が欲しいという話を聞いて、正直、感激しました」と大和田社長は振り返る。有田川町を訪ねることにした大和田社長はその時すでに心に決めていたという。「CASを1台プレゼントしよう。おカネをもらうわけにはいかない」。

 コスモス作業所のCASは山﨑さんの予想どおり成果を上げる。

 地元の漁協の協力で手に入れた生のしらすをCASにかけて冷凍し、これはそのまま飲食店などに卸すことにした。この「生しらす」が大ヒット商品になった。しらすは生のまま保存することが難しい。生しらすは産地でしか味わえない希少な味覚だったのだ。それをCASを使うことで、冷凍して保管・輸送し、解凍した「生しらす」を提供できるようにしたわけだ。大阪の料理店の店主たちが目玉の逸品として客に出すようになっていった。今では有田川町ふるさと納税の返礼品に「CAS凍結生しらすセット」が加わっている。

 温州みかんやイチゴ、イチジク、ブルーベリーなど地元産の農産物も冷凍、解凍したうえで、様々な商品に加工している。解凍したみかんやイチゴをカットして、フリーズドライ加工した「フリーズドライフルーツ」も人気商品。作業所で自前の農園も持ち、そこでも原材料を育てることで、ここにも障がい者たちができる「作業」が生まれた。最近では、グァバを育てて「グァバ茶」として製品化もしている。

 「作業所の仕事というと部品を手作業で作るような1つ何銭といった内職仕事がほとんどで、障がい者一人の月収は3000円~5000円というのが相場でした。それがCASを使った食品加工に乗り出して10万円前後になったんです」と山﨑さんは顔をほころばせる。CASを寄贈した大和田社長も定期的に作業所を訪れ、その「成果」を目の当たりにした。2006年に作業所を開所した時15人だった障がい者は、今32人にまで増えた。

 「うちの会社がもっと大企業で儲かっていれば、全国の作業所にどんどん寄付したいくらいなのですが、そんな力はまだありません」と大和田社長。一方で、自らが開発したCASが社会問題の解決にまだまだ役立つと考えてもいる。

 CASを使えば品質を落とさずに長期保管できる。「豊作貧乏」と言われるように、旬の農水産物が大量に採れると、市場価格が暴落し、出荷されずに廃棄処分されるケースが少なくない。それがCASで長期備蓄できるようになれば、価格を安定させることも可能だと、大和田社長はみる。天候不順による食糧不足や、フード・ロス問題の解決にも役立つのではないか、というわけだ。

 76歳になる大和田社長は、24歳の時に厨房機器を製造していた父の会社に入る。そこで営業と共に製品開発を任された。「その時、食品素材の勉強を始めたのですが、社内にそんな知識を持った人はいない。結局、取引先だった不二製油の開発部長に指導していただくことになった」。テーマは生クリームの凍結で、解凍した時に品質を保てる機械の開発になった。以後、20年近くにわたって同部長に教えを乞うことになる。それが細胞を破壊せずに凍らせるCASの開発に結びついた。

食品以外にも広がる用途

 CASを組み込んだ冷凍機を発売すると既存の冷凍機メーカーから徹底的にライバル視される。ネガティブキャンペーンの連続だったと大和田社長は振り返る。それでも国内で約600台、海外には200台以上を売った。

 「CASエンジンはどんな冷凍機にも付けることができるので、本当は競合しない製品なんです」と、今後は冷凍機メーカーとの協力などを模索する。CASの原理は素材の中の水の分子を微動させながら凍らせること。水は凍ると膨張するため、それが細胞膜を破壊してしまう。それをCASのエネルギーを発生させて凍らせるとマイナス14℃まで凍らない。過冷却状態を長く保つことで、品質の変化を最小限に抑えるのだ。

 細胞を壊さないというCASの特長は食品以外にも多くの分野から注目されている。血液やIPS細胞などを長期保管するのに応用できるのではないかとみる医学研究者からも声がかかっている。

 アビー本社に並ぶ冷凍保管装置「ハーモニック」には、数々の食材が保管されている。現状では8年たっても変質せず、元に戻せることが分かっているという。50年たっても100年たっても品質劣化しない保管が可能になれば、さまざまなものを長期備蓄できるようになる。

 「作業所の子どもたちが月に15万円の収入を得られるようにしたい」と山﨑さんも大和田社長も口をそろえる。障がいを持つ子どもの母親たちは、自分が面倒をみられなくなった時の子どもの行く末を案じている。手に職を持って一定の収入を得られるようになれば、自立して生きていくこともできるようになる。CASはそんな母親たちの夢も背負っている。