猛烈な反発をかいくぐって大阪市「チーム野村」がたどり着いた「表層部分の一部」

当たり前の事ではありますが、関西に出張して大阪市のニュースが多いのを痛感しました。東京のメディアは絶対的な報道量が少ないうえ、橋下市長の派手な言動ばかりを取り上げているように感じます。なかなか大阪で起きている本当の事は東京にいては理解できないと思います。東京から乗り込んで行った野村修也弁護士らが調査していた大阪市職員の政治活動の実態に関する最終報告が公表されました。第三者チームという位置づけでしたが、反対勢力は「橋下市長が任命した敵」と当初から決め付けていたように思います。外からみている限り、第三者チームは火だるまになってかなり苦戦したように見えます。最終報告も苦渋の跡が行間から伺えるものでした。さて、橋下改革はどうなっていくのか。国政の政局にも影響するだけに、目が離せません。
現代ビジネスに掲載した拙稿を編集部のご厚意で以下に再掲します。

オリジナルページ→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32214


 職員の不適切な政治活動や組合活動の実態を調べていた大阪市の第三者チーム(代表・大阪市特別顧問の野村修也弁護士)が4月2日、最終調査結果をまとめ、橋下徹市長に報告書を提出した。

 「労使癒着」の実態把握を狙って“チーム野村"が行なった職員アンケートに組合側が「組合潰しを狙った不当労働行為だ」と猛反発。府労働委員会がアンケートの続行を控えるよう勧告するなど、激しい“攻防戦"が繰り広げられた。最終報告では、昨年11月の市長選挙でも、副市長を中心とした巧妙なメカニズムによって選挙活動に近いグレーな行為が行われていたと指摘。背景に「労使癒着の構造がある」と結論付けた。

 だが、一方で、指摘しているのは、「枝葉」の事象が多い印象で、問題の本質である「幹」にまで十分に切り込めたとは言い切れない。報告書でも「解明できたことは、おそらく表層部分の一部に留まっている」と吐露。長期にわたって作り上げられた大阪市の癒着の構造の全容を解明するには至らなかったもどかしさが滲む。

 報告書では労働組合と市幹部の「労使癒着」、市や出先である区と、地域住民ネットワークの「官民癒着」の二つを問題視。それらが「選挙」にあたって渾然一体となって機能する「政治」体制になっていた点を批判している。つまり、歴史的な経緯で強大な権力を握った労働組合が、人事介入などによってさらに支配力を増し、組合と市役所のネットワークをフル活用して選挙を仕切り、自分たちの言う事を聞く人物を市長に据える、そんな構造が大阪市に存在する、と指摘しているのだ。

 大阪市関連の労働組合は、99%以上の組織率を誇る。労働組合の組織率低下が全国的には著しい昨今、異常なほどの高率と言っていい。第三者委員会は、これは組合が人事権に介入していることを知っている組合員が、自分自身の人事での不利益を恐れて脱退できないためではないか、と推測している。「辞めたくても辞められない」といった組合員の声を過去のアンケートから拾って報告書にも記載している。

 実際、第三者委員会の調査と並行して行われた各局の自主的アンケートも、組合の人事介入とも言える事例が出てきたという。

「人事配置について、組合と協議・説明・意見聴取し、結果がわかった段階で組合に報告する」(環境局)
「(人事異動について)組合役員との協議等の場を持つ」(環境局)
「人事考課について、組合に協議・説明・意見聴取し、所属レベルの結果を報告する」(港湾局)
「何らかの方法で、異動候補者の選定について組合を関わらせた」(交通局)
「組合役員を務める部下役員に、相談・意見聴取する」(教育委員会)
といった具合だ。

 担当する管理職からすれば、組織を円滑に運営するための長年の慣習ということのようだが、多くの市職員からすれば、人事に組合が一定の影響力を行使している、と捉えていただろうことがうかがえる。

 報告書は、こうした労使癒着の構造が職場の規律の緩みを生み、不祥事の頻発に結びついている、と指摘する。実際、大阪市の職員がからんだ不祥事は後を絶たない。地下鉄での喫煙によるボヤ騒ぎや、覚醒剤使用での逮捕、あげくは殺人未遂など、新聞を賑わす事件が多いのは、綱紀の緩みがあるというのだ。

 大阪市はかつて様々なヤミ手当などが問題になった「市職員厚遇問題」や、職場での不透明な資金プールが相次いで発覚した「不適正資金問題」など不祥事に揺れてきた。2005年には当時の關淳一市長が改革を進めた。報告書は「大阪市職員の多くはこの関改革を高く評価しており、以前に比べれば職場環境はかなり改善されたと主張する」と評価している。だが一方で、「関改革の後も、大阪市政には様々な問題が山積しており、初めて大阪市役所の実態に触れる者には異様に感じられる部分が多い」と述べ、改革の不徹底が今日まで問題を温存していると指摘している

 そんな労使癒着の甘えの構造が許されるのはトップである市長が半ば黙認してきたからにほかならない。労使癒着は「自らの上司」である市長選びにも半ば公然と関与するようになっていったと報告書は指摘する。

 「厳しい戦いになることは確か」「ただ、維新も過半数を制しきれていない」「我々は、市民の生活にどのように影響していくのかというのをもっと明確に訴え、固めていかなければならない」

 2011年4月に行われた大阪市の区長会議で当時の副市長が発言した要旨を報告書は抜粋して掲載している。区長は東京都のような公選ではなく、市役所職員の幹部ポストの一つ。副市長が職員に対して、「秋までにやりきっていく。少なくとも、今、じっとしていてはダメ。どんどん地元に入っていって、この間つくりあげてきたことを訴えていく」とハッパをかけていたのだという。

 報告書はこの副市長の発言について、「施策の最終ゴールが市長選挙にあることをここまで明確に示して、地域への利益誘導を図る施策を進めるとの指示が正式な会議の場でなされている点に第三者調査チームとしても驚きを隠せない」と結論づけている。

 現職の市長の施策を行政組織がPRすること自体を問題とするのは難しいだろう。他の地方自治体でもこの問題は多かれ少なかれ存在する。首長選挙で現職が有利なのもこうした「立場を生かした施政方針PR」が可能なことがあるだろう。

 だが、大阪市の場合、それが「(選挙のための)巧妙なメカニズムになっている」と報告書は指摘するのだ。図のように、地域のネットワークを市役所が活用し、事実上、現職市長にプラスになるような活動ができるような仕組みになっている、というのである。

 調査報告を受けて橋下市長は、こうした「労使・官民が癒着した巧妙なメカニズム」の正常化を図るためのチームを発足させる考えを示している。

 調査に当たった野村弁護士は記者会見で「行政組織を私物化し、選挙目的に利用した」と厳しい言葉で批判した。だが、実際には、議論の余地がない「クロ」と言える材料は出て来ていない。報告書も「グレー」という言葉を使っている。なぜ、問題の本質に切り込むことができなかったのか。

 調査チームの最大の躓きは「職員アンケート」を使えなかったことだろう。批判を浴びたアンケートは、結局、未開封のまま野村弁護士の責任で廃棄することにしたという。関係者のひとりは「組合の人事介入や、市役所ぐるみの選挙活動を告発する回答が多く含まれているに違いない。それを廃棄するのはそうした声を封じ込めることになる」と唇をかむ。

 アンケートについては組合が猛反発。「思想信条にかかわる設問への回答を強要するのは問題」だとして、府労働委への救済申し立てを行なった。また、野村弁護士への懲戒請求弁護士会に申し立てたり、大阪市を相手取って提訴する動きも表面化している。

 橋下市長がアンケートに答えることを業務命令だとしたことから、一気に問題がこじれた。野村弁護士は調査はあくまで独立した第三者委員会として行なっているものだと説明したが、「橋下市長に任命されたのだから、橋下氏の意を受けて調査しているに違いない」という思い込みが広がった。「橋下市長が調査しているような誤解が広がり、それをベースにした批判が罷り通っている」と野村氏も苦悩の表情を浮かべる。

 日本弁護士連合会の宇都宮健児会長が、野村弁護士に事情を聞かないまま、調査中止を求める会長声明を出したことも混乱に拍車をかけた。声明では「このようなアンケートは、労働基本権を侵害するのみならず、表現の自由や思想良心の自由といった憲法上の重要な権利を侵すものである」と断定している。弁護士である野村氏にしてみれば、身内であるはずの後ろから弾が飛んできた格好だった。

 結局、報告書の期限までに労働委員会の最終結論が出ない見通しとなった段階で、野村氏はアンケートの「封印」を決断。報告書の提出を終えたので、開封しないまま廃棄処分にすることになったわけだ。

 「開封はできなかったが、第三者チームがアンケートの実施を打ち出した事で、各局が自主的にアンケートを行う素地ができた。実態解明に一定の役割は果たしたということだ」と橋下市長に近い関係者は見る。果たして、これが大阪市が変化を遂げるきっかけになるのか。注目したい。